第12話 鍛錬してあげた
ナターリアとの距離はそれなりにある。その状況をみて、ナターリアは俺が何をしてくるか読めたみたいだ。
「あんた、あれをやる気ね。いいわ、来なさい」
「いいのかい? ビビッてお漏らししても知らないよ」
ナターリアが顔を真っ赤にして怒った。
「しないわよ! それこそあんたのあれを見切って逆に驚かしてやるんだから!」
どこからそんな自信がくるのか。彼女の察し通り、俺は【瞬雷脚】を使う。既に魔力チャージは終えている。
ただ、あの時とは少し使い方が違うけどな。
「レナ、合図してくれないか?」
「わかった」
俺とナターリアが勝負するのでレナは俺たちから離れた。
「ナターリア、ハンデをあげるよ。俺はレナの開始の合図で行く」
「ブラフかしら?」
「本当だよ」
「⋯⋯ずいぶんと舐めたこと言うじゃない」
ナターリアが鋭く睨み付けてくる。
「それじゃ、準備はいいか?」
「いつでもいいよ」
「始めてちょうだい」
俺たちの言葉を聞いたレナが合図をした。
「始め!」
「――え?」
合図と共に爆発したかのようなスパーク音が響いたと同時に俺はナターリアの眉間に剣先を突きつけていた。
ナターリアは放心状態となり、その場にペタンっと座り込んでしまった。
一秒どころか一瞬で勝負がついてしまったな。
ちなみにお漏らしはしなかったようだ。
今回俺が使ったのは【瞬雷脚】だが、片足づつではなく両足同時に開放させた。それにより、さらに加速力が増して音速並みにまでのスピードを出したのだ。
ただ、これは本当にここ一番で使わないといけない。制御が難しい上に一回使ったら次またチャージしないといけないからな。タイミングを間違うと手痛いカウンターを食らってしまうだろう。
「⋯⋯な、何も見えなかった⋯⋯。気が付いたら剣が目の前にあった」
ナターリアは絞りだして言ったかのような声だ。
「ほぇ~、何が起きたのかさっぱりだぜ」
レナも驚き、目を丸くしていた。
ナターリアは頭を左右に振り、気を取り直して立ち上がる。
「⋯⋯魔法は無しでお願いできるかしら」
「いいよ」
「じゃ、気を取り直していくわよ!」
ナターリアは武器を構える。
「じゃ、いくぞ」
俺は全力でナターリアに接近し、武器を弾き飛ばして首元に剣を当てた。
「え!? ちょっと! 魔法は使うなって――」
「普通に接近しただけだぞ」
「⋯⋯ありえないわ」
ナターリアは顔を引きつっている。
まあ、今のナターリアではこんなもんだろうな。俺が本気でやったら話にならない。
「じゃあ、次は向かってきていいよ。手加減してあげるから」
「遠慮なくいくわよ」
ナターリアがこちらに接近しダガーで素早い攻撃を仕掛けてきた。
俺はそれを剣で受け、時に避けながら、そして時に反撃する。もちろん、ナターリアが受けきれる程度に手加減している。
そうして少しの間ナターリアの相手をしてあげ、レナは少しでも参考にと真剣に見続けていた。
やがて日が沈み始め、辺りが薄暗くなる。
「今日はここまでにしよう」
「そ、そうね。また明日にするわ⋯⋯」
ナターリアはかなり疲労しており、肩で息をしている。
「ところでナターリア。報告はしなくていいのか?」
「今からいくわ⋯⋯。少し夢中になりすぎたわね。本当は少しだけ鍛錬していくつもりだったんたけど」
そう言ってナターリアは踵を返し、城に向かって歩いて行った。
「あ、そうそう」
ナターリアは足を止め、首だけをこちらに向ける。
「穴埋め、ちゃんとやっておいてよね」
それだけを言って、再び城に向かって歩いて行った。
辺りを見渡す。
そこにはレナが作ったクレーターがいくつもあり、ため息をついた。
「これ、結構時間かかりそうだぞ」
「そうだな。んで悪いけどリョウ、後よろしく」
「おい待て。どこに行くつもりだよ」
「あたい、そろそろ戻らないといけないねぇんだよ。とういうわけで、じゃ!」
レナは挨拶変わりに片手を挙げ、そのまま走り去っていく⋯⋯。
――が、逃がしはしない。
俺は【瞬雷脚】で素早くレナの前に行き、レナに足払いをかけた。
「おわぁ!?」
レナが走っていた勢いそのままに前のめりに倒れそうになっているのを支える。さすがにそのまま勢い良く転倒したら危ないからな。
「逃がすと思っているのかい?」
「い、いや、本当に今すぐ行かないといけないんだって!」
「この後何があるのかな?」
「え、えーと。うんあれだ。アレ」
レナは目を泳がせながら答えた。
「アレってなんだよ! どうせ今日はもう何も予定ないんだろ?」
「な、なんでバレてるんだよ!」
「ほら、やっぱり」
「あ、カマかけたなぁ!」
まあそうだろうと思った。原作でも同じだしな。
「わかったよぉ。手伝えばいいんだろ」
「わかったならさっさとやるよ」
「わかったからいい加減その手どけてくれよ⋯⋯」
「え?」
今気づいた。左手に何やら柔らかい感触があることに。
俺は自分の左手を見る。その左手はレナの胸を思いっきり掴んでいた。
「す、すまん!」
俺はすぐさまその手を離し、レナから離れる。
「別に減るもんじゃねぇから気にしてねぇよ」
そう言いつつも、レナは俺の方から顔を背けた。
うす暗いのもあってレナの表情はよくわからなかったが、もしかしなくても怒っているのかもしれない。
「本当にすまない」
「この場にリアがいたらリョウは制裁くらってるよ」
「⋯⋯だろうね」
この場にナターリアがいなかったのは幸いだった。もし見られていたらどうなっていたことか。
「もういいから早く穴埋めようぜ。腹減ってきたし」
「あ、ああ。そうだな」
レナは気にしているかいないかは定かではないが、これ以上何も言うつもりはないらしい。
この後俺たち二人は穴埋め作業を黙々と行う。
あちこちに飛び散った土をかき集めて埋めるのは思いのほか時間がかかり、終わったときにはかなり時間が経っていた。
その後俺たちは解散し、レナは城の食堂で食べると言い城へ、俺は城には入れないので町で夕食を食べ、そして宿舎に戻り、自分の部屋へと入る。
それなりの年数が経っていて少々古びた感じではあるが、タダで泊れるんだ、ありがたい。
俺は体をタオルで拭く。この世界でも風呂やシャワーとかはあるものの、隊長部屋以外は無い。
共用施設はあるが、俺は今日ここに来たばかりなのでやめておいた。急に知らないヤツがいると何かとまずいだろうし。
ちなみに女性用もある。女性の兵士は数が少ないため、狭めだ。もし覗こうとしてバレたら厳しい処罰が待っているので誰もそんなことはしない。という設定にしたはずなのでそんな不祥事は起こらないだろう。
さて、二日間の旅の後に手合わせ、鍛錬に付き合ったりと中々今日はハードだった。とはいえこれは精神的な疲労感であり、肉体的には多分大丈夫だ。さすがはこの体だけのことはある。
――おっと、今から魔力制御の鍛錬をするんだった。
俺は目を閉じ、体に流れる魔力を意識するため集中する。
⋯⋯たしかに感じるな。明確に感知できるか不安だったが問題無くできたみたいだ。
俺は体内に循環している魔力の流れを速める。ある程度までは早くできるけど、それ以上の速さで循環させるにはもっと鍛えないといけない。でも今はここまで出来ていれば問題ないだろう。
戦闘経験を積む他に魔力制御に体力トレーニング、剣術稽古とやることが沢山だな。
でもこれを怠れば、そう遠くないうちに後悔する羽目になる。大変だが、やるしかない。
⋯⋯死にたくないからな。
俺はしばらく魔力制御の鍛錬を続け、終えたら急に疲れが出てきたので寝ることにした。
もう近いうちに戦いは始まる。敵とはいえ、俺は大勢の人を傷付け、殺すことになるだろう。
⋯⋯覚悟はしている。俺はこの世界を救うために転生した。もとい、させられた。そしてこの姿の上、今はナターリアに雇われた身だ。
逃げることはできない。⋯⋯いや、ナターリアたちを置いて逃げるなんてできない、ましてや俺には戦う力があるんだ。
この手が血に染まるがやるしかない。そう決心し、俺は眠りについた。




