始まり
今日は地響きが一段と大きい。地響きはここ1ヶ月の間ずっと続いている。
監視塔の窓が地響きの振動を受けてガタガタとなっている。
「田宮さん、今日は地響きが大きいですね」
小太りで丸眼鏡を掛けた秋原拓真が声を掛けてきた。普段仕事中は彼から声を掛けに来ることは無い。しかし、連日続く地響きに不安を感じているのだろう。
「そうだな、何もなければ良いんだが」
「巨獣一匹も見当たらないのにこの揺れ、きっと地震ですよ」
「そう現実は甘くないし、近くで巨獣どもが殺り合ってるのかもしれんぞ」
「怖いこと言わないでくださ――」
秋原が言葉を発し終える直前、とてつもない轟音と共に大きな揺れが来た。監視塔が激しく揺れ、立つことすらままならない体を前の壁、後ろの壁へと強く打ち付ける。
振動し始めてからしばらくすると揺れが小さくなってきた。
全身の力を込めてポールにしがみつき、何とか立ち上がり、轟音の中大声で秋原に安否を問う。
「秋原! 大丈夫かっ!?」
「僕は大丈夫です!」
安否が確認して再度秋原に問う。
「巨獣は見たか?」
「いいえ、見ていません!」
確認の為、自分も揺れる塔から窓の外を見るが広大な草原が広がるだけで巨獣の姿は見当たらない。
次第に揺れと轟音は収まり、静かさだけが残った。
「いまのは、地震ですよね?」
秋原が不安そうに言う。
「いや、地震じゃない」
「でも、巨獣の姿は見つからないじゃないですか」
「地震ならあそこまでデカイ音は立てんし、この塔があそこまで揺れることはない。地面を潜る新種かもな」
「新種……僕たち死ぬんですか?」
「そんなこと俺には分からん。とりあえず本部に連絡しろ」
秋原が連絡用通信機を取りに向きを変えたとき、秋原が突然固まり、どんどん表情を強張らせて、指を指して言った。
「山脈が動いてる」
何をバカなことを言ってるのかと思ったが、彼の指差す方向を見るに、その思考は消えた。
ゆっくりと山脈が動いている。さっきの揺れで隆起しているのか?
そんな疑問を持つもすぐに解消した。山脈の下から顔を覗かせ始めたのだ。20分は経ったであろうか、遠くからでも分かる大きさ、顔だけでも優に30メートル以上はある。
亀にも似たそのゴツゴツとした顔の全貌が見えたとき、あれは大きく口を開いた。
次の瞬間、さっきの轟音とは比べ物にならない音と共に、最新鋭の技術で作られた防風ガラスを割るほどの、風が吹きすさんできた。おそらく、産まれたての赤ん坊が産声を上げるように、あれも声を上げたのだろう。
割れたガラス片が体中に突き刺さり、風によって後ろの壁に張り付けられる。風と壁によって押し潰されそうになるなか、息苦しさとガラス片の痛みで徐々に意識が遠のいていった。