19 キツツキ四号。
単発系ぽーん。
幼少よりズレゆくもの───
違和感が人を〖ー〗すまでの、序章なり。
定めととくとき、その心は。
的な?
小さな小さな、今の収也の掌に収まりほどの、本当に小さなぬいぐるみ。赤い鳥だ。キツツキの、マスコット。
縫い跡はぶちぶちとまばらで、触ると布と糸とが凸凹として感触は悪い。
黒地に白と、小さく赤が当ててある。ボタンは目玉っ首辺りに縫い付けてあって、大きさのせいか、薬でもヤってるような目になっている。
羽を広げている訳でもなく、閉じているからかキツツキには中々見えない。調和というものがとれていないからぽてんと倒れてしまうし。
立つことの無いこのキツツキは、止まり木もないから机に倒れたままに放置するしかない。
壁にもたれて、収也は自作のぬいぐるみを両手で握った。
見た目よりも固いのだ。形を作るために詰めた布が柔らかさとほど遠くしているのだから。
「キツツキ四号」
一番最初に作ったのは黄色の虫。蜂か、蟻かもよく解らない、意図して似せようと作ったのではないその、色分けすらされていない代物。二号は灰色のナイフ。モドキ。色分け無しの、残念賞だった、今思えば、ちょっと思う。
三号は茶色い犬。ベタ塗りの如く真っ茶っ茶で、且つぺったんこだったはず。
一号は母に、二号は父に、三号はビガーにあげたものだ。
何かあげたかった、ような気がする。
家にビガーと二人で暮らしてね、会えるの凄く少なくなるけど、大好きだよ、それだけは分かって、元気でいてね……他にも色々言われたけれど、兎に角急いで何か、何かって考えて、思い付いたもの。
針は難しい。布の切り方もよく解らない。どう作るか、どうやるか。難しいし、解らない。
うんうん考えて、指先を針跡だらけにして、何とか出て行く前日に渡せたもの。
『お、おおぉ……これ……包丁、…か?……上出来だな』
『もーお父さん!息子が才能あることしたのよ!もっと後押ししなって!』
『イテッ!イテェッつの!やめろ……!』
『ほーらっ!おーとーうーさーん?』
『鬱陶しいわ馬鹿、………よくやった。才能あるぞ』
『もーそれじゃ上から目線すぎなーい?』
『お前には言われたくない』
『あはははっ!』
・・・・・・・・・・・
『え?……俺に?』
『わ~かわいいねっ!大事にするよ~!』
『……所でこれ、馬さん?』
『えええええぇ…………そんな笑うー?』
『俺まで貰っちゃって、何か照れるね~』
『じゃ、次は収也の分も作らないとね~。応援してるよ!』
・・・・・・・・・
『…………………カラス?』
『えっ、キツツキ??』
『わあああっ!キツツキ!!そうだねそれキツツキだねっ!ちゃんと見えるよ!!キツツキ!』
『…………ちょっと~!』
『よく笑うね~収也は~ふふふ』
『俺の持ってるの、三号何だよね?じゃあ次は、四号かぁ』
『もっと色々作ろっか。また出来たら見せてね!』
キツツキ四号。
四号からは『キツツキ』も付けることにした、ぬいぐるみの番号。
「………」
収也は考える。
コイツを作った時は、どんなだっただろうかと。
色を分けて、立体になるように気を張って詰め込んで。
ビガーに貰ったボタン、また使って。
嘴は上手くいった。上手くいったもんだから思わず頭だけの時に見せに行って、凄く驚かせたんだった。
生首を手に、満足げに掲げて……うわぁ、忘れてビガー。
一号より、二号より。
三号よりも上手く出来た気がした。凸凹だけれど、上手くいったと思ったのだ。
何故かとても、勿体ないことをしている気がしたけども。
だって、これは自分に向けて作ったものだった。他の誰かにあげるものじゃなく、自分に。何となく誰かに宛てて作っていたものだったから、自分に宛てた途端、どうしようかと悩んだのだ。
飾る?それは如何かと思った。飾って、はい終わりにはしたくなかった。何てったって、自信作だったから。
四号は自分だ。自分の特別。
何処かにそんな意識があったんだと思う。
初めて生き物っぽく出来たんじゃないかと、鼻高々になるくらいには自信作だったので。
だから結局の所、誰かにあげようと思った。
できれば、仲の良い誰かに。四号で遊んでくれたらなって思った人に。
「………」
ベッドの端。ベッドの脚がすぐ隣にある、クローゼットがある壁。
もたれていた背を離し、ベッドに膝をついて乗っかる。少し方向転換をして、クローゼットを開けた。動くたびにギシリというのに、壊れて膝でもヤって仕舞わないかと思ったり。
膝立ちをした体制で、キツツキ四号をクローゼットの奥に仕舞う。服と、読まない絵本で見えないよう隠す配置。
静かに閉じられたクローゼットが、もう開けるなと、バッテン印を付けた気がした。
「……」
収也はベッドから降りる。
とっとっとっ、扉のノブに手を掛けて、引く。
ギィィ───バタン。
自室から、出て行った。
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「……しゅう、ごめん」
「……うん」
明乃は家を出てすぐにかち合った。
がっちごちに固まった少女は、いっそ笑ってほしいのかと思うほど些細な事で転びそうになり、舌を噛みそうになっていた。
無言で歩き、そろそろ未宇花が待つだろう辺りに来て、明乃は謝った。下ばかり見て、ぶつかりそうだなという様子で。
「…昨日」
「うん」
「しゅう、みうといっしょだったでしょ?」
眉が真ん中に寄りそうになりながら、「うん」と相槌。
「れんたくん、……あやまってて…、あやまらなきゃって、はなしかけてもらえないって…、」
「そっか」
───桃色と、全部を掻き消す白がちらつく。
「こわくて……、ねえ、しゅう……わたしたち、ともだちやめてないよね……?」
「やめてないよ!だいじょうぶだって!」
苦笑しながら、笑い飛ばす。
───聖女と平民の、何処か見覚えのある絵画がちらちら見えた気がした。
「そう……?……よ、よかったぁ……!」
「しんぱいしょうだって!それ、気をつけなよー」
顔は、笑う。
切断されたように、顔と中身が切り離れていた。
───眩しい笑顔。綺麗な笑顔。明るく、可愛い、強い、笑顔が目から離れてくれない。
じわりと点滅する、目眩に似た。
どうしよう、どうしようと慌てふためく自分を、見ている“だけ”の自分がいる。
〖凄くイタそうだね〗……って、言ってるだけの自分がいる。
「あのー!しゅうー!」
「み、みうー……おはよ」
「おはよーっ!木ノ園いこっ!」
「うん!」
「うん…!」
・・・・・・・・・・
安心仕切った、控えめな笑顔。ちょっと引っ込み思案だけれど、意外に手が出る女の子。
快活で元気な、花のようね笑顔。真っ直ぐ通った芯のある、皆に好かれる女の子。
誤魔化すような、眉の下がった笑顔。インドアかつアウトドアな、手先の器用な男の子。
三人は幼馴染みである。
名家と武術家、そして平民。身分差の中、意識せずして親繋がりで知り合った、最初の友達。
キの国山脈中部、その下。北の森を過ぎた所の、森と岩に囲まれた、とある村のことである。
木の村にて生まれた子ども達は、小さい頃、約束をした。
“騎士”になろう。
三人揃って騎士になろう。王様を守ろう。
三人揃えば、出来ないわけ無いと笑い合った。
少年はそれを喜んだ。
出来る事を学んで、きちんと身に付けて、強く。
そうすれば二人の役に立てるだろう。育ててくれた母と父、親戚のような土の精霊を助けてあげられるのだろう。
楽しみ以外あるはずないと、百点満点の笑顔で言った。
無念と私怨。気遣いと人の良さ。盲目と事故解釈。
前と今。外面と内面。
違え、違えてしまった、それだけの話─
──
……おおう。