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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 中編
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その光は眩しすぎて――。

 "銀の火鳥の亭"に戻ってきた。


「それでは兄様。また会いましょうねっ!」

「明日にでもお前の部屋を訪ねよう」

「それは勘弁してください」


 宿の前まで同行したが、部屋の階が違うためにマナフィアとリリアンナとは入り口で別れることとなった。

 そのことに若干の安堵を息として漏らし、ユウリもまた自室への階段を上っていく。


「ユウリ君。遅かったね」

「ステラか」


 そこでバッタリ出くわしたのはステラであった。

 風呂から上がったようで、彼女の蒼い髪は少しばかり水分を帯びている。

 身体の方も湯上りのためか火照っていた。


「……ステラって、普通に美人だよな」

「い、いきなり何言ってるの!」

「いや、美人っていうよりは可憐って言葉の方がしっくりくるか」


 クリクリとした目。その上には細長いまつ毛が女性的な要素を強くしている。

 肌は白く、鼻筋もしっかりしている。

 ふっくらした唇は多くの男性を虜にするはずだ。


「こんな可憐な少女が近くにいるのに、どうしてレオンはあそこまで鈍感なんだろうなぁ」

「そ、そそそこでどうしてレオンが出てくるのかな!?」

「ステラもそんな態度じゃレオンは振り向いてくれないぞ」

「あぅ」


 ユウリの言葉に本気で気落ちする様子を見せる。

 とてもわかりやすい反応だと、ユウリはケラケラ笑った。


「どうして笑うの……」

「ごめんごめん。あんまりにもステラが面白くって」

「ふーんだっ」


 ふて腐れたように空のような髪を揺らしてそっぽを向く。その様子がまた可笑しくてユウリは「ははっ」と声を上げて笑ってしまった。


「ふん」

「ごめんって。そういえば夕飯ってどうすんの?」

「……意地悪な人には教えません」

「本当に申し訳ありませんでした。後生です、教えてください」

「ユウリ君って、食べ物の話になるとすごく素直になるよね」


 土下座まで決め込むユウリの姿勢。

 今度は思わずステラが苦笑してしまった。

 ユウリの食事への飽くなき欲望は、学園に入学してから今まで散々拝んだはずなのだが、未だにその全容を把握しているわけではない。

 どこまでその食欲は強いのか、いっそ知りたくもなる。


「夕食はまだ取ってないの。今日は少し遅めにしようかと」

「あ、宿で用意されてるのか」

「うん。というか、それが普通じゃないの?」

「一般の宿は自分で調達するところも珍しくないからさ。流石は貴族も御用達の宿か」


 これが貴族と平民の意識の違いかと思わされた。

 傭兵として街を転々としている時は、夕食が用意されている宿と用意されてない宿の二つの比率は半々ほどであったように記憶している。

 というより、懐が暖まった時は食事のある宿へ行き、あまり余裕のない時はそうでないところへと赴いた。


 しかし貴族の使うような宿は全てが夕食を用意している宿なのだろう。それも普通の平民が食することなど難しい豪華なものが。


「楽しみだなぁ」

「ユウリ君、涎が垂れてるよ」

「おっと失礼」


 意識を妄想へと誘われていたが、寸前で我に帰った。



 ★


 数刻後。


「――ふぅ」


 自室へと戻って、ユウリは一息つく。


 食事も終わり、時間はすでに夜に差し掛かっていた。

 窓から覗けるのは、さんさんと輝く太陽ではなく静かに街中を照らす月。

 薄暗い宿の中、設置されている魔導ランプにより光を灯しつつ、ユウリは四肢を寝台へと投げ打っては今日の一日を脳内に巡らせた。


 学園総会、その面々。

 総会長セリーナ・ルグエニア及び総会本部員スイ・キアルカ。


 ユウリと"とある目的"を共通とする者。

 マナフィア・リベール及び側近リリアンナ・ルージュ。


 その前日まで遡れば"再生者"との死闘の日が過去の記憶として描かれる。


「なんだかんだで忙っしいな、俺って」


 はは、と笑みが零れた。


 当然とも言うべきか。

 思い返せば、ルグエニア学園に新入生として入学してからというもの、暇を感じさせない生活を送っていたような気がする。

 新鮮な毎日は自分も普通の人間として生活できているような、そんな錯覚を覚えさせられるほど。


 しかし、違う。


 ユウリは普通の人間ではない。

 一般的とは程遠い。境遇、体質、そして心が。


 あの日から変わらないまま。

 どこか同じところで足踏みしている。そんな感覚がユウリを縛り付けている。


 だからこそ。

 だからこそユウリ・グラールは――。


 ――コンコン、と。


 ユウリの宿部屋の扉から、ノックの音が聞こえた。


「……ほーい。どうぞ」

「ユウリ、僕だ」

「レオンか。どうしたんだ?」


 扉を開いて室内へと入ってくるのはレオン・ワードだった。

 金の髪を揺らしながら、ゆったりとした足取りでユウリのもとまで寄ってくる。


「今、時間はあるか。そうかからないとは思うが」

「別にぃ。あと寝るだけだしな」

「そうか」


 呑気な笑顔で答えるユウリに、レオンも多少なり表情を緩めた。

 逆に言えば、それまでは少しばかり堅い表情をしていたことになる。彼がそのような顔をする理由も原因も思いつかないユウリからしてみれば、首を捻る思いだ。


「先ほどフレアが漏らしていたことなんだが、君はどうやら昼頃にスイ・キアルカと模擬戦をしたらしいな」

「ああ、そのことね。向こうが一方的に襲ってきて大変だった」

「災難だったな。それで、どうだった?」

「どうだったって?」

「結果だ。模擬戦のな」


 真剣な声色がユウリまで届く。

 どうやらその戦闘行為の行き着く終着点が聞きたかったようだ。


「惨敗だよ。一撃で屠られた」


 詳細を言えば事故が原因である。

 しかしそれを口に出せば負け惜しみのような気がしたからこそ、結果だけを伝えた。

 やはりと言うべきか。

 レオンが眉間にしわを寄せる。


「君がか、信じられんな。僕の目でも君の実力は"五本指"候補者に匹敵するレベルだと思ったが……」

「俺もびっくりしたさ。先輩達、傭兵として活動したならすぐにでもB級傭兵まで成り上がるだろうなぁ」


 戦ってみてわかったことがある。

 それは自身がこの広い大陸の中でも、とても小さなものであったということ。

 まるで海を知らない(かわず)のように。


 ユウリは同年代で自分と同じ実力を持つ者をほとんど知らない。B級傭兵という階級(クラス)は努力一つで慣れる者ではなく、相応の覚悟と実力、そして運が必要となる。


 一般的に多くの傭兵がC級、素質がある者でもB級という位置づけで傭兵業の生涯を終えてしまうことを考えると、齢十六で人間の領域(ふつう)の限界と呼ばれるB級傭兵に属するユウリは、大陸の中でも上位の実力者と言える。


 だからこそ同年代で自分以上の実力を持つ者など、マナフィアを始めとした一部の例外を除けば知らない。


 しかしルグエニア学園という組織は常識を覆してきた。


 "五本指"やその候補者を始めとした者は、贔屓目に見ても危険度B級の魔獣すら単体で討伐しうる実力を保持している。

 それが酷く新鮮であり、驚愕に値することであった。


「そうか……」

「んで、それをレオンは聞きに来たのか?」

「ああ。それもある」

「それ()?」


 返ってきた言葉に思わず疑問の声を上げる。


「他にも何か?」

「このアルディーラには闘技場があったな。早朝でいい、僕と模擬戦をしてくれないか?」


 そして次に告げられたのは模擬戦の申し込みだった。


 少しばかり訝しげに思う。

 確かにレオンならばその言葉を言い出さないとも限らない。むしろ普段の行動や彼の性格から考えれば自然な言葉のように感じてしまう。


 しかし唐突だな、とも思った。


 今は言ってしまえば休日中。

 レオンもそれがわかっているからこそ、この都市での滞在期間中は今回までそのようなことを言って来なかったはずである。

 少なくともユウリはそのように考えていたが――。


「レオンまでか。急にどうしたんだよ」

「少し思うところがあってな」


 レオンは少しばかり視線を下げる。

 その仕草が、ユウリには己の中の考えを整理しているように感じられた。


「……先日、"再生者"が襲ってきただろう? あの時の僕はあまり役に立たなかったからな」

「そうでもないと思うんだけどねぇ」


 整理が終わったのだろう。

 発せられた内容はそのようなものだった。

 それに対してユウリが思うことは、決してそのようなことはないというもの。


 彼は役に立たないどころか、ユウリにとっては命まで救ってくれたほどである。

 もしもレオンがあの場にいなければ、自分は確実に五体満足とはいかなかっただろう。


 しかしそれを言っても、レオンは納得しなかった。


「いや。もしも一対一なら、僕はすぐさま殺されていたかもしれない。更に言うなら、その脅威も去ったわけではないらしい」

「どういうこと?」

「少し耳にしたことなんだが、魔導学論展の警備にかなりの人数が増員されたようだ」


 言葉を聞いて、「それはそれは……」とユウリも肩を竦める。

 警備が増員されたということは、少しでも魔導学論展への襲撃を騎士が危険視したということ。

 つまり"再生者"の襲撃の可能性があるという事実となる。


 このとき合点がいった。


「だから模擬戦ね」

「少しでも体を慣らしておきたい。万が一のことがあった時に対応できるようにな」

「なるほどな」


 言いたいことはわかった。

 彼はじっとしていることができなかったのだろう。自身の弱さを噛み締めながら、ただ待つことができなかったのだ。


 それはユウリとスイの模擬戦も影響しているはず。あの戦闘により、彼も置いて行かれないようにと心に火をつけたのだ。


「そこまでして強くなりたいのか?」


 ユウリは問うた。

 己の胸に潜む、黒く冷たい感情を押し隠すように。


「――なりたい。大切な者を守るためにな」


 レオンは答えた。

 真っ直ぐと、真剣に己の弱さと向き合いながら。


 その表情が酷く眩しくて。

 その視線が酷く熱くて。

 ユウリは咄嗟に顔を背けるように、視線を下げた。


「……」

「……ユウリ?」


 突然黙り込んだユウリの様子に違和感を感じたのだろう。レオンは俯いたままの黒髪の少年の名を呼びかけた。

 それでも彼は何も答えない。


 否。


 よく見ると肩が震えていた。

 まるで何かに耐えるように。


 そして。


「――なぁるほど」


 飛びっきりの笑顔を向けた。


「いやぁなんだ。つまりはあれか、幼馴染で大好きなステラを守るために強くなりたいと」

「……何を言ってるんだ君は」

「照れるな照れるなって。なんだかんだであの娘のこと大切に思ってるようで、お兄さんは嬉しいぞぅ」

「誰がお兄さんだ」

「よっしゃわかった! この俺が君の模擬戦の相手をしてやろう!」

「どうしてだろうな。酷く不快な感情が湧き上がってくる」


 不快ですと明らかに物申す表情のレオンが目の前にいるにも関わらず、ユウリは全てをわかってますよとばかりの優しげな笑顔を向ける。それがまたレオンの嫌悪感を刺激するのだから救われない。


「ともかく、だ! 明日の早朝は闘技場に行くからな。遅れるんじゃないぞ」

「はいはーい。わかりましたよっと」


 気分を悪くしたようで、レオンはズカズカと荒い足取りで室内から出て行く。

 それを面白げに見守るユウリは「からかい甲斐があんなぁ」とニヤニヤしていた。


 そんな時に、不意打ちとばかりにレオンの足がはたと止まる。


「――」

「……レオン、どうしたん?」


 急に立ち止まったレオンに首を傾ける。

 彼の用事は自分との模擬戦の約束を取り付けるものだったはず。その用も達成したのだから、夜も遅いので早々に立ち去るとばかり思っていたが。


 何かしらの用事を忘れていたのだろうか。


「ユウリ、君の言葉に一つ訂正がある」


 ポツリと呟く。


「僕の守りたい大切な者の中にステラがいるのは確かだ。しかし、君もまたその対象であることを忘れるな」

「――」

「僕らは、友、なのだから」


 それだけ言って、彼は退室していった。

 去り際に覗けた彼の頬が少しばかり赤く染まっていたのは、宿に備え付けられた魔導ランプの光によるものなのか。それとも言葉からくる照れによるものか。

 ユウリにはわからなかった。


「……」


 しかしわかったことはある。

 それは彼が酷く真っ直ぐだということ。

 本音を語れる、真っ直ぐな男であることだ。


「……ふっ。俺が女なら惚れていたぜ」


 茶化すようにそう言葉にする。

 誰もいないこの部屋で、それでも。


「ほーっんと。すごい奴だよ、お前は」


 扉へと向ける視線。

 そこに含まれるものは羨望。


 素直に強くなりたいと。

 強くなれると心から思っている様。

 逆に自分は無理やり笑顔を浮かべることこそできたが、心から笑えたかどうかは定かではない。


「俺には――眩しすぎる」


 ポツリと呟き、息を吐く。

 どこか弱々しい彼の声を聞き届けた者は、誰もいない。


 レオンが去っていったことにより完全に静寂が舞い降りた室内の中で、ユウリは静かにベッドへと横になった。





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