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絹の一・卯《う》の花《はな》

よろしくお願いします。

 これはあなたの知らない世界の話。

 熱に浮かされ見た夢の、まぼろしのような物語。




 昔々のとんとむかし、ある村に『卯の花』っちゅう少年がおった。

 はて、えらくけったいな名前じゃて。卯の花ちゅうのは、豆腐をこしらえる時に出る、しぼりかすの……言うたら『おから』ちゅう意味じゃからなぁ。

 けんども、その名はその童子わらしにはぴったりなんじゃ。

 なんせ今年十五になる卯の花は、若いくせに髪は白絹しらきぬのように白く、肌の色も真っ白じゃった。そのくせ瞳とくちびるは、血を塗りつけたみてぇにとっぷり赤い。美しいが、どこか妖しい少年は、村の者に疎まれ、さげすまれておった。

 小せぇころに親を亡くした少年は、朝から晩まで織り子の仕事をしておった。

 そんな卯の花は、ある日、ある時、村のもんに呼び出された。

「おいお前、これからこの方について行け」

 言われて『この方』のほうを見やると、見知らぬ壮年の男が口のを歪めて笑っておった。男は黙ったままであごをしゃくると、すたすた歩き出したんじゃ。卯の花はちぃとまごついたが、やっぱり黙って歩き出した。村の者に逆らうと、全くためにならんからのぅ。

 卯の花は村を出る刹那せつな、村の者を振り返った。

 やっこさん、黄ばんだ麻袋から金子きんすを取り出し、笑っておるところじゃった。

(ああ、俺はこのひとに売られたんだな……)

 他人事ひとごとみてぇに心のうちでつぶやいて、卯の花はおとなしく男について村を出たんじゃ。野を越え、山を越え、やがて二人は大きな村に行きつきおった。

「ほれ、これからここがお前の住む村じゃけぇ」

「……村の名は、何と言うのでしょう?」

「『白織村しらおりむら』じゃ。織物で生計を立てる、その道じゃあちょいと名の知れた村じゃけぇ」

「白織村……」

 卯の花は村の名を繰り返した。その名なら、卯の花もちょくちょく耳にしたことがあったんじゃ。たしか上等の白絹の織物が作られる村じゃった。その絹はおっかねぇくれぇ美しく、他の村がどれだけ気張ってもそのあやにはかなわんかった。

 男は家畜にするように、無造作に卯の花の頭へ手をやって聞きおった。

「お前は織り子じゃったんか?」

「はい」

「そうけぇ。じゃあここでも織り子はやってもらうがな、仕事は他にもあるけぇのぅ。うちの村の『かいこ』の世話じゃ」

「蚕……? くわの葉を刻んで与えたり、ですか?」

「はは、うちの『蚕』が桑っ葉なんぞ食うもんけぇ。やつらが食うのは葛湯くずゆじゃけぇ」

「くずゆ……!?」

 卯の花はおちょくられてるんかと思うた。葛湯をすする蚕なんぞ、今までに聞いたこともなかったからのぅ。

 男はくつくつ笑いながら、卯の花を『蚕小屋』に案内あないしたんじゃ。小屋の中をのぞきこんで、卯の花はたまげて言葉を失いおった。

 そこには見渡す限り、長いながい白髪しらかみ女童めのわらわどもがおったんじゃ。

 卯の花にそっくりな白い髪と白い肌、赤い瞳とくちびると。生肌なまはだの上に透けるほど薄い白絹の着物をはおり、そろいの赤い目の色でぞろっと卯の花を見つめてきおった。

「…………ぁ、」

「おったまげたか? これがうちの村自慢の『御蚕おかいこさま』じゃ。妖怪あやかしの子孫、『白織しらおり』どもじゃ」

「し……白織……?」

「そうじゃ。お前、千年昔にはびこった妖怪どもを知らねぇか? 『魂喰たまくい』ちゅう名で呼ばれとっての、真っ白い髪と肌で若い人間をたぶらかし、その魂を喰う妖怪じゃ」

「魂喰い……」

「そうじゃ。昔に村に住んでた者が、『その髪を織物に使えねぇか』と思いたち、決死の覚悟で魂喰いをとっ捕まえ、試してみたら大成功じゃ! 村の先祖はやがて魂喰いを飼い慣らし、白織に改良したんじゃけぇ。今じゃあこの白織めらが、村の名産『白織物しらおりもの』を支えとるんじゃ」

 嬉しげに説明する男をよそ目に、卯の花はおろおろと白織たちへ目を泳がせたんじゃ。なんせ白織どもの姿かたちは、どっから見ても立派な人間じゃったからのぅ。

 男はそんな卯の花の反応を見て、何やら勘違いしたんじゃな。また少年の頭へ手をやって、なだめるように言いおった。

「大丈夫じゃ、こいつらが妖怪だったのは遠く千年も昔のことじゃ! 今じゃあ長く飼い慣らされて、牙まで退化しとるけぇのぅ。こいつらは今じゃあ、てめぇひとりで生きてくことも満足に出来やしないけぇ!」

 意思のない瞳をした白織たちは、かっと口を開きおった。その口中に、真っ白なそろいの八重歯が生えておったんじゃ。

(ははぁ……あれが退化した『牙』なのか……)

 卯の花が了解すると同時に、男はうんざりしたみてぇに声を上げおった。

「ああぁあ、飯の時間だってんだな! ちょっと待っとれ、持ってくるけぇ! ったく、ほんまに手のかかる……おい、ぼやっとせんとお前も手伝え! あっと……」

「卯の花です」

「卯の花か、おもしれぇ名前じゃのぅ。じゃあ卯の花、わしについて来い!」

 うなずいて去りかけた卯の花が、ふっと背後に視線を感じた。振り返ると、他の白織たちより少し年かさの見た目の少女が、赤い目で少年を見つめておった。

 年のころなら十七くらい。その白織だけはどこか『意思』を感じさせる、鮮やかな瞳をしておった。

「あ……あの白織は?」

「あぁ、あの『うば桜』か? あいつはちっと訳ありじゃけぇ……いろいろ面倒なやつなんじゃけど、採れる絹は白織の中でも上等なんで、いまだに小屋で飼っとるんじゃ。おぅ、そんなことより餌じゃ餌! とっとと俺について来い!」

 荒っぽくうながされて、卯の花は男について小屋を出たんじゃ。飼い葉おけにぎょうさん作った葛湯を持たされ、小屋の中にある細長い『餌皿』に葛湯をどっと流しこむ。そうすると、白織たちは牛の乳を飲む仔猫みてぇに、かがみこんで一斉に『餌』を飲み出しおった。

(なんか……すごく胸が痛むな……)

 卯の花はきつく胸を押さえて、ほっと静かに吐息しおった。その様子を見た村の男は、口の端を歪めてへっと笑って吐き捨てたんじゃ。

「ひどい扱いだってかぁ? 気にすんな、たかが妖怪の子孫じゃけぇ。わしら人間とは違うけぇのぅ」

 男がそうこぼしたとたん、あの年かさの白織がふっと顔を上げおった。そうしてその赤い瞳で、男をにらみおったんじゃ。男はそれに気がついて、さも嫌そうに舌打ちしおった。

「ちっ、腹の立つ女郎めろうじゃのぅ。良い絹が採れるからっていい気になりくさって……。おぅ卯の花! こいつらの世話はもう良いけぇ、こっちに来てはたを織れ!」

「は、はい!」

 卯の花はあわてて返事して、男のあとについていった。去りぎわにふっと振り返ると、年かさの白織はじっとこちらを見つめておった。その目が魔を帯びた宝石みてぇに綺麗でな、卯の花は少しくらっときちまったんじゃ。

(……どこかで、あの目を見た気がする)

 考えた卯の花は、苦笑して思考をあきらめおった。『あやふやなことを考えるより、考える時間を機織りにあてた方が良い』と思うたんじゃな。

 卯の花はそれから丸一日、白織物を織らされたんじゃ。出自があまりにひどかろうと、白織の糸はあまりにしなやかで美しく、卯の花は機を織りながら始終しじゅううっとりしておった。

 夜ふけてやっと眠りにつくと、卯の花は寝しなに甘い夢を見たんじゃ。あの年かさの白織を、抱いて抱かれる夢じゃった。白織の一番大事なところには、赤い花型のあざが浮いておった。

「……妙な、夢を……」

 目覚めた卯の花はつぶやいて、そっと谷間をのぞいたんじゃ。そこはいつになく熱く硬くなっておった。

 寝室に割り当てられた廃屋はいおくの中、少年は周りに誰もいないのを良いことに、己でおのれをなぐさみ出した。窓から差しこむ月明かりに、おのれのものが浮かび上がる。その根もとには赤い花型のあざが浮いとった。

(これを夢に見たものか……)

 見慣れたあざを見下ろして、卯の花は内心でそっとつぶやきおった。

「……あの、白織……」

 気になる。

 それは恋に似た感情か、それともただの同情か。

 夢の内容で、本当はどっちなのか痛いほど知っていたけども、卯の花はそれに気づかぬふりをしおった。一人でいけない行為にひたる少年を、まん丸い月が見つめておった。

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