ツキノワベアーとの邂逅
正直、慌てて書いたので荒いです。汗
夏休みをどう過ごすか悩んでいた女子高生の私は、叔父から四国のツキノワグマの生態調査を手伝わないかという誘いに乗り四国に行ってみることにした。
外見だけ緑豊かに見えるが、その内部は日の光が届かずに枯れていて、死んでいるような山林、そのくねくねした山道を車で何時間も登っていくと、日の光が地面にまで届いた、緑豊かで命が息づく奥山がある。
そこに着いた私と叔父、その他の調査隊員たちは、熊の毛からDNAを採取するための有刺鉄線を円状にした柵(クマは有刺鉄線くらいなら痛くないらしい)、クマを誘うための上部に穴をあけたはちみつ入りのペットボトルや塩ビ管、クマの画像や動画を撮るための自動撮影装置など、いろいろ仕掛けをあちこちに大量に設置した。どれも大変だったけど、その中でもきつかったのは
クマ捕獲用のドラム缶の運搬だ。
底板のない二個のドラム缶を縦にボルトで連結し口に正方形の金属版を取り付け、その中にクマが入ってくると、金属板がシャッターのようにスライドして下がることでクマを閉じ込めて捕獲するという仕掛け。それを設置するためにロープで縛ったドラム缶を背負って運搬するのだが、これがまた重いし、バランスをとるのが意外と難しかった。
「ああもう!こんちくしょう!」
花の女子高生が出してはいけない声を出しながら、私は森を進んでいく。その光景を叔父がこっそり写真に写していた。
後でそのシュールな光景の写真を見て、身もだえたのはいうまでもない…。
ドラム缶を運んだあと、叔父に器具のことについて聞いてみた。
「叔父さん、なんでこんなに器具がこう…手作り感に満ちているの?」
「こういう器具は作っても儲けが出ないから企業は作らないんだ。だから自分たちで作るしかなかったんだ。大丈夫、ちゃんと使えるから。」
良くも悪くも、資本主義社会は今日も絶好調のようだ。でもそんな社会で状況に甘えずに頑張っている叔父の姿は、眩しく見えた。
仕掛けの設置は大変だったけど、作業の途中で奥山の美しさに触れたので全然つらくなかった。
夏の日差しを浴びて、緑が濃く色づいた木々や地面に生い茂った草花、どこからかともなく聞こえてくる、鳥や虫の声、どれも都会では味わえないものだ。また、山頂から見下ろす山々、森林限界の景色、まるで天に近づいたかのように感じてしまう、深く青い空、強い日差しの暑さを癒す、涼しい風…私はそんな奥山の美しさに触れ、充実した日々を過ごしていた。
そんな日々を過ごしていたある日、クマがドラム缶の仕掛けに掛かったという知らせがあった。
現場に行くと、ドラム缶の仕掛けはガタガタ動いていた。叔父はドラム缶の竹の節のようなところに空いていた穴から、麻酔を注射した。
しばらくしてドラム缶は静かになった。そして、広げられたブルーシートの上にクマが引きずり出された。
140㎝はあるずんぐりとした体、性別は雌らしい、毛皮を触ってみると滑らかでいつまでも触っていたいと思えてくる。姿をもっとよく見てみるとクマツキノワグマ特有の白い三日月のような体毛がなかった。
「ねぇねぇ、叔父さん、なんでツキノワグマなのに白い三日月ないの?これじゃただのクロクマじゃん。」
「ああ、それはね、個性だからさ」と返ってきた…。
私は何とも言えなくなった…。
そのあと、クマにGPS搭載の首輪がつけられた。個人的には、太くて白くて真ん中がボコッと出っ張っていて好きじゃないデザインだった。
そして、その他諸々の調査などをし終わったあと、私たちはそのクマに「ヨウコ」という名前を付け、ヨウコを丁寧に置いてその場を後にした。
それから数日後、仕掛けていたビデオカメラを調べるとクマの映像が取れていたので、私はそれを鑑賞していた。
あるクマは食いしん坊で
木につるされたはちみつの入った塩ビ管を、木の実をもぐように取ったあと、はちみつをぺろぺろとおいしそうになめていた。
あるクマは臆病で
カメラを興味深々見ていたと思ったら、突然何かに驚いて逃げて行った。
あるクマはふてぶてしくもなぜか憎めなくて
横着にも有刺鉄線の柵にもたれかかってはちみつ入りのペットボトルぺろぺろなめ、やっと柵をよっこらしょと跨いだと思ったら、ボトルを口に銜えたまま柵の下を、あーのびるんじゃーな感じで、背筋を伸ばして這い出ていった、多分うちのお父さんより体が柔らかいと思う。そして、その場にはクマが這って剥き出しになった茶色い土が残されていた。
私はクマって人間くさいなと、くすりと笑った。
数日後、GPSでヨウコの巣の居場所が分かり、私達はそこに調査に出かけた。
切り立った斜面にある中心がぽっかり空いた大きな木の切り株、その中でヨウコは二頭の子供を育てていた。
巣を見ていると子ぐまが一頭、切り株からひょっこりと顔を出していた。母親よりも小さく、好奇心の強そうな眼がかわいかった。
そして、そのこぐまはおててとあんよで、斜面の土からむき出しになった木の根っこを、えっちらおっちらと掴み、上り始めた。こどもは結構順調に上っていった、けれども、根っこを掴み損ねて落ちそうになった!
ああ!落ちちゃう!
私はそう思ったが、こぐまは何とか体勢を整えて根っこを掴み上っていく。
がんばれ!がんばれ!私は小声で呟く。
こぐまはえっちらおっちらと、でも確実にねっこを上っていく。
そしてついに!こぐまは斜面の上に登り切った!
と思ったら、ヨウコともう一頭のこぐまが巣から顔を出し、それを見たこぐまがヨウコに、おかーさん!と甘えるために斜面から降りていった。
その場面がかわいくて、かわいくて、私は思わずふふっ、と笑ってしまった。
そして、この出来事がこの奥山の一番の思い出になった。
あんなに時間があると思っていた夏休みが終わりに近づき、私だけ下山することになった。叔父はえらい立場なので私を送ったらすぐ戻るそうだ。
……正直、まだまだいろいろ見たかったなぁ。そう思って下山する私の肩は重かった。よく考えたら宿題はまだまだ残っているし、来年の進路も考えなきゃいけない。現実は甘くない。
徒歩での下山途中で見た、気品のある黄色いキレンゲショウマの花が、そんな私を応援してくれているように感じた。
駐車場にたどり着いた私は、車に乗りこんだ。そして車が発進する。
私はフロントガラスから奥山を見た。そして思った。
また、この山を楽しみたい、あの豊かな森に、山頂から見える景色に、人間臭いクマたちに、なによりあのこぐまたちに会いたいな。
私は、車の窓から遠ざかるあの美しい奥山をもう一度見た。そして見えなくなるまで手を振った。
時間遅れた―(泣)