習得の可能性
告げられた内容に、ユウリは思わず目を丸くしてしまった。
「衝撃魔術?」
「ああ。お前、ここに来る前に道中で魔術の修練をしてただろ? マナフィアから聞いた話じゃ、お前は魔術を使えないはず。だが、お前は魔術の修練をしていたってことは、魔術を使える目処が立ったんじゃないのか?」
「まあ、そうですね」
「だったら俺の衝撃魔術も覚えられるんじゃないかと思ってな」
突然の提案に、ユウリは目の前のエミリーの瞳を見つめる。
真っ直ぐ自身の視線と交錯してくる彼女のそれは、冗談の類などではなく本心からその言葉をユウリに向けていることが十分に伝わってきた。
「――覚えられるなら、そりゃ習得したいですけど」
「よぉし、よく言った! ならさっそく訓練だな!」
「いや、まだやるとは言ってないっすけど」
バシバシと背中を叩かれる。
地味に痛いが、けれどそれを指摘することはしない。というより、そのようなことを意識に入れる隙間がない。
ユウリが少しばかり躊躇う理由は習得できる保証がどこにもない、どころか習得できない可能性が高いからだ。
【射出】の精度もままならない今のユウリでは、エミリーに教えを受けたとしてそれをモノにすることができるのか、果たして疑問である。
「安心しろって。衝撃魔術は扱いがちと難しいが、習得難易度は決して高い方じゃあねぇ。魔術の才能がからっきしな奴でも、努力を積めば覚えられる」
「へぇ。ちなみに、衝撃魔術の特徴ってなんですか?」
エミリーの言葉に少しばかり目を丸くして、そしてふと気になったことを尋ねた。
衝撃魔術。名前こそ聞いたことはある。しかし実際にどのような魔術なのか、詳しく知っているわけではなかったからだ。
「簡単に言りゃ、衝撃波を発動させる魔術。特徴は威力が他の形質魔術に比べてもかなり高いってところか」
「衝撃波……」
思い当たる節は、ある。
あれはユウリが学園に入学してからすぐのこと。"暴れ牛"の副団長を名乗る男と初めて邂逅した時、エミリーが横槍を入れた際に襲ったのが、衝撃からなる地割れの一撃だった。
「威力の高い衝撃魔術を上手く取り入れれば、今までお前に足りなかった決め手――切り札を得ることに繋がるかもしれないぞ?」
「切り札、すか」
「おうよ。一度でも受ければ致命的な傷を負う中で何回も敵に接近しなけりゃならなかった。それが、今度はこっちも相手にとっちゃ致命的な一撃を与えられるってわけだ」
言われた言葉が脳に浸透する。
体質の欠点を埋めるために、様々な工夫と努力をした。
結果、相手よりも不利な中で戦うことを余儀なくされたが、もしも彼女の言葉が正しいのなら、ユウリは相手と同じ土俵に登ることができる。
「もう一度聞くぞ」
「――」
「衝撃魔術を覚える気はないか?」
再度、エミリーからの問いかけがユウリの耳に伝った。
対してユウリは、首を縦へと振る。
「お願いします」
真っ直ぐと彼女を見て、拳を強く握りながら。
★
「まず初めに言っておくが、【衝撃】は形質魔術式の中でも特に術者に対して合う、合わないってものがない」
「つまり?」
「努力すりゃ、誰でも覚えられる」
言葉に、「おおー」と声を上げた。
「でも、それだったらみんな覚えて損はないんじゃ?」
「それがそうとも言えないんだよなぁ」
「まあ、見てろ」と。
エミリーはおもむろに背に掛けた自らの大剣を取り出し、その柄を握った。
改めて見ると彼女自身の背の丈ほども刀身がある。先ほどまで彼女はそれを棒切れのように振るっていたことを考えると、何とも恐ろしい怪力だと考えてしまう。
「どっせい!」
その大剣を、思いっきり振るった。
目標は訓練場の地面。まるで叩き割ろうとばかりに衝突させる。
爆音が鳴った。
硬い石造りの床が砕け、砂煙が舞う。衝撃が周りを伝ったせいで少し離れた位置に立っていたユウリすら、爆風で吹き飛ばされそうになるのを踏ん張って耐えなければならないほどだ。
「うっはー……」
地面を見ると、地割れが起きていた。
へしゃぎ、クレーターを作るエミリーの足下に、思わず気の抜けた声を上げてしまう。
「今のは大剣に【衝撃】を付与魔術として乗せた一撃だ。俺の"岩断ち"の名も、この衝撃魔術によって得られるすんげえ一撃で岩を粉砕したことが由来だ」
「そりゃ、この威力なら岩も粉砕するわ」
むしろ鋼鉄などでも砕いてしまうだろう。それほどの威力が、先の一撃には確かにあった。
「この衝撃魔術の特徴は、最初にも言った通り威力が高いことだ。だが、俺ができる芸当は剣に【衝撃】の魔術式を乗せること。衝撃波を発生して、その反動で移動、攻撃すること。これだけだ」
「それ、だけってのは?」
「さっき言ったろ? 習得は簡単だが、扱いが難しいんだよ。正直な話、他の属性に適正があるならそっちを覚えた方が難易度は簡単なんだ」
エミリーは苦笑する。
つまりこの衝撃魔術を今までも扱ってきたエミリーでさえ、操作が容易ではないのだ。誰でも習得自体は可能であるが、しかし他の形質魔術式に適正があるなら衝撃魔術をわざわざ覚える必要性はないとのこと。
「そりゃ、大変ですね」
「何他人事のように言ってんだ。お前もこの魔術を覚えねぇといけないんだよ」
「――」
エミリーは実にあっけらかんと言う。それについて意図せず喉を鳴らしてしまった。
確かに扱いは難しいのだろう。けれども先の一撃がもしも習得できるというのならば。これ以上頼もしいものもないのではないか。
「じゃあ、その【衝撃】の魔術式をさっそく教えてもらっても?」
「おうよ!」
快活な声で返事が届いた。
★
そしてそれが――数刻前の話のことである。
「――で、夕食の時間に遅れたと?」
「やぁー……。すんませんでした」
「なはは」と誤魔化すように笑うユウリを、フレア、レオン、ステラの三者がそれぞれ呆れた視線を向けている。
場所はエミリーと共にいた訓練場から離れて、ユウリが宿泊する山神の亭の自室である。
あの後、一通り魔術式についてを彼女に教えてもらった後、日が暮れたために慌てて帰還したというわけだ。
しかし待っていたのは残酷な現実。
三人の白い目がユウリを襲った。
ユウリがエミリーから【衝撃】の魔術式を教わってからそれなりの時間が経っており、彼が夕食の時間に間に合わなかったためだ。
「でも、わざとじゃないんだって。色々と問題が――」
「言い訳無用よ。とりあえずユウリ、あんたの分の夕食はないから」
「嘘だろ。神は死んだのか」
「自業自得だろう。だから、まるで人生に絶望したように打ちひしがれる必要もないはずだが……」
この世の終わりを目にしているかのような虚ろな視線で四肢をつくユウリに、レオンが己の金髪をワシャワシャと掻いた。そして視線をフレアに送る。
それを受けた彼女は、「はぁ」と溜息を吐いた。
「ほら、ユウリ。一応、余り物だけど」
どこか照れながら、フレアはユウリへと何かを差し出す。それを覗き見ると、ユウリは目を丸くさせた。
差し出されたのは小包に包まれた夕食の余り物らしき、丸く握られた米であった。
「それって」
「フレアさんに感謝してね。ユウリ君のために自分の分を少し残してたんだから」
「ステラ! 余計なことは言わなくていいでしょうが!」
ふん、と。
そっぽを向きながら鼻を鳴らしたフレア。しかし彼女の頬が少しばかり赤みを帯びていることから、それが照れであることはそれなりの付き合いを共にしているユウリには伝わった。
「フレア、あなたが俺の女神か」
「バカ言ってんじゃないの!」
「あてっ」
迷わず真剣な瞳で告白したが、敢え無く拳骨を頂き撃沈してしまう。けれど、それだけ嬉しかったのもまた事実だ。
ユウリにとって、食べ物を恵んでもらうということはそれだけの価値があるということなのであるから。
けれど、その感謝の気持ちは伝わらなかったようだ。
「とりあえず私は自分の部屋に戻るから。明日からレガナントの都市外に出るし、さっさと休みたいの」
「あ、じゃあ私もそろそろ出ようかな」
フレアの言葉に同室で寝泊まりしているステラもまた同調する。
彼女の言う通り、明日からはいよいよ都市外に赴くこととなり、それゆえに早朝から起床しなければならない。彼女達はそれを考えて、自室に戻ると口にしたのだろう。
「ああ。ではまた、明日に」
それを悟ったからこそ、レオンは大人しく二人を見送る。ユウリもまたそれに習って彼女達の去っていく後ろ姿を眺めていた。
「――で、だ」
フレアとステラ。
その二人が完全に部屋から去っていったことを確認したレオンは、チラリとユウリの方を向く。
「先に、君は"岩断ち"のエミリーから手ほどきを受けていたと言っていたな」
「え、ああ。そうだけど」
「魔術、物にできそうか?」
なんとなしに聞いた、というわけではなさそうだ。それが彼の真撃な瞳から察することができる。
だからこそユウリは彼の視線から目を逸らして、窓の外に浮かぶ月を眺めながら言った。
「うーん。微妙、といったところかねぇ」
「微妙?」
「習得はできた。だけど、ちょいと壁にぶつかったのさ」
「先ほど言ってた、問題とやらか」
レオンの言葉に静かに頷く。
エミリーから衝撃魔術を発動させるために必要不可欠である【衝撃】の魔術式を教わったユウリは、さっそくとばかりにそれをエミリーのいるその場で実践してみせた。
試行錯誤の末、発動するだけならば可能であることはわかりこそしたのだが――。
「なはは。やっちまいましたわ……」
「――その傷は」
「魔術の発動に失敗した。正確には、発動はきたんだけどその後の制御にしくじった」
苦笑いしながら、包帯を巻いた自身の右腕をぷらぷらと振る。
動かすことに問題はないが、もう少しでも魔力を強めていれば骨にヒビが入ったかもしれないとすらエミリーに言われてしまった。
「ま、元から簡単に魔術が使えるとは思ってなかったけど。なかなか苦労させられるなぁ」
「……そうか」
苦笑を浮かべるユウリに、何を言えばいいのかわからなかったのだろう。
レオンはそれだけを口にして、押し黙ってしまった。
「でも可能性があることはわかったし。習得できるように頑張ってみるかな」
けれどユウリは気にするなと、言外にレオンに伝える。
これまで何度も失敗や挫折を繰り返してきた。ゆえにユウリはこの程度で止まるほどの器ではない。
できないのであれば、どうすればいいかを考える。次の関門がその段階に移った。それだけのことだ。
「さーて、俺もそろそろ寝るかな。明日は早いし」
「そうだな。僕もそうさせてもらおう」
ユウリの言葉に、レオンも頷いた。
明日は早朝から傭兵ギルドへと赴かなければならない。
慣れない土地でいつもよりも余計に溜まった疲労を、少しでも解消するべくユウリ達は布団の中へと身を誘っていった。
その、布団の中で。
ユウリは包帯を巻いた右腕を強く握り締める。
誰にも見えない中で、その感情を押し殺すように。拳を握り締めた。




