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吸血鬼ヘルン  作者: ねこむれひなた
吸血鬼の目覚め
33/45

凍てつく細剣

 占いの館。そこでシエラとメアーゼが対峙していた。

 「……ヘルンさんの正体がバレた……?」

 シエラの瞳が驚愕に揺れ動く。

 「ええ。今日は巡回の兵士さんが多かったでしょう? そういうことよ」

 「で、ですが……」

 戸惑い、現実を受け入れられないというように狼狽えた。

 

 理解しているつもりで、まったく理解していなかったのだ。

 まだ先だと。それどころかこんな事態は永遠に来ないんじゃないかと楽観視していた。

 しかし間抜けにも、シエラはそれを見逃してしまったのだ。

 悔やんでも悔やみきれない、とはまさにこのことだろう。

 ──人類と魔族は絶対にわかり合えない。

 かつてヘルンが語った言葉だ。

 もし、ヘルンが捕まってしまえば……?


 「駄目……です」

 ふらりと後ろを向く。扉へとゆっくり歩き出した。

 しかし、シエラの細い腕をメアーゼが掴む。

 「駄目よ。外に行っては」

 「何故っ……!」

 シエラがメアーゼの方を振り返り、荒く声をあげた。

 それに、メアーゼは静かに呟く。

 「それが、あの吸血鬼の望んだことだから」

 驚くほどはっきり、メアーゼの声言葉がシエラの耳に届いた。

 「人間が魔族の手助けをしていた。それが周りに知られるだけで、アナタはどうなるでしょうね?」

 「……っ」

 シエラが言葉に淀む。

 「彼は危惧していた……。アナタが吸血鬼である自分と関わりを持ったことで、アナタに危害が加わるのを。だから彼は私に頼んできたの。アナタを守ってくれ、とね」

 シエラの表情は、複雑なものに変わった。

 驚愕、葛藤、不安、悲哀、後悔。

 きっと彼女のそれを、一言で表すことはできないだろう。

 「今は、ここで時間が立つのを待ちなさい。向こうは、アナタの身柄を捕まえない限り、アナタに対して下手のことはできない。噂は立つかも知れないけれど、それは噂であって事実ではないわ」

 

 メアーゼの言葉を聞き終えたシエラが、拳を握った。

 また、助けられるのか。

 一体何度助けられれば気が済む?

 自分はなにもできない。

 見ているだけ、いつもそう。

 これでいいのか。

 「ここでは、生活に困ることはないわ。だから安心して……」


 メアーゼの言葉が途中で止まる。 

 なにか決意めいたものを秘めたシエラの視線が、メアーゼの視線と重なっていたのだ。

 「いいえ、安心できません。あのひと(ヘルン)が帰ってくるまできっと」

 「……」

 「わたしはヘルンさんを助けます。これはわたしが決めたこと。ヘルンさんがどう思おうが、知りません」

 ともすれば、強情とも言えるその言葉。

 ヘルンやメアーゼの意思を、彼女はあえて壊す。

 「もう守られるのは、まっぴらです」

 そしてシエラは、薄く笑いながらそう言った。


 「……強情な女の子だこと」

 メアーゼは諦めたように呟く。

 もうこの手の者は止められない。止められた試しがない。

 仕方ない、とメアーゼも決意する。

 「私もアナタを手伝うわ。守れ、と言われているもの」

 くすりと笑いながら、美しく妖艶な純魔(ウードゥー)は瞳を紅く染めた。



   ◆ ◆ ◆


 「シィッ!」

 「フン!」

 

 轟音と冷気があたりに迸る。

 ヘルンとフォルガナは、もう三十合と斬り合っていた。

 二人を囲む兵士は参戦しようとしない。いや、参戦できないのだ。あの二人が戦っているなかでは他の存在は邪魔でしかない、そう考えるのは自然だろう。


 ヘルンの大剣が空を斬り裂いて、フォルガナに襲いかかる。

 速さも、威力も、申し分のない一撃。それをフォルガナはくぐり抜け、さらに細剣をヘルンの顔に目掛けて放った。

 鋒が目前まで迫り、それをヘルンは顔を逸らすことで回避する。

 お互いが剣を放ち、交わされ、第二撃のために距離をとる動きを見せる。

 そして、すぐさま蹴りに移行した。

 ヘルンとフォルガナの脚が交錯する。

 「チッ……」

 その舌打ちはどちらのものであったか。

 バランスを崩した二人はどうと地面に倒れ込み、肩が地につくやすぐさま後転。そのまま距離をとる。


 ヘルンは優れた吸血鬼の筋力で、炎絶の大剣(デュランダル)を容易く操り戦った。

 まるで片手剣を扱うような速度で振るわれる大剣は、恐怖以外のなにものでもないだろう。

 しかしフォルガナはそれより早かった。

 彼の細剣は銀ではなく精霊金属の白魔鋼晶(ヒヒイロカネ)でできている。銀のように吸血鬼への特効性はないが、非常に魔力を通しやすいという性質があり、強化魔法(エンチャント)といった魔法と相性が良かった。

 フォルガナの精密な刺突はヘルンの鎖帷子の目を突き、その冷気でヘルンの動きを少しずつ縛っていった。

 無論、それを砕きながら戦うヘルンだが、戦いにくいことこの上ない。

 しかしフォルガナにしても、斬り合う際には細心の注意を払わなければいけなかった。

 エンチャント・アイスは、己の得物に氷属性を付与するものであってより強固にするものではない。

 大剣と細剣がまともにぶつかれば、折れるのは必然的に細剣の方だった。


 (並の鉄ならまだいい……。しかしあの大剣は恐らく、重硬金属(アダマント)。よくて二度……いや、一撃耐えられるかどうかだな)

 激しさを増す戦闘の一方で、フォルガナの頭は冷静に回る。

 打ち合えない、というのは剣術にとって厄介極まりない。

 武器も、使い手も、恐ろしく位階が高いが、打ち合えないとなってはまた別だ。

 むしろこのままでは押し負ける可能性すらある。

 ならば。


 フォルガナが、歩法を変える。

 スッテプを踏むような歩法から摺り足へ。蛇のようにフォルガナの足裏が地を滑る。

 「ぐっ……」

 ヘルンからは呻きが洩れた。いとも容易く間合いの中へ入られたのだ。

 後退しようとするが、それよりも早く細剣がヘルンの左肩を貫く。

 「凍れ……!」

 冷気の発生源である細剣は、ヘルンから体温を奪っていく。勿論黙っているままではない。ヘルンの貫手が、フォルガナの左肩を抉った。

 「おあいこだ」

 「いや、違うな」

 そう言うと、フォルガナが空の手をヘルンに向ける。

 「“吹雪け、氷獣”」

 途端、凍てつく突風がヘルンを襲った。

 威力は凄まじく、後方へと大きく吹き飛ばされる。

 「チィッ……!」

 がりり、と靴で地面を削りながら五歩分の距離を離された。

 直接的なダメージはない。ない、が──。

 「くそっ……!」

 ヘルンは自分の震える右手を見る。

 貫かれたはずの左肩も、痛みが遠のいていた。感覚が鈍くなっているのだ。

 (これでは……)

 ヘルンが苦悶の表情を浮かべた。

 

 一方フォルガナは、さらに魔法を発動させようとする。

 「“貫け、氷竜”」

 フォルガナの頭上に、三つの鋭利な槍ごとき氷柱が表れた。

 間もなく、それがヘルンに向けて一斉に飛来する。

 「シィィッ!」

 ヘルンが大剣を一閃し、氷柱を砕いた。

 しかし、無数の氷の欠片がヘルンに傷を負わせる。

 さらに矢が二本、後ろから刺さった。

 囲んでいる兵士が背後から放ったものであり、凍えた身体で反応が遅れたのだ。

 そして、激痛が走った。

 矢の射たれた傷が、まるでそこに炎があるかのように傷む。

 「ぐっ……!?」

 (銀か……! まずい……)

 慌てて矢を引き抜き、それを地に捨てる。

 しかしその瞬間には、フォルガナが迫っていた。

 「……終わりだ」

 フォルガナが手に持つ細剣が、ヘルンの胸に突き立てられた。



   ◆ ◆ ◆


 違和感を最初に感じたのは、フォルガナである。


 「……?」

 彼の目には、吸血鬼の心臓部に突き刺さる己の細剣が映っていた。

 しかし。

 (実体が、ない……?)

 突き刺す手応えを、フォルガナはまるで感じられていなかった。

 「……!」

 そして、フォルガナの視線とヘルンの視線が交錯した。


 「シッ!」

 振るわれる大剣。

 それを細剣を引き抜いて交わす。

 「ちっ! まだ息があったか、吸血鬼!」

 「シィアッ!」

 暴れ狂う大剣に細剣は不利だ。

 そう悟り、フォルガナがヘルンの胴を蹴り払う。

 しかし繰り出されたフォルガナの脚は、ヘルンの胴をすり抜けて(・・・・・)空を薙いだ。

 「なにっ!?」

 驚愕に目を見開くフォルガナ。そんな彼の頬を、ヘルンが殴り飛ばす。


 「ぐおっ……」

 石畳を転げ、態勢を立て直したフォルガナが見たものは、背中を向けて逃げるヘルンの姿だった。

 「吸血鬼を逃がすなッ!!」

 四方を囲む兵士たちに、フォルガナが叫ぶ。

 兵士たちは彼の命令が下る前に行動を開始していたが、ヘルンの方が速い。

 「行かすかァ!」

 「退け!」

 長剣と盾を持った兵士が立ち塞がるが、大剣の一太刀で斬り伏せる。

 ヘルンが向かう先は、自分達が来た方向の空き家群だった。

 隠れるつもりなのだろう。


 フォルガナがヘルンの背に掌を合わせ、魔法を唱える。

 「逃がすものか……! “貫け、氷竜”、“吹雪け、氷獣”!」

 二連続の魔法詠唱。

 フォルガナの頭上に表れた三つの氷柱が、ヘルンに向かって吹く極低温の突風に乗って急接近していく。

 「邪魔、だ!」

 氷柱に串刺しにされる瞬間、ヘルンは振り返り大剣を横振った。

 やはり、氷柱は砕け散る。

 「……!」

 ヘルンは再度進行方向を向くと、遮る者がいない空き家群へと姿を消した。




 「……申し訳ありません」

 長剣と盾を携えた兵士が、フォルガナに頭を下げる。

 盾には深々とした傷が一閃走っており、兵士の肩にも負傷があった。

 それを見ると、フォルガナは首を横に振る。

 「いや、いい。お前は救護班のもとに向かい、傷を治療してもらえ。あとはこちらでいい」

 「……はっ」

 

 立ち去る兵士を見ながら、フォルガナは配下の兵士を一旦集めた。

 そして、それぞれに役割をこと細やかに与える。

 「……閣下。敵のあの身体は……」

 一人の兵士が心配そうに呟く。

 まるで実体のないかのような吸血鬼の肉体。あれにはフォルガナも驚いた。

 が──。

 「魔法か、吸血鬼の特性かは知らないが、確かに厄介だ。しかし弱点が見えた。問題ない」

 そう言うと、フォルガナは不敵に笑って見せた。

 

 

 

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