第31話 彼女は新たな力を得る
出陣まであと四日。
今日は彼女にあれを教えることにしよう。
朝早くから砦の外に出て、鍛錬前に体をほぐしている。これが漫画ならいい加減何か起きないと読者が飽きるくらい同じような毎日になりつつあるな。
まあ、町に出かけた日もあるし昨日はケンカに巻き込まれたり、全く同じわけではないけど。
普段ならいつもの二人を待ちつつ一人で先に鍛錬しているのだが、今日は何もせず二人が来るのを待っていた。
「おはよう、今日も早えな」
「あら、いつも先に始めてるのに今日はまだなのね」
「お、来たな。早速始めようか」
今日は魔力制御鍛錬から始めた。もちろん理由がある。
鍛錬の最中、俺はナターリアを注視していた。⋯⋯うん、そろそろいけそうだな。
「ねえ、さっきからなんであたしばっかり見てるのよ。気になって仕方ないわ」
「ナターリアは可愛いなと思ってね」
魔が差して、イジったのが大きな間違いだった。
「【ウィンドエッジ】!」
「うお!?」
首元すれすれに風の刃が通過する。
「ふ、ふ、ふざけてんじゃないわよ!」
「冗談なのに⋯⋯」
半分はな、もう半分は本音だ。
「――ひぃ!?」
再び【ウィンドエッジ】が首元を通過する。――今の避けなかったら首から上が吹っ飛んでたぞ⋯⋯。
「それはそれでムカつくわ!」
「す、すまん⋯⋯」
たしかに可愛いと言っておきながら『冗談でした』なんて言ったらそりゃ怒るよな。
「でもただ見てたわけじゃないぞ」
「じゃあ、何見てたのよ」
「魔力の流れを見ていた」
「そんなこともできるの?」
ナターリアは呆気にとられた表情で、レナも興味津々にこちらを見ている。
「【魔力探知】の応用だな。範囲を極端に限定して一人のみを対象とすることで体内に流れる魔力そのものを見ることができるんだ」
「へぇ、【魔力探知】ってそこまでできるんだな」
「ああ、でもここまで範囲を絞るのは結構集中力がいるけどな」
実際俺もかなり集中しないと見れない、この先戦闘で役に立つこともあるが、まだ実戦で使えるレベルではない。
「それで? 何が目的で流れを見てたのよ」
「ナターリアに新しい技を教えようと思ってそれを体得できるだけの魔力制御ができているかを見ていたんだ」
「で、どうなのよ? 今のあたしにできそうなの?」
彼女は真剣な表情で見つめてくる。
「ああ、できる。今からそれを教えるよ」
「なぁなぁ、あたいは?」
「レナはもっと制御がうまくならないとダメだな」
「ちぇー」
レナは少し落胆した表情になった。
「そう、落ち込むな。鍛錬を続けていれば必ずできるようになるから」
「そう言うなら頑張ってみるけど⋯⋯」
「リョウ! 早く教えて!」
ナターリアは目を輝かせている。待ちきれないようだ。
「まず魔力循環をとにかくは速くするんだ。やってみてくれ」
言われた通り彼女は魔力循環を行い、段々と循環が速まる。だが、まだ少し遅いな。
「もっとだ。もっと速く!」
「ま、まだ速くするの!?」
ナターリアは必死に循環を速めようとしており、レナもそれをじっと見ている。
頑張れナターリア。もう少し、もう少しだ。⋯⋯よし! そこまで速くできれば行ける!
「そのまま、魔力を体の外に開放するんだ!」
「ぐっ⋯⋯はぁぁあ!」
ナターリアが魔力を体外に放出したと同時に彼女から突風が発生する。
成功だ。今、彼女の魔力は倍に膨れ上がっている。
「すごい⋯⋯! 体から力が溢れてくる」
彼女から不意打ちに合ったような驚愕の色が見えた。
「それが【魔力開放】だ。分かってると思うけど魔力が増大しただろ」
「ええ、こんな魔法があるなんて知らなかったわ」
「魔法と言うより、技術だな。魔力を扱える者なら誰だってできるようになる」
「あたいも挑戦してみようかな」
レナが【魔力開放】発動させようととするので、すかさず止める。
「やめろ! 無理矢理しようとすると魔力が暴走して最悪死ぬぞ!」
「わ、わかったよ」
ふう、危ない危ない。レナにはまだ早い、もう少し上達してからじゃないと。
「ねえ、今のあたしと勝負して。あんたにどれくらい近づけたか知りたいの」
「わかった。でも今回は俺も手加減しないぞ」
【魔力開放】によってナターリアの身体能力も上昇しているので本気を出さないといけないだろう。とはいっても【魔力開放】なしでの本気だけどな。
「いくわよ!」
ナターリアが接近してくるが、その速さは通常時と比べ物にならない。
そしてダガーを振るう力も段違いだ。これは気を抜いたら一本取られる。けど俺にとってもこれは良い鍛錬になりそうだ――
【魔力開放】状態のナターリアと通常状態である俺とでは、まだ俺が一枚上手。
だが、彼女は必死に食らいつき、とうとう俺の右腕にダガーをかすめた。
「何!?」
驚きを隠せなかった。まさかこんなにも早く一本取られるとは。
「やった⋯⋯! やっと一本取れた、わ⋯⋯」
【魔力開放】が解かれ、そのまま倒れそうになったので支えてやった。
彼女が一本取るまでに俺は十本取っていたが、その間彼女はずっと【魔力開放】状態だ。
初めてでしかも長時間使用していたのだから、疲れ果てるのは無理もない。
「大丈夫か」
「ちょっと、無理しすぎたみたい。これって結構疲れるのね⋯⋯」
「頑張ったな。今日はもう休め」
「うん、そうする」
ナターリアを支えてやり、階段に座らせてあげた。
「なぁ、リョウ。気になることがあるんだけどさ」
「なんだ、レナ」
「【魔力開放】って魔力が倍増するんだろ? それなら魔力が尽きた後に発動して復活! なんてことできるんじゃねぇか?」
いいところを突いてくるな。けどそれはできない。
「無理だ。よく考えてみろ。体内を循環させる魔力が残ってないのにどうやって発動させるんだ?」
「あ、それもそうか」
【魔力開放】を発動させるには魔力を体内で高速循環させるのが絶対条件。
ゆえにそんな芸当は不可能だ。
さて、ナターリアはもう動ける状態じゃないし、レナと鍛錬するかと思った時――
「おー、やってる、やってる」
砦の門が開き、エルヴィラが出てきた。訓練用と思われる槍を手にしている。
「あれれ、リア、なんでそんなにバテてるの?」
エルヴィラに事の経緯を話した。
「ええ~、いいなぁ。あたしもそれ使いたいよぉ」
「エル、お前魔法使えないじゃねぇか」
「まだ使える可能性は残ってるもん。もしかしてら急に魔力が目覚めるかもしれないでしょ」
一応可能性はある。ただ普通はエルヴィラぐらいの歳までに魔力が目覚めなければ、素質はない。
「ま、いっか。ねぇねぇリョウ君、エルにもリョウ君の個人レッスン受けさせてほしいなぁ⋯⋯」
⋯⋯何故だろう。この子が今言ったことは何か別の意味に聞こえるのだが、それは俺の心が穢れているからだろうか。
「ねぇ、ダメ?」
エルヴィラが上目使いで見てくるので、彼女から目を逸らす。そういう不意打ちはやめてほしい。
「あんたはまたそうやって――」
「リアは黙ってて、あたしはリョウ君に聞いてるの!」
「あんた、どうするのよ」
ナターリアが俺を睨んでくる。とは言っても鍛錬している以上、断るわけにもいかないな。
それにエルヴィラが主人公に手合わせするのは原作通りだ。ならばやるしかない。
「いいよ。相手になろう」
「やったぁ! エル、頑張っちゃう!」
「何よ、普段の訓練は不真面目なクセに⋯⋯」
エルヴィラはぴょんぴょん跳んで喜び、一方ナターリアはふくれっ面でそっぽを向いてしまった。
「じゃあ、リョウ君、いっくよ~!」
「ああ、いつでもいいぞ」
さてこの子の実力はどんなものか、それを確かめる為にもここは油断せず戦おう。




