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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 中編
85/106

共通点

「――フレアさん」


 食事が終わり、一息ついたところ。

 先ほどまでの快活な様子から一点して、マリーはフレアの方へと真剣な瞳を向け続ける。


「なに?」

「フレアさんは、その、加護持ちなんですか……?」


 正確に言うならば。

 少女が見つめていたのは、フレアの手の甲に刻まれている紋章のような魔術式であった。


「ええそうよ。それがどうしたのよ」

「――えっと。フレアさん、すごく堂々としてますね」

「だって隠すほどのことでもないじゃない」


 あまりに普段通りに言い切る彼女の様子に、むしろマリーの方が驚かされた。


 フレアの何でもない態度を見ると、ついつい誤解しがちになるが。

 通常、加護持ちというのはその証となる紋章にも似た魔術式を隠して生活している。


 これは余計な揉め事や争いなどを避けることが目的とされているからだ。


「隠すほどでもない、ですか?」

「どうして加護持ちだからって、ヒソヒソと生活しなくちゃならないのよ。冷やかしを受けても無視すればいい。身柄を狙われれば返り討ちにすればいい。それだけのことよ」


 きっぱりと言い放つ。

 自らの境遇に対して、しかし彼女は何とも思っていないとばかりに澄まし顔を浮かべるだけ。それが彼女の強さだ。


 加護持ちというのは、その強大な力のために国家、集団、個人、そのどれにも羨望と嫉妬を向けられる。そして、加護持ちを我が物にしようと画策する者までいる始末。


 ゆえに加護持ちは隠れて過ごす。いくら圧倒的な存在だとしても、一日中警戒することはできない。不意を突かれれば、圧倒的な力を振るうことさえなく拘束されることだってある。

 また、数に押されればどうしようもない。十人ならまだいい。百人でも加護持ちならば、そこいらの盗賊の集団程度なら追い払える。

 でもそれ以上となれば、僅かな例外を除けば不可能だ。


「――フレアさんは、強いですね」


 マリーはそれを堂々と言い切ることのできるフレアに、その凛々しく輝く彼女の強さに羨望の気持ちを抱く。


 自らの右肩をおもむろに触って、その輝きを眩しそうに見つめた。


 そんな少女の仕草に、何かを察したのだろう。フレアの眉が、ピクリと動いた。


「マリー、だっけ。もしかして」

「……はい。あたしも、加護持ちです」


 肩の部分を、少女は摩る。

 その動きでユウリとフレアの二人は、その部分に魔術式が刻まれているのだと悟った。


 チラリとオルカの方にも視線を向ける。すると彼もまた、目線を落としつつも頷いた。


「妹が加護持ちなのは、紛れもない事実です」

「加護は?」

「それが、僕も詳しく把握はしてないんだ。マリー」

「うん」


 椅子に掛けたショートソードをゆっくりと取り出して、オルカはその切っ先に指を当てる。


 ツーっと。一筋の血が伝った。

 何をしているのか、訝しげな表情を浮かべるユウリをよそに、オルカはその血を流した指をマリーの方へと差し出す。


「これが、あたしの能力です」


 言って、それを優しく自身の手のひらで包み込んだ。

 目を閉じたその様子はまるで祈りを捧げているようにも見える。


 すると。


 マリーの手に、優しい光が溢れ出できた。


「これは」


 フレアもこれには多少驚いたのか、目を見開く。隣に座るユウリも同様だ。

 そうしている間にも優しげな光が舞い、そして少しの時間が経てば徐々にその色を落としていく。


 マリーの手が離されて、オルカの指先が露わになる。

 傷は、塞がっていた。


「僕らはこれを、活性と呼んでます」


 オルカの言では、この活性という能力は人の治癒能力を向上させるものだという。


「治癒能力だけじゃない。多分、人のあらゆる能力を向上させるものなんじゃないかって、僕は睨んでる」

「試したことはないんだけどね」


 チロリ、と舌を出すマリー。

 戯けた様子を見せてこそいるが、その手が震えているのはユウリとフレアには一目瞭然だった。


「――それを、どうして私達に教えたの?」


 加護持ちは本来、自身がそれであるということを隠して生活している。彼女の手が震えているのも、加護持ちの能力を他人に見せることに不安と恐怖を抱いているからだろう。


 しかし彼女はユウリ達にその一端を見せた。その理由をフレアは尋ねる。


「あたしの他に、加護持ちの人を見たことがなかったから……」


 震える手。

 それを兄であるオルカが握った。


「同じ加護持ちのフレアさんなら、信じられると思ったから」

「――」

「あたし、加護持ちについて何もわからなくて。教えて欲しくて。でもお兄ちゃん以外には誰にも言えなくて。だから……」


 オルカがその手を握っても、震えは止まらない。

 加護持ちというのは強大な力を有する。けれど、彼女のような少女には、自らを守る力がない。


 もしもフレアとユウリが敵であったなら。

 もしも彼らが無理やり加護持ちの能力を手に入れようとしたなら。

 もしも彼らがその能力を誰かに漏らしたなら。

 それらの不安を押し隠してでも、初対面であるはずのユウリ達を――否。フレアを信じたかったのだろう。


「――はぁ」


 それらが伝わったのか、諦めたようにフレアは溜息を吐いた。


「フレア、さん?」

「とりあえず、加護持ちだからって誰彼構わず教えるのはやめた方がいいわ。加護持ちの中でも狡猾な奴だっている」

「そんな……」

「当たり前でしょ。加護持ちと敵対したら、それこそ厄介よ。身を守る術がないなら特に」


 頬杖をついて、呆れたようにマリーを見る。目の前の少女は身を縮こませて、落ち込んだ様子を見せた。


「――私も長くここにいるわけじゃないけど、もしも困ったことがあったら言えばいいわ」

「え?」


 けれど次のフレアの言葉に顔を上げる。


「もちろん、全部解決できるかは知らないけど」


 そっぽを向く。

 けれどその頬が少しばかり赤いのは、銀の加護持ちたる彼女が照れているからだろう。

 何だかんだと言いつつ、この少女は根っこの部分では優しいのだ。それをユウリは知っている。


「――ありがとうございますっ!」


 彼女の優しさに触れたマリーは、朗らかな笑顔を見せた。

 初めて。加護持ちという枠組みの仲間ができた。その喜びを噛み締めているようだと、ユウリには思える。


 思わず、にししっと笑みが溢れた。


「何よユウリ。何か文句でもあるわけ?」

「いやいや、なぁーんにも」


 スゥっとフレアに睨まれる。対してユウリは戯けて誤魔化した。

 彼女が本気になれば、それこそ消し炭にされるだろうから。


「――ユウリさん」


 そんな彼らと、一歩を踏み出した妹に感化されたからだろうか。

 オルカもまた、真剣な瞳でその口を開いた。


「ユウリさんはその歳で、どうやってあそこまでの力を手にしたんですか?」

「――と、いうと?」

「昨日からずっと考えてたんです。僕とそんなに違わない年齢で、魔獣を圧倒していた。それが僕には今一つ信じられなくて」


 少しだけ眉を垂れさせて。

 目線を落とし、そのように言った。


「信じられないってほど、俺は強いわけじゃないよ。学園には俺より強い奴なんて結構いるし」

「そうなんですか?」

「ほら。隣のフレアだってその一人」

「……なるほど」


 思わず納得する。

 加護持ちならば、あの程度の魔獣など一瞬で消し飛ばすことも可能なはずだから。


「他にもいる。加護持ちじゃなくても強い奴なんて」

「そんなに……」

「生徒じゃなくても、傭兵にだって」


 ユウリは知っている。

 自分と同世代で、しかし圧倒的な力の壁を感じるほどの強さを持つ存在を。

 脳裏に描くのは、銀の竜を形成する少年。


 その言葉に何を思ったのだろうか。

 落としていた目線を、ユウリへと向け直す。


「ユウリさん。僕と、模擬戦をしてもらってもいいですか?」


 そして、強く見据えて、そのように言った。



 ★


 オルカの申し出に頷いたユウリは、彼を連れて訓練場へと足を運んだ。

 フレアとマリーはもう少し家でゆっくりするとのことで、この場に来たのは二人だけ。


 そこでユウリは見知った顔を見つけることになる。


「――あら?」


 屋内へと入場を果たした二人であったが、先に先約がいたようだ。

 一人の少女が訓練場の隅の方で魔術の修練をしていた。


 フレノール・メルドリッチ。

 先日、魔獣の危機からユウリが救った獅子組の生徒である。


「あ。あなたは確か、あの時の……」


 その姿に、オルカも気付いたようだ。

 ユウリもまた、彼女の姿を視界に捉えて声をかける。


「やぁー、フレマールじゃん」

「くぅ……ッ。惜しい、惜しいですわ……ッ!」


 名前を呼んだと思ったら、地団駄を踏まれた。もはや恒例にもなりつつあるやり取りである。


「んで、フレノール。どうしてここに?」

「もはやわざと名前を間違えているという気もしてきましたが……。見ての通りですことよ」


 フレノールはそう言って、手のひらから魔術を発動させた。

 一般的な攻撃魔術に分類される、炎槍(ファイアランス)。それが、訓練場に用意されている的に向かって直進していく。


 見事に当たったその魔術は的を貫いた。その威力から、なかなかの精度が伺える。


「昨日の件で自分の力不足を実感しましたの。だから、ここで修練を」


 昨日の件というのは、間違いなく魔獣と対峙した時のことを言っているのだろう。

 ユウリが訪れなければどうなっていたか。いくらユウリを欠陥魔術師と見下す彼女でも、それはしっかりと理解できているようだ。


「あなた方の方は?」

「オルカと模擬戦をするために来た。ほら、レガナントでも訓練場って少ないし」

「そうですわね。それにしては人が少ないようにも見えますが」


「まあ。他の生徒の大部分は休息に当てているのでしょう」と。

 フレノールはさして興味もなさそうにそう言った。


「あなた方が今から模擬戦をするのなら、見物しても?」

「別に構わないけど」

「僕も構わないです」

「ならお言葉に甘えさせてもらいますことよ」


 興味があるのは、あなた方である。

 そのような含みある視線を飛ばされて、見物の許可を問われた。

 ユウリとしても見物されて困るものでもないと頷き、オルカもまた大丈夫であるという旨を伝える。


 それに満足気な笑みを浮かべて、ゆっくりとした足取りでフレノールは離れていった。

 離れる理由はもちろん、模擬戦の邪魔にならないようにするためである。


「じゃ、やりますか」

「そうですね。お願いします」


 準備はここに来る前からしている。


 オルカは腰に掛けられた剣を抜き放ち。

 ユウリは重心を落として構えた。


 いつでも始められる状態。

 互いの視線が交錯した。


「オルカ。掛け声は任せた」

「――では」


 短文を口にする。

 同時に、オルカは勢いよくユウリへと飛び込んでいった。


 二人を挟む距離というものが短かったこともある。隔てていた距離はすぐに埋められ、二人の身体は接近した。


「いきます」


 抜き身の剣が、袈裟斬りの角度でユウリへと襲いかかる。

 基礎はできている、とユウリは思った。同時に剣筋が甘い、とも。


「……ッ」


 最小限の動きで躱されたことに、剣士は舌打ちをする。

 体勢すら崩さない。まるで剣の動きがゆっくりと動いている中をすり抜けるように避けられた。


 実力差は知っていたが、それを目の当たりにしたオルカは続けて逆袈裟斬りの軌跡を辿る。

 しかしそれも躱された。


「基礎はできてるんだな。剣の動きにブレが少ない」

「それは、どうもッ!」


 横一文字の斬り払いを屈んで躱す。

 先ほどまでののほほんとした瞳ではない、ギラギラとした視線がオルカへと向けられている。

 いつでも飛び込めるぞ、と。そう語っているかのような視線だ。


 ゾッと。

 オルカの背中に悪感が過ぎ去る。


「……ァア!」


 声を上げて距離を開く。

 否、開こうとした。


 バックステップにて後ろへ跳躍しようとしたのが、ユウリもまた彼に向かって飛び込んで来たために距離は埋まらない。


 肉薄した互いの身体。

 振りかぶるユウリの拳。

 その一撃が、オルカの腹部に突き刺さった。


「ガバ……ッ!?」


 呻き声と悲鳴の間のような、なんとも締まりのない声が訓練場に響き渡る。


 吹き飛ばされるようにごろごろと転がったオルカの身体は、地面を滑りながらもやがて止まった。

 口から胃液を流して、立ち上がろうとしてまた身体を落とす。


「終わり。ここで止めとこう」


 ユウリの言葉は模擬戦の終了を示した。

 済ました表情の彼と、立ち上がれないオルカ。誰が見ても模擬戦を続行することは不可能であるとわかったからだ。


 嗚咽を漏らす彼へと近寄り、その手を取って立ち上がらせる。


「……やっぱり、まるで敵わないかぁ」

「剣の腕は悪くなかったんだけど、身体強化の発現が甘い。だから剣筋も甘くなる」

「そう、ですか」


 ユウリの言葉に、荒い息を整えつつ真剣な眼差しを送るオルカ。

 先ほどの一瞬の攻防にて、やはり目の前の黒髪の少年が自分の遥か上にいることを自覚した。


 強いと。

 単純に、純粋に。そう思わされる。


「……本当、模擬戦に関しては開いた口が塞がらなくってよ」


 見物していたフレノールもまた、ユウリの戦闘能力には驚きを隠しきれないようだ。

 しかしそれも必然。ユウリの手にする力はB級傭兵のそれ。常人なら一生をかけて手に入れられるかどうか、わからないほどの強さである。


 それを自分と同じ一生徒が手にしていることの異常さ。

 もちろんユウリに限らず、他の彼レベルの生徒全員に共通して言えることではあるが。


「そこまでの強さがあって、どうして魔力測定値が最低の値なんですの。どうして――欠陥魔術師などと呼ばれていますの」


 疑問を、口にしてしまう。

 魔導社会における優劣の基準。それが魔力測定の値であるとも言えるから。


「欠陥魔術師?」


 学園の生徒ではないオルカは、ユウリが欠陥魔術師だと言われていることを知らない。

 そして先ほどの模擬戦からは、想像もできないだろう。

 ゆえに頭の上に疑問符が浮かんでいるかのように、わかりやすく首を傾げている。


「ユウリさん。欠陥魔術師っていうのは……」

「学園での俺の呼称。魔力総量は全校生徒の中でも断トツで最下位。魔力抵抗力なんてないからさ。ふさわしい名前だろ?」

「――」


 どこか自嘲するような、諦念さえ抱いたユウリの笑み。それを見て、信じられないとばかりの表情をオルカは浮かべた。

 事実、同じ学園の生徒であるフレノールですら、疑う余地を残している。


 ここまでの強さを持つ彼が、どうしてそのように言われているのか。


「――気に入らない、ですの」


 眉を寄せて、呟く。

 何が気に入らないのか、それすらフレノールは自覚していない。

 けれど、ユウリの表情を見て。彼の強さを見て。


 どこか違和感を覚えた。


 だからだろう。

 その正体を、知りたくなった。


「そこのお二人方。明日もここで模擬戦を?」

「――そこまでは考えてなかったな」

「僕としては、ぜひやりたいと思うけど……」


 どこか、期待するような視線をオルカはユウリへと送る。その真意を悟ったユウリは肩を竦めた。


「まあ暇だし。別にいいよ」

「ユウリさん、ありがとう!」


 どこか犬のように、オルカは瞳を輝かせて嬉しそうに破顔する。そのような純粋な笑みを浮かべられると、ユウリとしても悪い気はしなかった。


 その横で。

 見極めてやる、とフレノールは密かに誓う。

 ユウリ・グラールという人材が、果たして認めるに足る人物なのかを。



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