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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 前編
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欠陥の理由

 王立ルグエニア学園、入学初日。

 入学式から始まり、クラス分けが行われ、そして魔導測定器による測定が完了。

 全過程を終了したことから生徒は全員寮へと案内され、用意された自室へと戻ることになった。


「――ふぅ」


 一息つくように息を漏らす。

 ユウリが案内されたのは寮中にある一人部屋の一室。

 本来ならルームシェアを迫られるところであったが、ユウリの場合は推薦枠ということでそれを逃れることができていた。


 魔導測定器による測定の結果は、ユウリからしてみればわかりきっていたものであったため気にすることなど一つとしてない。

 しかし周りはそうは思わなかったらしく、ユウリはその後どこか避けられるような、噂の人となった。


「欠陥品、ね」


 ポツリと呟きながら、ユウリは部屋の端に設置された魔導機器に目をやる。

 各寮室にはそれぞれ魔導ランプが設けられており、この部屋もまた例外ではなかった。

 脇にある魔導ランプまで、ユウリは手を伸ばした。次いで、魔力を込める。


「まっ、点かないよな」


 いくら魔力を込めても魔導ランプは光を灯さない。

 理由は明らかなこと。ユウリの保持する魔力総量が魔術を発動させるほどの量に達していないからだ。


 ユウリにはいくつか、この世界で生きていくにはあまりにも理不尽を強いられる欠陥がある。

 その内の一つが魔力保持量の少なさと、それに関する特異な体質が挙げられる。


 おかげでユウリの魔導社会における人間的な価値は、この大陸のどこを探しても彼より下の者はいないとされる欠陥ぶり。


 それとは対照的に。


「まさかフレアがあそこまで優秀だったとは」


 思わずポツリと呟く。

 脳内に過るのは、自分と同じほどの噂を学園中へと広げるに至った――白銀の少女。

 しかし噂の方向性は真逆である。


 魔力保持量、581、Sランク。

 魔力抵抗力、321、Sランク。


 圧倒的な数値。

 クラスでそれまで一番であったレオンをも軽く凌駕するその数値には、教室にいた生徒の誰もが息を呑んだ。

 特に魔力保持量に関して言えば、彼女を超える人間は大陸に数人ほどしかいないだろうと推測される。

 それこそ、彼女と同じ境遇の者――"加護持ち"でなければ不可能だ。


「――失礼するよ」


 用意されたフカフカのベッドで仰向けに寝そべっているところで。

 誰かが部屋を訪れる声が耳に届いた。

 上体だけ起こして部屋の中へと足を踏み入れてくるその人物を確認する。


 視線の先には研究者ルーノが立っていた。


「あれ、ルーノさん。どうしたんすか」

「なに。昨日の依頼のお礼と入学式を終えた君の様子を観察しに来たのさ」

「観察て」


 まるで実験動物を相手にしているかのような言葉にユウリも思わず苦笑い。

 さりとてルーノに気にする素振りはなく、近くにあった椅子にゆっくりと腰を掛ける。


「まずは依頼についての礼を。夕方までに戻らないから少しばかり心配になったが、無事に届けてくれてなにより」

「心配って。ルーノさんにも人の気遣いができたんですか」

「何か誤解しているようだね。私が心配していたのは素材の方だよ」

「んなことだと思いましたよ」


 もはやユウリのことなどどうでもいいとばかりの態度にユウリは頬を引き攣らせた。ここまで来るといっそ清々しい気持ちにすらなってくるのはなぜだろうか。


「おかげで素材も集まった。感謝しよう」

「どうも。それで、話はそれだけ?」

「いやいや。むしろここからが本番さ」


 ユウリの言葉にルーノはニヤリと笑みを浮かべた。それは興味の尽きない玩具を見ているかのような、そんな表情。


「君、なんでも魔力保持量と魔力抵抗力に異常があるそうじゃないか」

「――もうその噂が広がってるのか」


 魔力保持量と魔力抵抗力に異常があるということには、非常に心当たりがある。

 自分の体質(・・)を思い、落とした手に視線をやるといつも通り、硬く研ぎ澄まされたような手のひらがそこにはあった。


「いや、私が知ったのはフォーゼさんの手紙を読んだからさ。今日の魔力測定については何も話は聞かされていないよ」

「へぇ。思ったよりも学園って情報の伝達が遅いんすね」

「いや、単に私が興味のないことについて話を聞かない性格だから、教えてくれていない可能性が高いだろう」

「おい」


 偏屈研究者だとは聞いていたし、第一印象もまさしくそれ。

 しかし教師の間でも避けられているとは、どれほど彼は魔導の研究に身を捧げているのだろう。

 学園というものは勉学もそうだが集団生活を教えるべき学び舎ではないのか。ユウリはまじまじとルーノを見ながらそう思った。


「まあ手紙からおおかた結果は予想できるがね。魔力保持量は最低値を大きく下回り、魔力抵抗力に関してはゼロ――つまり無いという測定結果だったんだろう?」

「大当たり」


 ルーノの予想に対して、ユウリは舌をチロリと出した。

 驚く、悔む、悲しむ。

 そういった感情を一切感じさせない。

 完全に割り切ったその姿に、ルーノは「ほう」と目を細める。


「平気そうな顔をしているね」

「自分の体質には慣れてる。今更思うことなんて別にないし」


 ポリポリと頭を掻くユウリ。


「例え魔力が極端に少なかろうと、魔力抵抗力がなかろうと、生きてるならそれでいいじゃん」

「ふむ。この魔導社会でそれは手足を捥がれ、社会的に死んでいるに等しい。そんな地獄の中でも君はそれを言えるのかい」

「この程度を地獄なんて言ってたなら、俺はすでに死んでる」

「ふふっ。ごもっともだ」


 この世界は魔導社会と呼ばれる。それだけ魔力が重要視される社会だ。

 その中で魔力保持量と魔力抵抗力が共に最低値を大きく下回るユウリは、極端な話をいうと翼をもがれた鳥に等しい。


 特にユウリの場合は魔力保持量がこれから先増える見込みがないのだから、なおさらである。


「手紙には君の体に魔力門と魔力抵抗力がないと書かれてある。これだけでも十分研究対象としての興味が尽きないが……」

「爺さん、そんなことも書いてたのか」

「ああ。おそらく私なら原因を突き止められると思ったのではないかな?」

「なるほど。じゃあ原因とかってわかるんですか?」

「さて、まずは調べて見なければわからないとしか言いようがないね」


「だから君の至る所を調べさせてくれ」と手をワキワキと動かしながら迫り来るルーノ。もちろんユウリは一歩退く。


「まあ冗談は置いておこう」

「いや。絶対に冗談じゃなかったような」

「魔力門と魔力抵抗力の存在しない君の体質。その弊害はある程度予想が付くが、詳しく教えてもらってもよろしいかな?」

「無視ですか」


 ユウリの危惧を聞こえないとばかりに無視する灰色の研究者。ユウリもそろそろこの男にペースを持っていかれることは必要経費だということを悟りつつある。


 ともあれ。


「つっても、説明するほどのことでもないかねーっと。魔力門と魔力抵抗力がないってことは、つまり魔力が生まれつき(・・・・・)増えること(・・・・・)がなく(・・・)、魔力に対しても耐性がないから(・・・・・・・)極端に弱い(・・・・・)ってだけだし」


 ケロリとした顔で言う。

 しかしその内容は魔導社会と言われる現代において、これ以上ない障害を抱えていることを暗示させるものだった。


 ――人間には必ず、その身に魔力門と言われる器官が存在する。


 これは外部の魔素を体内で魔力に変換した時、その魔力が体の中に入り込む際の魔力量と、魔力を消費する時の量を調整する門の役目を担っている。


 これを風船に例えるなら。

 魔力は空気。

 風船自体は人間の体内――魔力を溜め込める容器――。

 魔力門は空気が漏れないようにするための風船の栓。


 だと仮定する。


 風船というのは空気を蓄えればその大きさは増大する。

 しかし入れ過ぎれば風船は割れ、そして少なければ大きくならない。

 さらに風船の口を止める栓がなければ空気はドンドン外へと漏れ出ていく。


 同じように風船という人間の体内――魔力保持量――は、空気である魔力が入ってくると大きくなる。

 当然だが、大きくなりすぎると風船は割れてしまう。それを防ぐためにも入ってくる魔力を調整する必要がある。


 そのための風船の栓。

 そのための魔力門だ。


 ここで一つ。

 重要とも言える事柄であるが、魔力という空気を消費すれば消費するほど、体内という風船は新たな魔力を求める。そして魔力が体内に入ってくる。この時の入ってくる魔力量は、消費した魔力量よりも若干多い。


 つまり魔力を放出して消費すれば、自身に溜め込める魔力量が増えていくのだ。


 こういったプロセスにより、人間の魔力保持量というものは、魔力を使えば使うほど増えていくことが立証されている。


 ――しかし問題となるユウリの体質。


 魔力門が存在しないという極めて稀な体質は、つまり風船の栓が存在しないことと同じだ。

 風船の栓がなければ中の空気は自然と抜けていく。

 空気を留めることができないから風船の大きさは変わらない。ずっと、大きくなることがない。


 それがユウリの生まれ持った障害。

 子供の頃から少しずつ魔力を消費して増大していくはずの魔力保持量は、しかし魔力門がないという体質により変化のないものとなってしまう。その成れの果てが魔力保持量が最低値という結果だ。


 魔力抵抗力に関しても、存在しないということは非常に厄介と言える。

 魔導社会と呼ばれる今の時代では、魔力を扱えない人の方が珍しい。その中で魔術に対する耐性は滅法弱いことがどういう意味を示しているのか。


 例えば生活魔術。

 火を起こすだけの簡単な魔術でも、抵抗力のないユウリが受ければ火傷を負う。

 魔術師が扱う魔術の中でも一番階級の低い初級魔術でさえ、ユウリにとっては致命傷にもなり得る。


 魔導社会で生きることにおいて、ユウリの持つ体質がいかに欠陥とされているか。もはや言葉に表すことも難しい。


「魔力保持量は魔力門がないから総量が増えない。魔力的な耐久性においてはそもそも魔力抵抗力がないから皆無。ま、そんなとこかな」


 しかし、ユウリはそれをなんでもないことのように口にし、笑う。

 本来であれば笑い話になるようなものではない。それこそ掴みどころのないルーノでさえ、視線を細めるくらいには。


「ふむ。魔力門と魔力抵抗力、どちらも皆無と来たか。随分と不自由、なんて言葉では言い表せないほどの欠陥を背負ったものだね」

「生きていく分に関して困るようなことはそこまでないし、だから全然問題はないんだけどな」

「そんなことはないだろう。君の魔力量では生活魔術すら使えないのだから。問題ないと言える君の精神を疑うが、まあそこは君の美点とも言えるのかな?」

「やぁー、そんなに誉めなくとも」

「まあ、君の精神には欠片も興味はないけれどね」

「なぬ」


 がくりと首を落とす。

 バッサリと切り捨てるルーノは今の話を聞いても相変わらずの態度であった。


「それで、用事は他にも?」

「いや、聞きたいことも聞けた。何より時間が遅くなってからね。私はここら辺でお暇させてもらうとしよう」

「そうすか」

「それと近々、また君に依頼を頼むことになるかもしれないから気に留めておいてくれたまえ」

「面倒事以外でお願いします」


「では」と、ヒラヒラと手を振って扉から出ていくルーノの後ろ姿を眺める。その背中が扉を閉められたことにより完全に視界から消え去った時、ユウリはまたベッドに横たわった。


 明日は朝から学園が始まる。

 魔力測定も終了し、本格的な授業へと移行していくだろう。


「――早く寝るか」


 これから先の学園生活。

 それがどのように転ぶかは、この時のユウリにはもちろんわからなかった。




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