プロローグーないやー
休日。
オシャレなんて気にかけない、男同士で通ったカラオケ。
クソ上手いくせにたまにとんでもなく外す親友と、可も無く不可も無いおれの美声()。
その場のノリで掛けた携帯端末。完全に呆れ返った顔でやって来た猫ちゃん先生。
綺麗なソプラノでネタ曲を熱唱するさまのなんとシュールな事か。
いつの間にか替え歌合戦へと変わったカラオケルーム。コーラと珈琲とグレープジュースがこぼれて大惨事に。
残り十分を証拠隠滅に使い、逃げるように店を出てばたばたと走ること数分後、漸く冷静になった頭で馬鹿やってんなぁと考えた頃、そう言えばと親友が口を開いた。
何だと聞き返す猫ちゃん先生のネクタイに、白い猫のタイピンがあるのに目が留まる。仕事終わりでそのままだったスーツ姿の、キッチリした所にギャップが出来て良いね───そう珍しく褒めようとしていた。
だって猫ちゃん先生、見た目にこだわらないんだもの。タイピンだけでも十分な進歩だろうと。
自分も洒落っ気はないくせに、髪も伸ばせば美人になるだろうにさ、本当教師命なんだからと余計な事を考えていた。
ビルとビルの間。顔の隠れたいかにもな連中。
そんなものが、目に留まった。
そう言えばこのショッピングモールの先って、敵地に近いんだっけ。ふとそんなものの、何処かで聞きかじった他人事を思い出した。
血なんか転んだ時と、包丁で切った時しかお目にかかれないような育ちだから、少し街を出れば死ぬようなそんな世界のどっかの話なんて、自覚する生き方してなかったから。
まあ何が言いたいかと言うと、そのいかにもな連中、敵国の奴らで。
其奴らの目先に、猫ちゃん先生がいて。ああこれ、諸共市民皆殺しの感じかと察したんだ、どっか人事に。
同じ身長くらいの猫ちゃん先生と親友の、肩と服を引っ掴んで階段を下ろうとした。
そう、した(••)んだ。
トコトコトコトコトコトコ───ブーツ特有の籠もった音。ズガガガガガ───、すっげえ音。…ああ、銃か。
ちょ、えぇ?
なに!?
二人を突き飛ばす。特に、近い場所に居た、猫ちゃん先生を。
乱暴でごめんな、ちょっと今さっきので手加減とか出来ないわ。受け身取れてれば良いんだけれど。まじごめん。
咄嗟に引っ張る力を、ただ押す力にしたせいでこんなやり方になってしまった。申し訳ないなぁ。
おい親友よ。そんな苦虫かっ潰したような顔すんなや。確かに眼鏡は落としちまったし、形振り構わな過ぎてみっともないかもしんないけどさ。これでも精一杯やったんだぞこら。
一応猫ちゃん先生女だからさ、早く起こして逃がしてやってよ。男なんだからさ。今助けてやれんのお前だけなんだからよ。
ほら。行け、行けよおら。言わねぇと解んねえ付き合いじゃねぇだろ。何年悪友やってっと思ってんだ。
鉄パイプに似た匂い。左肩と右脇腹から流れるモノのまぁまぁ何と赤いこと。
乱射された弾はこちらにも向かって来て、それがおれに当たっただけ。
充分な致命傷。べしゃりと力の抜けた身体。ぶつけたはずの、痛みの無い肘。
熱い。何だよ此処。クーラー効いてないな。
あ、違うわ。寒い。やっぱ寒い。やっと冷房効いたのか。でも寒くし過ぎだって。調整しろよ。…とか、馬鹿な現実逃避何だろう、なんて思って。自虐がぴっとりとくっついて離れない。口元も、上がらないけども、行っちまえって、気力だけが残った。
─逃げろ。あっち行ってろ。イイから。…、寒いなあ、寒い。寒い。寒い──ああ、イタい。
お前らは生きてろよ。おれはイイけど。逃げ切って何時もの日常に戻って、また課題にでも悩んでるよ。
おれはイイ。おれはイイから。別に。別に。べつに、いい。
平気。へーき。いいんだ。イイ。
いや、やっぱ無し。駄目、だめ。おれ、おれは、
まだ、まだおれ、まだ、おれは、
死にたく─────……………