復讐者 三
「すまない。遅れた」
視線はエクスキスィから外さずに、ヘルンはシエラに呟いた。
「あ……ヘ、ルン、さん……」
「喋るな。怪我も後で治してやろう。だから今は休んでおけ」
今のシエラにはヘルンの背中しか見えていない。彼がどんな表情をしているのか、シエラにはわからなかった。
「ヨウ、シエラを守っていろ」
白いコボルトが、シエラの側に駆け寄る。
シエラの目に映ることはないヘルンの表情は、憤怒に染まっていた。
『覚えが……ある。その顔も……、その武器も……』
エクスキスィが立ち上がりながら言った。
『そうか……。貴様が、もう一人の復讐の相手……』
そう言うとエクスキスィが武器を構えた。
『我が名はエクスキスィ! 憎悪神へディア僕にして、異端の魚鱗人! そしてお前に復讐を遂げる者だ!』
エクスキスィがヘルンに向かって突進し、三ツ叉槍を繰り出す。ヘルンはそれを炎絶の大剣で受け止めた。
『名乗れ!』
力の拮抗を演じながら、エクスキスィが吼える。
「吸血鬼、ヘルンだ!」
ヘルンも叫び、大剣を三ツ叉槍ごと振り下ろした。エクスキスィが僅かに後退する。
「シィッ!」
『ガァッ……!』
もう一度ヘルンが大剣をエクスキスィに向けて振るう。エクスキスィはそれを曲刀と三ツ叉槍を交差させて受け止めた。
『グルォオァァァ!』
エクスキスィが咆哮をあげて大剣を弾き飛ばす。勿論、それだけでは終わらない。
『グラァッ!』
襲い来る槍の三連撃。ヘルンは大剣を盾のようにしてすべて防ぐ。
『……甘い』
エクスキスィが槍を持っている腕を曲げ、ヘルンに接近するとするりと回転した。
大剣という防御がない側面を、回転の勢いのままに曲刀で叩く。ヘルンはそれを鉄甲を利用して軌道を逸らすが、さらに迫ったエクスキスィの尾がヘルンの脇腹を打った。
「ぐっ……」
短く呻くヘルン。それをエクスキスィは余裕を取り戻した顔で見た。
『……拍子抜けだな。さっきの意気はどこへ行った』
エクスキスィが的確に間合いを取りながら呟く。この間合いならば自分の方が有利である。
その姿勢から油断の二文字は窺えないが、エクスキスィはヘルンを挑発して見せる。余裕を持っているのだ。
「シァッ!」
『ッ!?』
突如、槍の間合いを越えてヘルンが接近、そのまま大剣を振るった。エクスキスィは先程と同じく曲刀と三ツ叉槍を交差させて対応する。
が、明らかに先程よりも重い。
ヘルンは大剣をそのまま振り下ろすと、隙の出来たエクスキスィを正面から蹴飛ばした。
『ガッ……』
受け身を取り、すぐさま起き上がるエクスキスィ。
「……拍子抜けだと? その言葉、そのままお前に返そう」
『チッ……』
エクスキスィの目に映るヘルンはさっきとは違い、瞳の色を深紅に変えていた。
『グルオァ!』
エクスキスィがもう一度三ツ叉槍を突き出す。ヘルンが大剣で受け止めるが、今度は鍔迫り合いには持ち込まない。
エクスキスィの狙いはその大剣を引き出すこと。大剣という武器は、その大きさと重量で瞬時には手元に戻せない。
その弱点を正確に突き、エクスキスィはヘルンの懐に入った。
「……!」
エクスキスィが横に曲刀を振るう。ヘルンはそれを避けるために地を蹴り後退した。
それでも完全に避けれた訳ではなく、曲刀の刃がヘルンを薄く切り裂く。
後退するヘルンに、さらに三ツ叉槍が迫った。
「チィッ……!」
迫る槍を大剣で薙ぐ。
エクスキスィが再度接近し、曲刀を振るった。しかしヘルンが大剣の柄で曲刀を打ち落とす。
エクスキスィが急いで曲刀を戻すが、ヘルンがエクスキスィを殴り飛ばした。
後ろにたたらを踏み、倒れるまいと踏ん張るが、そこへ大剣が襲いかかった。
『グルウォオァァァァァ!』
「おおおおぉぉぉぉ!」
エクスキスィが大剣を止めようと三ツ叉槍を突きだすが、槍を弾き飛ばした大剣がエクスキスィを斬り飛ばす。
「ふん!」
さらに追撃として、ヘルンがエクスキスィの額を殴りつけた。
『ガッ……』
どうっ、とエクスキスィが倒れこむ。
「とどめだ」
仰向けになるエクスキスィにヘルンが炎絶の大剣を振り上げた。
がくん、とヘルンの体勢が崩れる。
「……!?」
反射的に、足元を見る。彼の視界に移ったのは、己の右足の半ばほどまで地面に埋まった光景だった。
その隙に、エクスキスィが離脱する。
『……憎悪は、伝染する』
右足を地面の穴から抜いたヘルンが次に見たのは、自分とエクスキスィの間に入るように地面から穴を開けて這い出る魔狼の一種だった。
「土狼か……」
ヘルンがエクスキスィを睨みながら呟く。
『アォオオオオオオ!』
狂ったように吼え、突貫してくる土狼を大剣で両断した。
「今の現象……。偶然、ではないな?」
ヘルンがエクスキスィを睨む。
「合点がいった……。どういう仕組みかはわからないが、お前、魔物魔獣を凶暴化させることができ、ある程度操ることができるな?」
『…………さぁな』
エクスキスィがにやりと笑う。
彼にとって大事なのは、ヘルンとの距離だった。
エクスキスィが三ツ叉槍を掲げる。
『“恐ろしき紅の破壊槍”!』
エクスキスィの声が高らかに響いた。
声に呼応するようにして、穂先に紅の光が集約していく。
やがて、紅光の球体となった。
『“発射”!』
紅光が、一直線にヘルンへと放たれる。
「……ふっ」
ヘルンは紅光から身を守るために、大剣を一閃させた。
しかし、そこへシエラの悲痛な叫びがヘルンの耳に届いた。
「ヘルンさんっ! 逃げて!? その紅い光は、爆発します!」
「なにっ……!?」
シエラの叫びに、思わず炎絶の大剣を見る。
球体となった紅光は、へばりつくようにして大剣と重なりあっていた。
エクスキスィが笑みを一層深くする。
『クハッ、もう遅い! “点火”!』
「チィッ!」
ヘルンが大剣を地面に叩きつける。その瞬間、ヘルンの周りが閃光に包まれた。
森に響きわたる轟音。
ぱらぱらという渇いた音と、沸き上がる黒煙。
エクスキスィの魔法、《恐ろしき紅の破壊槍》の爆発は成功した。
『……』
黒煙の中に、ヘルンの姿は視認できない。
普通なら死んでいるはずだが、どうも彼は釈然としなかった。恐らく、ヘルンの死体を確認するまで彼の胸中は落ち着かないだろう。
慎重に黒煙へと近づいていく。
『……?』
エクスキスィが最初に気づいたことは、地面の陥没が深いことだった。
次に気づいたことは、自身に迫る、黒煙から僅かに姿を表した大剣の鋒だった。
『ッ!?』
慌てて突きだされた鋒を交わす。
混乱は戦闘では命取りだ。自身を落ち着かせるために、エクスキスィは後退を選ぶ。
「──引いたな?」
『グ、オ、オ、オォォォォッ!?』
黒煙から姿を表したヘルンが、大剣の連撃を繰り出した。
エクスキスィも曲刀と三ツ叉槍で防ごうとするが、両者の間合いは完全に大剣のものである。
「セァァ!」
大剣の突きが曲刀と三ツ叉槍を掻い潜り、エクスキスィの胸に届いた。
再び地に背をつくエクスキスィ。その身体からは、何ヵ所かから流血している。
『馬鹿な……』
なぜ生きている? と視線で問いかけるエクスキスィをヘルンは見下ろした。
「重硬金属は、頑丈で熱にも強い。……と言ってもお前にはわからんだろうが」
ヘルンは爆発源であろう紅の光体を、大剣と地面で出来る限り爆発の威力を軽減していた。
もちろんそれだけで無事でいられる筈がない。爆発の衝撃の殆どをその身に浴び、巻き上がる石榑を身体に突き刺した。
しかし、吸血鬼の強靭な肉体と爆発の直撃を避けたことによって致命傷は免れた。
ヘルンもいたるところから流血しているものの、戦闘は続けられる。
咄嗟の機転だった。
策というにはあまりにもお粗末。だが、彼は致命傷を避けるだけでよかったのだ。
「この程度の傷なら、お前にとどめを刺すことができるからな……!」
ヘルンが戦いに終止符を打つべく、大剣を振り上げる。
『──グルァァァァァァァアァ!!』
恐らく、エクスキスィが発したなかで最大音量の咆哮が響きわたった。
もはや雄叫びなど生易しいものではない。音の砲弾とすら言ってよかった。
ヘルンの鼓膜に確実なダメージを与え、一時的に彼の動きを停止させる。その時間は恐らく一秒にも満たなかったであろう。
しかし、それが決定的となった。
『ヴォオオオオオオォォォ!』
『ガルガルグルグガラァァァ!』
『ヒャァァァァァァァッッ!』
突如、周囲から狂った咆哮をあげる魔物が次々と姿を表した。
複数のオークやゴブリン、果てはグールまでもが木々や若草を踏み締め憎悪を叫び、自分たちの方へ突進してくる。
『言っただろう!? 憎悪は伝染すると!』
ヘルンが迫ったグール二匹をまとめて両断するが、その代償にエクスキスィをまたもや逃がしてしまう。
憎しみの籠った目でエクスキスィはヘルンを睨んだ。
『憎い……。いつしか、必ず復讐を……』
「逃がすものか……!」
オークの首をはね飛ばしながら、ヘルンが逃げるエクスキスィを追おうとする。
しかしエクスキスィが叫んだ。
『いいのか!? 我を追うということは! その娘、シエラ・レナンを見捨てることと同義だぞ!』
慌ててヘルンが振り返ると、コボルトのヨウが主人を守るため、ゴブリン二匹と必死に戦っていた。
シエラは意識はあるようだが、とても戦える状況ではない。
しかも自分が場を離れたばかりに、魔物の残党がシエラに向かっていた。
「……!」
『早く選べ! さもないと最悪の結果を迎えることになるぞ!』
エクスキスィがさらにヘルンに揺さぶりをかける。
「……糞がっ!」
シエラに棍棒を振り上げるオークの背を、ヘルンが強襲する。
さらに足元のゴブリンを蹴飛ばし、グールを斬り飛ばす。
ヘルンがシエラの命を優先したのである。
「オオオオオオオオッ!」
魔物たちの群れの中、ヘルンは大剣を振るい続けた。




