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吸血鬼ヘルン  作者: ねこむれひなた
吸血鬼の目覚め
28/45

今回は短めでございます

 「“巡れよ我が血、新たな主に恭順を”」

 高位吸血鬼の治癒系魔法、《血贄再生(ブラッディヒール)》の発動句をヘルンが唱え終わると同時、シエラの傷が熱を持ち、そして冷えていく。

 「……さすがに、全快とはならんか」

 「いえ。ありがとうございます。……これでは、どちらが吸血鬼かわかりませんね……」

 唸るヘルンの傷から滴る血を少量飲んだシエラは、自嘲気味に呟いた。早くも回復はしているようで、身体を起こすくらいの体力は戻っている。

 「回復水薬(ポーション)だけではどうにもならん傷だ。仕方ないだろう」

 そう言うヘルンは、狂化した魔物に精気吸収(エナジードレイン)を行うのと、ポーションを服用することによってある程度の傷を治していた。


 エクスキスィによって凶暴化された魔物の群れは、全滅させられていた。

 ヘルンの炎絶の大剣(デュランダル)はその戦いの凄惨さを物語るように血脂に濡れている。

 また、いくら傷を癒そうが溜まった疲労はどうしようもなかった。

 倒した魔物の重要器官の剥ぎ取り作業もほどほどに、ヘルンが言う。

 「……帰るぞ」

 今だ木を背に座り込むシエラに、ヘルンが手を差しのべる。立て、ということだろう。

 シエラはヘルンの手を握ろうと直前まで持ってきて、しかしそこで躊躇う。

 「……? どうした」

 ヘルンが不思議そうに呟く。

 見上げるシエラと、見下ろすヘルンの視線が絡まった。

 その途端、シエラの整った顔が形容しがたい感情に歪む。


 「……わたしには、貴方のその手を握る資格があるのでしょうか」

 ぽつりとシエラが呟いた。

 「わたしは……貴方の役に立てているのでしょうか?」

 「役になら立っている。私は料理などはからっきしだしな。それに面倒な手続きなども他ならぬお前が──」

 「そういうことを言っているのではないのです!」

 叫ぶシエラ。その声はあたりが静まりかえっているのも相まって、やけに強調されてヘルンの耳に届く。

 「わたしは、今回貴方を殺しかけた。エクスキスィというあの魔物と戦うことになったのも、あの魔物を逃がすことになったのも、すべてわたしのせいではないですか!」

 シエラ顔を伏せ、肩を震わせる。

 自分の愚かしさを感じ、それが彼女の疲弊した心を縛った。


 そもそも最初にエクスキスィと戦った時、ヘルンを頼りにするところから間違っていたのだ。

 いつの間にか、彼と並んで生きることが当たり前になっていた。

 それは勘違いだった。

 自分は、彼と並んではいなかった。吸血鬼と人間。種族の違いはもとより、いつだって、彼に助けられていた。

 彼は、優しい吸血鬼だ。シエラは、気遣われる立場にある。

 そんな自分が、ヘルンと、並べるはずがなかったのだ。


 しかし沈んだ様子のシエラを見て、ヘルンは目を白黒させる。

 「私の名前をつけたのは、お前だ」

 そしてヘルンが突拍子もなく言った。

 「昔飼っていた犬の名前という酷いものだが……」

 ヘルンはなんでもないように苦笑する。

 「それでも私は今、吸血鬼ヘルンとして生きている」

 シエラを真っ直ぐ見据え、ヘルンはそう言ってのけた。

 「……どういうことですか」

 シエラが静かに聞いた。


 「役に立つか立たないか、それはこの際お前が気にすることではない。私が吸血鬼ヘルンとして生きていくのに必要だと感じたから、お前を連れている。他者の役に立つかどうかは、自分が決めるものではない。いくら自分に実感が湧かなくても、他者が役に立っていると言えば役に立っているのだ。そしてお前は役に立っている。それが、他ならぬ私の考えだ」


 沈んだ面持ちのシエラに、ヘルンが優しげに微笑んだ。

 「助かっているよ。ありがとう、シエラ」

 

 すぅっ、とシエラの瞳から涙が零れ落ちる。

 死に直面した恐怖と、どうにか助かった安心。ヘルン対する悩みと今のヘルンの言葉。

 涙一粒と言えども、そこに込められたさまざまな感情は計り知れない。

 シエラはそれを拭うと、ヘルンの手を握った。




   ◆ ◆ ◆

 

 辺境都市アルファラ。中央地区より少し東にある軍部施設。

 その執務室で、二人の男が対峙していた。

 一人は言わずと知れたビリジオ第二軍の指揮官、フォルガナである。

 もう一人は深きなる森調査のため冒険者として活動していた、ミエトだ。


 両者は緊張した表情で、向かい合っている。

 「……ここ書いていることは本当か?」

 一枚の紙を持ったフォルガナが問いかけた。

 それにミエトは「はい」と礼儀正しく返事する。そして次の言葉を静かに呟いた。


 「……吸血鬼の可能性が高い人物を見つけました」

 






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