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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 前編
8/106

"加護持ち"の少女

 青空が広がるその下で。

 王立ルグエニア学園の生活が二日目へと差し掛かった。


「――」


 第一学年、獅子組。

 教室の中では、黒板の上を滑らかに動くチョークの軽快な音が響く。

 授業はアルベルト大陸史という科目であり、全ての学年が習う必要のある、基礎的な学問である。


 その授業でユウリ・グラールは。


「……んぅ……すぅ……」


 爆睡していた。





「やぁー、さっきの授業はすんごい眠かったな」

「……なんであんたがこのテーブルに座ってるのよ」


 バクバクと出された定食を口に放り込むユウリの姿に、フレアは溜息を混じえてそのように反応する。


 時間は昼過ぎほど。

 休み時間を使って学園の施設である食堂へと赴いたユウリは、端の方にフレアがテーブルを一つ陣取っている光景を発見した。

 他の席が埋まっているということもあり、ありがたく彼女のテーブルへとお邪魔した次第である。


 ちなみにフレアからの了承は得ていない。しかし気にしないのがこのユウリ・グラールという少年だ。


「だって席が他に空いてないんだし、仕方ない」

「なんというか。前から思ってたけどすっごく図太いわね、あんた」

「人間、図太くないと生きていけないかんな」

「あっそ」


 気の無い返事をし、フレアの方はパスタを啜った。

 赤いソースが絡められた、メザンナパスタという料理である。

 メザンナという魔獣の卵から作られたソースが、トロリとかけられたパスタ。ゆえにメザンナパスタと名付けられているそれは、アルベルト大陸においてどこの国でも食べられるような、一般的に普及された料理だ。


「でも、なんでこの席だけ空いてるんだろな」


 ふと、溢した言葉。


 周りを見てみれば、他の生徒はチラチラとこちらを伺うような仕草を見せている。

 その中心にいるのはもちろんユウリ――ではなく、対面に座るフレアであった。


 ルグエニア学園第一食堂と呼ばれるこの場所は、円形のテーブルが多数設置されてあるが、どこのテーブルも満席の状態である。

 しかしこのフレアのいるテーブルだけは彼女が一人座っているだけで、他の席は空席であったのだ。そこにユウリは滑り込むようにして入ってきたわけだが。


「――あんた、それ本気で言ってるの?」

「ごめん。ある程度は察しがついてる」


 呟き、ユウリは対面に座る少女の手を見る。正確には彼女の右手の甲を。


 そこには魔方陣の紋様が痣のように刻まれていた。


「最初に見たときは気付かなかったな。フレアが"加護持ち"だってこと」

「まっ、無理もないかもね。"加護持ち"なんて滅多にお目にかかれないものだろうし」

「違いない」


 食事の手を休めることなく。

 しかしユウリの頭の中は"加護持ち"という言葉が多くの割合を占めていた。


 人間が生まれた瞬間に魔力を溜め込める量、すなわち魔力保持量は数値で示すとおよそ5前後が平均であると言われてる。

 個人差はもちろん存在するが、最大でも10を超えることはないらしい。


 けれど歳を追うごとに魔力を消費していき、魔力保持量は成長していく。それが一般的な常識だ。


 ――だが、これには例外というものが存在する。


 神に愛され、寵愛を受けし子供。

 生まれたその瞬間から膨大な魔力を見に宿しているその子供達を、人は"加護持ち"と呼んでいる。


 生まれた時から、体の一部分に魔方陣の形を取る魔術式の刻印を刻まれた"加護持ち"は、膨大な魔力と"加護持ち"個人が持つ特殊な魔術を行使できることから、どこの国でも重宝される。

 更に"加護持ち"として生まれる子供の数があまりにも少なく、希少ともならばなおさらだ。


 "加護持ち"は神の子。

 魔術、魔導を重視する今の時代では、そう語り継がれるのも無理からぬ話であった。


「じゃあ"加護持ち"だから他の人は近づいて来ないってこと?」

「それもあるけど、私の立場が平民ってこともあるんじゃない?」

「平民……? どこからどう見ても貴族じゃ……」

「まっ、普通はそうよね」


 僅かばかりの驚きを含ませつつ、ユウリは目の前のフレアの顔を眺め見る。


 平民と貴族の容姿というのは違いがあり、貴族は主に金髪や銀髪などの煌びやかかつ華やかな印象を持たせるものが多い。

 逆に黒や茶色などの地味な色の容姿は平民の占める割合が多いとされる。


 ゆえに輝くような白銀色の髪と宝石のように綺麗な碧眼を持つフレアは、初見だけではどこぞの貴族のご令嬢にしか見えない。

 もちろんそのような容姿だからといって必ずしも貴族というわけでもなく、例外もある。けれど意外な彼女の告白に驚かないという選択肢は取れなかった。


「容姿からじゃ全然わからなかった」

「良く言われるわ。この容姿のせいで貴族の人間からはいちゃもんをつけられることも結構あるし」

「へぇ」

「私は静かな方が好きだから気にしてないけど」


 なんでもないことのようにフレアは言った。


 なるほど、と合点が行く。

 フレアは"加護持ち"という立場から、平民には避けられ貴族からは嫉妬の感情を向けられるからこそ、彼女のテーブルには誰も座るようなことがないということだ。


(とはいえ、時間が経てば状況も変わるだろうけど)


 残った最後の一口を頬張りながら、今後少女に訪れる状況の変化も頭に浮かべた。


 今はまだ彼女の周囲もおとなしいが、人というものは欲望に忠実なもの。

 時間が経って彼女の優良性が周囲に知れれば、おそらく彼女を巡る政治的な争いがこの学園で展開されることだろう。それを思えば目の前の少女には同情の念を送りたくなる。


「というわけで、あんたもさっさと私から離れることを勧めるわ。もう昼食も食べ終わったみたいだし」

「ん?」

「気付いてないのかもしれないけど、すごく目立ってるみたいよ? このテーブル」


 言われて周りに視線を向ける。

 なるほど。なるほど。

 向けるごとに合ってしまう視線。その多さにユウリも僅かながら眉を寄せた。


 向けられる視線に乗せられた感情は様々だ。

 懐疑、嫉妬、羨望。

 どの国でも重宝される"加護持ち"と関係を気付くということは、それだけ政治的に有利になるということ。

 平民もそうだが、貴族という立場にある生徒からしてみれば、フレアは自身及び自らの家の立場を繁栄させる意味では格好の的となる。


 前にフレアから言われた、関わらない方がいいという言葉。その意味をここで悟った。


「――まあでも。俺は気にしないから別にいいけど」


 しかしあっけらかんとした態度を取る。

 周りの視線など、なんのその。

 向けられる視線程度で揺れ動く彼ではなかった。


「はぁ? 食べ終わったんなら、さっさと離れればいいじゃない」

「つってもなぁ。まだこの前のお礼をしてないから」

「この前のお礼?」

「干し肉」

「……あんなもの、良く覚えていたわね」


 呆れたような視線を向けられる。

 だがユウリにとっては見過ごすことができない重要なことだ。


「飯の恩は忘れない。俺のポリシー」


 堂々と言い放つ。

 街道のど真ん中で譲ってもらった食料の恩を、ユウリは片時も忘れてなどいなかった。

 だからこそフレアの席を悠々と陣取ったのだ。


「さあ言え。おぬしの望むものを何でも言うがいい」

「じゃあここから離れて」

「なぬ」


 仰々しく迫ったユウリはバッサリと切られる結果に終わった。


 すると。


「――この席、もし空いてるなら僕もご一緒させてもらって構わないかな?」


 冷徹なる言葉の暴力を浴びて意気消沈のユウリは、しかし掛けられた言葉に、視線をフレアから声の主へと移動させる。


 金色の髪に、金色の瞳。

 一瞬、一目見ただけではその人物をレオン・ワードと見間違えた。だが温和そうな笑みと、顔の造形が似ているものの些か違うということから、彼はレオンとは別の生徒だと認識する。


 見れば見るほどそっくりだと思わされてしまうほど似ているが。


「誰?」

「ああ、失礼。僕の名前はニール・ワード。第三学年の生徒さ」

「ふぅん。それでどうして私の席に?」


 煌びやかなニール・ワードと名乗った生徒にフレアからの訝しむような視線が向けられる。

 射抜くその視線に、しかし彼は気にする素振りを見せずに笑った。


「他の席が空いてなかったからだよ。この時間になるとどのテーブルも空いてない筈なんだけど、ここだけは例外みたいだったからね」

「そ。別に私は構わないけど」

「助かるよ」


 つっけんどんに返す彼女の応対にも礼を言いつつ座るニールは、手に持たれた盆の上に乗せられた食事に手をつけ始める。


 ユウリはその食事の風景を、キラキラと目を輝かせて覗くばかりだった。


「――?」

「……ごくっ」

「何か、用かな?」

「いえ、お気遣いなく」

「あ、そうかい」

「………………」

「………………」

「……ごくっ」

「どうして僕の食事をずっと見ているのかな?」


 向けられる視線に耐えかねたらしい。

 料理に手をつけることを中断、飛ばされる視線の意味を問うべくユウリに疑問を向けた。


「そいつ、食いしん坊なのよ。おおかた先輩の料理に目がいってるだけだから気にする必要もないわ」


 涎が口の端から漏れ出ようとするユウリに代わり、フレアが説明する。

 付き合いが長いと言えるほど彼女とユウリは時間を共有してはいないが、多少なりとも考えていることがわかるほどには彼の性格を知る機会があったためだ。


 それを見てニールも「なるほど」と頷く。


「格差をなくそうと動いているルグエニア学園と言えども、流石に貴族と平民における全てを平等にすることはできないからね。貴族専用の食事は君からすれば確かに珍しいのかもしれないが」

「……」

「あげないよ?」

「ケチめ」


 思わぬ返答にユウリは拗ねたように口を尖らせた。


 王立ルグエニア学園では、平民と貴族の生徒をなるべく平等に扱うようにされている。

 しかし全てを平等にするにも限界があり、どうしても差別的な場面が出てしまうのは致し方ない。

 食堂での配給される料理などがまさにそれだ。


 ユウリやフレアが持ってきた盆は木製。

 ニールが運んできた盆は金属製。

 そして乗せられる料理も、質が違う。

 食事処を平民と貴族が一緒であることすら珍しい。やはり貴族社会というのは大陸のどこを見ても、差はあれど芽生えているのである。


「ははっ。今年の新入生は面白い人達が入っているんだね」

「人達、というのはやめてくれる? 私も含まれているみたいじゃない」

「いやいや含まれているよ。なんと言ったって"加護持ち"なのだから」

「知っててこの席に座ったのね」


「ま、当たり前か」と開き直るようにフレアは一口を口に運んだ。


「ならあなたの狙いは何? 皆が私を避ける中、目立つことも構わず私に接触した。あなたに恩を売った覚えもなければ、大したことのない用事でここに来るようなバカには見えないけど」

「いやいや。そんな考え知らずな真似を、"加護持ち"相手にできるわけないじゃないか」

「まったくだ」

「……いや、後半はあんたのことよ?」

「なぬ」


 二度目の撃沈。

 ユウリはなす術もなく突っ伏した。


「とりあえずこいつは放っておくとして。あなたの場合は何も考えずここに来たんじゃないと思うけど」

「流石に笑顔を浮かべて、はい仲良し、とはいかないか」

「……バカにしてる?」

「いや、真面目に言ってるよ」


 食事の手を止め、ニールは真っ直ぐとした眼差しを少女に向ける。


「半分は興味、半分は打算。正直に言うとそんなところか」

「打算はわかるけど、興味?」

「簡単な話だよ。"加護持ち"なんて強大な存在、滅多に見られるものじゃないからね」


 さして彼女の顔色を伺うようなことも、彼女の疑うような視線を気にするようなこともなく。

 ニールは食事の手を再開させながら、フレアを覗き見る。


「第三学年、第二学年、そして第一学年にそれぞれ"加護持ち"が一人ずついる、なんて状況は天下のルグエニア学園においても歴代で初めてのことなんだ。その一人がどのような人物か気になるのは、何も僕だけというわけじゃないと思うよ」

「ふぅん。で、あわよくば私を取り込みたいと?」

「そっちは打算的な考えの方だね。もちろんまだそこまでのことは考えてないよ」


「せめて顔を覚えてもらおうってくらいかな」と、ニールもまた最後の一口を放り込む。その動きは洗練された動きのように綺麗な動作だった。


「さて、僕はそろそろ行かせてもらうよ。食事も済んだしね」

「そ。私はまだここに居させてもらうわ」

「そうか。有意義な時間だったよ」

「大した話はしなかったように思うけど?」

「いや」


 そこでニールは首を振る。


「第一学年の"加護持ち"がどのような人となりか見れただけでも良しとするよ」

「……」

「それじゃ。また会おう」


 さっと立ち去っていくニール。

 悠々と歩いていくその後ろ姿は正しく貴族のものであった。


 それを眺めるのはユウリとフレアの二人。


「――で。あんたは行かないの?」

「まだ用が済んでないからなぁ」

「はぁ……」


 呆れたように溜息を吐く少女の姿。しかしユウリはその姿を見ても気にすることなく居座り続ける。

 飯の恩は絶対。

 ユウリのポリシーである。


「とにかく! 私に恩なんて感じなくていいから。どうせ食料を分け与えたのだって、ただの気まぐれだし」

「気まぐれでも貰った事実は変わんないけど」

「そんなの私の知ったことじゃないわ。あんたも自分の身に災厄が降り注ぐのがいやなら、私とは今後関わらないことを勧める。というか、関わるな!」


 最後にそう捨て言葉を吐いてフレアは席を立ち、テーブルから離れていった。

 彼女の立ち去るその姿を黙って眺めるユウリ。

 残ったのは彼一人となる。


「ふぅ」


 ユウリもまた息を吐く。

 今しがた言われた冷たい言葉が彼の頭の中を木霊する。


 確かに、彼女からすればユウリと関わることにメリットを感じないのは当然のことだろう。


 けれど。


 街道で会った彼女の姿が。

 食べ物を差し出してくれたあの姿が。

 ユウリにとっては眩しく、あの日の光景と重なったから。


「――いつまでもあの頃を引きずってるわけか、俺は」


 息を一つ、漏らす。

 次いで。銀の少女が走り去っていった方向を流し見て、ユウリはコトンと食器を指で叩いた。




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