9 森々格差社会。
たぶんあのとき、まちがえたからこうなったんだろうな。
木ノ園は、週に三度休みになる。
それは園に対しての休みではなく、どちらかと言うと通う子ども達のための休みだ。
個々の生活に関わり、冬を越す上で大事になるもの。そのための休み。
そんな休日の一コマ。収也は森を歩いていた。
キの国山脈中部の目前。山脈の下部には、大きな樹海が広がっている。
学園がある北部は最難危険区とされ、ある程度年を重ね、訓練を受けた者が通ることを許される。もっと言えば、そうでなくては生きて通ることが出来ないのだ。
毒を持つ怪物や下等動物がはびこり、攻撃的な野生の魔物があふれ、平行感覚を狂わせる植物が根を張っている。そして何より、通ると死ぬ毒素を孕んだ(はら)地区や、鼻のイカれる異臭を放つ底なし沼なんかもあるのだから、その手の見分け方も学び感覚を鍛え危険を避ける能力を身に付けなければならないのである。死にたくなくば。
その分、希少な物々も多い。それを取りに死んでやる馬鹿は生憎とこの村にはいないが。身の程はわきまえなければならない。
まだまだ入ってそう深くない北部の樹海。
蛇が木々にもたれ掛かり、爬虫類が虫(?)をひと呑みにするような危険度はまだない。そんな辺りで、収也はきょろきょろと辺りを窺う。死に近い場所には違いなく、何をそんな所でと言うのは、ある、捜し物にある。
「ここらへん……かなぁ……」
蛇と眼を合わせないこと。
蜥蜴に近付き過ぎないこと。
赤い花がある先は覗かないこと。
高い声を出さないこと。
心臓が止まる感じがしたらすぐ逃げること。
今よりも小さい頃から言われ続けた、森での決まり事。
そんな中、数ある決まり事の中でも、森で忘れちゃいけない、決まり事。
「精霊に何か聞くのは、一に一。それ以上はたかのぞみ」
精霊が“いる”ほど危険な樹海で、一つの個体に幾つもの何かを聞いてはいけない。人間と思考も力量差も別物、いやそもそも元が違う相手に、ゼロから百まで聞くのは自殺まがいで愚かなこと。
人間よりも生物学上“上”にいる相手に、礼儀を欠いてはいけない。
特に、森にいる精霊には。
義を怠れば見限られ、礼をし損じれば格を下げられる。
死んで大差ないとされたくなくば、と言う脅し文句。
相手は、自分より強く、気まぐれなのだから。
決めごとを違える愚か者を、“人”として尊ぶことも無くなってしまうのだから。
「だから、死にたくなくば人であれ……っと」
樹海の中。蔦と木々と虫(?)の間。
その中で、僅かな光源を目に留める。
その先のモノを、探していた。
「ビィは地の下、水の下。硝子の欠片と砂の色。ビィは地の下、水の下。硝子の欠片と砂利の─?」
【いも?】【くも?】【しろ?】【うろ?】
「ちょいとそこどけ?」
【【土気色!】】
きゃっ、きゃっ…!─フフフッフフフフッ……!!
いらっしゃい!───薄く反響するような音がする。
周りを囲うような子どもの声と、くるくる流れる細かい風。光が転々と木々の間を照らし、だんだんと岩肌を照らしていく。急に現れたような存在感は、違和感なく視界を吸い込んでいた。その大岩を、なぞっていく。
苔の生えたほぼ緑の岩。手を広げれば端に付くくらいの大きさ。目立たず、主張しない、くすんだ色に光は白と黄色を付け足している。
収也は口を開く。
「ベリックさん、泥ください。赤と青、さがしてます」
こわばってはいない、気は抜けない。
疑問形にしないよう、こうして下さいと、ちゃんと言うこと。
首を傾げることも控えて。流れで問うてしまわないように。
大丈夫だと。“決まり事”は忘れていないと、覚えていると、反芻する。
苔色の布きれだけ腰に巻いて、岩に鎮座する大男。
瞬きの合間に空気のように、そこに最初からあったかのように現れた男。まるで背景手前に合成したような自然さで、三メートルはある巨大を胡座をかいて支えている。
「探し物はここにある。また土器と絵師の真似事か、人の子」
「うん。色つけるとものもちがいいんだって。ビガーが言ってた」
組んだ足に膝をつく、音一つしない摩訶不思議感は、落ち着かない。
染料…、と言うにはお粗末な物々を容れ物に分けて受け取りながら、子どもは控えた方が良いだろう内容理由だと頭にありながらも、収也は慣れた動作でそれらを麻布の袋にしまう。
もう用が済んだ、と言った辺りで、何時ものようにベリックが言う。
説教じみた、その言葉。
「“遣いの手順”を違えるな。さすれば必ず答えよう。」
うん、───破る気はないよと、収也は決まった台詞を吐いた。
「……この赤石も持って行け。真似事たれど映える」
渋い貫禄のある男らしさに、
「うん、ありがとうございます」
感謝の意を伝えるのだ。
最後に、と。収也は“一つ”、問いかける。
「“どうして”なぞかけがすきなの?」
今日中にもう会うことはないだろうと、どうせならと問いかける。
ベリックは、空風のように溶けて消える。
「答えよう」、と。
「言葉遊びと無邪気は我らを好み、我ら森の同胞達も好んだ。幾々年と長きを生き、存在する我らの唯一色褪せぬモノこそ“言葉”よ。“言葉”を重んじ、義を重んじ、我らは存在する。
人の子、違えてくれるな。我が友人であるとあり続けるなら。人であると、人であるのだとされたいのならば」
わかるか?──ベリックは問う。
「わかってる!」
収也はにっこりと承知した。
満足そうにベリックは笑う。
絵の具の原型にあたる泥や石。その在処を聞くにはやはり土の精霊に聞くに限ると、ビガーは言う。実際そうである。おかげで収也はさぼと趣味に不自由することなく、生活に支障をきたすことも今の所ない。
本当なら、買う方が綺麗だとかあるのだけれど、その類の物資に乏しいこんな村では、ろくに手に入るものでもない。そもそも趣味につぎ込むほどでもないし、そこまでやれるほど裕福でもない。
そんなものを買うくらいなら皮のベストや厚底のブーツを買うべきで、堅い木の実を潰す器や棒を買った方が経済的で合理的、らしい。
そんなこんなで、必要物資を集めるついでに、趣味の小道具も取りに行く収也の散策は、続くのだ。
コトバ遊びって、何だか楽しいよね。
あ、【】←のとこは、呼びかける合言葉的な、小さい(ついでに若い)精霊さんたちのおふざけ的な口約束を律儀に守った知識人からのなんかあれです。古き良きなんちゃらです。そんな感じです。はい。