アルファラの異変
モンスターが溢れるこの世界で、冒険者の総数は十万を下らないと言われている。それでも足りていないのだから、この世界での過酷さが伺い知れるだろう。
しかし、それだけ冒険者がいれば、冒険者同士が結束して集団ができるのも当然だ。
そのような集団を、冒険者連盟という。
さて、辺境都市アルファラを拠点とする連盟も当然いくつかある。その中で一番大きなものは《炎の宴》と呼ばれる連盟だ。
他連盟が三十から七十ほどの冒険者から構成されるのに対して、連盟炎の宴に所属する冒険者数は三桁にも昇る。
これは大規模といっても差し支えなく、大陸中の連盟でも五指に入る大きさだ。
炎の宴が誇るのはなにもその数だけではない。質も相当高いのだ。
《剣豪》や《白魔女》という二つ名を獲得した冒険者などを中核に、練度の高い冒険者が揃っている。
それ故、ビリジオ最強の連盟と名高いのが炎の宴だ。
そんな連盟炎の宴の盟主、アルベルト・リジークのもとに一枚の手紙が届いた。
アルベルトは齢二七の火の使いだ。
赤髪金眼という出で立ちで、冒険者にしては大柄とは言えない。しかし理知的に整った相貌は、優しくしっかりとした物腰も相まって女性からの注目の的である。
正確は合理的で、冷静。活発な性格が多いサラマンダーらしくないとも言える。
格好だけを見れば、彼が率いている冒険者たちのほうが屈強に映るだろう。しかし侮ることなかれ。
アルベルトの個人の強さは《剣豪》をも唸らせ、さらに百からなる部隊をいとも容易く手足のように操る指揮手腕は、ビリジオ第二軍の指揮官フォルガナにも負けず劣らずだ。
強さを第一に考える冒険者を大勢従える彼の実力は計り知れない。
下働きに持ってこさせた手紙はギルドからだった。
内容は、盟主アルベルトとギルドマスターとの会談のお誘い。
炎の宴ほど大きくもなると、ギルドとも関係を築いていく。しかし、アルベルトの直感がこれがただの会談では終らないだろうと告げていた。
アルベルトは了承の旨を直ちに記す。
「ティニ、これをギルドまで届けてくれ」
そばに控えていた蜂蜜色の髪をした少女が手紙を受け取り、部屋を去っていく。
アルベルトが、ふと《深きなる森》の方角を見た。
◆ ◆ ◆
辺境都市アルファラとその周辺を守るビリジオ第二軍の指揮官、フォルガナは部下から送られてきたアルファラの状況が記された報書を読んでいた。
内容だけを言えば、概ね不穏な動きはない。
ヘリオスヴァンパイアの消息を掴むために調べさせたが、あまり成果をあげていなかった。
まだ動きを潜めているのか、それともそもそもアルファラにはいないのか。どちらかはわからないが、周辺の村にも警戒を拡げたほうがいいだろうと判断する。
そこで、一枚の報告書に目が止まった。
最近、新人にして凄腕の冒険者が魔窟を出入りしているといった内容だった。
フォルガナは冒険者ではないが、新人が早速ダンジョンに挑むということは普通あり得ないことくらいは知っている。前例がない訳ではないが、異常だ。
この人物がかの吸血鬼である可能性。周囲が敵だらけの場所に単身飛び込むようなものだ。あまりにもリスクが高い。可能性で言うと、低いだろう。
しかし零ではない。
ばれずに冒険者となることができれば、吸血鬼の特性を利用しダンジョンで簡単に力をつけることが出来るからだ。
この冒険者の情報の開示をギルドに迫ったとして、果たして開示されるだろうか。
無理だろう。
ギルドには冒険者の個人情報を守る責任があり、そして軍部と冒険者ギルドの関係は、お世辞にも良いとは言えない。
また、その冒険者がかの吸血鬼であると決まった訳ではない。むしろその可能性は低いのだ。
しかし手掛かりがない今、こちらだけでも注意を向けておく必要がある。一応ギルドにも助力を求めるが。
そう決まると、腹心であるエルフの女騎士セレーと、信頼のおける数人の部下を呼びつけた。
◆ ◆ ◆
ミエトは齢二十の兵士だ。
兵士、なのだが今は冒険者として活動している。
冒険者ギルドと軍部の関係性はあまり良くなく、それ故ダンジョンやモンスターの情報をギルドが軍部に秘匿していることもある。
それを得るために、また冒険者の誰かが野心を持ち謀反を企んでいないかなどを見張るために、軍部の者が冒険者になるのだ。
必要性は理解している。しかしなぜ自分が、とため息を吐かざるを得なかった。
そもそも上の信頼を得ようとしたのが間違いだったのかもしれない。
真面目だが出世欲が強いミエトは、上の意向には寸分の狂いなく従い、訓練にも積極的に取り組み、ある程度顔がきくだろう教官とも関係を作った。
その結果、ミエトは狙い通り若く優秀な兵士だと軍部に評価された。
その数ヶ月後、ミエトは初めて指揮官のフォルガナと対峙する。ミエトにはこの機会を逃すという選択肢はなかった。
フォルガナと良好な関係を築くために、フォルガナの望むだろう態度を貫く。
それが招いた事態が、今の状況だった。
自業自得、かはわからないがとんだ貧乏くじを引いたものだと思う。
南方の蛮族討伐に第二軍のいくつかの部隊が派遣されているが、あそこの兵士も自分と同じような心境なのだろうか。
いや、違うだろう。
向こうには、励まし合える仲間がいる。しかしこちらは、同じ役が数人いると言っても基本単独行動なのだ。
こちらのほうが辛いに決まっている。
そうやって自分で自分を慰めるミエトのもとに、軍部の指令書が舞い込んできた。
◆ ◆ ◆
「アルファラに吸血鬼が潜んでいる?」
その声をあげたのはギルドの長、ギルドマスターだ。
初老の土の使いだが、歳を感じさせない目とまっすぐ伸びた背筋が特徴である。
彼の前にいるのは、フォルガナの腹心であるエルフの女騎士、セレーだった。
長い金髪を後ろで一つにまとめた彼女が難しい顔で頷く。
「絶対、という訳ではありませんがその可能性が高いのです」
「それは……大変ですな。それで、我らにはなにをお望みで?」
「話が早くて助かります。私たちは吸血鬼の行方を追っています。それに協力、また吸血鬼を発見した際には連繋して討伐を……」
手早く伝えるセレーに、ギルドマスターは首を横に振った。
「申し訳ないのですが、力をお貸しするのは難しいと思います」
「え……?」
予想しなかったギルドマスターの返事にセレーが戸惑いを見せる。その戸惑いを解決させるように、ギルドマスターが話始めた。
「深きなる森に魔獣が減ってきているのはご存知でしょう」
「はい」
「あれは減っているのではなく、森の中の魔獣たちが一部に集まっているのです」
セレーが驚いたような表情を見せる。
「冒険者の報告で最近わかったことですから、貴女が知らないのも当然でしょう。
続けますが、集まった魔獣たちはなぜかその位置から動こうとしません。種も様々で、原因もわかっていないのです」
「なにが起きているのか……わからない?」
「ええ。しかしこのままではアルファラにとって充分脅威です。連盟を主軸に討伐隊を編成していますが、不穏分子が多い。直ちに討伐する必要があり、実は我々も軍部に助力を願おうと思ってたところなのですが、そちらも忙しいようだ」
「それでは……」
セレーの言葉にギルドマスターが頷いた。
「どうやら……この二つの脅威には、それぞれの力のみで解決させるしかないようですな」
◆ ◆ ◆
月光が大地を照らす夜。
一羽の単眼の蝙蝠が一人の吸血鬼のもとへと舞い降りた。
その蝙蝠は、主である吸血鬼の手の中に納まると赤い霧となって消える。
その途端、吸血鬼の赤い瞳が驚愕に見開かれた。
「我が君が…………目覚められた?」