鈴の音
"再生者"による魔導汽車襲撃事件から一夜が明けた。
「うーんっ。全快!」
寝床から飛び起き、朝食のために集った宿に付属する食事処にて伸びをする。
昨日の疲れが嘘のように取れた充実な睡眠をおくれたことにユウリは満足しつつ、目の前の食事にありつき始めた。
「君はいつでもそんな感じだろう」
「でもここの宿のベッドはモフモフふかふかだったし。やぁー、これが高級宿ってわけかぁ」
「まさか君達と一緒の宿になるとは。ルーノ・カイエル氏の護衛という名目だから、納得はできるが……」
目の前で超高速に腕を動かし、瞬く間に料理を無に変えていく友人の姿を見て、レオンは朝から溜息を吐く。
昨晩のこと。
ルーノと共に事情聴取を受けていたユウリは、それが終わると真っ先に宿へと向かった。
流石と言うべきか、ルーノ・カイエルという高名な人物ともなると、泊まる宿も相応に高級なものだった。
つまり貴族などが宿泊するような宿であったのだ。
護衛という名目であったユウリとフレアはその一室を丸々借りることになっている。
また、元々貴族の位につくレオン達もこの宿に部屋を取っていた。そういった理由もあり、こうして食事はいつもの四人でありついている。
ちなみにルーノは朝早くからどこかへと赴いた。
「そういえばユウリ君。ルーノさんの護衛に付いてなくていいの? 今は出かけてるって言ってたけど」
「書き置きが残してあって、騎士の人達と行動するから大丈夫なんだってさ」
「ま、それが普通よね。大体どうして私達を護衛に抜擢したのか」
どこで習ったのか、ユウリのように暴食をすることもなくキチンとしたマナーに乗っ取り食事をしているフレアが、そのような疑問の声を上げる。
確かにユウリも思ったことだ。護衛ならば正規の騎士を頼ればいいのにと。
ルーノ・カイエルというのはこの国でいえば要人である。一言添えれば護衛の騎士などいくらでも付けてもらえそうだが。
「ま、俺達は都合のいい助手ってわけじゃないかね」
「そうね。当日に資料を運ぶことも手伝わされるらしいし」
「へぇ。そんなことも頼まれてるんだねぇ」
ステラが純粋な関心の目を向けてくる。
ユウリとしてはそのような仕事は怠いだけだが。
「そういえば。ユウリ君とフレアさんはあと二日間、何をして過ごすの?」
「あと二日間?」
「魔導学論展が始めるまでの期間だ。僕とステラは適当にこの都市を観光する予定だが」
ステラの問いに首を傾けているところ、彼女の横に座っている幼馴染が補足を付け加えてくれた。
魔導学論展までの期間は、彼が言ったように二日間もある。
その間に何をするかというのは、ユウリは考えてなかった。
「しょうがない。フレアとデートでもしよっかな」
「デートって言葉が気に入らないわね。答えは拒否で」
「手厳しい」
冷たくあしらわれたことに頭を掻く。
しかしその際に横を見たところ、彼女の頬が若干赤らめていたのは気のせいか。
朝の日差しが窓から入ってきてるせいで、真偽は不明だった。
「私は一人でここら辺の店でも回るわ」
「それ俺も付いて来ていい?」
「私としては面倒だけど、勝手にすれば?」
ユウリも都市アルディーラに来るのは初めてのことだ。
周囲を散策でもしようかと思っていたところ、どうやら隣のフレアも同じことを考えていたらしい。
そこでレオンが視線を向けてきた。
「だったら僕達も付き合おう。この都市には数回ほど来たことがあるから、ある程度の土地勘はある」
「へぇ。でも数回来たことがあるのにまた観光?」
「全部は回りきれてないからな。ステラもそれでいいか?」
「え、私? ええっと、その……」
レオンの突然の声に困惑気味の蒼髪の少女。
そこでユウリは少しだけ首を捻った。いつもの彼女なら戸惑うことなく了承してくれるはずだが、今日の彼女はどこか歯切れが悪い。
そこで、ピンと来た。
「おやおや、ステラさぁん」
今のユウリの表情を形容するなら、ニタァとした気味の悪い笑みを浮かべていると言えるだろう。
その顔に嫌な予感でも覚えたのか、ステラの額からは冷や汗が流れ始めた。
「な、なな、何かな!?」
「もしかしてだけどぉ、もしかしてだけどぉ。ステラさんはレオン君と二人で行きたいのかなぁ?」
「ユ、ユユユウリ君ッ!? やだなぁ、なな何を言ってるのか……」
動揺をまるで隠しきれない彼女の様子に、ユウリの顔はどんどんと気持ち悪くなっていく。
手をブンブンと振って誤魔化そうとするが完全に逆効果であった。
「ステラさんステラさん。もう楽になっていいぞ?」
「ユウリ、その辺にしときなさい。ステラがレオンに好意を持ってることなんて今更――」
「フレアさんちょぉ――ッと待ってぇ!?」
現状のステラの様子に息を吐いて、突如としてぶち込んだフレアの追撃。ユウリを止めようとしてのことなのだろうが、ステラからしてみれば余計なお世話であった。
いや、止めてくれる分には感謝するべきなのだろうが、いかんせんその内容が内容である。
あわあわと赤くなりながらレオンの方をチラッと眺めるステラ。
まるで小動物が追い込まれたような瞳をしているが、レオンの反応はいかに。
「――何か言ったか?」
「すげえ。これがレオン・ワードという男なのか」
食事に夢中になっていたようで、一連の会話を聞き逃していたようだ。
ユウリは唖然とし。
フレアは呆れた溜息を吐き。
ステラはがくりと首を落とす。
どこまで鈍感なのだろうか、この男は。
三者の感想はこの時こそ見事に一致した。
「……私、部屋に戻るね」
食事の終わったばかりであるが、もはやここにいることに居た堪れなさを感じたステラがそのように席を立つ。
「食べたばかりだが、大丈夫なのか?」
「ううん大丈夫。レオンの方はゆーっくり食べてねぇ」
いつも明るい笑顔を見せる彼女。
しかし此度のそれはどこまでも暗いものであった。
傭兵業を行ってきたユウリ、"加護持ち"として絶大な力を持つフレア。その両者がビクッと背筋を震わせるほどの。
「――? ああ、わかった」
しかしこれまた鈍感なレオンはそれも通常のやり取りのように返す。
いつもと雰囲気が違うことは察したのか、首こそ傾けはするものの、反応はそれだけであった。
「レオン、お前……」
「すごいわね。正直、尊敬したわ」
「一体何を話しているんだ?」
思わず皮肉を口にせずにはいられないレベルである。
対してレオンからは純粋な疑問の目が向けられてくるも、それ以上ステラの前で藪蛇を突かないように、二人は同時に視線を逸らして。
「……じゃあ上がるね、レオン」
ゆらっと。
まるで幽霊のような不気味な足取りで階段を上っていくステラ。その姿にユウリは思わず敬礼してしまった。
彼女も大変なのだろうと、涙まで出てきそうだ。
「レオン。食べたんなら急いでステラを追いかけてやった方がいい」
「なぜだ?」
「なぜじゃねーっての。あとアルディーラを回るのはステラと二人で回るように。俺はフレアと回るから」
「あ、ああ」
おそらく状況を理解できてはいないようだが、何かしら自分が下手したことは伝わってくれたようである。
食事を終えていたレオンは立ち上がり、首を傾げながらもステラの後を追った。
「あとは頑張れよ」と。苦労の多い少女に向けて再度敬礼も加えて。
「ステラも大変ね……」
「そだなぁ」
フレアも同様の気持ちのようで、二人の様子に先が思いやられるとばかりに肩を竦めた。
幼少から親交のある幼馴染。あそこまでわかりやすい態度を取られているなら、すぐに気付けそうなものだが。
しかしそれで気付かないからこそ、レオンなのだろうと納得するしかない。
「さーて、俺達も食べ終わった頃だし。行きます?」
カチャリ、と。
他の三人と比べても幾らか皿の数が多い中で、ユウリは食器を置く。
見ると満足に食べ切ったという充実感がその表情には浮かんでいた。
「そうね。というか、何さらっと私と都市を回ることが確定してるように言ってるのよ」
「だって勝手にしなさいって言われたし」
「……確かに言ったけど」
口を尖らせる銀の少女。
特に不満があるわけでもないだろうが、言いくるめられたことに対して少しばかり悔しいのかもしれない。
こういった姿を見ると、彼女も年相応の仕草を見せるのだなと感心した。
「――あら。あなた方は……」
そんな時のことだ。
ふと。
フレアとユウリ、その二者の背後から声がする。
「……この声は」
鈴の音のように広がる、美しい声色。
聞くだけで魅了されるようなこの声の主をユウリは忘れるはずもなかった。
ある意味では一番最初に出会った学園関係者なのだから。
「こんなところで会えるなんて驚きね、ユウリ君?」
「やぁー、俺も驚いてますよ――セリーナ総会長」
金のロングストレートを垂らし、深緑の瞳がユウリを覗いている。
自分達と同じく黒を基調とした学生服を身につけており、その胸には赤い獅子の刺繍が晒されていた。
フレアとは正反対の、どこか優しげなおっとりとした瞳は周囲に安らぎを与えるだろう。
隣に夜空のような黒髪を靡かせるスイ・キアルカを引き連れた、第二王女セリーナ・ルグエニア。
"加護持ち"でありルグエニア学園の中でも最上位に位置付けられる王族の彼女が、なぜかユウリ達と同じ空間に姿を現していた。




