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吸血鬼ヘルン  作者: ねこむれひなた
吸血鬼の目覚め
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従属獣

ちょっとした戦闘描写を書きたかっただけなのに、長くなりました。

 『ギギャギャギャギャッ!』 

 「……!」

 大爪猿(クロウエイプ)の爪と、ヘルンが持つ斧槍(ハルバード)が激突する。お互いがお互いの力で後方に弾き飛ばされると、クロウエイプは嘲笑のような鳴き声をあげながら大木の影へと姿を消した。


 「ちっ……」

 冒険者になってから三度目の《深きなる森》での戦闘である。

 ヘルンが今いるような森の浅いところでは普通、クロウエイプといった中級の魔獣は出現しないはずなのだが、生憎ここは異常事態が日常と言ってもいい魔窟(ダンジョン)だ。

 どの場所で、なにが出ようと文句は言えない。


 『ギュラッ!』

 ヘルンが何本もの大木を利用し高速移動するクロウエイプの影を見失うと、死角となった場所からクロウエイプが奇襲を仕掛けてくる。

 ヘルンがほとんど勘で振り返りクロウエイプの爪をハルバードで弾くが、たたらを踏むヘルンにそのまま二撃三撃と爪の攻撃が繰り出された。それをすべて避けてみせるとクロウエイプは僅かに苛ついたような声を挙げ、また木の影へと身を隠す。


 埒のあかない攻防に業を煮やし、クロウエイプが引っ込んだ木の裏側にヘルンが一息で移動するが、既にそこにはクロウエイプの姿はない。

 「……っ」

 反射的に上を向いたヘルンの目に映ったのは木の太枝にぶら下がるクロウエイプの姿。


 この好機を逃すまいとばかりにクロウエイプが真上から爪を降り下ろす。落下の勢いと共に襲いかかったそれは、ハルバードを盾にして防ぐもヘルンの腕に痛みを与えるまでの威力であった。

 『ギャギャギャッ』

 そのままつばぜり合いに持ち込むクロウエイプの口は笑みに歪んでいた。勝てる、と確信したのかもしれない。

 クロウエイプの長く尖った爪が、ヘルンの目前にまで迫った。


 「調子に乗るなよ、猿がっ……!」

 瞬間、ヘルンの両の瞳が緋色に染まる。

 それは、本来の己の力を解放する合図であり所作。

 ヘルンは自身に流れる血の躍動を感じると共に、ハルバードを支える両腕に力を込めた。


 「フッ!」

 『ギッ……!?』

ヘルンによって魔獣の爪と互いに退け合うハルバードは、それまで優勢にあったクロウエイプの長腕を退け、相手の全身を大きく後方へと押し出す。

 姿勢を崩すクロウエイプを視界に納めながら一旦ハルバードを引くと、その矛をクロウエイプの左目に突き入れた。


 『ギャッ!?』

 苦痛に喘ぐクロウエイプはあわてて左目に突き刺さるハルバードの矛を引き抜くと、後方へと跳んだ後、背を向け一目散に走り逃げた。

 その敗者の姿をしかしヘルンは無様だと思わない。ああいった臆病さや慎重さが結果的に命を守るからだ。

 だからと言って、容赦する訳ではないが。


 「シエラ!」

 ヘルンが彼女の名を叫ぶと同時、クロウエイプの進行方向に銀髪の少女、シエラが遮るように現れた。  

 「“満たせ、太陽神の御光”」

 『ギィアッ──』

 自分を突き飛ばさんと突進するクロウエイプに向かって手をかざし、シエラは魔法の発動句を早口に唱える。

 次の瞬間には、あたりが眩い光に満ち溢れた。


 詠唱によって発動した《陽神光(サンライト)》の魔法の光が、使用者たるシエラの目に影響を与えることなく、クロウエイプの残った右目だけを無慈悲にも灼く。

 魔法という形で人に貸し与えられた尊き太陽神の御光の一端は、その役目を終えると瞬く間に消え去った。


 『ギッギャッギャッ』

 右目を掌で覆い、苦しみのたうち回るクロウエイプの背後から、ヘルンが迫る。その目は未だに赤い。

 『──』

 ヘルンがハルバードを振り上げ、大爪猿(クロウエイプ)の首を刎ねた。



 「……わたしがいなければ、逃げられていましたね」

 ヘルンがクロウエイプの血を吸い終わった頃を見計って、シエラが言った。その声は心なしか僅かに自慢気だ。


 「お前がいなくても、追うか、武器を投げて仕留めていた」

 すかさずヘルンがそれに反論する。

 「しかし、結果的にはわたしの魔法に助けられた訳ですが」

 「……ふん」


 シエラが魔法を使えると知ったのは昨日のことだった。

 体力を削り取る魔法の発動は、疲労が多いと使えない。しかしこの数日普通の暮らしをしていく中で、魔法を数回使えるくらいには回復していた。


 そしてこれは余談なのだが、最近シエラは出会った当初よりも少し明るくなったとヘルンは思う。

 感情が表れにくい顔はそのままだが、口数が多くなった。

 そんなシエラのどこかが、ヘルンが封印前に知り合った少女と似ている気がしないでもないが、それは単なる勘違いだろう。少なくともヘルンは思考をそう完結させる。


 「そう言えば、お前が使っていた魔法。僧兵共が使う《聖光(ホーリーライト)》とは違うのか?」

 「……さぁ?生憎わたしは聖職者には詳しくないので」

 シエラはヘルンの問いに対して首を傾げた。


 《聖光》の魔法から生み出される光は、モンスターに対して絶大な効果を誇る。モンスターが忌避する聖属性の光を真正面から浴びせかけられるのだ。直接的なダメージはなくとも、無事でいられるはずがない。


 対してシエラが使った《陽神光》の魔法の光は、極小の太陽がシエラの掌に現れたかのような感覚だった。

 《陽神光》のあたりを覆うほどの光量は、もちろんヘルンまで届いていた。ヘルンは目を閉じていたので結果的に被害はなかったのだが、その光には僅かではあるが暖かみが感じられた。

 暖かみを感じるということは熱を持っているということであり、突き詰めるとそれは炎属性である。聖属性の《聖光》とは大きく異なる。

 そして《陽神光》という魔法を使った者はヘルンの封印以前の記憶を合わせてみても、シエラただ一人だった。

 自分が人類側の魔法についてあまり博識ではない、ということもあるかも知れないが。


 そう言えば、ヘルンはシエラのことをほとんど知らない。邪教団に捕まる前は今と同じく冒険者をしていたということだったが、故郷や家族の有無についてはからっきしだ。

 特に知る必要もない、ということで聞いてこなかったが、シエラが使う妙な魔法も案外そこに関係があるのかも知れない。


 「ヘルンさん」

 と、そこでシエラ本人の声により思考が打ち切られる。

 「……なんだ?」

 ヘルンがシエラを見ると、シエラは右を指差していた。顔をそちらの方に向けると、何かがこちらに迫ってきている。小さな体躯だが、一匹や二匹ではない。十匹以上はいるだろう。


 甲高い唸り声を次々に挙げ、こちらへと向かってくるいくつもの影。その姿は焦げ茶色の体毛に覆われ、尖った耳を持ち、全体的に子犬のようだが、二足歩行で走ってきているところを見るとただの犬でないことがわかる。

 恐らくは犬怪人(コボルト)と呼ばれる魔物だろう。


 『グゥゥ……』

 クロウエイプに比べればいっそ可愛らしいと言えるコボルト達だが、それらはどれもこれもが牙を剥いて、ヘルンと睨み合っていた。


 「……犬が」

 ぼそり、と不機嫌そうにヘルンが呟く。その瞬間、びくりとコボルトの肩が震えた。 

 しかし、恐怖を振り払って群れのリーダー格と見える一回り大きいコボルトが右腕を掲げる。その手には錆びかけたナイフが握られていた。


 『ギャウッ』

 ナイフを持ったコボルトの一声で、すべてのコボルトが走り出す。数の暴力で襲いかかるつもりかと身構えたが、実際に仕掛けてきたのは三匹だけだった。

 あとのコボルト達は、一斉にヘルンとシエラの後ろを目指して走り抜けていく。

 「は……?」

 剣を構えたシエラも呆けている。

 ヘルンも同様だった。しかも向かってきた三匹にしても、戦うというよりも、注意を惹き付けるといった表現のほうが正しい。

 ヘルンはふと走り去ったコボルト達が気になり、後ろを向いた。


 『ウウゥー!ウウゥー!』

ヘルンの目に映ったのは、必死にクロウエイプの死骸を引っ張りどこかへ持ち去ろうとしているコボルト達だった。


 「……」

 『……』

 ナイフを振り回し、仲間を鼓舞していたリーダー格のコボルトとヘルンの目が合う。


 「……待てい」

 『クゥー!?』

三匹のコボルトの包囲を無視し、クロウエイプを運ぶコボルト達へと駆け寄る。それを見た長が悲鳴をあげ、その悲鳴が未だにクロウエイプを運ぼうと悪戦苦闘するコボルト達の必死さに拍車をかけた。


 火事場の馬鹿力とでも言えばいいのか、悲鳴じみた声をあげながらもクロウエイプを運び去ろうとする速度は格段に上昇していた。

 しかし、ヘルンは一切の慈悲なしに獲物を奪われんと駆ける。その速度は明らかにコボルト達の速度を上回っていた。

 もしコボルトが口をきけたならば、こう言っていただろう。

 吸血鬼には血も涙もないのか!、と。


 しかし、ここでコボルト側に転機が訪れる。

 突如としてヘルンの前に一匹のコボルトが立ちはだかったのだ。囮役の三匹の内の一匹である。


 コボルト達はこの好機を逃す訳にはいかなかった。仲間の一匹が時間を稼いでいる内に少しでもヘルンと距離を離すべく、クロウエイプを運びながら地を蹴り疾駆する。


 走るコボルト達は決して後ろを振り返ろうとはしなかった。それは臆病だからではない。

 恐ろしい吸血鬼に、勇敢にも立ち塞がった一匹のコボルトの意思を無駄にしないためだ。


 結果的にコボルト達はクロウエイプを運んだまま、ヘルンを振り切ることに成功する。しかし、コボルト達の顔はどれも優れない。

 誰よりも勇敢だったコボルトが、自分達の後ろにいなかったからだ。

 そしていくらそのコボルトの帰りを待とうとも、帰ってくることはなかった。


 『ウォウ……』

 悲しげな一匹のコボルトの声が浮かんでは、消えた。

 それを聞いたコボルトのリーダーがあることを決意する。

 強くなろう、と。自分だけではない。この群れを強くするのだ。

 彼の心の中には、あの勇敢なコボルトの姿が残り続け、応援してくれるだろう。不思議と、そんな確信があった。

 自分が知る中で最も勇敢だった、あのコボルトの《英雄》が。

 

 

 ……最もその英雄は、今こうして慈悲のカケラもないような吸血鬼に片足を捕まれ逆さまにぶら下がっているのだが。


 『ウー!ウー!』

 逆さまになっていてもそれはもう唸ること唸ること。脱出を諦めず四肢をがむしゃらに動かして見せるコボルトを見て、ヘルンはため息をついた。


 せっかく仕留めた獲物は横取りされてしまったし、腹いせにこのコボルトの血を吸ったとしても、今更得られる力はごく僅かだ。それくらいには、ヘルンは力を取り戻していた。

 かつての自分とは比べるべくもないが、あの有角のオークから奪った血から得られた力がかなりのものだったのだろう。


 ヘルンの足下では残りの囮役のコボルト二匹がギャウギャウ叫んでおり、それがより一層ヘルンのため息を深くさせる。

 「さて……どうしたものか」

 『ウー』

 ヘルンが悩む声に合わせてコボルトも唸り声をあげた。コボルトもどうやら強引な脱出は諦めたらしく、全身を重力に任せるままになっている。今はどうやってこの窮地を脱するか考え中であった。


 『ウォンッ!』

 逆さまのコボルトが一声。

 それを聞いたヘルンの足下のコボルト二匹がお互いを見合わせ、そしてヘルンに捕まっているコボルトを見る。


 『ウ……?』

 『ウー、ウー』

 二匹は捕まっているコボルトに向け何回か声をかけたが、すべて無視されると、がっくりと項垂れ、やがて森のどこかへと走り去っていった。


 「……」

 ヘルンが捕まえているコボルトを見る。

 様子を見る限り、このコボルトは、あの二匹に逃げろとでも言ったのだろうか。

 もしそうならば、種族として臆病な性格のコボルトらしくない行為だ。あるいは、自分の死を悟ったのだろうか。


 「ふむ……」

 抵抗しなくなったコボルトを見て、金にはなるし狩っておくかと考える。どのみちこのコボルトを殺したとて損はない。

 そう自分を納得させると、ヘルンは懐から取り出したナイフを掲げ───


 「……ってい」

 「っ!!?」

 そして、シエラに膝裏を蹴られた。

 油断していたヘルンはその一撃でナイフを落とし、さらにコボルトまでもを離してしまった。

 コボルトはどさりと不時着すると、すぐさま起き上がりシエラの足下へと移動する。


 「何をする?!」

 「いや、なんとなく」

 シエラは素っ気なく言うと、足下のコボルトを胸の高さまで抱き上げる。シエラの腕に包まれたコボルトは、逃げるどころか嫌そうな素振りを見せることすらない。


 「獣使い(ビーストテイマー)かお前は……」

 無表情のままコボルトを撫でるシエラは「違います」とだけ言って、黙った。

 もちろん本気で言ったわけではないが、それにしてもあのコボルトの懐きようはなんだろうか。命を助けられた程度で野生の生物が人に従うとは思えない。


 「そいつを離せ。殺しはしない」

 「嫌です」

 ヘルンのため息混じりの言葉に、シエラは首を縦に振ろうとはしない。

 「……飼いたいのか?」

 ヘルンから目をそらしたシエラは、黙ったままコボルトを撫で続ける。

 その沈黙は肯定だろう。

 ヘルンがふぅ、と息を吐く。


 「……帰るぞ。ギルドへの申請、宿の許可はお前が話をつけろ」

 コボルト一匹程度の危険度ならば、従属獣として街の特別区画に連れていくことも出来るだろう。

 森を抜けようとするヘルンの後を、シエラが黙ってついていく。


 彼女に抱かれたコボルトが一声鳴いた。

 

 

 

 

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