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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 後編
89/106

邂逅と殺戮と

 蒼き炎の火柱。

 それが突如として空へと駆け上る。


「――"汚染"、ゾフィネス」


 まるで神の裁きのようなその光景を生み出すことができるのは、この世界中を探してもたった一人だけしかいないだろう。

 白銀の髪を風に揺らしながら、壮絶な顔で敵を睨みつける少女。


「やっと見つけた」


 圧倒的な殺気。

 それが彼女を覆う。


 右手を突き出して蒼炎の魔術を発動させた彼女は、口元を吊り上げて引き攣った笑みを浮かべていた。


「――あらあらまあまあ」


 対するは雪のように全身を白く染める女性。

 "汚染"の名で呼ばれる彼女――ゾフィネスもまた、狂気の瞳を爛々と輝かせている。


 そして。


「私もあなたを探したわぁ」


 嗤った。


 それが開戦の合図。


「楽に死ねると思うな――ッ!!」


 今まで聞いたことのない、フレアの絶叫が響き渡る。

 積年の恨みが積もりに積もって、まるで爆発したかのようだ。


 同時に彼女の周りを蒼炎が覆う。

 自身の憤怒を体現したかのような蒼炎は、爆発のように周囲へと広がった。


「フレア……ッ」

「ユウリ君、こっちだ!」


 その余波に巻き込まれそうになったところを、ユウリはマリウスに拾われる。

 抱えられ、遠ざかる際に見たフレアとゾフィネス。波のように押し寄せる蒼炎とそれを躱すしなやかな動きを最後に目にして、ユウリの視界が大きく揺れた。


「――ッ!?」

「……随分と早いご到着だ」


 舌打ち混じりにマリウスは遠くを拝む。

 先の揺れはユウリ達の近くに巨大な岩石が落下したことによる衝撃が原因であった。


 岩竜ガルベグルス。

 かの竜は体内で生成した鋼鉄以上の硬度を誇る岩石を、その口から発射できると噂される。その噂を見事に体現して、ここまで岩石を降らせたのだろう。


「なんつう威力……」

「あの岩砲弾(ストーンキャノン)に街を覆う壁も破壊されたんだ。何より射程距離がここまで届くことが厄介だけどね」


 ガルベグルスとの距離は遠く離れている。なのにここまで魔獣の生成した岩砲弾が飛んでくることは、非常に由々しき事態であると言える。


 ――どうする。


 向こう側ではフレアとゾフィネスが戦っている。

 己の周囲に蒼炎を撒き散らして近寄らせないようにするフレア。それを掻い潜り彼女に触れようとするゾフィネス。

 一見、拮抗しているようにも見えるが、フレアの額から流れる大量の汗が気になった。


 そしてなによりも。


「――フレア、どうしたんだ?」


 様子がおかしい。

 というのが、彼女が魔術を発動しても狙う場所はゾフィネスから大きく外れた地点ばかりであるからだ。

 まるで幻影にでも踊らされているように、虚空を蒼炎が貫いている。


 白銀の少女は荒い息を吐き。

 白き魔女は嗤う。


 このままでは、押し切られる。


「――フレア、避けろ!!」


 彼女らの戦闘を目にして、やはりこちらの方が優先すべき事だとして飛び込もうと身構えた次の瞬間のこと。

 ユウリの頭上を巨大な影が舞った。


 ガルベグルスの岩砲弾である。


 それが戦う二人のもとに一つ、降ってきた。


 ユウリの声に反応できたのは、フレアが状況を打開しようと一度敵から大きく離れたためだろう。

 声に気付き、降ってくる岩砲弾を目にして舌打ちをする。

 そして身体強化により素早くその場から回避。


 ズンッと。

 鈍い衝撃が地面を伝った。


「くっ」

「見境がないな。竜種っていうのはこんなにも嫌な魔獣なのか」


 激しい揺れに、屋根上という足場の悪い中で何とか耐える。

 横を見れば流石と言ったところで、マリウスは平然としていた。


 けれど、今はそれどころではない。


 ユウリは屋根の上を駆ける。

 目指す場所は、フレアのもとだ。


「フレア!」


 先の衝撃で吹き飛んだフレアのもとまで移動すると、彼女は近接戦闘での才覚もあるのか平然としていた。

 どうやら地面へと着地する瞬間に上手く受け身を取ることに成功したようだ。


「ふぅ、無事そうだ。良かった」

「――」

「……フレア?」

「逃げられた」


 呆然と前を見据えて、呟く。

 岩石が落ちて来たことにより砂煙が舞い上がっていたが、それが晴れた先にはすでに"汚染"はいなかった。


「あれが、"汚染"か……」


 近くにマリウスも着地する。


「"汚染"。災厄の使者(エンドリスト)の?」

「そうだ。四人の災厄、その内の一人として数えられている。被害や性質で言えば、一番タチが悪い相手だね」


 いなくなった"汚染"。

 鋭い眼光を飛ばすマリウスは、彼女が立ち去っていったであろう方向を見据えた。


「そんなに厄介な相手なんですか?」

「ああ。非常に強力な呪術を使う相手で、様々な街や村を壊滅させてきた。今回のレガナントの魔獣侵攻も、もしかしたら彼女が関わっているのかもしれないね」

「魔獣侵攻に……?」

「呪術というのは魔獣にも効果がある。完全に操れなくても、少し混乱させるだけでこの騒ぎさ」


 今度は、ガルベグルスを見た。

 確かに比較的おとなしいとされるガルベグルスが、なぜこのタイミングでレガナントへと向かっているのかを考えれば、"汚染"の仕業である可能性は十分に考えられた。


「あの時と、同じだ」


 ポツリと。

 フレアの口が開く。


「あの時も、こんな風に……ッ!」


 立ち上がった。

 何かに操られたように。糸を引かれたように。


 フレアは立ち上がって、ゾフィネスを追いかけた。


「フレア! ……俺は追いますけど、先生は?」

「――僕も行こう。あれは完全に動揺している。止めないと拙いだろうね」


 ユウリとマリウスの意見は一致する。

 このまま彼女を放置するという選択肢は、二人には存在しなかった。

 ゆえに追おうと足を踏み出したところで――止まる。


「厄介な」


 理由は周囲を魔獣に囲まれたから。

 上空にはガルーダ。

 地面にはハウンドドッグ。

 鳥類型と犬型の魔獣が数体、まるで足止めするかのように押し寄せてきた。


「ユウリ君。行けそうかい?」

「このくらいの数なら、なんとか」

「では背中は任せたよ」

「俺も任せます」


 ユウリは拳を強く握り。

 マリウスは腰に掛けられた剣の柄を掴む。


 殺気が迸る戦場の中。

 二人は魔獣の群れに突撃していった。



 ★


 少々の時が経つ。

 山中都市レガナントの南部。

 激しい衝撃音が奏でられるその場所には、二人の人物が戦闘を行っていた。


「これが、"汚染"……」


 瓦礫の山の上で荒い息を吐き、片膝をつくのは老人である。

 白髪混じりの茶髪に、髭を携えた男。身に纏うものはルグエニア学園の教師の証である、黒いローブ。

 ルグエニア学園より派遣された、ロベルト・ディアヌスだ。


 それを見下ろすのは、フレア達との邂逅場所から一度離脱した、ゾフィネスである。


「うふふっ、弱い人。これで終わりなのかしらぁ?」

「……化け物め」


 彼の双眼が睨みつける先には、複数の彼女がいる。その全ての人影が同じ姿、同じ声を発しているためどれが本物かわからない。


 "汚染"ゾフィネスの真骨頂とも言える呪術の一つ、幻影。対象者に幾つもの自分と同じ姿をした幻を見せることで、敵を欺く高等術。


 その全員が、嗤う。


「あらあらそんなそんな。化け物だなんて酷いことを言うわねぇ」

「化け物に化け物と言って、何が悪いッ!」


 ロベルトが右手を払うことにより、炎が舞った。


 地面を舐めるように進むその炎は何人ものゾフィネスを飲み込み、やがて消える。

 後に残ったのは焼き焦げた地面と瓦礫のみ。


 ジジッと焦げる音と匂いがロベルトに届き。


「どこを狙っているのかしらぁ」


 背後より声が響く。

 それがロベルトの最後に聞いた音だった。


「――か、は」


 首から大量の鮮血が吹き出す。

 ゾフィネスの手には逆手に持たれた鋭利なナイフが握られており、先の一瞬でそれがロベルトの首を凪いだ。


 倒れ伏す学園教師。

 彼がこうして息を絶やす要因となったのは、魔獣との戦闘最中に、移動中の"汚染"とバッタリ出くわしてしまったことだろう。


「――こっちで戦闘音が聞こえたぞ!」


 血がベッタリと付着したナイフの柄を、親指と人差し指の二本で摘んでブラブラと揺らす。ゾフィネスがそんな風に遊びに行じていると、数種類の音を奏でる足音が近づいてきた。


「――これは!?」

「あらあらまあまあ。ようこそ、私の玩具さぁーん」


 傭兵ギルドに所属している、その道の本職(プロ)達。それらに囲まれてなお、ゾフィネスは笑みを絶やさない。


「全身真っ白の魔女……ッ。"汚染"だ!!」


 誰かが叫ぶ。

 同時にその場にいた全ての者が武器を構えた。けれどゾフィネスは笑みを絶やさない。


「うふふっ、可哀想な人。せめて、絶望たっぷりに生かして、死なせてあげる」


 どこから取り出したのか。

 桃色の飴玉を口に放り込み、それを転がす。

 そしてそれが開戦の合図となったのか、一斉に傭兵達がゾフィネスへと飛び込んでいった。


 ――最初の二人が、グルンと白目を剥いて倒れる。


「さあ、次はだぁれ?」


 "汚染"の脅威は、終わらない。



 ★


「やぁー。エミリーさんが来てくれて助かりました」

「ハハッ、よく言うぜ。俺が来なくてもお前ら二人だけで何とかしただろうがよ」


 フレアを追って並走するユウリとマリウス。その隣には大剣を背負ったエミリーの姿もあった。


 魔獣の群れと戦闘していた時、偶々他の傭兵達と逸れたらしいエミリーと遭遇した。よって彼女の助太刀もあり、魔獣の群れを抜けることには成功する。


 今は先へと急いだ加護持ちの少女を追って、ユウリ達もまた足を馬車馬のように動かしているわけだが。


「にしてもマリウス。お前ぇ、まさか教師をやってるたぁーな」

「僕も驚きさ。レガナントに派遣されたA級傭兵が君だとは思わなかった」

「エミリーさん。先生と知り合いだったんですか?」


 その際に知ったことだが、この二人はどうやら知り合いらしい。ユウリの問いに「おうよ!」と快活な声が響き渡る。


「昔はよくパーティーを組んでたぜ。どっちも前衛だったから、馬があったわけよ」

「いや、馬があったかは否定したいんだけど……」

「おいおい連れねぇーな!」

「良く言う。ズーグ先輩に何度連携のことで叱られたことか」

「……あの親父、そこんところが無駄に厳しいんだよな」

「いや。君が余りにも気にしなさ過ぎだったんだ」


「おかげで無駄な苦労を背負わされた」と。

 マリウスは溜息を吐いた。

 どうやらマリウスの方はそれなりの苦労をしたらしい。エミリーの方は相変わらずのようであるが。


「話を戻そうか。君が都市の中心部近くにいるってことは、防衛線は突破されたと見ていいのかい?」

「ああ。一つ破られれば後は激流のように流れ込んで来やがったな」


 表情を変えずにエミリーは答える。

 内容はとても状況の厳しさを表すもので、聞いたユウリの方が眉を寄せてしまった。


「何とかならないんですかね」

「今は無理だろうな。多数の魔獣に加えて岩竜までいやがる。さっきチラッと見たが、十人以上の傭兵が一瞬でやられやがった」

「エミリーさんならいけるんじゃ?」

「俺だけならありゃ無理だな。マリウスと二人でも厳しい。もう少しまともな戦力を集めて、互角ってところか」


 舌打ちが響く。

 A級傭兵たる彼女でも討伐は厳しいとのこと。それほどの危険度が竜種というものに存在する証拠だ。

 先の戦闘を見るに、同じくA級相当の実力を保有しているとマリウスを加えても互角に戦えるかはわからないようだ。


 おそらくこの都市の中でも最高戦力である二人。それを合わせたところで、竜種を相手にするには足らない。その事実に戦慄した。


「だからこそ、彼女を連れ戻すんだ」


 彼女、とは。

 もちろんフレアのことである。


「側から見たが、加護持ちである彼女の実力は間違いなく僕らと同格のものだ。その彼女を加えた三人なら、あるいはあれを止められるかもしれない」


 自分達と同格だと迷うことなく断見するマリウスであるが、それを見てもユウリの驚きは少ない。

 加護持ちというのはそういう存在だ。その有り余る魔力と魔術式を介さずに魔術を発現できるその特性は、魔術師としての完成系でもある。ゆえにA級たる彼らと同じ土俵であることも頷けるものだ。


「だったら早く連れ戻さないと」


 やるべきことは決まった。

 まずはフレアを連れ戻して体勢を整える。その後はガルベグルスと他の魔獣を騎士や傭兵達と共に討伐。

 そしてレガナントを取り戻すのだ。



 ★


「もうっ。レオンはどこにいったの……」


 瓦礫が散らばり、崩壊し始めているレガナントの中を、一人の少女が歩いている。

 蒼い髪を携えたステラ・アーミアだ。


 どうして彼女がたった一人で道を進んでいるのか。それは生徒達が列を成して進む中を、魔獣が襲ったからだ。


 空から踊り狂うガルーダ。

 鳥類型の彼らは街を覆う壁を気にすることなくレガナントの中に侵入できるため、他の魔獣よりも早くこの場に現れる。

 しかし生徒達が混乱する中で、総会実働部達が何とかそれらは対処をしてくれた。


 けれど、そこでもさらなる悲劇と言うべきか。


 頭上から降る一つの岩石が、近くの建物を粉々にした。それによってまた大きな混乱が起こり、生徒達の一部が散り散りになって逃げたのだ。


 そしてステラはレオンと逸れた。


「早く探さないと」


 ここは危険である。

 レオンといえど、多数の魔獣に囲まれれば最悪のこともあり得る。それを連想して、表情を蒼白とさせた。

 ゆえに早く彼を見つけ出さねばと、瓦礫の中を進む。


 そして。


 ステラは。


 一つの光景を目にした。


「――な、に。これ……」


 血だまりの中を横たわる人。


 まるで壮絶な悪夢を見ているように、白目を剥いて断末魔の絶叫を上げる人。


 その中心で嗤う、嗤う、嗤う――白い魔女。


「あらあらまあまあ。うふふっ、可愛い人」


 クスクスと嗤う白い魔女が、スゥっと空気に溶けていく。


「ダメよぉ。こんな危険なところに来たら」


 気付いた時には、いつの間にか背後にいた。


 ヒヤリと、ステラの首筋に冷たい感覚が走る。


 そして――。


「あ、う、え?」


 辛うじて出せた声は、それだけだった。

 目に映る光景は何を意味しているのだろう。

 なぜ視界がクルクルと回っているのだろう。

 なぜ首から上のない、ルグエニア学園の制服を着た誰かが、ゆっくりと、糸が切れたように、倒れて――。



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