第10話 宿舎にて獣人と出会う
城に向かうため、町中を歩いていく。商店街などはやはりセレスとは規模が違う。そして町中を歩く人々の中に獣人がちらほら見かける。
「本当に獣人も普通に暮らしているんだな」
「ね、言った通りでしょ」
「普通は対立してたり、迫害を受けてたりするもんだけどな」
俺は辺りを見渡したがエルフは見つけることができなかった。元々数が少ない種族だ。町中をくまなく探せば見つかるかもしれない。
「今の国王陛下のお力が大きいらしいわよ。それで三種族問題無く過ごせているの」
「なるほどな」
もちろん知っている。しかし、いつか口を滑らせそうで怖いな。まあ、俺は傭兵をやっていることにしているから多少のことなら問題ないかもしれないが、帝国関係や、仲間のプライベートな部分でうっかり喋ってしまわないように気をつけないと。
――段々と城が大きく見えてくる。近くで見ると俺が描いたのと同じ形とはいえ、迫力があるな。
その形は左右対称な建築構造になっている。これは何となくそう描こう思っただけで特に意味は無い。
そして俺たちは城門に到着した。城は城壁に囲まれておりその城壁も立派だ。
ナターリアは俺の先を歩き、門の前にいる見張り兵士の元へ向かい、ナターリアに気が付いた兵士が敬礼する。
「ナターリア小隊長、任務お疲れ様です」
「あんたもお疲れ様」
「小隊長、後ろにいる者は?」
「あたしが雇った傭兵よ。今日から宿舎に住まわせるから」
それを聞いた兵士が慌てふためく。
「こ、困りますよ小隊長。外部者へ勝手に宿舎を使わせるのは」
「あたしが責任持つわ。なんか文句ある?」
ナターリアは兵士をキッと睨みつけた。
「い、いえ、ありません⋯⋯」
ナターリアの睨みに兵士は二歩後ずさりする。⋯⋯少し気の毒だな。
「じゃあ、通るわよ」
「⋯⋯ど、どうぞ」
ナターリアは城門を通過していった。俺もここにいても仕方がないので行くことにするが、一応通っていいのか聞いておく。
「本当にいいのか?」
「どうぞ、お通りください⋯⋯」
兵士の声には覇気がなく、俺が城門を通過した時に後ろから「結局怒られるの俺なのに」と、ぼやき声が聞こえた。本当に気の毒だがこちらも目的があるんだ。すまんな。
とはいえ、さすがに城の中には入れないので、城外にある兵士宿舎に案内された。
少し古びた感じではあるが、結構な大きさで人数を収容できるだろう。前世でいう学生寮に近く、木造建てだった。
中に入り、俺が使う部屋まで案内される。
「ここがあんたの部屋。あたしの部屋はその隣。あたしに何かあったらすぐに駆け付けること。いいわね」
「一ついいか?」
「何?」
「今思えばなんだけど、こんな城のそばにある宿舎に侵入してくるヤツなんてまずいないと思うぞ」
「うっさい! 万が一のためって言ったでしょ!」
耳元で怒鳴られたため、キーンと耳鳴りする。
「ちょっ、耳元で怒鳴るな!」
「雇われたんなら口答えしないの!」
今度は耳をつままれ、ナターリアの口元に寄せられて再びで怒鳴られた。やめてくれ、鼓膜が破ける。
「わかったわかった、大人しく従いますよ」
「わかればよろしい」
ナターリアは腰に手を当て、フフっと鼻をならし、勝ち誇ったような顔になる。
ちくしょう。男だったらさすがの俺も叩きのめしているところだが女性だ。しかもナターリアであるためか、ほほえましく思っている自分自身に呆れるよ。まったく。
⋯⋯でも不思議と悪い感じはしない。やはりナターリアだからだろう。
――その時、俺たちに声をかける人がいた。
「やっぱりリアだ。帰ってたのか」
俺とナターリアは声がした方向へと向く。
「あ、レナ、久しぶりね。今帰ってきたところなの」
ナターリアはレナという女性に笑顔で答えた。こういう顔もできるんだな。
「あたいは今ちょうど時間が空いたところだったんだ。んで宿舎で昼寝でもしようかなって思ってたところでリアの怒鳴り声が聞こえたから来てみたんだ」
「あはは⋯⋯。ちょっと色々あってね」
ナターリアは誤魔化すかようにわざとらしく笑った。そしてレナは俺を見る。俺もレナの方を見た。
レナという女性は褐色肌で目が大きく、鼻の高くて美しい女性だが、気品にあふれるといった感じではない。なんとも親しみやすそうな感じだ。
髪は銀色で少しボリューム感があり、その髪は背中ぐらいまで伸びている。そしてボサボサとまではいかないが、癖毛が目立つ。これが親しみやすそうな雰囲気を出している要因の一つかもしれない。
そして犬耳にふさふさな尻尾、そう、彼女は獣人だ。獣耳と尻尾はあるものの、その容姿はかわいいというより美人といった方が正しいだろう。
服装はへそが丸見えで袖のないトップスで、ショートパンツを履いている。結構露出が多いラフな恰好でだが、その体は引き締まっていて無駄がないように見えるも、女性としての特徴はしっかりとある。
そして背中には戦斧を背負っている。
美しい。まさにビューティフル。でも気品は感じさせない。期待通りの容姿に雰囲気だ。いや、期待以上か。
「で、コイツ誰だ? ここの兵士じゃねぇな。⋯⋯あ、リアの彼氏か?」
「ちっがぁぁぁう!! 誰がこんなヤツ!」
ナターリアはすごい剣幕で咆哮するかのような大声で否定する。
「あれ? さっき大声がしたからケンカでもしたのかなって思ってたんだけど。リアが彼氏を部屋に招き入れようとするなんて、いやあ、大胆なことするんだなぁ。にひひ」
レナの表情はニヤけている。明らかにからかっているな。
「違う! ちがぁぁぁう!!」
もう、宿舎全体に響き渡るじゃないかというくらいの怒声だ。そろそろ他から苦情が来てもおかしくない。
「そんな全力で否定するなんてあやしいなぁ」
「違うったら、違うの! ⋯⋯違うもん⋯⋯」
ナターリア、声小さくすればいいってわけじゃないぞ。
「そして部屋に誘い込んだ彼を誘惑してムフフなことしようをしようと企んでいたのに、その前にケンカになり作戦失敗と⋯⋯」
ナターリアの否定をスルーして腕を組みながら、うんうんと頷いている。その表情はまるで推理をする探偵のようだが、間違いなくからかっているな。
「な!? そんなことするわけ、――って、だから彼氏じゃないっていってるでしょ!」
ナターリアは顔を真っ赤にして否定する。
⋯⋯見ていて面白いのだが、こうも否定され続けると少々俺の心が傷ついてきたので止めよう⋯⋯。
俺はまたレナがからかい始める前に間に喋る。
「俺はナターリアに雇われた傭兵だよ」
「ふーん。そんなところかなと思ってはいたけどな」
「な!? レナ! またあたしをからかったのね!」
「ナターリア、君はもっとスルーすることを覚えたほうがいいよ」
レナの冗談を本気にするなよ。まあ、原作でもこんな感じだけどな。
「う、うっさい! あんたが早く言わないのがいけないのよ!」
「なんで俺のせいになるんだよ!」
「⋯⋯痴話げんかならよそでやってほしいなぁ」
レナがまたしてもからかう。そろそろやめてほしい。しかも俺まで軽く巻き込み始めたし。
「だーかーらぁ――」
「ナターリア、一々真に受けるなって、話が進まないだろ」
「むうっ」
ナターリア頬を膨らませ不服そうな顔をしたが、大人しくなってくれたので、ここまでの経緯をレナに説明する。
俺が説明している間、レナは相づちを打ちながら真面目に聞いていた。
「――でここに来ることになったんだよ」
「なるほどな。でもリアが傭兵を雇うとはね」
「必要だと思ったから雇っただけ。強さだけは保証するわ。強さだけは」
その言い方だと俺は戦闘以外では信用置けないと⋯⋯。もう少し信用してくれてもいいと思うんだけどな。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はリョウ・タチカワだ」
「あたいはレナ・ベルナールドさ。よろしくな」
「こちらこそよろしく」
レナが手を差し出してきたので俺はその手を取り握手した。
あらためて見ると女性にしては背が大きい。それもそのはずだ。俺、というかリョウの身長は一七〇センチなのに対し、レナは一七五センチだ。獣耳を入れると一八〇センチ以上になる。
握手を終え、レナはナターリアに問いかけた。
「強さは保証するって言ったけどさぁ。リョウってどのくらい強いわけ?」
「悔しいけど、あたしとレナよりずっと強いわ。多分、二人がかりでも勝てないと思う」
「ふーん? まあいいや、とりあえずあたいと手合わせしてくれよ、リョウ」
「レナ、あたしの話聞いてた?」
ナターリアが呆れ顔になった。
「だってさぁ、強いって言われてもいまいちピンと来ないんだよなぁ。やっぱ勝負するのが一番手っ取り早いだろ?」
レナはそう言うと、にひひと笑う。
「わかった。勝負しようか」
俺はレナとの手合わせを受けることにした。これも原作通りの流れだが、受けた理由はそれだけじゃない。
原作では現時点でナターリアとレナの実力は互角といったところで、それを確かめるためだ。
それと俺自身少しでも多く戦闘経験を積んでおきたい。俺にはリョウの体と原作の知識はあるが、戦闘経験だけはほぼ皆無だ。そこだけはこれから補っていかないといけないのだ。
「じゃあ、宿舎の外広いからそこでやろうぜ」
「わかったよ」
俺たちは手合わせするため、宿舎の外に向かった。




