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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
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急襲

 学園都市ロレントの西部にはルグエニア国内に存在する各地の主要都市を繋いでいる魔導汽車に乗車するための乗車場がある。

 ルーノから依頼を受けて三日が経ち、出発の日となった。


「へぇー、魔導汽車か。乗るのは初めてなんだよなぁ」


 目の前に佇むのは全体的に黒い色で統一された汽車。


 大陸の中でもこの魔導汽車が国内を走り回っているのはルグエニア王国を含めても二つしか存在しない。

 それだけ貴重な移動手段であり、滅多なことで乗車できるようなものではないのだが。


 今回はルーノの護衛ということもあり、ユウリもまたこの魔導汽車に乗ることができるというわけだ。


「……これが魔導汽車。話だけなら聞いたことはあるけど」


 その横でどことなくそわそわしながら、魔導汽車を眺めている人物が一人。

 白銀の"加護持ち"、フレアである。


 なぜ彼女がここにいるのか。

 答えは単純で、ユウリが彼女を魔導学論展に誘ったからだ。


 チラリと視線を向ければ、瞳の奥をキラキラと輝かせて黒き運び屋を眺めている。

 その様子は普段彼女が決して見せることのない、どこか幼い少女を思わせる雰囲気を発している。


「しっかし驚いた。二つ返事で良いって言ってくれるなんてさ」

「……悪い? 魔導学論展には興味があるのよ」


 唇を尖らせて、フレアはどこか恥ずかしがるようにそっぽを向く。




 思い出すのは二日前のこと。


 ユウリが依頼を受けて次の日になり、彼が誰を誘おうかと迷っていたところである。


「――ま、まま魔導学論展の許可証……ッ!? どうしてあんたがそんなもの持ってるのよ!」

「ほら、ルーノさんっていたじゃん? あの人から貰ったんだ」


 最初にレオンを誘ったのだが、彼は「その日に大事な用事がある」と断られてしまった。

 ステラも同様で、こうなったらダメ元でフレアに声をかけてみるかと彼女に話を持ちかけると、あまりにも意外なことであったがすこぶる驚くような反応が返ってきた。


「ぐ……ッ。羨ましい」

「あれ、フレアってもしかして興味があったりする?」

「当たり前でしょ! 魔導学論展は大陸中の魔術知識が拝める場所なのよ? 魔術師なら誰もが興味を持つわよ!」


 彼女にしては珍しく興奮しているようで、声を荒げている。その視線はユウリが手に持つ紙切れに釘付けだ。

 その彼女の言葉にふと思案する。


「フレアさんフレアさん。条件付きなんだけどこの許可証、譲れまっせ?」

「なんですって!?」

「うおッと!」


 悪戯でも思いついたような顔で近づいたユウリだが、譲ると言う言葉に反応したフレアの更なる接近によって思わず身を引いてしまった。

 完全なるユウリの敗北である。


 なんという気迫。

 この紙切れにそこまで執着するようなものでもあるのかと、疑問すらユウリは抱いた。


「とりあえず条件なんだけど――」

「やるわ!」

「早ぇよッ!!」


 思わずユウリですらツッコんでしまいたくなる即決であった。




 このようなことがあり、フレアはユウリと共にルーノ・カイエルの護衛を受けることになったわけだが。


「魔導学論展。待ってなさい、すぐに行くから」

「なんつう気迫……」


 凄まじい熱気が周囲を覆う。彼女は決して魔術を使っているわけではないのにも関わらず、だ。


 止めることのできないそのあまりの熱気に、一歩、退いてしまう。

 それだけの雰囲気を目の前の少女が発していることに他ならないのだが、この敗北感は一体なんなのだろうか。


(長年傭兵として活躍してきたはずなのに。腰が引けてくる……)


 しかし足は動かない。

 普段は奇行や戯言を指摘される立場にあるユウリが、この時ばかりはフレアの異常な雰囲気にとてつもない呆れを感じさせられていた。


「ふむ。二人ともちゃんと揃ったようだねぇ」


 フレアの意気込みに苦笑しているところ、声がかかった。

 どこか気だるげな印象を受けるその声の主は、いちいち識別せずとも誰かは判断できる。


「少し遅刻っすよ、ルーノさん」

「持ち込む資料を一枚だけ無くしていてね。ああッ! 僕の子供達よ、見つかってよかったぁー」


 悪びれもせずに手に持つ鞄を抱きすくめる。

 この魔導学論展に対する情熱は、隣のフレアをも追随させないものを目の前の男は所持しているだろう。

 どこか蚊帳の外にいるように思われるユウリは、少しばかりの疲れをその肩に感じた。


「とりあえず揃ったようだし、さっさと魔導汽車の中に入んない?」

「それもそうね。中がどんな風になっているのか、少し興味もあるし」


 早くこの場から移動して席に座りたいと考えたユウリは、とりあえず二人に魔導汽車に入ることを勧める。

 それに頷いたのはフレア。彼女も先ほどからこの魔導汽車をチラチラと拝んでいるだけあり、できるだけ早く乗車したいようだ。


「――む?」


 ならばさっさと乗ろうと、踵を返したところ。ユウリは一つ、間の抜けたような声を上げた。


「どうしたのよ。そんな馬鹿みたいな顔をして」

「馬鹿みたいは余計っての。いやそんなことより、あそこにいるのって……」

「あそこ?」


 ユウリが指差すその先。

 追うようにして覗いた、蒼く宝石のように光る瞳にはある二人の人物が映し出された。


 金と蒼の少年少女。

 その二人組を。


「――あれ。ユウリ君とフレアさん! どうしてここに?」


 どうやらあちら側も気付いたようだ。

 驚愕した表情を浮かべてこちらに即歩み寄ってきたのは、蒼い髪を揺らす空色の少女。


 その少し後ろからは腰に剣を携えた金の髪の少年もまた近づいてきた。


「ユウリか。なぜ君がここにいる」

「レオンとステラこそ。ここにいるってことは魔導汽車に乗るってことだよな?」

「ああ。西の都アルディーラに用事があってな」


 少年少女はユウリも良く知る人物。

 レオン・ワード。

 ステラ・アーミア。

 その二者であった。


「西の都市アルディーラ? ちょうど俺達もそこに向かう予定だけど」

「何? では君達も魔導学論展に出席するのか」

「君達もってことは、レオン達もか」


 そこでユウリは納得した。



 この日から数日間はルグエニア学園も連休の期間を得る。

 魔導学論展に出向くことになったユウリはもう一人の付き添いを選ぶ際にこの二人に声をかけたのだが、その日は用事があると断られたのだ。


 何の用事かはこちらも言っておらず、向こうの話も聞いていなかったため気付かなかったが、彼らも魔導学論展への出席を果たしに行くようだ。


「でも、よく入場許可証が手に入ったねぇ。魔導学論展の一般入場許可証ってすごく入手が難しいのに」

「そこはほら。ルーノさんのおかげだね」

「ルーノさん?」


 ユウリの言葉に首を捻るのはステラである。


 そういえば紹介がまだだったと、視線をルーノに向けた。

 彼も目線の意味に気付いたのか、ふっと微笑みを返して一歩前へと足を動かす。


「お初お目にかかる。ユウリ君の学友かな? 私の名前はルーノ・カイエルという」

「ルーノ・カイエルって……。もしかして"魔導主"の!?」


 お辞儀と共に名を宣ったルーノの姿に、ステラは開いた口が塞がらないとばかりに驚き目を見張った。

 "魔導主"というのはルーノ・カイエルのことを指すもので、ルグエニア王国ならず大陸中でも一、二を争う魔導研究者たるルーノに授けられた異名である。


 隣を見ると、レオンもまた同じように驚愕した表情を浮かべていた。


「なぜそのような方がユウリと……」

「私はこのユウリ君の、ルグエニア学園での保護者に当たるからね。彼とその学友と共にこれからアルディーラに向かう途中なのだよ」

「――なるほど。ルグエニア学園の奥深くで魔導の先駆者たるルーノ・カイエル氏が研究を進めている、というのは都市伝説ではなかったのか」

「都市伝説になってたのか……」


 どうやら一般生徒にはルーノ・カイエルがルグエニア学園にて研究を進めているのはあまり知られていないようである。

 しかしまさか都市伝説とまでされているとは、とユウリは少しばかりの苦笑を浮かべた。


「でもあのルーノさんと知り合いなんて……。ユウリ君って一体何者なの?」

「別に。単なる普通の平民だって」

「単なる普通の平民が"魔導主"と知り合いなど、万に一つもあり得ないと思うが……」


 ステラとレオンの二人から、何かしら怪しげな者を見るような目を向けられる。

 しかしユウリにとって気にするほどでもないらしく、止まっていた足を動かし始めた。


「とりあえず話は中でしないか? 早く席を取らないと埋まってしまうと思うんだけど」

「確かにな。とりあえずこの人数が座れる席を確保するか」


 ユウリの言葉に一同も頷く。

 最初こそ三人での旅だと思われたものが、新たに二人の連れを追加して始まりを迎えることとなった。



 ★


『――まもなく魔導汽車が発射します』

「うはーっ。これが魔導汽車の中か」


 ゆっくりと動き始める魔導汽車。

 窓の外から見える景色が変わっていく、その光景にはユウリとて胸が踊る思いがある。


「はしゃぐな、ユウリ。みっともない」

「魔導汽車は初めて乗るからさ。少しくらいは多めに見て欲しいっての。というか、レオンは落ち着いてるな」

「数回だけだが乗ったことはある。いちいち驚いてはいられん」

「流石はワード家。剣皇の家系にとっては大したことじゃないってことか」


 レオンの落ち着きようを見て、仕方ないといった風におとなしく席に座りなおす。


 魔導汽車の内部は個室が幾つも連なる形を取っており、このスペースにいるのはユウリ達五人だけだ。

 いくら暴れても他の人には迷惑をかけないはずだが、レオンは相変わらず礼儀に関しては手厳しいようである。


「――今回の魔導学論展では魔力タンクの小型化と長期的な保存方法、さらには魔力を一時的に爆発させるかのように上昇させる仕組みについてを論じさせてもらうつもりだよ。もしもこれが発展していき、更なる進化を遂げた暁には魔導社会のあらゆる環境もまた一段階上へと進むことになるはず。この仕組みについてだが、まず魔力回路の数が通常の魔導具とは違ってその数を三倍近くまで増やしている。本来なら回路の許容を超えてしまうことにより魔術が発動しないのだが、ここで私は魔力回路に魔獣ガブリールの血を使用した。そのことにより魔力回路の許容範囲が一気に広がり――」

「なるほど。確かにその手ならあなたの論も現実味を帯びてくるわね」

「――あはは……。もう何を言ってるのか全然わからないよぉ……」


 隣を見ると、ルーノがその情熱を熱く滾らせてフレアとステラの二人に身振り手振りを加えて説明している姿があった。


 魔術に関しての知識に貪欲なフレアはそれについていけているようだが、ステラの方は理解できずにいるようだ。言葉の応酬を受けて彼女だけが目を回している。


「……あれがルーノ氏か。噂通り、魔導に関しては盲目的な研究をされているようだ。いつもあのような様子なのか……?」

「……まあ、初めて会った時からあんな感じだな」


 どこか遠くを見てしまった。

 やはりあそこまで魔導に執着していることは、レオンから見ても異常なようだ。それについていけているフレアもその才があるのかもと思えば、頭痛もし始めるが。


「――ふぅん。中々興味深い話が聞けたわ」


 ルーノの話を一通り聞き終わったのか、フレアが前のめりになっていた体を背もたれに委ねた。


 彼女が座る場所はユウリの隣であり、その向こう側をチラと覗けば未だにステラがルーノの犠牲となっている。


 表情を引き攣らせてそちらの方を見ていると、ステラが助けを求めるような視線を送ってきたため、巻き込まれたくないユウリは目を背けてフレアの方へと目を移すこととした。


「フレアって魔術に詳しいんだな」

「詳しいわけじゃないわよ。ただ、そういった知識を知りたいだけ」

「前にステラにも治癒魔術についてよく聞いてたっけ。何か理由でもあるの?」 


 銀の少女の顔を覗きながら、そう尋ねる。

 世辞でもなく、フレアは非常に完成された学園の生徒である。少なくともユウリはそう思っている。


 実技、筆記、共に成績優秀。それも最上位の部類で。

 実力も"五本指"に収まるほどのもので、非の打ち所がない。


 その彼女が、しかし魔術に関しての知識を貪欲に欲している。

 今でさえ知識も豊富であるのにも関わらず。その理由がわからなかった。


だからこそ尋ねたのだが。


「――まだ、こんなものじゃ足りないわ」


 しかし返答は未だ届かず、というもの。


「こんなものじゃ、足りない」

「――」


 暗く影を落としたその顔は、一体どのような意味が込められているのだろうか。

 まるで何かしらの鎖が彼女を蝕んでいるようにユウリは感じ取った。

 その鎖は強固で、彼女を解き放つにはあまりにも厳しい。


 息を呑み、ユウリはゆっくりとその手で彼女を触れようとしたところで――。


 ――衝撃が、魔導汽車を揺らした。


「――きゃあッ!」

「ステラ、大丈夫かッ」


 激しい衝撃に悲鳴をあげながら揺れる彼女の体を、レオンが抱き止める。

 いきなりの出来事にフレアも少しばかり動揺したようで、瞳が揺れているように感じた。


「これは……」


 辛うじて席に掴まったユウリは立ち上がり、辺りを見渡す。

 一体何が起こったのか。

 そう思った時、一つの声が魔導汽車内に取り付けられている魔導拡声器から個室に差し掛かった。


『――緊急事態発生! 当魔導汽車は襲撃を受けました! 乗車の皆様はくれぐれも危険行為を慎んでください』


 鳴り止まぬ、微かな爆発音。

 襲撃を意味するそれらの音が不安を掻き立てる中で、更なる一報がユウリ達の下へと届いた。


『敵襲! 襲撃者は――"再生者"ですッ!』




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