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吸血鬼ヘルン  作者: ねこむれひなた
吸血鬼の目覚め
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目覚め

 暗い世界の中で、誰かの声が聞こえた。

 正直言って、聞いていて不愉快になる声音だ。

 やがて光が射し込む。太陽の暖かな光ではなく、暗い光。


 まず〝彼〟の視界に入ったのは、両手を広げて歓喜を叫んでいるローブの男だった。続いて千切られたようになって落ちている鎖。さらに半ばほどで折れた一本の剣なども彼の深紅の目に映っている。

 両手を広げている男の後ろにも何人かローブを着た人間が見えた。

 目を覚ました彼がにやりと笑う。彼の肌は温度を持っていないかのように白く、鼻は少し高め。赤い瞳は気怠げだ。青年に見える顔は整っている方だろう。


 「おお……!」

 ローブ集団の一人が感嘆の声をあげた。

 ───この人間達が私の封印を解いた?

 「おお……、おお……!《太陽を克服せし吸血鬼(ヘリオスヴァンパイア)》よ、貴方を復活させたのは我らだ!」

 目の前の男が興奮も覚めないままに話す。それに青年、もとい吸血鬼は冷たい視線を向けた。

 「我らは貴方を崇拝し、信仰している!我らは貴方の駒になることを──」

 「五月蝿い」

 突如、男の心臓を吸血鬼の右腕が貫いた。



   ◆ ◆ ◆


 吸血鬼の視界を占拠していた部屋にはローブを着た人間の死体がいたるところに散らばっていた。全て吸血鬼自身が殺めたものだ。

 時々、剣を抜き襲いかかってくる者もいたが彼の敵になるような相手ではなかった。

 恐らく上手いこと言って、自分を利用するつもりだったのだろう。そう考えての行動だった。


 吸血鬼が目覚めた地点の反対側には壇がある。吸血鬼がそこまで歩み寄ると、壇上には杯が置いてあった。

 中には血が注がれていた。

 復活直後は力が弱まっていると考えてのことだろうか。吸血鬼は他者の血を取り込むことで力を蓄えるという性質を持つ。

 確かに復活直後は力が弱まっている、というのは事実なので素直に頂くことにした。

 杯を口元まで持っていき、ごくりと得体の知れぬ血を飲む。

 腕で口を拭い、彼は独り呟いた。

 「…………不味い」

 どうやらそこまで上質の血ではなかったらしい。




 彼が目覚めたのはどこかの神殿内だった。神殿内を探索し、衣服と人間の世界で使われている貨幣が手に入った。貨幣の価値はいまいちわからないが、量からして安値ということはないだろう。


 さて、彼が考えるべきことはこれからのことだった。

 自分は何年眠っていたのか?

 魔族と人間の不毛な戦いは今も続いているのか?

 世界はどのように変化したのか?

 全て、彼には知り得ない情報である。

 彼には帰る場所がない。そもそも彼を封印したのは人間ではなく、同胞であるはずの(・・・・・・・・)魔族だったのだ。

 魔族に自分が復活したことを知られれば、矛先が自分に向く可能性があった。だからと言って、人間に頼ることもできない。彼は吸血鬼である。人間から見れば忌避する魔族と大差ないだろう。

 しかし、人間の国に紛れ込むのならばどうか。

 幸い、吸血鬼は人間に似通った外見を持っている。貴森人(エルフ)深闇人(ダークエルフ)のような大きな耳の尖り方ではないし、角も生えていない。血を吸うために使う犬歯にしても人のそれよりは発達しているものの、隠しとおすことが出来る程度。

 人間の世界は広大で、いくつもの国に別れ複雑化している。恐らく人間側の王が自身の国のすべてを把握している、ということはないだろう。

 ならば彼が人間界の一国に紛れ込んですぐに気付かれる、ということはなさそうだ。

 問題は、彼の深紅に染まった瞳。

 赤い瞳は総じて魔族特有のもの。人間の世界に潜り込むならば、この瞳の色ははっきり言って邪魔だ。

 そこまで考えたところで、彼は両の目の瞼を降ろす。次に瞳を開けたとき、彼の両目は黒に近い緑色になっていた。

 心が大きく乱されない限り続く変異魔法だ。最も、今のように身体のごく一部分しか変化を行えないが。それでも人の目を騙すくらいならば十分だろう。


 ───カシャリ。

 どこかで、金属的な音が鳴った。ローブの男達の生き残りだろうか?だとしたら厄介だ。生かしておく理由はない。

 神殿内が籠った造りのせいで音の出どころはわからないが、この神殿内で彼が足を踏み入れていない場所は限られている。


 彼が少し歩くと、神殿の地下に恐らく新設したであろう牢屋があった。さっきの金属的な音の原因はこの牢屋の中だろう。

 正確に言えば、牢屋の中に捕らえられている少女にはめられた足枷と鎖がこすれる音、であるが。


 その少女は恐らく美人という部類に入るであろう外見を持っていた。薄汚れてはいるが肌は白く、少女というより大人びた顔立ちをしている。しかしその表情は一切の感情が抜け落ちているかのようだった。まぁ吸血鬼の彼にとってはそんなことどうでもいいのだが。


 少し長めに伸びた銀色の髪を垂らしながら、床に座り込み、感情を写さない金色の瞳でぼうっと彼を見ていた。

 埃をかぶり服も汚れてはいるが、暴行の跡は見られない。別段男達の慰み者として扱われていたわけではなさそうだ。

 ではローブの男達が用意した生け贄……いや、〝餌〟だろうか?

 「おい、女。お前は誰だ」

 彼が少女に向かって聞いた。

 少女は無表情のまま首を傾げる。

 「あなたは誰、ですか?」

 「聞いているのは私だ。答えろ」

 「……わたしはシエラ、です。シエラ・レナン」

 「どうしてこんな所に捕らえられている?」

 「さぁ……。でもある吸血鬼にわたしの血を捧げる、とか言ってたかもしれませんね……」

 彼は考えた。

 この女は使いようによっては、人間の世界に紛れ込む為のいい材料になると。邪魔になったり不要になれば殺せばいい。

 口振りからして、あの男達の仲間というわけではないだろう。ならばこの女は、殺すには少し惜しい。

 いまだ、感情らしいものを見せないシエラに彼は告げた。

 「……私がその吸血鬼だが」

 シエラの表情は変わらない。ただ、じぃっと彼を見つめるばかりだ。

 「…………赤くないですね、目」

 シエラの言葉でそういえば変異をしていたのだったな、と思い出す。

 そして彼が瞬きをすると、次の瞬間には彼の瞳は深紅に染まっていた。

 「これで信じてもらえたか?」

 「……はい」

 シエラは彼の赤くなった瞳を確認するや、首を傾け人差し指を首筋に当てた。

 「吸わないのですか?血」

 「……どういうことだ」

 「吸血鬼は他者の生き血を餌にすると聞きますが」

 「貴様ら人間は吸血鬼に血を吸われると命を落とす、と伝えられているのだろう?なぜみすみす命を捨てるような真似をする」

 「…………」

 「……ふん」

 どうやら答える気はなさそうだ。彼はそう判断すると追及を諦め、牢屋の錠を壊し中に入る。

 「理由は知らんが、どうやらお前は死ぬ覚悟があるようだ」

 彼はそう言うと、シエラの首筋に牙を立てた。ごくり、と溢れた血を少しだけ飲む。

 「あ…………」

 彼がシエラの首筋から牙を離し、舌で唇を舐めた。

 「……まあまあ、だな」

 シエラの顔は前より少し疲労の色が見てとれた。無表情には変わりがないが。そんなシエラに彼は言う。

 「残念だったな。ヴァンパイアの吸血に他者の命を奪う力などない。まだ死ねないぞ、お前」

 もとよりヴァンパイアの吸血は、自身の力をより効率的に蓄える為の術だ。

 まして、吸血鬼の食事は人間のそれと大差ない。吸血鬼が他者の生き血を餌とする事実などないのだ。

 「…………?」

 シエラは噛まれた首をさすりながら、少しだけ疑問を浮かべていた。

 「わたしを……殺さないのですか」

 「殺してもいい。が、私にはお前を殺すよりよっぽど優先すべきことがある。それだけだ」

 彼はしゃがんでシエラの銀髪を掴み、自分の方へ引き寄せた。シエラの整った容貌が彼の眼前まで迫る。

 「シエラ、と言ったか。お前は死を恐れていないな?むしろ望んでいるように見える。そこにどんな理由があるか知らないが……。お前が捨てようとしている命は私からすればなるべく早く手にいれたいモノだ」

 「…………わたしの命があなたの役に立つとは思えませんが」

 まったく物怖じせずにシエラが言う。

 「役に立つかどうかはお前が判断するところではない」

 「わたしに何をさせたいのですか」

 「ただ、私についてくればいい。それだけだ」

 「わかりません。あなたの目的は何ですか」

 「人間の世界に紛れ込むことだ」

 シエラが一驚したのを彼は目に写した。

 「勘違いするなよ?魔王の手先として動いている訳ではない。せっかく封印が解かれたんだ。楽しまなくては」

 「……つまり、わたしに人間の世界の案内役をしろと仰っているのですか」

 「さぁな」

 「……不可能です。あなた達ヴァンパイアは、太陽の光に弱い。太陽の子である人間が暮らす世界に溶け込めるわけが──」


 「私は《太陽を克服せし吸血鬼(ヘリオスヴァンパイア)》だぞ?私にとって太陽はもう弱点ではない」

 

 「……!」

 シエラの肩が少し跳ねる。心当たりがあるのだろうか?

 ……魔族が魔族を封印するという前例はあまりないだろうから、人類側にも知られているのかもしれない。

 しかし今大事なことはそれではない。この娘をどう自分の支配下に置くかだ。

 「どうする?共に来るか、来ないかの二択だ」

 「……断れば?」

 「どうもしない。もちろん殺しもしない。そこで適当に自害するか、飢え死にを待つかでもすればいい」

 人の心は弱い。自分で死を望んでいながら、自ら命を断つのは恐い。どうしても加減してしまうか、行動に踏み出せないかになってしまう。

 飢え死にを待つだなんて、もっと恐ろしい。

 他人の手で、あっさりと殺されればどんなに楽だろうか。

 だから目の前の少女はそれを望んでいる。彼によって殺されるのを。

 彼はそれをしないと言って、シエラの逃げ場を断った。たちの悪い、と自分でも思うが、生憎彼は目的の為に手段は選ばない性格だ。

 シエラが感情が希薄な目でもう一度、彼を見た。

 「…………わかりました。あなたについていきます」

 「そうか」

 言うや、彼はシエラの足枷に繋がる鎖を引きちぎった。

 「なら、来い」

 彼はシエラに背を向け歩き出す。

 「……待ってください」

 「……なんだ」

 彼がシエラの方へ振り返った。

 「まだ、あなたの名前を知りません」

 彼はそう言えばまだ言ってなかったな、と気づく。

 「私は……」

 言いかけて、思いとどまる。この女を経由してもし自分の名が魔族に渡ったら?

 面倒だ。

 「いや、お前が呼びやすいように呼べ。人間の前ではそれを名乗ろう」

 「……そうですか」

 シエラは首を傾け考える素振りを見せる。

 「……ヘルン、というのはどうでしょう」

 「構わんが……なにか意味でもあるのか?」

 シエラは彼をまっすぐ見据え、呟いた。



 「昔飼っていた…………犬の名前です」

 

 

 

   

 

  

吸血鬼って意外と弱点多いですよね。

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