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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 上編
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目的地へと

 魔導汽車、その駅の前にて。

 黒を基調とする制服を纏う、ルグエニア学園の生徒一同。彼らは一同に会したところで、まるで軍隊のように列をなして並んでいる。

 そんな彼らの前に立つのは、四人の人物。


「まずは挨拶から。この度、あなた方の引率を任せられることになった学園総会本部員のスイ・キアルカです」


 夜空のような黒髪に貴族特有の碧色の瞳を持つ少女。学園に在籍する者ならば知らない者はいないとすら思われる、王族直属の護衛を任せられるキアルカ家のご令嬢である。


 その彼女が、前に立ちつつ一年生を見渡した。


「ここにいる皆さんは山中都市レガナントに赴くことが決まりました。レガナントの担当を務めるのは私です。この実地研修を有意義に過ごせるよう全力を尽くしますので、どうぞよろしくお願いします」


 一礼。それと同時に拍手が疎らに起こる。

 その音を聞きながら、済ました表情で後ろに下がる彼女。次に出てきたのは白衣の女性であった。


「山中都市レガナントを担当することになった治癒魔術師、マリア・フォックスよ。私がいるからといって、怪我をしていいわけではないからそこはしっかりと理解するように。以上」


 煌びやかな黒髪を靡かせて、それだけを言った後にスイ同様、後ろへと下がった。

 最後に出てくるのは、二人の人物。

 どちらも男で、学園の教師の証でもある黒のローブを身に付けている。


「剣術学担当、マリウス・デュークライトだ。よろしく頼むよ」

「魔術学担当、ロベルト・ディアヌスじゃ。小僧ども。外に出られるからとあまり甘ったれるなよ」


 温和そうな男と厳格そうな老人。

 対照的な二人がそれぞれ挨拶の言葉を述べると、彼らもまた同時に後ろへと下がる。

 同時、スイ・キアルカが再び前へと赴いた。


「魔導汽車でここまで来たばかりですが、今からさらに各々の班に分かれて馬車に乗ってもらいます。行き先は山中都市レガナントの(ふもと)にある街、バーベル。そこまで赴いた後は整備されたレガナントまで続く洞窟を通り、都市の中に入ってもらう予定です」


 よく透き通った声である。

 多くの生徒が佇むその中で、後ろの方まで聞こえる芯の通ったものだ。その言葉に、生徒数人は思わず頷いてしまう。


「また一つの班にはそれぞれ学園総会実働部が引率として一人、付きます。余程のことがない限りは班の行動に口を出すことはしませんが、もしも危険な事態や予想の範疇外の出来事があればすぐに指示を出すのでそのつもりでお願いします」


 言葉と共に、スイの後ろにズラリと実働部員と思わしき連中が横並びに立つ。

 彼らの胸には白い獅子の刺繍が施されてある。それが学園総会実働部員の証だ。

 彼らはそれを誇るかのように、胸を張っている。


「幾つかの注意事項はまだあるのですが、それは各班担当の実働部員に聞いてください。それでは速やかに馬車に乗るように」


 スイが頭を下げてそのように締めくくったことにより、挨拶が終わったことを生徒達に理解させた。

 それからは前に横並びに立った白い獅子の刺繍を付けた彼らが、それぞれの班へと赴いていく。

 それからは速やかに馬車に乗って、最初の目的の場所まで向かう手筈である。


 その中で、ユウリ・グラールとその一行も流れに例外なく馬車へと乗車した。


「――いやぁ。まさか担当の学園総会員がスイ先輩だなんて思わなかったっすわ」

「私もあなたの担当であることに軽く絶望したんですよ? あまりそういうことを口に出して、私に現状を再認識させないでください」


 こめかみを指で押さえて、スイは疲れたような表情を表に出す。


 前から四番目の馬車に乗っているのは、ユウリ、フレア、レオン、ステラの四人。

 そして本来ならば実働部から担当が付く筈だが、なぜか本部員のスイ・キアルカを含めた五人であった。


「キアルカ先輩。一つお尋ねしても?」

「……なんでしょう。レオン・ワード」

「各班には学園総会実働部が担当に就くと仰られていましたが、どうして本部員であるはずの先輩が僕らの班に?」


 ユウリの隣に座るレオンが疑問を口にした。それに溜息を吐きながら、スイは応じる。


「加護持ちに"剣王"子息。極め付けは魔力総量及び魔力抵抗力が最低値の問題児。この班をただの実働部に任せられる筈がありません」

「あ、はは。確かにそうですよね……」


 沈痛な表情を浮かべるスイに、乾いた笑いを漏らしながらステラもまた同意を示した。

 確かに彼らの様子を見ることのできる生徒は限られて来るだろう。班の中でも三人が、すでに最上級生たる三年生に勝るとも劣らない実力を保持しているのだから。


「自身は関係ないと思っているかもしれませんが、あなたもですよ。ステラ・アーミア」

「えっ?」

「代々アーミア家は優秀な治癒魔術師を輩出する家系。その末子であるあなたに万が一のことがあってはならないということも、私がこの班に就いている理由の一つです」

「あ、その、申し訳ありません」

「いえ。まだあなたは理由の中でも比較的占領箇所は少ないので、問題ではないのですが」


 言いつつ、横目でユウリとフレアを見やる。

 スイのその視線の動きに、ユウリは首を傾げた。


「どうかしました? 先輩」

「疲れているのよ。放ってあげなさい」

「そっか。先輩も大変っすね」


 ユウリの声に、本を読んだまま視線を文字から逸らさずそのように返すフレア。その返しにユウリは納得のいった表情でケラケラと笑った。


「……一番の理由である当の本人達がこれでは、これから苦労しそうなものです」

「あ、はは」


 先ほどまでの沈痛な面持ちが、さらに重くなる。そのような彼女の様子にどう返していいかわからなかったステラは、取り繕うように先ほどの乾いた笑いを再度浮かべることしかできなかった。



 ★


 山中都市レガナントへと赴くには、途中の麓街であるバーベルから、都市へと続く洞窟を抜けなければならない。そのバーベルまでの道程は、馬車で丸一日かかる。


 さらに言うなら、夜の行進は魔獣の動きが活発となるため得策ではないことから、どこかで必ず野営をしなければならない。

 ゆえにユウリ達の班は森を行進している最中に川を見つけたことにより、そこで野営を決行する判断をした。


「――手慣れてますね」

「そりゃ、傭兵やってると慣れるのは当たり前じゃないっすかね」


 野営の準備をしている途中のこと。

 ユウリの手際の良さを目にしたスイは、彼のその言葉に目を丸くする。


「あなた、傭兵をやっていたのですか?」

「詳しく言うなら今も、だけど。知らなかったんですか?」

「教えられていないものを知ることは私にはできませんよ」

「そりゃそっか」


「あはは」と笑いながらも、作業する手を止めることはない。

 慣れた手つきで布を張っていき、あっという間に天幕を生み出した。


「ユウリ。薪を集めてきたぞ」


 そうこうしていると薪を集めていたレオンとステラが戻って来たようである。

 チラリと視線をそちらに向けると薪はしっかりと今夜を過ごすに相応しい量を確保しているのが確認できた。それに対してユウリは満足気に頷く。


「よし。ならそれを燃やしといて。後は食料の確保だけど――」

「――戻ったわ。途中で熊がいたから仕留めて来たけど」

「ありがとさん。それをこっちに――おい、フレア、それ」

「……フレアさん、それってただの熊じゃなくて、魔獣だよ。確か危険度C+級の、山奥でしか見つからないような危険な魔獣」

「ふぅん。どっちみち一撃で仕留められたから別にいいけど。ステラは良く知ってるわね」

「あ、はは。一応、本で読んだことがあるから。実物は初めて見たけど」


 ユウリとステラがそれぞれ引き攣った笑みを送った。


 ドシッと置かれたのは、ユウリでも割と苦戦するほどの凶暴な魔獣。その死体であった。

 激しい炎によって燃やされたような焦げ跡が頭部に目立つ。

 しかし胴体部分は無事なことから、フレアが食料として頭部だけを焼き焦がしたことが見て取れた。


「――よーし。気を取り直して、今夜は熊鍋だ!」

「そ、そうだね。確かこの熊の魔獣、肝がすごく美味だって聞くし」

「なん、だと」

「ほう。それは僕も少し気になるな」

「一つだけ言うけど、私が仕留めたんだから少しは感謝しなさいよ。それと私の取り分も多くして」


 熊を囲ってワイワイと盛り上がる四人。そこに魔獣の恐怖を感じているものは誰一人としていなかった。

 否。彼らからすれば、魔獣など脅威にもなり得ないのだろう。


 そのような様子を側から見守るスイ。


「……頭が痛くなってきました」


 すでに未来を憂うように、頭を抱えていた。


 そのような一連の出来事を経て、夜を明かす。そして朝になればすぐにその場を出発。

 それからおよそ数時間ほど馬車に揺られていると、遂に第一の目的の場所まで辿り着いた。


 麓街バーベル。山中都市レガナントへの入り口とも言える街である。



 ★


 麓街であるバーベルは、学園都市や西の都市アルディーラに比べると小さな街であった。


 石造りの建物が建てられてこそいるが、高さはどれもが普通の民家と変わらない。

 舗装されている通りは其処彼処(そこかしこ)に汚れやヒビが目につく。

 他国の街並みを知っているユウリからすればこの街はごく一般的、ともすればこれでもまだ綺麗な街であると言える方だ。しかし豊かな国力を誇るルグエニア王国からすれば、バーベルは田舎街の部類に分類されるであろう。


「ここがバーベルですか」

「ええ、そうですよステラ・アーミア。あなたはここには来たことは?」

「ありません。山中都市に赴いたことがありませんので」


 周囲を物珍しそうに見渡しながら、ステラはそう答える。


「学園都市や王都などを見慣れているあなたからすれば、少し物寂しい街並みでしょう?」

「いえ、そんなことは……」

「ここはあくまで山中都市への通過点。だからと言えますが、ここは発展することなく今の形を保っているのです」

「へぇ。でも、山中都市への通過点としても、人が集まることには変わりないんじゃないかと思うんすけど」


 スイの言葉を聞いていたユウリが口を挟んだ。

 山中都市レガナントの話を少し耳に挟んだところ、ルグエニア王国の中でも観光都市として有名らしい。であるならば、通過点であるはずのここも人が集い、賑やかになるはずだが。


「ここは元々小さな村だったのです。それが街まで発展した、ということでこの街並みになってます」

「元々村だったのか」


 元が小さな村であった、ということで納得する。元が小規模であったからこそ、発展してもこの規模の街で収まっているのか。


「実際に私達も、すぐにここを発つつもりですからね」

「キアルカ先輩。一日も休むことなく、僕らはここを出発するのですか?」

「そうです。今日中にはレガナントに到着しておきたいので」

「ふぅん。ちなみに、ここからレガナントまで辿り着くのにどのくらいかかるのよ?」

「ざっと数刻ほど、というところでしょうか」


 ここからレガナントまでの道程はそう長くはないらしい。すぐにでも山中都市に赴けるのならば、この街の人の集まらなさも納得できた。


「では確認しましょう」


 後ろを振り向き、スイは班員一人一人に視線を向ける。

 ユウリ・グラール。

 レオン・ワード。

 ステラ・アーミア。

 そして、フレア。


「私達はこれから都市への舗装された洞窟を通り、レガナントへと赴きます。おそらくその時には日が暮れかけているので、向こうの宿で一泊ほどさせてもらう予定です。ここまでで質問は?」

「ありません」


 代表して、ステラが答える。


「明日から、あなた方は傭兵として傭兵ギルドで依頼を受けてもらいます。もちろん本職の傭兵から色々な指示が出るでしょう。本格的な話も聞けるはずです。それを、一つ一つ己の中に取り入れていってください」

「――」


 スイの言葉に、それぞれが肯定の意を含んだ動作を取った。

 ステラは熱心に頷き。

 レオンは腰に掛けられた剣の柄を軽く触り。

 フレアは銀の髪を掻き上げ。

 ユウリは頬をポリポリと掻いた。


「……いや。俺も本職の傭兵なんだけど」


 その呟きはこの場の全ての人間の耳に届いただろうが、誰も彼の言葉には反応を示さなかった。


 代わりに返答したのは――。


「――おいおい、ユウリじゃねえか!」


 四人の背後から豪快な声が響く。

 言葉遣いこそ男のそれだが、男にしては余りにも高い声質に、言葉を発したのは女性であることがわかる。さらに言うなら、ユウリはその声に聞き覚えがあった。


「――エミリーさん?」


 振り返り、その姿を見たユウリの目が丸くなる。


 まず最初に目に付いたのは、灰色の髪。濁っているというわけではなく、色素の薄い色をしている。

 そして一般的とされる茶の瞳の中には、獣にも似た獰猛な何かが隠されているようにも思えた。

 背負う大剣と身に付けている軽装は、逆に様になっている。それを思わせるだけの佇まいを彼女がしているからとも言えるだろう。


 背後に立つその人物は、ユウリと同じく本職の傭兵で、しかし自身よりも上の階級に位置するA級傭兵、エミリーであった。


「どうしてエミリーさんがここに?」

「私達が呼んだからです」


 疑問を口にした時、超えたのはエミリーではなくスイの方。

 答えを求める視線を彼女へと移したユウリに、返ってきたのは微笑み。


「彼女は学園がお呼びした、傭兵希望の生徒を担当する最高責任者ですから」

「――ってなわけでよろしく頼むぜ!」


 ニヤリと笑うエミリー。

 その笑みを見て、何やらこれからが大変そうだと確信にも近い不安を胸中に浮かべた四人であった。



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