第3話 自分が描いた少女に出会う
町へと入った。石積やレンガでできた建築物が目立つ。人もそれなりにいるみたいだ。
俺が描いたセレス同じ雰囲気を放っている。 当然か、この世界は俺が描いたのだから。
⋯⋯未だに信じがたいが。
さて、まずはここが本当にセレスなのか確認する必要がある。
とりあえず自分は旅人ということにしておいて前にいる通行人に聞いてみよう。
「すまない。旅の者だが、ここはなんという町だ?」
「このご時世に旅人とは珍しい。ここはセレスです」
「そうか。どうもありがとう」
予想は当たったみたいだ。ということは彼女がいる可能性は十分にある。しかし、どこにいるのか見当がつかない。
いくら俺が描いたといっても、そこまで重要じゃない町は基本、資料としても詳細までは描かない。わかるのは原作だと裏通りを抜けたところで出会うということくらいか。
周りを見渡す。その時ガラスに映る自分の顔が目に入り、驚愕する。
そこに映っていたのは黒髪にクールな顔立ちの俺だった。もちろん前世とは全く違う顔だ。
薄々そうなんじゃないかと思ってはいたが、まさか本当に顔までリョウ・タチカワになっているとは。なぜあの女神はこんなことをしたのか。
そのことに一つ仮説を立てるのなら、この世界で生まれるはずだったリョウ・タチカワは生まれる前に死んだ、とあの女神は言っていた。ということは俺がその代役を務めろということなのだろうか。
「よそう。今いくら考えたところでわかるわけがない」
自分の顔がわかったことだし、今は彼女を探さなくては。
でも、どう探す? 闇雲に探していたのでは見つけるのは至難の業だ。
「いや待て、こういう時こそ【魔力探知】の出番だろ」
もし原作通りならリョウの場合、自分中心に最大半径五〇〇メートルは探知できる。つまり俺にもできるはずだ。
俺は意識を集中させる。何となくだが、五〇〇メートルは探知できていると思う。
「ふむ。これだけの範囲だとかなりの数が反応するな」
一般人とはいえ 微量な魔力がある。それを探知してしまうのだ。でも、おそらく反応の強さをみれば、彼女を特定できるはずだ。
【魔力探知】しながら町中を移動する。すると一つだけ明らかに大きな反応があった。
それは相応の魔力量を持っていることを示している。
その場所に向かって俺は歩みを早める。――段々と反応が近くなってきた。この路地裏を抜けたら見えるはずだ。
俺は路地裏を通り抜けた。その先には少女とそれを取り囲むゴロツキが三人いる。彼女は奴らに絡まれているみたいだな。
どうやら当たりのようだ。彼女は俺が探していた人で間違いない。そしてこの状況は原作と同じ展開だ。
ゴロツキ程度、加勢しなくても彼女は問題無く返り討ちにするだろう。
だが、力があるのに目の前で絡まれている女性を見過ごすのは男してどうかと思うので加勢することにする。
「おい、お前ら」
俺の一声でゴロツキどもはこちらに気付いた。
「なんだてめえは? 俺たちの邪魔するのか」
「忠告だ。女性とはいえ、絡む相手を間違えると痛い目みるぞ」
「うるせえ! 痛い目みるのはてめえのほうだ!」
まあ、忠告など聞いてくれるわけないよな。仕方ない、痛い目に遭ってもらおう。
さっき倒したワイルド・ウルフに比べれば大したこともない。おそらくこいつらは戦闘に置いては素人のはずなので、拳で十分だ。
ゴロツキの一人が殴りかかってくるが、それを躱しつつ、相手の腹部に右手で突きを入れる。
「げふっ」
相手は膝をつき、苦しそうだ。
そして残りの二人にはそれぞれ、鳩尾と頬に拳を入れてやった。
もちろん手加減はしている。本気で殴ったら多分、ゴロツキたちは大怪我するだろう。
「く、くそ! 覚えてやがれ」
ゴロツキたちは逃げていった。何とも雑魚らしい捨て台詞だ。
「君なら問題無く撃退できただろうけど、余計なお世話だったかな?」
さて、いよいよ彼女との対面だ。彼女のほうに向き直した。
――俺は一瞬、その容姿に目を奪われた。
髪は紫色のツインテールだ。
肌は白く、目元はちょっと吊り上がっていて気の強そうな印象だが、その瞳は青く澄んでおり、吸い込まれそうなくらいの美しい。
服装は上半身が皮でできた胸当に、その下はインナーを着ている。下半身はミニスカートに、その下はスパッツを履いており、腰には鞘に収まったダガーが下がっている。
一言で言うなら可愛いに尽きる。
まさに完璧。パーフェクトだ。本当に漫画から飛び出してきたかのようにそのまんまの姿。
いや、二次元から現実に変われば当然見た目の変化はもちろんあるが、俺は彼女を描いた生みの親だ。それも一〇年以上描き続けてきたのだから見間違える筈がない。
「ま、一応礼は言っておくわ」
本当に余計なお世話だと言わんばかりの顔だ。初対面にとる態度ではないと思うが黙っておこう。
「それじゃ」
それだけ言って身をくるっと反転させ、彼女は立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ!」
「なによ、あたし暇じゃないんだけど」
彼女はむすっととした表情でこちらを睨み付けてくる。
どう言って彼女を引き留めるべきか。悩む暇も無いので俺は今思いついたことを言うことにした。
「えっと、王都を目指しているんだけど、ここからどう行けばいいかわからなくてね。知らないかな?」
「ここから王都の行く道を知らない? あんた、どこか違うところから来たの?」
彼女は首を傾げている。
「ああ、ちょっと遠いところからね」
「こんな時にこの国に来るなんて、どうかしてるわ」
「こんな時だから来たんだ」
「はあ? 本当にどうかしてるわよ、あんた」
彼女は呆れた表情をしていた。
「ところで君、この国の兵士だね」
その瞬間、一瞬彼女の顔色が変わった。
「⋯⋯なんでそう思うの?」
「その身のこなし、一般人には見えないし、君は今警戒しただろ?」
「それがどうかしたのかしら?」
まあ正直身のこなしとかは俺にはわからない。適当に言っただけだ。服装だけなら旅人とか傭兵に見えても不思議ではない。でも俺は彼女の素性を知っているからな。
今の一言で彼女は明らかに警戒している。下手なこと言ったら攻撃されてもおかしくない。
「俺は帝国のある者を追っている。そのために旅をしているんだ。何か知っていることはないかな?」
「知らないわよ」
「じゃあ、王都への道だけでいいから教えてくれないか」
帝国のある者を追っている。これは原作でも同じで、リョウは幼いころに殺された両親の仇を追って旅をしている設定だ。嘘は言ってない。まずは主人公が死んだ原因を探るには帝国を調べるべきだと思っている。それにわざわざ警戒させているにはある狙いがある。
「別に教えてあげてもいいけど、条件があるわ」
「条件?」
「あたしが同行するわ。あんた、なんか怪しいし、向こうに着いたら取り調べをうけてもらうわ」
「ということは、君はこの国の兵士でいいんだね」
彼女はイラついた表情で俺を鋭く睨む。
「一々腹の立つ人ね。ええ、そうよ、兵士よ。何か問題でも?」
「いや、問題ない」
「あ、そっ!」
なんでここまで敵意むき出しなのだろうか。まあ、いきなり帝国の者を追っていると言えば不審がるのは当然か。でも、それこそ俺の狙いで、これで彼女と王都に向かえる。ここまでは順調だ。
別に可愛い女の子と一緒に行きたいわけではない。
⋯⋯いや、全く違うと言えば嘘になるが、それだけが目的じゃない。
「ところで君の名は? 王都まで案内してもらう以上、いつまでも『君』と呼ぶわけにはいかないからね」
「人に名前を尋ねるなら、まずは自分から名乗るのが礼儀じゃないかしら」
「これは失礼。俺は――」
⋯⋯しまった。どう名乗るか決めてなかった。素直に伊藤直也と言えばいいか。いや、この世界の場合ナオヤ・イトーになる。
うーん、何か微妙だな。⋯⋯ハルスケ・イイ、いや、ないな。ええい、この際だ。
「リョウだ。リョウ・タチカワ。君は?」
もう主人公をの名を使うことに決めた。それに、この世界のリョウ・タチカワは死んでいるのだ。その名を使っても問題ないだろう。それにこの方が良いという直感があった。
「ふーん。変わった名前ね。あたしはナターリア・フローレスよ」
「ナターリアか。王都までよろしく頼むよ」
「あたしはあんたを監視するだけ。仲良くする気なんてないわ」
そう言ってナターリアはそっぽを向いた。
彼女はナターリア。この先仲間になる人の一人。
彼女と出会い、ようやく自分が描いた漫画の世界に転生したことを実感した。
とりあえずここまでは順調だ。