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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 中編
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牛歩

 フレノールとオルカ、それぞれと別れた後。

 家に残ったフレアと合流したユウリは、自分らが寝泊まりしている山神の亭への帰路についた。


「じゃあ、あの後ずっと話してたんだ?」

「まあね。といっても、大した話はしてないけど」


 澄まし顔でフレアはそのように答える。

 けれど彼女の顔はどこか満足している様子が見受けられた。マリーとの会話が彼女にとってそれなりに充実したものになった証拠だろう。


 その後、宿泊施設に到着したユウリは食事を取り、湯浴みを行い。




 そして深夜。


 他の三人には黙って、山神の亭の周囲に広がる庭園に足を踏み入れていた。


「――」


 沈黙が辺りに漂う。

 やることは一つ。魔術の修練であった。


 己の拳に纏うは、青白い魔力。

 密度の濃いために、視認できる色にまでなった魔力を鋭い目付きで確認する。


 密度が濃いといってもこれはただの純魔力。

 威力としても初級魔術の域を出ないものである。

 けれどこれに、形質魔術式を加えればどうなるか。


「――【衝撃】」


 ユウリは己の纏う青白い魔力に、さらなる魔力を送り込んだ。

 ユウリだけの持つ、魔力抵抗力の値がゼロである特性を活かした方法。

 一度体外に放出した魔術に干渉することのできるユウリだからこそ、魔力を送り込める。


 今回送り込んだ魔力は、密度を高めるためのものではなく、魔術式を形成するためのものだ。

【衝撃】の魔術式の構成魔力要素の一つ。それを最初に送り込む。


「いける、か?」


 次にもう一度、構成魔力要素の足りない部分を入れ込んだ。

【衝撃】の魔術式が例えば、α+β=Xの形を取るとして、αを先に送り込み後からβを入れ込むといった形である。その方法を、実地研修に赴く前にルーノから教えられた。


 それに習って魔力に干渉する。

 見ていればわかる。確かに脳内のどこかにある魔術式演算領域にて魔術式を構成するよりも、視認できる外の方が魔力を扱いやすい。


 問題は、この次。


「――ッ」


 衝撃魔術。

 その形が形成された、次の瞬間のこと。


 魔力が――弾けた。


「ぐぅ……ァァ!!」


 骨が、肉が、軋む。


 青白い魔力は弾けるように霧散し、ユウリの右腕は大きく吹き飛ぼうとする。それを足腰の踏ん張りを効かせて体全体で支えたために、ユウリ自身が吹き飛ぶことはない。

 けれど右腕に負ったダメージというのは馬鹿にできないものであった。


「……つぅ」


 右腕を抑える。

 最初にエミリーから【衝撃】の魔術式を教えてもらった時と同じだ。

 あの時も今回と同様の事が起こり、その時は呆気なく吹き飛ばされた。


 エミリー曰く、原因は魔力精度の低さと衝撃魔術の特性だとのこと。

 ユウリの魔力精度は言わずもがなであるが、どうやら衝撃魔術というのは適性こそあまり左右されない魔術式であれど、自由自在に扱うとなればその難易度は跳ね上がるようだ。


「俺ですら、衝撃魔術を扱う時は付与と放出しかできねえ」とはエミリーの談。

 ゆえに習得する者も少ないのだとか。


(これを完全に制御するなんて、何年かかるんだよ)


 一人、舌打ちをする。

 他の形質魔術式を試した方がいいかと、しばし考えて、けれどそれも首を振る。

 少し前に興味本位で試してみたが、衝撃魔術ほど簡単に習得できるわけではないと感じたからだ。ざっくりと言えば、適性がないということなのだろう。


 ゆえに今はこの衝撃魔術をひたすら極めて行く以外に道はない。

 だが、衝撃魔術を発動する度にこのようなダメージを負うのかと思えば気が遠くもなる。


「――大丈夫かい?」


 仕方なし、と。

 もう一度だけ衝撃魔術を発動しようと構えたところで、声が聞こえた。

 声の主の方に視線をやると、眼鏡をかけた温和な表情の男が一人立っている。


 マリウス・ディークライト。

 今回の実地研修で、この山中都市レガナントを任されている教師の一人だった。



 ★


「……どうしたらこんな傷ができるのか、教えて欲しいものね」


 山神の亭の一室にて、ユウリの腕を審査し終えたマリアが溜息を吐いた。

 治癒魔術師の教師として、山神の亭の一室を治癒室代わりに使っているため、彼女は夜でもこの部屋に留まらなければならないようだ。


「しかもまたあなた。何かと縁があるわね」

「やぁー。助かりました、先生」

「今度からこんな時間に来るのはやめなさいよ。私が寝れないじゃない」


「ふぁー」と。

 欠伸をしながらユウリの右腕に包帯を巻くマリア。

 彼女に世話になるのは、ユウリだけでかなりの数となる。


 初めはレオンとの模擬戦で彼を負傷させた時。それからはズーグとの模擬戦の度に治癒室送りにさせられるため、ユウリとしても彼女とは顔馴染みであるとも言えた。


「それでも、大事がなくて良かったよ」

「あ、マリウス先生もどうもです」

「構わないよ。精進する若者を手助けするのもまた教師の仕事だ」

「言葉がどこかの治癒魔術師の教師とは大違いっすね」

「あんた。そんなことを言ってるともう診療しないわよ?」


 むっと頬を膨らませるマリアに、ユウリは「冗談です」と愛想笑いをした。彼女に診てもらえないとなると、ユウリの学園生活もかなり過酷なものとなるだろうから。


 なにより教師権限でいつユウリの食事に邪魔が入るのかわからない。最初に脅されたことはユウリにとっても軽くトラウマになっていた。


「それで、あなたは何をしていたのかしら」

「というと?」

「惚けないで頂戴。あなたの腕の傷は、内部へと圧迫されているようなものだった。私はこれまでにそんな傷を見たことがないわ」


 マリアから、鋭い視線が送られる。

 それにどう答えようかと模索したユウリだが、特に隠すものでもないと、その口を開く。


「衝撃魔術の練習を、ちょっとばかり」

「衝撃魔術?」


 マリアが首を傾げる。

 対して、ユウリは説明を加えた。


「魔術を使えるようになりたかったんで、形質魔術式の習得を試みてたんですよ。それで【衝撃】の魔術式を発現したまではいいんですが、自分に被害が及んじゃって」

「……なるほどね。それでか」


 答えたのは、マリアではなくマリウスの方であった。

 合点がいったと、そのような顔をしている。


「どういうこと?」

「衝撃魔術の制御が利かず、余波に巻き込まれてしまったんだろう。とはいえ自分の発現した魔力でここまでの被害に遭うなんて、どれほどの魔力を込めたのか想像もつかないけど」


 言いつつ、なまじユウリの体質を表面上でしか知り得ないマリウスは驚きに満ちた表情を浮かべた。


 それも必然か。ユウリの魔力抵抗力の無さを利用した、体外の魔術に干渉する術を彼は知らない。

 単純に魔力総量が低く、身体強化に回す程度の魔力しかないと思われているだろう。


「察するに、ユウリ君は衝撃弾(ショックボール)を発動しようとしたのかな?」

「そうっすね。そうなります」


 正確には、【球体】の魔術式を覚えていないために、ただの衝撃(インパクト)になってしまうが。

 ともあれ最終的に目指すものの第一歩としては、基本的な弾丸系の魔術の発動だ。これができなければとても魔術師とは言えないからである。


「ふぅん。私はあまり衝撃魔術については詳しくないのだけど」


 マリウスの説明に、しかしマリアは少し眉を寄せた。

 彼女は治癒魔術師ではあるけれど、どうやら衝撃魔術に関しては詳しくないようである。それを見たマリウスが、口を開いた。


「そうだね。衝撃魔術というのは適性に関わらず、修練さえ積めばおよそ誰でも習得できるのが特徴だ。単純な威力が高く――しかし扱い辛い」

「扱い辛い?」

「例えば衝撃魔術を発動させたとする。だけど発動させた次の瞬間には、まるで弾けるように衝撃が拡散してしまうんだ。そうなると一瞬にして威力が失われる」


 マリウスの説明に、マリアのみならずユウリも耳を傾ける。

 彼の言葉はまだ続いた。


「これを防ぐにはかなりの精度の【収束】の魔術式が必要なんだ。そうでなければ、衝撃は一瞬にして外に逃げ出す。とくに遠距離になればなるほど、衝撃は逃げ続けて威力が弱まる。だから魔術師はこの衝撃魔術をあまり使わないんだ」


「どちらかと言えば、魔戦士が補助代わりに使うことの方が多いね」と。

 彼は最後にそう締めくくった。


「それを、このユウリ・グラールが習得していたと?」

「正確には習得するために修練していたんだろうけど。だよね、ユウリ君」

「そうですね」


 ユウリは頷いた。

 マリウスの言葉に間違いはなかったから。

 しかし、ゆえに気になった。


「でもマリウス先生って剣術学を教えてますよね。どうして衝撃魔術についても詳しいんですか?」


 前にレオンに聞いたことがある。

 このマリウス・ディークライトという教師は、ルグエニア学園の剣術学を専攻していると。

 しかし衝撃魔術についての知識を、使い手であるエミリーから教わったユウリ以上に知っていたことが、少しばかり引っかかった。


「仮にも教師。専攻以外もある程度の知識はあるよ。とはいえ、知り合いに衝撃魔術の使い手がいなかったらここまで知ることはなかっただろうけれどね」


 返ってきたのはそのような言葉だった。

 どうやら彼の知人に衝撃魔術の使い手がいるようである。おそらく傭兵時代の知り合いだろうか。

 だからこそ、予備知識を持っていたのだろう。ならば納得した、とユウリは息を吹く。


「――とりあえず、どうして怪我を負ったかはわかったわ」


 マリアはユウリの包帯を結び終わったのか、手を離した。

 視線はユウリに。含む感情はどこかしら呆れたようなもの。


「とはいえ。これ以上こんな怪我は負わないようにね。負ってもいいけど、夜は止めなさい」

「へーい」


 呑気な声で返事をするユウリに、マリアは何度目かわからない溜息を吐き出した。

「本当にわかっているのか」と。そのような意味が込められている。

 近くに立つマリウスもそれを見てか、苦笑いを浮かべていた。



 ★


 とはいえども。

 忠告をありがたく頂戴したはいいが、それでユウリが魔術の修練を諦めるはずはなかった。


 次の日の朝。

 つまり早朝。


 そこでもまた、朝の修練を始める。


 ルーノに教わった、体外での魔術の構成。体外での魔術式の構築。それらを持ってして、魔術の発現を試みる。


 けれど。


 衝撃魔術は弾け飛ぶ。

 発現こそできるものの、マリウスやエミリーが言っていた通り、制御が著しく難しいのだ。


「――ッ」


 朝もまた、腕を抑える。

 骨が軋むような痛みが襲い、流石のユウリも思わず顔を顰めてしまうほどだ。


「……大体一秒、ってとこか」


 顰めっ面のまま、そう独り言を漏らす。


 一秒。

 それはユウリが衝撃魔術を手元で保てる時間のことである。

 それ以外は、制御が利かずに暴発してしまう。


 衝撃魔術を教わって約三日。

 ユウリは確実に進んでいると、ポジティブに考えるように思考を仕向けた。

 例えそれが、牛歩の歩みのようであったとしても。




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