5 お約束。
平和な平和な、お約束。
「しゅうー!なにしてるのー!」
友達の声に振り返った。なにって、トカゲを見つけたから逃げないように静かにしゃがんでいただけだ。
…あ、行っちゃった。いない。
物申したくて、友達にぶすくれる。
「みうのせいでにげちゃったじゃんかぁ!」
「え~!わたしのせいぃ~?ごめんごめん!」
反省していない。ひどい。
和峰未宇花。この村の名家の娘であり、ぼくの幼馴染みの一人である。小さいサイドテールの茶髪の、可愛い女の子である。
「………あ、いた。しゅうー、みうーっ!」
「あのちゃんっ!」
ホッとした顔の、意外にも手が出る女の子、幹明乃。淡い水色の髪の、ツンと澄ましたような子だ。この子が、ぼくのもう一人の幼馴染み。
母の広い交友関係に、騎士の素質が代々高く生まれる名家の人と、武術家として顔の広い家の人が居て、それが子ども同士にも反映されたという話。
キの国山脈、中部の、その下。森と岩に囲まれた、木の村〈もくのむら〉に密集した石レンガの家々。
そんな所で、ぼくは生まれた。
「しゅうー」
「なにー」
「わたしねー!ぜったいキシになるよ!それでね!おうさまを守るの!」
「わたしもっ。おうさま、守るの……しゅうは?」
『騎士』。
それは、王を守るための、名誉ある役職。
『学園』を卒業し、王都の騎士団に入隊する。それが、何よりも自分の強さを証明できると言われていた。
正義感と、責任感を両立させて、王様の役に立ちなさい。盾となり矛となり、王様を守りなさい。それが最も名誉な生き方なのだからと、
村の人の言う“名誉”とか、よくは解らないけれど。
大切なモノなんだろうな、とは思う。
そして、この二人は、その名誉を得るために、十五を過ぎたら王都へ行く。騎士になる。
ぼくは言った。
「じゃあ……ぼくもなるよ!キシ!」
「わあい!三人いっしょ!」
「う、うんっ」
ºººººººººººººººººººººººº
赤い石造りの家がある。苔と蔦の這う、古びた趣のある小屋のような家が、ぼくの家。
がんばって扉を開くと、すぐテーブルと三つの椅子ぬあるスペース。向こうの仕切にはキッチンがあり、食器棚がある。花の生けられた右側の窓には、オレンジ色の草臥れたカーテン。
決してお金持ちとは言い難い小さな家だ。
「ビガー!ただいまぁ!」
何もない所に向かい、元気良く声をかける。
テーブルの端の、壁のすみっこ。そこがねちゃり……と波立った。
ズズズズ───土色の塊が持ち上がり、徐々に形を作っていく。
二メートルはいくくらいの、ごっつい大男。だが、どんな顔をしているのかは見たことがない。
牛の角のような突起のついた、物々しい鉄の甲冑がずしりと顔を覆っているからだ。
可愛いとは言い難い、格好いいとも違う古くさいチョッキと、土気色の肌。固めた泥のようなもので形作られた彼の肌は、割とスベスベしているのでたまに引っ掻いてみる。砂のように削れて落ちてしまうので辞めてくれとよく言われるけども。痛みというより、床が汚れるからという方を気にしているらしい。
「お帰り!収也!」
意外にも若い、青年のような高い声のビガーは、壁の隅で休んでいたらしい。肩が凝りそう。あ、肩回してる。やっぱ凝るのかもしれない。
「ビガー!あのね、ぼく、キシになるよ!みうとあのと三人で、なるよーって約束した!」
「へぇそうなんだ。頑張ろうね、俺も頑張るよ!」
「わーい!ビガーもいっしょぉ!」
ビガーの冷たい土のような腕に捕まって、ぐらぐらとする。乾いた草のような匂いのするその腕が、大好きなのだ。
ぼくの好きにさせていたビガーは、そういえばと口を開く。
「兎田ママと兎田パパ、今度はカの国へ行ったみたいだよ」
「カのくに?どこ?」
「ここからうんっと遠く。海を越えた向こうの方にある処だよ」
「すっげぇ!かあさんとおさんすっげぇ!」
「凄いよね~」
武器職人である父と、写真家である母は旅をしている。昼も夜もその日暮らしをして、少しの稼ぎを宅配で送ってくれる。
早々家に帰れる訳じゃない。数年単位で帰っては来ない。
そのために、守ってくれるビガーがいる。
「ビガー、おはなしきいてっ!あのね、あのね」「はいはい。ちゃんと聴いてるよ~」
テーブルから身を乗り出して、次から次へと話をする。ビガーの表情は見えない。だかそれすら気にせずに喋り通した。
今年でぼくは六歳になる。そうなると学び舎に通えるようになるのだ。
魔法をきちんと扱えるようになって、自分の事は自分で出来るようになる。そうすれば、ビガーも助けてあげられる。二人と一緒に、騎士になれる。
楽しみ意外に、在るはずがなかった。