第30話 ケンカに巻き込まれる
ナポス砦を奪還してから五日、南に行軍開始まであと五日。
今日の鍛錬は午前中がナターリア、午後からはレナとやる予定だ。
なんか次第に俺が先生で二人が教え子みたいに思えてくる。
砦の通路を通り、門に近づくと何やら向こう側から言い争う声が聞こえてきた。⋯⋯ナターリアとエルヴィラだな。
俺は門の前に立ち、開けるか迷う。なぜなら開けたら最後、俺は二人のケンカに巻き込まれるのは確実だ。
主にエルヴィラや、エルヴィラとか、エルヴィラのせいで。
しかし、ナターリアと鍛錬する時間が来てしまっている。ここでやり過ごそうとしたら遅刻でナターリアに怒られるし、門を開けたらエルヴィラによってケンカに巻き込まれるしなぁ。⋯⋯俺、どうすればいいんだ?
ため息をつき、そっと門を開ける。『巻き込まれませんように』と願いながら――
「あ! リョウ君、聞いてよぉ! リアがさぁ――」
はい、秒どころか瞬で巻き込まれましたよっと。まあ、そうなるよな。
「『上に立つ者として自覚があるの!?』って言うんだよ? ひどいよね?」
「話が見えないんだけど、何があったんだよ⋯⋯」
エルヴィラがこちらを見て、幼さが残る声で訴えるので彼女から目線を逸らす。
「良いところに来たわ。あんたからもこいつになんか言ってやってよ!」
「だから何があったんだよ。説明してくれなきゃわかんないって」
そこでエルヴィラすかさず俺に近寄り、事の経緯を説明し始めた。
「えっとね、エルって隊長でしょ? それで親交を深めるために一緒の隊の人と楽しくおしゃべりしてただけなのに怒るんだよ?」
「ちょっと! 何自分の都合が良いように言ってんのよ! あたしがあんたに言っているのはスキンシップが過剰ってことよ!」
薄々そうなんじゃないかと思っていたが、どうやら予想通りみたいだ。
エルヴィラはそういう子なんだよな。
だから軍の男衆はエルヴィラに関わるとデレデレになっている奴が大半だ。原作でもそういう場面があるし、ここ数日で何度かその現場を目撃したからな。
「だってその方がより親密になれると思わない? 楽しくおしゃべりしてるとついやっちゃうんだよねぇ」
「だから、それがダメなのよ! 男って単純なんだから勘違いされるわよ!」
「ふぅん⋯⋯じゃあリョウ君もこうされたら、ドキドキする?」
エルヴィラは俺の腕に抱きつき、豊満な胸を押し付けてくる。
ぐあっ! なんという柔らかい感触なんだ⋯⋯。それに柑橘系の良い匂いがする、香水か? ――だがそれに浸っている余裕はない。
なぜなら目の前にいるナターリアが『返答次第ではタダじゃおかない』と言いたげな鋭い眼差しで脅してきてるからだ。
この場をどう言ってやり過ごそうか、それを必死に考える時間もない。このまま黙っていたらそれはエルヴィラに肯定したと同じだからだ。
「そうか? 俺はむしろ何か裏があるんじゃないかと思ってしまうんだが」
極めて、極めて平静を装いながら内心恐る恐る答えた。思いつきでこれ以上ベストだと思う答えは出てこなかったからだ。
「え~、そんなことないよぉ。考え過ぎだってばぁ」
エルヴィラがスッと離れ、不満そうにしている。一方ナターリアは納得した表情で頷いていた。
どうやら正解みたいだ、良かった。
「じゃあ、リョウ君にまたまた質問です!」
おいおい、今度は何を言うつもりだ? 嫌な予感しかしないんだが。
「胸の大きい女の子は好き?」
「君は何を言っているんだ⋯⋯」
この手の話は揉める要素しかないってのに。
「ねえ、どうなのかな」
「あ、あんた、どうなのよ」
二人は俺をじっと見ている。なんでナターリアまで食いつき気味なんだ? そこは『あんたは何言ってんのよ!』とツッコんでこの子を止めるべきだろうに。
⋯⋯答えないわけにはいかない雰囲気だ。だが、この質問に関して俺には明確な答えがある。俺のポリシーとも言えよう。
「女性は胸だけが全てじゃない。その人の内面、外見、全てを合わせることによってその女性が輝くんだ――」
これが漫画家だった俺の答え。そう、外見と言っても胸の大きさ、身長、体格、髪型など、それらをどう設定するかによって大きく変化するのはもちろん、性格や癖など、それらを総合して一人の女性キャラが出来上がるんだ。
胸の大小などにこだわりはない。
「――だから俺から見て二人とも素敵な女性だよ」
って、俺は何口説いているんだ! 答えになっているのか?
「そ、そう面向かって言われると恥ずかしいよ、リョウ君⋯⋯」
「あ、あんた、何、ふ、ふざけたこと言ってんのよ⋯⋯」
二人とも顔を赤らめて俯き気味にしている。⋯⋯結果オーライか?
「でも、世の大半の男は胸が大きい女性が好きなんだよねぇ」
「それはあんたが愛想振り撒いてるから勘違いしてるだけよ!」
「何? 嫉妬してるの? そうだよねー、エルの方が大きいもんねー」
エルヴィラはナターリアに近寄り、小馬鹿にするかのように挑発する。
「あ、あたしだってそれなりあるわよ! それにあんたはチビのクセに大きすぎるのよ! 身長に行く分の栄養が全部胸に行ったんじゃないの!?」
「チビって言うな! 年下のクセに生意気だぁ!」
「はあ!? あたしより一年、ム・ダ・に・長く生きてるだけでしょ! それに軍属歴ではあたしが二年上よ!」
エルヴィラはナターリアより年が一つ上で十八歳だ。
にもかかわらず、童顔により一四、一五歳くらいに見える。そして身長は一四九センチ⋯⋯いわゆる巨乳ロリというやつだ。
ちなみにナターリアは身長一五八センチだ。
「年功序列って言葉知らないの? 年上は敬えって教えられなかったかな?」
「あんたを尊敬する要素なんて一つもないわよ!」
なんか、また雲行きが怪しくなってきたんだけど⋯⋯。
「もー、なんですぐに怒るかな? そんなに怒ると小じわが増えるぞぉ、リ・ア・ちゃん」
「ちゃん付けで呼ぶな! それに小じわなんてないぴちぴちの肌よ! んもぉ、我慢ならないわ!」
ナターリアは素早い動きでエルヴィラの後ろに回り込み、羽交い絞めにし、
「こんのおぉぉぉお!!」
プロレスラーもびっくりであろう見事なバックドロップを決めた。
「ふぎゃあ!?」
エルヴィラは脳天から地面に叩きつけられ、でんぐり返しをしようとして中々転がれないようなとんでもない体勢になった。
そのため、丈の短いスカートはめくれ上がり、パンツが完全に見えてしまっている。
⋯⋯白か。
一瞬だけ確認し、顔をそこから背ける。
⋯⋯⋯⋯ダメだと思いつつも、つい見てしまった。⋯⋯男の悲しい性だな。
「あー! リョウ君今見てたでしょ!」
「何を?」
「エルのパンツ!」
「ド直球に言うな!」
ていうかさ、あんな綺麗に頭から落ちてなんでこの子は平気そうなの?
「⋯⋯白か、って思ってたんでしょ」
「何故わかった!? ――はっ!」
しまったぁ! つい反射的に自白してしまった!
エルヴィラはあの体勢のままクルっと宙返りして足から綺麗に着地し、意地悪な微笑みを浮かべる。
「リョウ君のエッチぃ~」
「このむっつりスケベ!」
ナターリアから軽蔑の眼が俺に突き刺さる。待て、君がバックドロップなんてしなかったらパンツをチラ見することもなかったぞ。
なんでこうなるんだよ、もう勘弁してくれ。
――その日の午後。
レナが心配そうに見ている。
「どうした、リョウ? なんかげっそりしてんぞ」
「気にしないでくれ⋯⋯」
午前中は結局その後もエルヴィラが騒いだため、まともな鍛錬ができず、精神的にも疲れてしまったのだ。
あの二人が絡むと、⋯⋯というかエルヴィラが絡むとろくなことにならんな。どうにかならないのだろうか。そう思い、俺は一人ため息をついた。




