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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

錆びついた爆弾へ

作者: くろうさぎ

 私のような大昔のマシンを掘り出してもらえるなど、大変うれしいことだ。

 少し、昔話を聞いてはくれないか?

 なあに、退屈はさせないつもりだよ。

 これは、世界がガラクタで覆われ、錆びついていた時の話。


***


 今日もこの世界は、絶え間なく金属のこすれる不快な音を発し続けている。晴天の空も、その青さをのぞかせる前に灰色の煙に覆われる。その光景も、ここでは日常的なものである。

「おばさん、チーズとパンを五個ずつちょうだい」

 そんな都市の一角、とある店で、少女はハンチング帽を脱いだ。。つなぎ姿に後ろにまとめた髪。整った顔立ちをしているが、付いたすすや金属臭がそれを打ち消している感じだ。

「あれ、多めだねえ。また長仕事かい?」

「うん、泊まり込みで。結構大きいメカらしいからさ」

「ホントよく働くねえ。ソフィちゃんにはお世話になってるからね。サービスしてあげるよ」

「ええ、いいの!? 」

「その代わり、また壊れた時はよろしくね」

「もちろん、まかせて! 」

 袋いっぱいのパンとチーズを受け取ると、ずっしりとした重みが少女の両腕にのしかかった。

 ソフィと呼ばれた少女の仕事は、機械修理である。機械が溢れるこの世界で、その仕事の需要は大きい。多くの修理業者は何らかの組織に属し高い修理代を要求するが、ソフィはどこにも属さない個人経営であり、他に比べてとても安価なので、毎日のように依頼が殺到している。


***


 居住区に赴いたソフィは、ダリオという常連客のもとを訪れていた。

「んあー、ダメだ、これ。核がいかれちゃってるよ。買い替えるか、作り直さないとだね」

 ソフィの言葉に、ダリオは残念そうに無精髭をさする。

「うーん、そうかあ。長年使ってきたから、結構愛着があったんだけどな」

「しょうがないよ、機械はいずれ壊れるから。質の悪いものでよかったら私の店にいくつかあるけど」

 機械はいずれ壊れる。

 ここでのその文句は、共通の合言葉のようなものだ。

「そうだな、じゃ、一つ譲ってくれるかい? 」

「じゃ、一万三千ガロいただきますね」

「ちゃっかりしてんなあ」

「商売ですからね、ふふん」

 苦笑いするダリオ。結局明日に壊れた機械を引き取り代金を受け取ることとなり、ソフィは軽い足取りでダリオの家を後にした。

 久しぶりに大口が入ったので、少し贅沢ができそうだ。都市は下層区と上層区に分かたれており、錆び臭く空気も悪いこの区域は、言わずもがな下層区だ。しかし、下層区にだって下層区なりの贅沢があるのである。

 居住区から外れた小さい路地、そこにソフィの店はある。古びた扉をガチャリと開くと、来客を知らせるベルが鳴った。

「おかえりなさい、ソフィ」

「ただいまー! ね、聞いてよルナ。ダリオおじさんがコードNo.21買ってくれそう! 」

「ほう、それは良い知らせですね」

 帰った彼女を迎えたのは、ハリボテのロボット。余った部品をつなぎ合わせて、ソフィが作ったものだ。接客や掃除など、いろいろと店で働いている。

「いやあ売れた売れた。どうしよう、ピザでも頼もうかな」

「まだ決まったわけではありません、早まるのはよしたほうが」

「むえー、ルナのケチンボ! 」

 その日は結局、昼間に買ったパンとチーズで済ませたのだった。


「うまー」

「幸せな人ですね、あなた…」


***


 どん。

 どん。

「んあ…? 」

 何か、外から音がする。多少おさまるとはいえ機械音は毎夜ひっそりと聞こえてくる。しかし、聞こえてきた音はそれとは違うものだった。誰かが、扉をノックしている。もう真夜中だというのに、どうしたというのだろうか。

 ソフィは半開きの目とふらつく足で玄関へと向かい、扉の向こうへ問いかける。

「あの…何か用ですかー? 」

 返事はない。去ったのかと思っても、小さな音が時々聞こえてくる。

 しびれを切らしたソフィがやや乱暴に扉を開けると、そこには。

「……誰? キミ」

「………ぁ」

 ぶかぶかなローブを羽織った少年が、じっとこちらを見ている姿があった。


***


 時刻は夜二時、深夜も深夜だ。だのにソフィは、明るく室内を照らしている。というのも、

「あー、どうぞ。ココアだよー」

 湯気の立ち上るソフィ特製ココアを、キョロキョロと部屋を見まわしている少年へ差し出す。

 少年はそれを口に入れようとすると、直後に小さく悲鳴を上げて飲み口を離した。

「いやいや、熱いのくらいわかるでしょ」

 ソフィがあきれたように頬杖をついても、少年は首を傾げてひりひりとしている舌を出す。そしてもう一回ココアを口に入れ、同じことを繰り返した。

「何やってんの…こうするんだよ」

 ソフィが自分の分のココアにフーフーと息を吹きかけて飲んでやると、少年はその行為をじっと見て、同じように息を吹きかけ、ココアを口にした。途端、彼はびっくりしたように目を見開き、勢いよくココアを飲んでいく。

「ココア飲むの、初めてなのかな」

 まるで小さい子供のようだ。見た目はソフィより少し下くらいなのだが。

「ねえ、キミ、話せる? あーいーうーえーお」

「………? 」

「記憶喪失……なのかなあ? 」

 どちらにしろ、ソフィはもう眠かった。


***


「データ・ダウンロード…チェック」

 決まり文句とともに、ウイィィィンという起動音が鳴り響き、眠っていたロボットが目を覚ます。彼は目を覚ますのに、三十分ほどかかる。

「おはようございます、ソフィ。…あれ、何かやつれてますが」

「ルナ、聞いてよお…」

「良い知らせではなさそうですね」

「悪い知らせっていう訳でもないんだけどさ…」


「…なるほど」

「何かわかった? その子、記憶喪失っぽいんだけど」

「驚かずに聞いてくださいね」

「え、な、何? 」

 いつになく真剣そうな声色に、少し背筋を伸ばす。


「この男の子……機械です」

「……え? 」

「ぃ、あぃ」


 ソフィアは眼前の少年を見つめ、

「いやいやいやいやいやいやいやいや」

 早口でそれを否定して見せた。

「いきなり何言いだすの。この子は人間でしょ? だって、ほら」

 ぼーっとしている少年の頬をむにむにとさわる。まぎれもない人間の感触だ。どこをどうしたら機械に見えるというのか。

「これは、私が先程撮影したものですが」

 早口でまくし立てるソフィに、ルナが映像を映し出す。どうやらそれは少年の体内のようだった。

「……うっそ」

 それは、骨や内臓とは全く別の内部構造だった。複雑なパーツが幾重にも組み合わさって構成されている。胸のあたりには、動力装置らしきものが埋め込まれていた。

 驚きと感嘆が胸中を支配し、ソフィはしばらくそれに見入った。


 場が静まり返る中、徐にルナが口を開く。

「まあ、子供に親がいるように、機械にも製造者がいるはずです。探してみましょうか」

「ん…そうだね。すごいなあ、こんな技術…」

「ぎぅ、つ。ぅ、ごい」

「なんだこいつ。かわいいぞ」

「とりあえず、仮の名前くらいつけたいですね」

「うーん…あっ」

 少し考えた後、ソフィアがポンと手をたたく。


「ココア……でいいかな? 」

「こ、ぉあー」


 命名。―――ココア。


***


 ココアは、予想外に成長が速かった。

 二日目にはこちらの言葉を理解するようになり、一週間目には簡単な仕事くらいこなせるようになった。ただ、声帯はうまく作られていないらしく、会話は少し難しい。タブレットやルナを介しての意思疎通をするようにしている。

 しかし、ココアも、ソフィたちと会う以前のことは覚えていないとのことだった。


「…っあー、仕事終わった! ココア、何食べたい? 」

 一応聞いたが、そんなに財布に余裕があるわけでもソフィの料理の腕がいいわけでもない。ココアは、うーんと悩むしぐさを見せてから、カタカタと文字を打っていく。

『ココアちょうだい、ソフィ』

「好きだねー……」

 彼は、あの日からココアを毎日口にしている。飲みすぎではないかというほど何杯も飲んでいるので、ソフィとルナはひそかに心配しているのだ。

 夜ご飯ではないが、とりあえずココアを出すと、幸せそうな顔でしっとりと飲み進めていくココア。

 …紛らわしいなと思ったソフィだった。

「美味しいかい? 」

『美味しい。至高の飲み物。この甘ったるさが何とも言えない、絶妙な味。人生のけだるさをも感じさせる』

「むっちゃ饒舌になってるんだけどこの子…」

 いや、元々よく喋るほうなのだろう。コミュニケーション手段ができたことによってそれが現れているのだ。

 あともう一つ、ソフィの周りでの変化がある。

「はは、ま、嬉しそうだしいいや。ルーナ―、ご飯作ってー」

「私でよければ」

 ルナが料理にはまり始めた。


***


「―――シャットダウン」

「よし、おやすみルナ。じゃ、ココア、私もう寝るから」

 ソフィが寝床へ行こうとすると、ココアが小さく声を出す。

「ぁ……」

「ん? なに? 」

『えっと…何でもない』

「なんじゃそりゃ。じゃあ、お休みココア。また明日」

『……おやすみ、ソフィ』


***


 今日は晴れだ。煙によって隠れているけれど、うっすらと青い空がのぞいている。ソフィはこんな日を仕事日和だという。今日も今日とて依頼がたくさんある。店番はルナとココアに任せ、ソフィはハンチング帽をかぶり機械を修理して回っていた。

 三件目の依頼を終え、次へ向かおうとした、その時。

「失礼。ソフィ・キキ様ですね? 」

 営業スマイルを貼り付けた科学者のような風貌の男が、声をかけてきた。

「…? はい、そうですけど」


「―――お話が、あります」



 ギルデルと名乗ったその男は、どうやら上層区で研究員として働いているらしい。一度も笑顔を崩していないのが、かえって不安をあおらせた。

「お話というのは、ある、取引をしてほしいのです」

「取引…? 」


「ええ。端的に申しますと…お宅にある人間型機械を、我々に譲ってほしい」


 一瞬、ソフィの思考は停止。そして目まぐるしく動き出す。

「もちろんただとは言いません。あなたが上層区でも一生暮らせるほどのお金を支払いましょ―――」

「あの、ココアのことを何か…知ってるんですか」

「ほう、愛称で呼ばれていらっしゃるのですか。随分と愛着を持っていらっしゃるようで」

「答えてください」

 馬鹿にしているような余裕たっぷりのような態度のギルデルを睨みつけるソフィ。彼はココアのことを、モノのように言った。それだけで、ソフィが激昂する理由は十分だった。

 そして一瞬だけ、彼から笑顔が消えた。


***


 早く、帰らなければ。


 ―――あのマシンは、正確に言うと…というより、本来の目的に沿って言うと、マシンではありません。


 二人が、待っている。


 ―――あれは、我々の研究室で開発した、爆弾なのですよ。


 走る足は重く、気持ちだけで動かしている。


 ―――え? 何故って…それはもちろん、隣国に送り込むためですよ。人型なのはまあ、うちの研究主任の趣味、といいますか…。


 奪わせては、駄目だ。


 ―――ただ、保管していたところ、アレが抜けだしてしまいまして。


 いやだいやだいやだ。


 ―――それで…取引には、応じていただけますか?


 呼吸ができないほど息を切らして、扉に手をかける。


 ―――…そうですか。ではこちらも、それ相応の対応をさせていただかざるを得ないですね…。


 ルナ。ココア。


 ―――残念ですよ…ええ、本当に。


「………っあ…」


 目の前に広がっていたのは、物が散乱し、半壊している我が家だった。


***


 一歩床を踏むたびに、ガラスがガチャリと音を立てる。

 協力して作った思い出の機械や商品が、そこら中に転がって壊されている。

「…………えぅあっ……ひぐっ…」

 いっそ大声で泣きたかった。

 その場で膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

 もう少し奥に行くと、穴があき、つぶれてスクラップになりかけているルナを見つけた。

「……ル、ナぁ」

「ギギ…ギ。ソ、フィ」

 ノイズ交じりに、聞きなれた声が聞こえた。

「ルナッ!! 」

「わが…たし、だいじょぎ…ぶ……おく…こ…ごぁ…」

「奥に、いるの? ココアが? 」

「―――――――――」

 ルナはノイズを流すだけで、ソフィの問いに答えない。

 涙をぬぐい、さらに奥へ進んでいく。

 ベッドの上に座る、少年を見つけた。

「―――ッ! ココアッ!! 」

 ソフィが彼に近づくと、カタカタと文字を打ち込む音が聞こえてくる。

『…ルナが、守ってくれた』

「……うん」

『ねえ、ソフィ』

「……なに? 」

『僕は、多分、生まれてくるべきじゃ、なかった』

「…そんなこと」

 ない、と言葉が続かない。爆弾として、傷つけるために生まれた科学兵器という事実を前に、そんな無責任に彼の言葉を否定する。それは、とても残酷なことに思えて。

「…そう、かも、しれない」

 ソフィは、枯れたのどから声を絞り出す。

「でも」

『……? 』

「少なくとも…キミは何も、悪くない」

『……』

 多分、こんなどっちつかずの返答など、求められてはいないだろう。でも、悪くない。彼は。それは、ソフィの中の揺るがぬ事実だった。


「――――――が、ぷ」


 不意に彼が口を開いたと思うと、そこから赤黒い液体がどろりとこぼれた。

「ココアッ!? 」

 ソフィは慌てて彼の背中をさする。

 そして予想と違う感触に、顔をしかめた。

 どろりとした、粘っこい感触。見るとソフィの手には、赤黒い血のようなオイルのような液体がべっとりとついていた。

「………あ、ひぅ」

 うまく呼吸ができない。全身から嫌な汗が出ている。

『一発、撃たれた。きっとまた戻ってくるから、逃げて。ルナと。多分、ルナは直る』

「……嫌だ」

『ソフィ』

「嫌だ!! 私絶対、絶対離れない…」


「ありがとう」


 絞り出した声の主は、ひどく幸せそうに、笑った。

 瞬間、ソフィの意識は飛んでいく。

 ソフィに見えたのは、少年が床に落ちていたグレネードを拾ったところまでだった。


 そしてこの世界から、一つの爆弾が消えた。

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