ギルドの思惑、軍部の懸念
今回は短め
「ヘルンさん」
いつものように、深きなる森で狩ったモンスターの重要器官を換金しようとするヘルンを、彼担当の受付嬢ミネットが呼び止めた。
その顔には最早諦めといったものが浮かんでいる。
「……何だ?」
「今日はどんなモンスターと戦ったのです?」
ヘルンはミネットから視線を外すと、何かを思い出すような素振りを見せた。
「……小鬼が八匹、鉄塊蟲を三匹。……あぁ、帰りに弱竜を一匹狩ったな」
さして問題がないと言う風に言ってのけるヘルンをミネットは半眼でじとりと睨む。
ヘルンがシエラを連れて深きなる森へと足を運び、そして無事生還するのはこれでもう五度目である。しかも冒険者になってから一度も依頼をこなしていないのだから、ミネットの頭の中に諦めという文字が浮かぶのも無理はないのかもしれない。
ヘルンとシエラは冒険者になったばかりで、平然としてダンジョンへ向かい、そしてなにごともなかったかのように還ってくるのだ。
この前は、どこからかコボルトまで連れて帰ってくるほど。
これまで下級、もしくは中級下位までの強さのモンスターしか相手取っていないとは言え、その姿は他の冒険者から注目を集め始めるまでになっていた。
ヘルンからすれば自分が吸血鬼だとバレないようにほどほどの注目を浴びていた方がむしろ一周回って安全だと考えていたのだが、それはもちろんミネットが知るところではない。
クエストを推奨したこともあった。シエラはともかくヘルンはどうやら強い敵を求めるような稀な冒険者だとミネットは見抜いていたし、だからこそ彼が興味を惹きそうなクエストを選んだつもりだったのだが、ヘルンは聞く耳を持たず。
しかし、こんなことを続けていけばヘルンの命がいくつあっても足りない。
冒険者になって一ヶ月もしない内に下級とは言え複数のモンスターを安定して倒せるということは、それ相応の実力を持っているのだろう。
そういった前例がない訳ではないし、小数だが確かにそういった冒険者もいる。初心者冒険者の誰もが、戦いの初心者ではないと言うことだ。
それでも、魔窟という場所は特異さを極める。
過酷な環境に耐え抜き、一代で適応した進化種や、種に当てはまらないほどの異常なほどの身体能力、知性を兼ね備える魔物の亜種の多くがダンジョンの中で生まれると言われるくらいだ。
だからこそミネットが何度も注意したのだが、ヘルンの行動は止まる素振りを見せなかった。
ミネットの胃がきりきりと痛む。
最近になってヘルンの注目は冒険者だけでなく、ギルドの上層部の一部からも注目が寄せられ始めていた。
近年は深きなる森の中のモンスターが増えてきているからかギルドも冒険者の匂いに過敏になってきているのだ。特に即戦力という匂いに。
そんなヘルンに目をつけた一部のギルド上層部は、担当のミネットにある指令を下していた。しかもどうやら冒険者組合会長も一枚噛んでいるようなのである。
あの老土の使いのギルドマスターは好奇心が強いと聞く。それならば彼らしいと言うべきか。
「ヘルンさん、シエラさん、お話があります」
ミネットが重々しく口を開いた。ヘルンはまたか、といううんざりした様子だが、これからミネットが口にするのはいつもの注意ではない。
「ギルドからの通達です」
◆ ◆ ◆
宿に戻ったシエラが呟いた。
「……バレた、のでしょうか……?」
シエラの声が一時の間、部屋を支配した。
彼女の腕には《ヨウ》と名付けられた犬怪人がいる。ヨウは雰囲気を感じ取って、口を閉ざしていた。
「わからん。……が、だとするなら少し早すぎる。悪くても怪しまれた程度だろう」
「では、ギルドには別の意思があると?」
「それこそさっぱりわからん」
ヘルンはお手上げだ、と言わんばかりに肩をすくめ近くの椅子に腰掛ける。
ギルドからの通達は四つ。
ある依頼を受注すること。
そのクエストを完遂すること。
自分たち以外にも、ギルドが指定した二人組とで一党を組むこと。
その臨時パーティーでクエストにあたること。
という奇妙なものだった。
適当な冒険者に話を聞いたところ、そのような例は経験したことはないが過去には何件かあったらしい。
通達は強制力が強く、強引に断ろうとすると返って逆効果になる。
「依頼の内容は………遺跡に住み着いた屍食鬼の群れの討伐、ですか」
古城に巣くったモンスターの討伐、というのはありきたりな内容でおかしいところはなにもない。
グールにいたっても、厄介な魔物ではあるが個々の力はたいしたことはない。
むしろヘルンにとっての問題は、パーティーを組むことになる二人がいるために吸血行動ができないという点だった。
「古城……か」
「……なにか、問題があるので?」
シエラが呟いたヘルンの方をむく。
「屋内では、斧槍が使いづらい」
これから始まるであろう面倒事に、ヘルンは憂鬱そうに言った。
◆ ◆ ◆
辺境都市アルファラ東地区には、都市の軍部施設がある。
アルファラを守るのはビリジオ共和国第二軍の兵士たちである。その指揮官はフォルガナ・ルフィルドという水の使いの男だった。
そのフォルガナは自身の執務室で苦い顔を作っていた。端整、という言葉がよく似合う顔が僅かに歪んでいる。
彼の前にひざまづくのは、第二軍の副官を勤める貴森人の騎士装束をした女。遺伝的にエルフという種族は容姿が整っている者が多いが、その中でも彼女は抜きん出ていると言ってもいいだろう。
しかし彼女もまた、表情は優れなかった。
「件の教団は全滅……。しかも目標は行方不明……か」
フォルガナが独り言のように言う。
「申し訳ありませんっ!我が隊が到着したときにはもう……」
「……苦いな」
「くっ……」
フォルガナの言葉を聞いてがくりと項垂れるエルフの女騎士。
冷静沈着で知られるフォルガナの『苦い』という言葉は、ものごとが上手くいっていないことを指していた。
フォルガナを敬愛している女騎士にしてみれば、その言葉は自責の念となって彼女の肩にのしかかる。
「廃神殿の中はどうだった?」
「教団の人間はすべて殺されており、またどの死体にも首もとに噛み傷がありました。空になった棺が転がっていたので……例の吸血鬼はおそらくどこかへ去ったものかと……」
女騎士の言葉がだんだん失速していくのは、やはり自責の念に捕らわれているからだろう。
「今回の件の責任はすべて私にあります!どうか処罰は私だけに……」
女騎士が喋っているのを、フォルガナが遮った。
「自己犠牲の精神は素晴らしいが、もう終わったことだ。セレー、今お前に必要なことは俺の処罰を待つことか?」
フォルガナの言葉にセレーと呼ばれた女騎士は俯いていた顔をあげる。
「事態は深刻だ、お前を罰している余裕はない。都市に例の吸血鬼が隠れていないかを調べろ。ミエトにも知らせておけ」
「……ハッ!この命に代えても!」
一層深く頭を下げたセレーが了解の意を示すと、急いで執務室を出ていった。
残ったのはフォルガナひとりである。
「太陽を克服せし吸血鬼……お前は今、どこにいる?」
窓を通して眼下に広がる辺境都市の姿を見ながら、フォルガナが呟いた。