表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 中編
53/106

刻一刻と

「被害はどのようなものだ?」

「軽傷者が数人ほど出ていますが、建物倒壊以外の被害といった被害はありません!」

「そうか。では引き続き軽傷者の手当てを頼む」

「はっ!」


 ジークと言葉をいくつか交わした後、衛兵の一人が室内から去っていく。それを見届けるのはジークの他にも三人ほど。


「――ではキアルカ嬢とルーノ氏の従者。君達の言葉を聞かせてもらおう」


 アルバン・ドア撃退の功績を持つセリーナ王女とその従者であるスイ。そして事件に半ば巻き込まれる形で携わったユウリのことだ。


「俺達の言葉を聞こうったってなぁ。スイ先輩に強引に手伝わされたようなものだし」

「強引で悪かったですね。人出が欲しかっただけです」


 ぷいっとスイは顔を逸らす。

 確かに相手のことを考えれば彼女だけでは荷が重かったのかもしれない。

 最初こそ"加護持ち"のセリーナが追えば良かったのではないかと思いもしたが、彼女曰く機動力に関してはスイの方が上手だったとのこと。

 スイの魔術を思い出せばそれも頷ける。


 だからこそ最初にスイが追い、その後をセリーナやジークが追うといった方法を取った。


「とりあえず"再生者"の中にあんな化け物みたいな奴がいるってことはわかりました」


 肩を竦めながらしれっとそんなことをユウリは口にした。

 脳裏に思い浮かぶ圧倒的な力。アルバンが本気になった瞬間から、ユウリとスイに何もさせてはくれなかった。

 次元が一つ違う。それを身に沁みた。


「当然だろう。あの男は"再生者"の中でも"三幻飾"と呼ばれる幹部だ。いわば"再生者"の利き腕。それが弱いはずもない」

「"三幻飾"?」


 聞き覚えのない単語に、思わず首を傾げる。

 対する返答は、ユウリの横に立っていたスイから送られた。


「"怠惰な獅子"、アルバン・ドア。"狂剣"、エブリス・スレイン。"魔獣使い"、ラグ・カルゴ。"再生者"の幹部であり、三者それぞれが危険度A級の強者のことです」

「……うっわ。どれも名前だけなら聞いたことある」


 錚々たる面子にユウリは思わず苦い顔をしてしまう。

 傭兵業に携わっているならば、誰しも名前を聞いたことはあるはずのお尋ね者達だ。


 "怠惰な獅子"。

 被害こそ少ないものの、実力だけなら危険度A+にも及ぶ強大な力を持っている。

 過去、絶大な力の所有者であるはずの"加護持ち"を葬ったことがあることから、手配人となった男だ。


 "狂剣"。

 双剣を使った、狂ったような動きの剣技が特徴の男。暗殺者として各国で暗躍していたようだが、どこかの国の王族を近衛隊ごと殺害したことから手配者として追われる身となったようだ。

 出会ったら命を諦めろと言われるほどの、実力と残忍さを合わせ持つ者でもある。


 "魔獣使い"。

 強力な呪術を扱う少女とだけ話は聞いている。話だけなのは、その姿を拝んで生きて帰れた者はいないから。

 魔獣を操る呪術に特化しているようで、本人の戦闘力は未知数だと言われているが、被害だけなら先の二人よりも段違いに大きい。


 そしてこれら三人を"再生者の三幻飾"と呼んでいるらしい。


「これらの者は赤い斑点が付いた黒いローブを身につけていることが特徴とのことです」

「そういや、それっぽいローブ着てたような気がする」


 スイと共に抗ったあの男は、記憶の中では赤い斑点の模様が施された黒いローブを身に纏っていた。

 あれが話に聞く"三幻飾"の証かと、ユウリは眉を寄せる。


「しっかし。そんな危険な奴までこの都市に来てるなんて、いよいよ"再生者"も大掛かりなことを仕出かすような気がするんだけど」

「確かにアルバン・ドアほどの者がここにいるとなると、何かしらの大きな目的がこの場所にあるような気がしてなりませんね」


 何気なく口にしたのは、そんな言葉。


「……そのことだが」


 耳にしたのはジーク。

 返答はあった。


「可能性の話ではある。しかし、もしかしたら――」


 ――アルディーラに、"三幻飾"及びそれ以上に厄介な存在がいるかもしれない。


 告げられた内容。

 ユウリ、スイ、セリーナ。

 三者が三者、その目をピクリと動かした。



 ★


「だっはぁーッ。おじさんは疲れた……」


 カラン、と。

 誰も使っていない古びた倉庫の扉が開かれると同時に、気の抜けた声が室内に反響する。


 茶髪の中に一房の白色を混じらせた三十代ほどの男。

 赤い斑点模様の施された黒いローブが空いた扉から入ってくる風に少しだけ揺れた。

 "怠惰な獅子"、アルバン・ドア。

 とある隊舎の一室にて噂されている"三幻飾"、その一人が室内へと入室する。


「ケハハッ。(ぬし)よ、遅かったじゃあないかのぅ」


 出迎えたのは年若い青年であった。

 未だ二十を過ぎたばかりほどの容姿。

 空の色をさらに濃くしたような藍色の髪と、その下から覗く猫のような瞳は特徴的であるが、異常というほどでもない。


 その声の主に、アルバンはヒラヒラと手を振った。


「そぉーれが色々あったのよ。あんの幽霊みたいな女が消えて、それを探しに行こうとしたら騎士に捕まり、必死に逃げてきたと思ったら"加護持ち"の姫さんまで出張ってくる始末だぜ? 酒でも飲まねえとやってらんねぇよ!」


 そして机の上に置いてあった酒瓶をグイッと一気に飲み干した。


「おいおい主よ。そいつは儂の酒なんじゃがね」

「いいじゃねえか。俺達、友達、仲良い。酒くらい譲ってくれや」

「ケハハッ。主と友人関係なんぞ結んだ記憶は一切ないがのぅ」

「奇遇だな。俺もだ」


 あははっ、と。

 言って、二人とも笑う。嗤う。


 瞬間のこと。


 剣閃が走った。


「っと」


 アルバンの頭上を横薙ぎに通過していく一振りの剣。

 極限まで抑えたその動きは、アルバンでさえ予備動作を確認することができなかった。

 咄嗟に躱すことができた要因は、長年培ってきた経験だろう。


「なんじゃ、外したか」


 ニヤリと笑みを浮かべて振り切った剣の先を舌で舐める。

 猫のごとき眼光がアルバンを射抜くと同時に、一房の白髪を摘んでアルバンは溜息を吐いた。


「外してなかったら、俺ぁ死んでたな」

「そりゃそうじゃ。殺す気で放ったんじゃからのぅ」

「友達ではねえが、目的は一緒の同士だろ。俺を殺したらどうなるかわかってんの、君ぃ?」

「その時は"三幻飾"なんぞいう下らぬ名が消えることになろうよ。儂は万万歳じゃ」

「違いねえ」


 二人してクックと笑う。

 互いが互いに目の前の相手を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。


「それで"狂剣"。例のお嬢さんは帰ってきたか?」


 アルバンは己の前に立つ同士――"狂剣"、エブリス・スレイン――にそう問うた。

 例の、とは。アルバンが騎士に追われながらも懸命に探していた探し人のことである。


「あんの嬢さんは自分の姿を呪術で偽って街に出るからな。探しても探しても見つからねえ」

「ケハハッ。容姿そのままで街に出たら目立つからのぅ。当然とも言える」

「笑い事じゃねえ。今回の仕事だって、あんにゃろうがいなけりゃ――」

「――あらあらまあまあ」


 言葉を続けようとして、止まる。

 理由は背後より突然、声が聞こえたから。その事実に少しばかりの冷や汗が額を伝った。

 もしも彼女が敵であったなら、自分はこの時点で死んでいたであろうから。


 溜息を吐きつつ、後ろを振り向く。そこにはアルバンが予想した通りの人物がいた。

 一瞬で現れたような気配隠しの技量。

 なにより特徴的な喋り口調。


 アルバン・ドアはそんな芸当を行える人物を、一人しか知らない。


「どこにいってたんだよ――"汚染"、ゾフィネス」

「うふふっ、酷い人。毎回フィーさんと呼んでってい言ってるじゃなぁい?」


 白色のワンピースを身につける、全身が真っ白な女性。

 袖に手を当てて、クスクスと笑う。


「どこに、ね。ちょっとだけ散歩を」


 "厄災の使者(エンドリスト)"。

 危険度A+級という限界の一線を越えた、厄災にも例えられる者達。

 その一角、汚染の名を受け賜るゾフィネスが、純白のロングストレートの髪を揺らしながら、カラカラと笑った。



 ★


 同時刻。

 学園都市ロレントと西の都市アルディーラを遮る山脈の中を、一人の少年が歩いていた。


「――」


 そして、立ち止まる。

 そこで標的を発見したからだ。


 ロレントとアルディーラに挟まれたこの山脈は、ただの山脈ではない。

 強い魔素を発しているせいか、大型の魔獣が住み着いているのだ。

 危険度で言うならC級以上の魔獣が有象無象のように存在する。さらにはA級の大型魔獣すら生息する始末。


 ゆえにこの山脈を通ることは自殺行為にも似た行動となる。だからこそ都市アルディーラまでの道を迂回しつつ進むために、魔導汽車の線路が引かれているのだが、それはまた別の話。


「――ハッ。ようやく出やがった」


 少年は笑う。

 それと共に大きな風が突風のように周囲を撫でた。


 巨大な羽で羽ばたくその姿は、危険度A−級とされる翼竜ワイバーンそのもの。

 肌は薄黒い鱗で覆われ、剥き出しの牙は鋭利に尖っており、黄色の光を灯したその目は目の前の少年を射抜いている。

 出会ったが最後、その骨まで残らないとされる竜種の中でも気性が荒い魔獣。その姿にしかし、少年は笑った。


「テメェを探すのに結構な時間を浪費したぜ? その俺に対する労いの言葉をかけてくれてもいいんじゃねーの?」

『ガァア――――ァッ!!』

「クハハッ。良い労いの雄叫びじゃねーかよ、オイ」


 少年の白銀の髪すら揺らす、衝撃にも似た爆音。その叫びを耳にしてもなお少年の笑みは絶えない。

 それに苛立ちを感じたのか、それとも不信感を植え付けられたのか。

 実に気に入らないという気持ちを表すかのように、翼竜は少年に向かって突撃した。

 長く鋭い牙が、少年に近づいていく。その大きな口に飲み込まれる。その前に。


「少しは楽しませてくれよ?」


 少年の体が銀色に輝く光に覆われる。

 光の形はどことなく竜を思わせるものだ。それを体に纏った少年は、片手をゆっくりと動かすと同時に。

 翼竜の突進を受け止めた。


「――おいおい」


 完全に衝撃を受け止め切る。その事実に困惑な呻き声を漏らすワイバーン。

 かの魔獣はこの山脈においても、頂点に位置する魔獣であった。ゆえに自身の体を受け止めようとした者は等しく死を迎えてきた。


 だが目の前の少年は違う。

 容易く、失望したように、自身を受け止めている。


「危険度A−級ってのに、少しは期待したんだがねぇ」


 声からやる気が完全に削がれたことがわかる。

 少年は面倒臭げに空いた方の手を振り上げ。


 そして。


「もういいわ。バイバイ」


 銀の光が振り上げた手から発せられる。

 その手の先から発言したのは、巨大な竜の翼であった。

 胴体から引き離されたような、翼だけのその形。銀色のそれは瞬時に武器のように振り下ろされ、ワイバーンの頭部を叩き潰した。


 断末魔の声も上がらない。

 山の主はものの数秒で息絶える結果に終わった。


 《竜翼(ドラゴウィング)》。

 銀の少年が名付けたその魔術は、この世界で少年だけが持つ固有のもの。

 あらゆる魔獣、人、生き物を屠ってきた彼の魔術はここでもその例に溺れず翼竜を絶命させた。


「ったく。なぁーにが危険な討伐依頼だ。蓋を開けてみりゃ、ただのトカゲ虐めじゃねーかよ」


 耳でもほじくるように退屈げな声を上げる。

 風に揺らされる銀の髪と、竜のように鋭い眼光を発する金色の瞳が殺伐とした風景とは対照的な彩りを照らしていた。

 そしてその身に纏うものはルグエニア学園の黒を基調とした制服。


「どっかに面白ぇーもんでも転がってないもんかねぇ?」


 先ほどこの世から解き放たれた翼竜の屍体に問いかける。もちろん帰ってくる声は存在しない。それに肩を竦めつつ、その場から立ち去るために踵を返した。


 傭兵の中でも最高位とされるA級の、その更に先の領域へと踏み込む人外の者達――S級傭兵。

 最強に名を連ねる数少ない内の一人。

 "銀竜帝"、シド・リレウス。


 銀の髪を揺らしながら、ゆっくりと、ゆっくりと。

 山脈の頂上から降りていった。



 ★


 時刻は夕方を過ぎる。


「はぁーあ……」


 自室に戻ったユウリはバタンと寝台に倒れた。

 昨日もそうだが、本日も色々な出来事があったためである。


 "再生者"、一体彼らはどのような目的でこの都市を訪れたのか。もちろんユウリは知らない。

 しかし何かしらの事態が進んでいるのは火を見るよりも明らか。

 明日の魔導学論展は果たして安全なのか。その一点が酷く気掛かりである。


「ユウリ、入るわよ」


 思考している最中のこと。

 ノックと共に声が耳に届いた。


「フレアか。どうしたん?」


 入ってきたのは白銀の髪を引っさげた少女。

 ユウリと同じくルーノ・カイエルの護衛にあたる、絶大な力を持った"加護持ち"。

 フレアであった。


「どうしたもこうしたもないわよ。あんた、今日どこに行ってたのよ」

「ああ。ちょっとした事件に巻き込まれてて」

「事件……。もしかして、昼に起きた事件のこと?」

「多分それだと思う」


 アルディーラが広いと言っても、昼に大きな事件が起きたのは"怠惰な獅子"の身柄を巡るあの出来事以外に考えられない。フレアが口にしたものも同じ内容のものだろう。


「だから部屋にいなかったのね。あんたも災難だったわね」

「本当だっての。まっさか先輩達に強引に連れて来られることになろうとは……」

「どういうこと?」

「ああ、それがさ――」


 ユウリは昼に起きた事件のことの顛末をフレアに話した。

 するとフレアは少しだけ眉を寄せる。


「あんたって本当……。よく事件に巻き込まれるわね」

「最近それを否定できなくなってきたことが辛い」

「まあ怪我がないならいいわ。私も自分の部屋に帰る」

「あれ、もう帰るの? 何か用事があって俺の部屋まで来たんじゃないのか?」


 話は終わったとばかりに戻ろうとするフレアに、そう疑問を投げかけた。彼女がここに訪れる理由がわからなかったためである。

 ユウリの言葉を聞き、彼女はピクリと一瞬だけその動きを止めた。


「別に……なんでもないわよ」


 そして口を尖らせて、それだけを口にする。その反応に対する違和感のような感覚をユウリに残したまま、フレアは部屋を退室していった。


「……そういえば」


 一つだけ、心当たりがないでもない。


「一緒に都市を回るって約束、果たしてなかったな」


 ポツリと呟く。

 約束とは言ったが、ユウリが一方的にした口約束。そこに拘束力など皆無である。

 しかしもしもそれをフレアが気にしていたとしたらどうだろうか。

 自分の帰りを待っていてくれていたとしたら――。


「なーんてね」


 ふっと笑って、横になる。

 明日は魔導学論展。何が起きるかわからない以上、速やかに睡眠を取って英気を養おうと、ユウリは瞳を閉じた。





 二章 魔導学論展編 中編 ―完―




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ