鉱人の鍛治師
「ハイグールロードがいたんですよね? 大丈夫ですか!?」
「大丈夫……ではないな、うん。強かったぞ」
ヘルンがギルド施設内で、依頼の達成報酬を受け取っていると、受付嬢ミネットが慌てて話しかけてきた。
ちなみに槍使いたちは一足先に報酬を受け取ったらしい。
ギルドも想定外の事態としてロードがいたので、報酬が少し増えていた。
「すいません。ロード級がいたとは……、こちらの不足です」
おそらくミネットが担当したのではないクエストについて、ミネットが謝る。
違和感は覚えたものの、そのあたりは組織として必要なことなのかも知れないと放っておいた。
「それよりも……、良い武器屋を教えてくれ。ロードと戦って斧槍が壊れた。もう使い物にならん」
「武器屋、ですか。それなら……西区画の大通りの端にある武器屋さんがいいと思いますよ? 鉱人が営んでるところなんですけど」
「ドワーフ」
「ええ。質のいい武器をこしらえる、冒険者のなかでは隠れた名武器屋です。ちょっと高いですけど」
ヘルンは、「ふむ」と呟いて報酬を見る。武器の新調にかかる費用を見積もっているのだ。
そんな中、ミネットが不思議そうに呟いた。
「あの……、シエラさんとなにかあったんですか? さっき、ヘルンさんより先に報酬を受け取っていかれましたけど……」
それを聞いてヘルンは首を傾げた。
「それが、帰りの馬車で一言も喋らん。疲れただけだと思ったが、違うのか?」
ヘルンは帰りの道中のシエラの様子を思い出す。
シエラは良く言えば物憂げに、悪く言えば不機嫌な表情をしたまま、うんともすんとも言わなかったのだ。
「私に聞かれても……」
返事に窮するミネットを見て、ヘルンはため息をつく。
「不機嫌……だとするならどうすればいい」
「シエラさんに押し付ける無茶を減らせば良いかと」
さっきとは違い即答するミネットにヘルンは低く唸った。
「……善処しよう」
呟くヘルンを見て、なにかを思いついたようにミネットが顔をあげた。何事かとヘルンも彼女に目を合わせる。
「機嫌を良くして欲しいなら、シエラさんに贈り物を用意してはどうでしょう?」
「贈り物……?」
「はい! 贈り物をプレゼントされて喜ばない女性はいませんよ」
「まぁ、いいが……。どんなのがいいんだ?」
僅かにテンションを上げて話すミネットの勢いに流されるが、生憎ヘルンは贈り物などにまったくと言っていいほど詳しくない。
「失敗しないのは……指輪とか……首飾りとか、髪飾りとか、櫛とか……、ですかね?」
「ふむ。それで機嫌は治るのか?」
「程度にもよると思いますけど……。心が籠っていれば、大丈夫です」
ひどく個人的で曖昧な意見にヘルンは内心首を捻るも、物は試しで贈り物とやらを用意することを決意した。
そんなヘルンにミネットが一言。
「心が籠っていれば、と言いましたけど安すぎるのはダメですよ?」
面倒だな、口には出さないその言葉を苦虫とともに噛み潰した。
◆ ◆ ◆
「武器をくれ」
突然、しかもぶっきらぼうに言うヘルンに、目の前のドワーフは呆れているようだった。
ミネットに教えられた武器屋には、目の前のドワーフと他何人かがいたが、鍛治師らしい格好をしているのはこのドワーフだけだ。
「アホか、どんな武器が欲しいかくらい言え」
「重量のある武器がいい」
ドワーフの鍛治師は、ドワーフらしい髭が生えた顎を掻きながらため息を吐いた。
「それでも、いろいろあるだろが。斧だとか棍だとか剣だとか……」
「長く使い続けられる物がいい。棍は好かないが、それ以外でないか?」
鍛治師は面倒くさい客が来た、と言いたげな表情で、されども買う気があるだけに無下にはできずで仕方がなく店の中へヘルンを通した。
「今あんのは……これと、これだな」
そう言って鍛治師が戦斧と両手剣を指す。
ヘルンはその内戦斧を手に取り、くるりと回してみせた。
「ふむ」
片手で持てるが、結構な重さである。
多少切れ味が落ちようとも、重量により戦い続けることができるだろう。
だが。
「範囲が狭いな」
そう言うとヘルンは戦斧をもとの位置に戻す。
「……これの、大きい物はないのか?」
「大戦斧なら、一昨日売れちまったよ」
「残念だな」とだけ言って、ヘルンは両手剣へと視線を移した。
両手剣に手を延ばし、重さを確かめるように持ってみる。
ヘルンの筋力で片手で持てないこともないが、振るうことは難しいだろう。逆を言えば、両手で扱うとちょうどいい重さだ。
だが。
「大きすぎる」
そう言うとヘルンは両手剣をもとの位置に戻す。
さっきと同じ光景だなと、鍛治師は嘆息した。
「もう少しだけ、細身なものはないか?」
「ない」
注文が多い奴だとは思いながらも、武器の好みはそれぞれで千変万化。それを知っている鍛治師は、この男には扱いづらいだけだと判断する。
しかし、せっかく買う気があるのにここで逃すのは惜しい。他所にやるくらいならと、鍛治師がニヤリと笑う。
「打ってやろうか?」
「……なに?」
「だから、お前さんの好みに打ってやろうかと言ったんだ。安くしとくぜ?」
商売魂が逞しい鍛治師の笑みを見て、しばらくヘルンは考え込む。
そして、ヘルンは頷いた。鍛治師がいっそう笑みを深くする。
「細身だと、これより軽くなるが」
「重さはそのままにできないか?」
「また難しいことを……」
苦い顔をするも鍛治師はすぐに考えを巡らす。そこから得られたのは、鉄では無理だということだ。
「重硬金属なら……いけるか?」
ふと呟く鍛治師の言葉にヘルンが目敏く反応する。
「アダマント……? なんだそれは」
「知らねぇのか? 精霊金属類の一種だよ。程度は低いがな」
「特徴は?」
「硬く、重く、錆びにくい」
すぐに言葉が出てくるのはさすが職人と言ったところか。
「劣化しないのはいいが、精霊金属類なら貴重だろう。手に入るのか」
「貴重だが、市場に出回らない程じゃない。もちろん高くなるがな」
だから精霊金属の中でも程度が低いんだよ、良い意味で。そう呟く鍛治師だが、やはり精霊金属の一種であれば値は張るだろう。
場合によってはグール討伐の報酬が吹き飛ぶ可能性もあり得る。ヘルンは原因を作った今は亡きハイグールロードを今更ながらに恨んだ。
しかし、背に腹は変えられない。
金を惜しんで命を危機に晒すのでは駄目だ。特に、今の自分には。
ヘルンは諦めて、オーダーメイドを鍛治師に依頼する。
それを聞いた鍛治師はふんふんと頷いた。
「ぶっちゃけ完成はいつになるかわからん。材料が材料だしな」
それを聞いたヘルンはしばらく冒険者業を休止しなければな、と内心苦笑する。
あるいはシエラだけでも冒険者業を、と考えたところでミネットの言葉を思いだし、その考えを捨てた。
「……ところで」
「まだあんのか?」
不思議そうな顔をする鍛治師に、ヘルンは聞いた。
「贈り物を渡されるなら、なにがいい」
「食い物」
「同感だ」
それだけ言うと、ヘルンは武器屋から出る。
最後の最後で、意味がわからない質問を投げ掛けられた鍛治師は、首を捻るばかりだった。