槍使いとウンディーネ
今回も短めです。
屍食鬼が住み着いた古城は辺境都市アルファラからは距離があるため、ギルドが用立てた馬車で目的地まで移動していた。
馬車の中にいるのは、ギルドから通達を受けたヘルンとシエラ、そして彼女が連れているコボルトのヨウ、さらにこの依頼限定で一党を組むことになった人間の男と水の使いの女である。
自己紹介もせず顔を会わせただけで馬車に乗り込んだのだから、ヘルンとシエラは向かい側に座っている二人をよく知らない。
「……とりあえず、自己紹介、しよう……か」
独特な言葉遣いのウンディーネが、開口一番そう言った。
「私、は。リミアル。よろしく、ね」
女ウンディーネの名はリミアルというらしい。黒にも近い紺色の髪を長く伸ばした、文句なしの美人といった風貌だ。
「……ヘルンだ」
「シエラ・レナンです。よろしく、お願い致します」
二人も同じように名を言う。
それを聞いたリミアルの隣に座る男が眉をひそめた。
「レナン………?」
「……何か?」
リミアルから移されたシエラの視線を浴びて、男が両手をひらひらと振る。
「あぁ、いや、珍しい姓だと思ってな。気にしないでくれ」
男は野性的な面立ちで、鈍い金色の髪を持った戦士だった。槍の使い手なのか傍らに短槍を置いている。長槍でないのは、目的地が屋内であることを考えてのことだろう。
「……彼は、槍使い君。私は、そう、呼んでる」
「そう呼ぶのはお前だけだろーが」
リミアルの言葉に槍使いは辟易した様子をとる。
「俺の名はだな……」
「向かってる、場所は、どこだっけ?」
「リオ山の麓……と聞いています」
「せめて待てよ」
名乗り出す前にシエラと話始めるリミアルを槍使いが若干睨む。リミアルは素知らぬ顔だが。
「いつもの、こと、じゃない。槍使い、君」
「いつものことにしてんのはお前のせいだけどな?」
ため息をつく槍使いが、なにやら本を読んでいるヘルンを捉えた。リミアルの方は女性同士で馬が合うのか、話し込んでいる。
「なぁ、ヘルンとやら」
「……何だ」
本から目を離さずヘルンが答える。槍使いが題名を覗くと、どうやら宗教関連の本らしい。
「ヘルンは何か、神を信じてるのか?」
「……特にない」
「じゃあ、なんでそんなモノ読んでんだ?」
「……噂で、吸血鬼を崇める宗教があると耳にした。それが気になってな」
ヘルンの言葉に槍使いは怪訝な態度をとる。
「吸血鬼……?あの魔族のか?」
「そうだが……、お前は知っているか?」
「いや、知らねぇな。……あぁでも大昔に太陽をものともしない吸血鬼がいたって話があったな。今は封印されてるらしいが」
「……そうか」
そこでヘルンは本をしまった。視線を槍使いのものに合わせる。
「お前たちも、ギルドから通達を受けたのか?」
「ああ。お前さん新人のクセしてダンジョン潜ったり、そこのお嬢さんはコボルトを手懐けたりしてる。ギルドも注目してんだよ。期待の新人ってやつだ」
「どうしてお前たちが私たちと一緒に……?」
「まぁそれは安全を考慮してだろうな。ちょいとお前さんたちより先輩の俺らが動向しとけば、死ぬこたぁないと思ったんだろうよ」
「ふむ」と呟きヘルンが納得したような素振りを見せた。
「お前たちは、冒険者を……どれくらいやっている?」
「十九から冒険者になって……七年、だな」
「なるほど、どうりで……」
「どうりで?」そう聞き返す槍使いに、いくらか声を落としてヘルンが答える。
「そういう雰囲気が出せる訳だ」
歴戦とも言える槍使いが、一瞬言葉を失った。
「ハハ……、まいったねコリャ」
苦笑いを作りながら彼が言えたのは、それだけだった。
◆ ◆ ◆
槍使いとリミアルがギルドから受けた通達の内容は、おいそれと他人に言えるものではなかった。
表向きは、貴重な新戦力のお守り兼視察というものだ。
しかし当然それだけの理由でギルドが槍使いやリミアルといった歴戦の冒険者を前線から無理に離す訳がない。
もう一つ、理由がある。
それは、ギルドの目の届きにくいダンジョンでヘルンたちが不正行為をしているかもしれないということ。
例えば、他人の戦果を奪うといったような。
考えにくいことではあるが、可能性がないとは言い切れない。そして、それを見切れるのは中堅の冒険者では役不足だった。何年も冒険者業をやってきた者達の豊富な経験が、必要だったのだ。
槍使いはこの通達を受けたとき、断ろうと思った。ギルド側も無理にとは言っていなかったのだから、断ることはできたはずだった。
いかにも、厄介事を嫌う槍使いらしい考えである。
しかし彼の意思に反して、相棒のリミアルがそれを許さなかった。
おとなしめの外見や落ち着いた声とは裏腹に、彼女の持つ好奇心が即刻、引き受けてしまったのだ。
これには槍使いも頭を抱えたくなった。……が、彼も冒険者としての端くれ。意思ではないとしても、引き受けた仕事は完遂しなければならない。
その意気で馬車に乗ったものの、実際に会ってみて驚いた。
シエラはともかくとして、ヘルンはおおよそ新人という言葉が似合う人物ではない。自分以上の経験を持っている感覚さえある。
戦ったとして……負けることはないだろう。誇りや自信といった曖昧なものからの考えではなく、客観的に見ての考えだ。
しかし、戦えばただではすまない。
そう思わせる何かが、ヘルンという男の中にあった。
「どうりで……そういう雰囲気が出せる訳だ」
このヘルンの言葉で、ぞくりと冷たいものが槍使いの背筋に走った。バレていた、のだろうか。それも雰囲気だけで?
「ハハ……、まいったねコリャ」
果たして自分はこの時、笑顔が上手く作れていたのだろうか。
後々になってふと槍使いはそう考えた。
◆ ◆ ◆
ヘルンから見て、槍使いやリミアルは今の自分では到底敵うものではないと、彼の直感が告げていた。
好戦的な吸血鬼であるヘルンは、人物をどれくらい強いかで判断する癖がある。もちろん強さだけが全てではない、というのは彼も重々承知だが。
今、自分の正体が露見すれば命はない。それだけでなくシエラも無事では済まないだろう。
少し前まではシエラのことを便利な人間としか考えていなかったはずだが、あたかもシエラを心配するような思考になっていたことを、吸血鬼はまだ気付いていなかった。
とにかく、ヘルンは自分の正体がバレないように努めると同時に、槍使いやリミアルの監察するような目線を敏感に感じ取っていた。
彼らの意図、ひいてはギルドの意図はヘルンにはいまいちわからないが今すぐ命を狙われるといったことはなさそうだ。
がたりと馬車が揺れ、止まった。馬車に射し込む光は綺麗なオレンジだ。
今日はどうやらここで夜を過ごすらしい。
沈みゆく夕日を浴びながら、ヘルンは自分がこれからがどうすべきかを考えていた。