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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
42/106

二人目

 ごくりと喉を鳴らす。

 目の前の男はユウリが相対してきた中でも上位の強さを誇る相手であるのは間違いない。


 何人もの相手を、その俊敏かつ的確な動きにより翻弄してきた"軽業師"。

 足場は悪く、技量は相手の方が上手。

 ユウリの頭にチラつくのは敗北の二文字。


「こいつは――」


 ――やっばいかもな。


 乾いた唇を舐めつつ敵の一挙一動を見逃さぬよう、しっかりと目を見張っておく。

 敵の動きに決して遅れを取らないように。

 でなければ待つのは死であることを先ほどの攻防で知ったばかりだ。


「ユウリ。どうする」


 ふと気付けば隣のレオンがこちらに近づき、耳打ちするように小声で尋ねてくる。

 先ほどの敵とのやり取りでは、レオンの魔術がなければ間違いなく敗北していた。それを踏まえると彼の存在は決して欠けていいものではない。


「レオンはさっきと同じように援護を頼む。足場が悪い以上、レオンの剣技は効果が半減するだろうから」

「――いいのか?」

「ああ。接近戦は俺が務める」


 適材適所である。

 レオンよりもユウリの方が接近戦が強く。

 ユウリよりもレオンの方が遠距離戦が得意だ。

 ならば得意な方に役割を振るのは必然。


「敵はかなり強い。俺が言えたわけじゃないけど、気を抜くなよ?」

「わかっている。僕とて君の足手まといにはならない」

「頼もしい。じゃ、いくぞ!」


 己を奮い立たせるように。

 鼓舞するかのような声と共にユウリは駆け出した。


 標的は目の前の白髪の男。

 鋭利な刃物のような吊り上がった瞳を持つ、"軽業師"を異名とするテロリストだ。


「――なぁーははッ。来るだぁーよ!」


 対するツヴァイは少年達の勇姿を高笑いしながら、迎え撃つ。

 己の勝利を一切疑っていない、まるで遊び道具を見つけたかのような笑みを浮かべていた。


 彼からすれば、たかが戦闘の知識を身につけている少年二人が相手にすぎない。

 だからこその余裕の表情、佇まいを張り付けている。


 その鼻っ柱をへし折ってやる、と。

 ユウリは不安定な足場の中で、強く屋根上を踏み込んだ。


 ユウリの専売特許とも言える、俊敏な動き。

 接近能力だけなら元A級傭兵である"風塵"ズーグにすら賞賛されるその動きを、ツヴァイへ見せつける。


「さっきもそうだが、速いだぁーね」

「そりゃどうも!」


 まずは小手調べとばかりに、右足からの脚撃を振るった。

 胴を薙ぐ一撃は当たれば悶絶不可避。

 しかしツヴァイの身体を反るような動きによってそれは避けられる。


「――ッまだァ!」


 避けられたことに対する動揺はさほどなかった。


 ユウリは左足の軸を更に回転させる。

 脚撃の勢いを殺すことなく旋回して、左手からの裏拳へと続けた。


 キンッと、甲高い音が木霊する。


「……ッ」


 鈍い衝撃が魔波動を放出している左手から伝ってきた。

 見るとその理由がわかる。ユウリの左手の手はツヴァイの持つ棍棒によって防がれていた。


「ほぅほぅ。この棍棒は鋼鉄製のもんだから、素手で叩けば腕の方が壊れると思うんだがなぁー」

「期待外れで悪いねッ!」


 裏拳が防がれたことによりすぐさま地を蹴る。

 決して敵に捕らえられないよう、捉えられないように動き続けることこそユウリの常套手段だ。

 ツヴァイの左側面へと回り込み、右の拳撃を真っ直ぐと撃ち出す。


「――うんりゃ」


 その拳撃すらも容易く躱された。

 なんという俊敏な動きか。ユウリは思わず舌を打ち、その動きを眺めるばかり。


 そこに襲いかかる、縦の一撃。


「今のところは期待より上だぁーよ!」


 まるで長剣を振り下ろすかのような棍棒の軌跡を、咄嗟の動きでユウリは避ける。

 身体を右側に逸らすことで振り下ろされる脅威が過ぎ去った。


 すぐさましゃがみ込み、一撃を放った後の彼の体勢を崩すための足払いを仕掛ける。

 ツヴァイはそれをすぐさま跳ぶことにより躱した。これも避けられたかとユウリは眉を寄せる。


 だが。


「レオン!」

「――跳んだな。空中ならば避けきれないだろう!」


 ユウリは一人で戦っているわけではない。

 背後にはレオンが控えているのだ。


 構築していたのはレオンの扱える魔術の中でも最速を誇るもの――閃光(ライトニング)

 中級魔術に分類されるこの魔術は、威力こそ下級魔術に毛が生えた程度であるが、その速度は他のものとは一線を画す。


「なぁーに……ッ!?」


 これにはさしものツヴァイも驚いたようで、為す術なくその身に電撃を浴びた。


 レオンの持ちうる魔術の中でも間違いなく上位の攻め手。それを受けたことにより一瞬だけ意識が飛びかける"軽業師"。

 しかしそのまま気絶するほど彼の魔力抵抗力は低くないようで、ペロリと唇を舐めてはレオンへと視線を向けた。


「ほぅほぅ。おめぇの存在を忘れてただぁーよ」

「んで、今は俺の存在も忘れてたろ?」

「――ッ!?」


 先ほどツヴァイは意識を一瞬だけ飛ばした。その隙を見逃すほどユウリは甘くはなかったというだけの話である。


 気取られぬように背後へと回ったユウリは、魔術を浴びたことにより少しばかり動きの鈍ったツヴァイへの攻撃体勢を整えていた。


 鈍った動きではそれを回避できるはずもなく。

 大砲のような拳撃をツヴァイの後頭部へと叩き込んだ。


「――ッ」


 決まった、と。

 ユウリはそう確信していた――ほんの少し前までは。


 生じたのは違和感。

 右の拳を叩き込んだ。そのはずなのに己の拳は手応えというものを全く感じさせてはくれない。その事実にユウリは理解する。


 この一撃は受け流されたのだと。


 判断は早かった。

 飛んでくるかのような棍の一撃を避けて、ツヴァイとの距離を取る。


 背後にそのまま下がればツヴァイとレオンとの間に遮るものがなくなるため、回り込むようにして回避。

 一歩、二歩と跳んで敵の行動に対応できるだけの位置取りを図った。


「今のはヒヤヒヤしたなぁー」


 舌を出しながら気味の悪い笑みを浮かべて、ヒュンヒュンと音を立てつつ棍棒を振るう。


 演舞のようなその動きには卓越したものを感じ取れるが、それを素直に賞賛する気にはならない。

 卓越した動きということは、そのままユウリ達にとっての脅威と成り得るのだから。


「今ので仕留められなかったか」


 ユウリとしては絶好の隙を突いたと思っていたのだが、それすら躱されてしまうとは思わなんだ。

 先ほどのやり取りですら敵にそれらしき怪我すら負わせられないとなると、いよいよ覚悟を固めなければならなくなる。


(こりゃ、出し惜しみしてる暇はないかもな)


 状況は芳しくなかった。

 しかし絶望的と言えるほど酷くもないことは事実はとして言える。つまり敗北が決まったわけではない。


 なぜならユウリはこの戦闘において一度も己の切り札を晒していないからだ。

 すなわち、幼き頃より師から受け継いだ武術、"魔波動"の三つの武技を。


「――やるのか、ユウリ」

「ああ。やるしかないな、これは」


 右の手を開いては握る。

 左の手もまた同様の行動を取る。

 その動きはまるで準備運動をするかのように。


 敵の動き全てを見切ることのできるよう、ユウリは己の集中力を最大まで高め始めた。


「おぉーっと。こりゃまた面白そうなことが起こりそうだぁー」


 そのユウリの様子に何かを感じ取ったのだろう。

 ニヤリと、びっくり箱を前にした子供のような笑みをツヴァイは張り付けた。


 そこから発せられるのは間延びしたような、どこか呑気な雰囲気を思わせる敵の声。こちらを逆撫でするような口調は本人の意識がなくとも挑発のように受け取れる。


 だがそれに乗るでもなく、ユウリは接近のタイミングを見計らった。


 次の衝突で決める。そのために。


「――」

「――」

「――さぁ、来るだぁーよ」


 腕を開き、まるで胸に飛び込んでくる子供を受け止める体勢を作るように。

 ツヴァイは少年二人の行動を待った。


 それが切っ掛け。

 ユウリが踏み込み、レオンの右の手が魔術発動の兆候である電撃を帯びる。

 待ち受けるのは"軽業師"。


 殺気が迸るこの戦場の中で、両者が共にぶつかり合う。


 ……もしもこの衝突が叶っていたならば、一体両者のどちらが戦況を己のものとしていたのだろうか。

 今となってはそれを知ることはできない。


 なぜなら。

 両者がぶつかる、その一歩手前で。


「――止まれ、双方よ」

「――ッ!?」


 頭上より声がしたからに他ならなかった。

 声を聞くと同時に並々ならぬ殺気を感じたユウリはすぐさま前進していた身体にブレーキをかける。


 直後のこと。

 両者の間に降り立つのは一人の青年であった。


「――こいつは……」


 突然の来訪者に警戒を向けるユウリ。

 目の前に立つ青年は特に形容するところのない、凡庸な容姿であった。


 茶髪茶目のどこにでもいそうな容姿。

 殺気さえ抑えればただの平民に紛れてもおそらく気付かないだろう。

 しかしその男をただの凡庸たらしめない、ある物が肩に刻み込まれている。


 ウロボロスの刺青。

 "再生者"の証だ。


「……二人目、だと」


 レオンが動揺するように瞳を揺らす。

 たった一人を二人がかりで相手にしていた途中で、さらなる新手が現れたのだ。

 もしもこのまま二対二で争えばどうなるのかは、想像に難くない。


「――」


 ユウリもそれは理解しており、下手に動くことはできないと緩慢な動きでレオンの元まで下がっていった。

 目の前の青年は感覚を信じるならば、ツヴァイと同等レベルの実力者である。

 このまま攻め込むのは間違いなく愚策。

 一度体勢を整えるべきだとユウリは判断した。


「ツヴァイ。お前はこんな子供二人と遊んでいたのか」

「遊んでるわけじゃないだぁーよ。立派なお仕事」

「そう言ってすぐに脇道に逸れるのがお前の悪い癖だ」

「酷い言い草だぁーね。でもこの二人、特にあの黒髪の方はただの子供の動きじゃなぁーいね」

「黒髪の子供?」


 チラと。

 ツヴァイと話していた茶髪の方の男がユウリの方を見やった。


「……なるほど。確かに佇まいからして只者ではなさそうだ」

「でしょでしょ。だからレイドス、オイは遊んでいたわけじゃないだぁーよ」

「そこは少しばかり疑わしいがな」


 レイドス、そう呼ばれた男が溜息を吐いた。


「レイドス。聞いたことがある名前だな」

「確か、危険度B級の手配人……」


 凡庸な容姿をした男であるが、しかしその男の名前を聞けばユウリも目を見開いてしまう。


 "蛇弾(へびだま)"のレイドス。

 その名を聞けば思い浮かべるのは、暗殺に秀でた才覚を持つ魔術師の手配人だ。

 噂によると過去にはどこかの国の宮廷魔術師に就いており、その実力は宮廷魔術師の中でも上から五本の指に数えられていたと聞く。


「ツヴァイといいこいつといい、どうして厄介な奴が集まって来るのやら」

「それが"再生者"という組織だ。さて、どう攻めるか」


 状況は非常に芳しくないと、今ならば自信を持って言える。


 ツヴァイ一人でさえ苦戦を強いられているのに、それと同等の力量を持つ手配人がさらにもう一人増えてしまったのだ。

 下手な悪手を打てば、それだけで殺される。


 ジリジリと這い上ってくる緊張が二人を包み込んでいく、そのような錯覚をユウリは覚えていた。


「――ツヴァイ、退くぞ」


 しかしその緊張がピークに達するその前に。

 レイドスの方がこの場を去ることを言葉に表していた。


「……なぜだぁーね?」

「前を見ろ。もうすぐ都市アルディーラに着く」


 不満気な表情を隠すことなく周囲に晒すツヴァイに対して、レイドスは鋭い眼光を彼に、そして正面の二人に飛ばした。


「魔導汽車が我々に襲撃されていることはアルディーラの方でも届いているだろう。この二人を相手にしていれば、例の物を入手するどころか騎士の奴らとやり合うことにもなりかねない」

「そんなもの、全員殺せばいいだぁーよ」

「馬鹿者が。確かにお前は東国で衛兵団を丸々相手にしてきただろうが、このルグエニア王国の騎士団はそんじょそこらの部隊とはレベルが違う。万が一にも副隊長格、最悪"剣皇"など出てこられた時には二人揃って捕まるぞ」

「……へぃへーぃ。なら言うことを聞こうかねぇ」


 どうやら向こうの方では話がまとまったようで、ツヴァイも不満を隠しこそしないが言われた言葉にケチを付ける気はないらしい。


 ふと見ると、確かに都市アルディーラの姿が視界に入ってきた。

 魔導汽車が都市の乗車場に辿り着いてさえくれれば、この二人の相手はユウリ達から都市を守る衛兵達へと変わる。さらには魔導学論展が控えてあるアルディーラでは、現在ルグエニア王国の王宮騎士団の者が何人もあの都市にいるはず。それらを考えると、"再生者"がこの場から退くのも頷けた。


「おぉーい。そこの黒髪、名前は何て言うだぁーよ」


 心の中で安堵していたところ、白髪の狂人から声がかかる。

 どうしてそんなことを聞くのかと少しばかり思案するが、しかし答えは思案するまでもない。


「あんたみたいな危ない奴には教えないよ」

「連れねぇーなぁ。また会った時は楽しもうなぁー」


 ニヤリと笑みが返される。


「――なッ!?」


 驚愕するような、鋭い叫びが隣から響いた。レオンの動揺するような声色がユウリの体へと染み渡っていく。


 しかし、それもそのはず。

 言葉の後、敵二人はすぐさま身を翻して魔導汽車の屋根上から飛び降りたからだ。


 現在、魔導汽車は崖の上を走っている。

 魔導汽車の速度の中で、それなりに高度のある空中へと飛ぶことがどういう意味を持っているかはこの場の誰もが察しているだろう。そんな中で飛んだ二人がどうなったのかを見届けるように、ユウリとレオンはどちらもが屋根上からその下を覗いた。


「――なるほどなぁ」


 結果、思わず感嘆するような声を漏らしてしまった。

 ユウリの視界には無事に地面への着陸を果たした二人の手配人の姿が映し出される。

 "蛇弾"のレイドス、彼が風の魔術によって衝撃を和らげているその光景も。


「あれが"再生者"……」


 レオンの声色は少しばかり震えていた。

 それは相対した者だからこそ分かる、敵の高すぎる実力ゆえにだろう。

 あのような者が何人もいるのが、"再生者"という組織。それを思うとユウリとて冷や汗を流さずにはいられない。


「――とりあえず、今は戻るか」


 だがそればかりを考えていても仕方がない。

 今はレオンと共に無事であった喜びを噛み締めつつ、フレア達の待つ魔導汽車の個室へと帰還しようと、ユウリは踵を返した。




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