6 自己紹介なり頭痛薬。①
ネーミング。
キの国山脈、その中部。山の中に、『赤松軍備医学院』はあった。
九つの年から入れるそこで、六年学び、外の世界に出る。それがキの国、国内の、木の村〈もくのむら〉、霧の村〈きりのむら〉、岸の村〈きしのむら〉、来の村〈くるのむら〉、忌の村〈いみのむら〉……計五つの村の子どもの、大多数が通る道である。
入学試験は厳しく、また実技(戦闘含む)、座学のどちらかでも合格点を取らねばならず、その敷居も高い。割とシビアなのだ。
隣国であるソの国からも入学希望者が来るほど、多くの騎士達を育ててきた『学園』は、それだけ卒業した後のステータスなるのである。
三大名門校と隣国周辺でも呼ばれる『赤松軍備医学院』は、山脈中部、その樹海の中に、広々と鎮座していると言われていた。
場所は変わって、山脈中部、その下。木の村。
まだ小さい幼子の教養を身に付けるべく通わされる、塾のような処。
『木ノ園』は、全校生徒四百人の、小さな施設である。
木造で、創立からも大分長いせいか所々腐っている。近いうちに新しく建てるか、補強工事が執り行なわれそうな具合だった。
さてその木ノ園の中、スズラン組には、一人の少年がいた。
黒い髪は跳ねていて、アホ毛まである手入れをした様子がない頭と、フードの付いた服に黒いベストを着込んだ、入園したばかりの男の子。
自己紹介の順番が来たようで、丸椅子からちょこんと立ち上がり、声を上げた。
「兎田収也です!おにんぎょうをつくるのがとくいです!よろしくおねがいします!」
辿々(たどたど)しく言い切った収也は、ちょこんとまた椅子座った。
すごいねぇ。つくれるの!?今度つくって!
うん、いいよっ!と楽しそうに話し出す。どうやら順調そうだ。
「和峰未宇花です!まほうができます!よろしくねっ!」
人好きのする可愛らしい笑みを浮かべる未宇花は、さっそく多くの同級生に囲まれ出した。
その近くで、ある女の子も声を出す。
「幹明乃ですっ………う、うんどうが、すきです……よろしくね」
焦ったのか、尻すぼみになっていた。
それに、よろしく!よろしくね!と声を掛けていく同級生達。こちらも大丈夫そうだ。
収也は教室を見回した。二十人くらいの同い年達の群れ。ビガーより細く、眉間に皺の寄ったくしゃくしゃの女先生。
黒岩をスライスしてそのまま填めたような感じの変な形の黒板。部屋の天井四隅に停滞したまま浮いている、三角形の石が入ったランタン。
触れないかなぁと見つめていると、女先生は解っているかのように廊下側にあった一つを招くように手を振った。
ふわぁ───手元に納まるランタンに、自ずと静かになる周囲。
「私はこの道四十年の教師です。本園内では身に付けておくべき教養と、身の振り方を覚えて貰います。知らなくて恥を掻きたくなくば、学びなさい。
さて、この手にあるランタン………、器自体に大した効力はありません。これの中の物、何か分かりますか?」
わかる?
隣の子に聞かれるが、分からないので首を振る。ビガーはあんなの使ってないし、家にも無かったしなぁと考える。赤い火の蝋燭って、危ないけれど落ち着くよね。
「この世には“核”と呼ばれる物が何に対してもあるとされています。山、川、森、人、……蛙なんかにも等しくです。勿論、私にも」
かく……?
じっ……と見ていても、かくが何なのかよく分からないなぁと、収也は思った。
「見えるだけが全てではない。けれど見える事しか解らない事の方が多いでしょう。しかし、どうか忘れないで頂きたい。知らぬと断じてしまうには、惜しい事が沢山あるのです。大きく外れる前に学びなさい。年若い内もまた年を重ねた後だとしても、学ぼうとする行動こそを、私は尊びます。
生きたくば、学びなさい。学びたくば、動きなさい。何度でも言いましょう。
学びなさい、皆」
ランタンの光が、手の中で揺らめいていた。
「この中の物は、“ケト”と呼ばれるエネルギー源の固形物です。ケトは魔力より高い、強いエネルギーを生む希少な物です。その価値故、一部の人種のみが使い、売買する手に入りにくい物………なかなかお目にかかれない物です。大きな物ほどお金がかかると思って下さい。この欠片でも万ワークルはしますから。
……魔法は力、ケトは力、ナイフも、剣も、力です。貴方達は今から、力を扱う土台を造るのです。力を扱うという事を学ぶのです。
学びなさい。自分自身のために、学びなさい」
ランタン。ケト。エネルギー。希少。力。お金。学びなさい。
あ、あと核。
頭で色々と反芻する。
「…コムズカシイことばっか言ってんな、あいつ」
「な」
後ろの子らが、ぶつくさと零す。
「でも、おもしろいよ?」
「あ?」
「ん?」
「あ……、ごめん」
さっ……と目をそらして教師を見つめる。少し後悔しながら。やんなきゃ良かったなぁ…と。
教師はしわくちゃで、眉間に皺が寄っていて、恐ろしい感じの目つきをしていた。名乗らないらしいその先生を、収也は影でこう呼ぶことにしたのだった……。
「“学びな先生”ぃ~?ふははっ…!良いね。あの人に、その名前ね……良いよ、良いんじゃない?ふふふ」
ビガーはまるで、面白い事になったと言わんばかりに腹を抑えた。
シロサバのスープの皿を出しながらその動作をするもんだから、慌てて取り上げる。溢れる溢れる。
でもそんなことより、気になったので聞いてみる。
「なんか楽しそうだねビガー」
「ふふふ、収也が楽しんでるみたいで良かったな~ってだけだよ。俺はいいのさ」
「ふ~ん……、あ、ビガー!ぼくね、ほのお?がつかえるんだって!」
それなら良いやと、気にしないことにした。
「…へー!火の力かぁ!良い魔法使えるね!良かったね収也!」
「うん!がんばるね、ビガー!」