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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 前編
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指名依頼

「在学中に、依頼?」

「そう。私も研究者だから、魔導機械の製作や解析、更には新たな魔術の可能性の発掘も主な仕事としているわけだ。が、なにぶん材料調達に行くことがあまりできないのだよ」


 材料調達。

 そう言われてもあまりユウリにはピンと来なかった。

 だがしかし、単純な話をするのであれば。要はルーノから出された依頼を受ければいいということになる。


「まあ、おおよそわかりましたっすわ。それって指名依頼と考えても?」

「もちろんそう考えてもらって結構だ。傭兵としての君の活躍を期待しているよ」


 ユウリの言葉にルーノは頷いた。


 傭兵。

 一般的な意味で言うなら雇われ兵隊のことを指す。

 しかしアルベルト大陸内で広まっている意味合いは、傭兵ギルドにライセンス登録をしている――言うならば何でも屋のような職業に就いている者を指すことが多い。というよりもほぼそちらの意味が強く根付いている。


 傭兵ギルドというのはそんな傭兵と依頼の仲介所だ。

 街の住人などが傭兵ギルドに依頼を申し込み、それを傭兵ギルドに登録している傭兵が受注して引き受ける。

 毎日それなりの量の依頼が傭兵ギルドへと届くので、傭兵はそれらの依頼をこなしていけば食いっぱぐれることはない。傭兵ギルドは仲介料をもらうことができ、依頼者は自分の欲する要望を叶えてもらえる。そんな風に両者が得をする関係を築ける場所である。


「というわけでさっそく依頼を受けてくれたまえ」

「ほんとにさっそくだな」


 あまりにも突然、呆気なくそう言われた。これには流石のユウリもげんなりする。

「まだ在学してないんだけど」と非難めいた視線を向けるも、お構いなしとルーノはすんなり流した。


「フォーゼさんの手紙によると君のランクはB級。どうやらかなり難易度の高い依頼をしても大丈夫ということらしい」

「爺さん、そんなことまで書いてんのな」

「流石はフォーゼさんだ。私が何をさせたいのかを良くわかってらっしゃる」

「何をさせるつもりだ」


 ニマニマと笑みを浮かべるルーノの様子を見ては、嫌な予感しかしない。

 しかし世話になるのはこちらだ。

 贅沢も言えないものだとユウリは納得することに決めた。


「じゃあ、そうだね。今日はこの依頼を受けてもらおうか」


 一枚の紙を手渡される。

 ユウリはそれを受け取って中を覗くと、どうやら傭兵ギルドに依頼した内容が記されている依頼書らしい。


「――この依頼をこなせばいいんですかね」

「そうしてくれると助かる。ちなみに傭兵ギルドの方ですでに指名依頼として依頼しているから、それを受ければ大丈夫だ」

「つまり準備万端だったってことか」


 指名依頼として傭兵ギルドに依頼していたということは、ユウリがここに来る前からユウリ・グラールという傭兵に対して依頼を受けるように傭兵ギルドに進言したということだ。

 指名依頼というのは、特定の傭兵個人に自身の依頼を受けて欲しいと指名すること。つまりルーノはユウリに会う前に、ユウリ・グラールに依頼を受けさせることを決めていたことになる。


 どうやら彼の方では準備を整えていたということだ。


「ちなみに明日は入学式だから、君も忙しいだろう。今日中に頼むよ」

「急過ぎる依頼の内容だな、ほんと」


 受け取った紙を懐へと仕舞う。

 そして踵を返してユウリは出口である扉の方へと向かった。


「内容からして、夕方までには戻ってくる」

「ああ。お願いするよ」


 言葉を背から受けて、ユウリは研究室の外へと出て行った。


 まず目指す場所は傭兵ギルドである。

「都市に着いた初日から忙しいもんだ」と、ユウリは欠伸混じりにそう呟いた。



 ★


 傭兵ギルドというものはルグエニア王国だけではなく、アルベルト大陸の至る所に建設されてある。

 それだけ各地で生活の基盤とされ、需要を生み出しているのが傭兵――という名の何でも屋――だ。


 年齢制限はなく、実力さえあれば誰でも上へと上がっていける。そういった点もまた魅力の一つとされ、現在十六歳と数えられるユウリもまた傭兵という職のその点は気に入っていた。


 ふと。

 自身の手元にある銀色のライセンスカードに視線を向ける。


 傭兵には活躍に応じてランク分けがされており、ユウリはその中でもB級傭兵と言われるランクを所持している。

 ランクはE級からA級まであり、つまりこれは上から二つ目のランクだということ。

 A級の更に上にS級と言われるものもあるにはあるのだが、これは大陸中でも片手で数えられるほどしかいない規格外のランクとされており、一般的にはA級までの五つのランクとして認知されている。


 C級傭兵になれれば一流の傭兵。

 A級傭兵ともなると、大陸でも名を馳せるほどのもの。


「ここか」


 各地にあるという傭兵ギルドの支部は、当然のように学園都市と呼ばれるロレントにも存在していた。


 傭兵ギルド、ロレント支部。

 外観だけでも煉瓦でしっかりと舗装された建物である。その傭兵ギルドの支部へと、ユウリは躊躇う様子もなく入っていった。


「どうもー」


 ガランと音を立てて入る少年の姿に、中の人間は音の鳴る方へと視線を向ける。しかしすぐさま視線を離した。ユウリのような少年でも傭兵業を担っていることは、珍しくもないことである。


 視線を動かせば屈強な男、頑強な体を持つ男、重装備をその身に纏う男、などなど。

 もちろん女性や魔術師らしき人物も見えるのだが、ギルドの中にいる多くの傭兵はユウリよりも頭一つ大きな男達だ。その彼らがあちこちでたむろっては、依頼の受注をこなしている光景が広がる。


 なんてことはない。

 どこの傭兵ギルドとも同じような、見慣れた風景であった。


「すんません」

「――はい、どのようなご用件でしょうか?」


 受付カウンターへと赴いたユウリに対して、赤毛の女性が対応する。

 依頼はこのカウンターで、依頼書を持って受注するのが一般的だ。ユウリはその例に溺れず受付嬢にルーノから渡された一枚の紙を提示する。


「依頼書ですね。少々お待ちください」


 赤毛の女性がそれだけ言い残してカウンターの奥へと消えていく。その様子を見ながらユウリは「ふぅ」と息を吐く。


「それにしても指名依頼かぁ。さては最初に俺がこの傭兵ギルドを訪れると予想したのかな」

「へぇ。お前のような子供に指名依頼なんて来るんだな」

「――どちらさん?」


 一人呟いた言葉に対して、返答があった。

 返ってくるその言葉に、驚く様子もなくゆるりと声の方へと視線を向ける。


 濁るでもなく色素が薄いと称されるような灰色の髪、意思の強そうな茶色の瞳をした、女性。

 前衛職の中ではどちらかというと軽装に分類される、肩当てと革を鞣した鎧を身に着けた、一人の傭兵が立っていた。


「その大剣――もしかして、"岩断ち"の?」

「おうおう、俺の異名を知ってるのか」

「やたら軽装で背中に大剣を背負う女傭兵、となると俺の記憶には一つの異名しか思い浮かばないもんな」


 チラリと彼女の背負う大剣に目をやる。


 "岩断ち"、というのは傭兵としての彼女の異名だ。

 名はエミリー。傭兵業を何年もやっているユウリは彼女のことを知っている。ここ数年で一気にA級傭兵として名を上げてきた女傑であるのだから。


「でも聞いていた話より若いかも」

「そういうお前こそガキじゃねえかよ。子供はさっさと帰んな」

「やぁー、そういうわけにもいかないんすよ。仕事があるんで」

「だろうな。指名依頼なんて言ってたし、何より立ち振る舞いで只者じゃないことくらいはわかる」


 言ってニヤリと笑った。

 灰色の女性はまるで観察するかのようにユウリを見ている。先ほど子供は帰れと宣ったが、それも彼女なりの冗談なのだろう。

 彼女はユウリが年に合わない実力を保持しているだろうことを睨んでいる。それをヒシヒシとユウリは感じた。


「お待たせしました」


 視線を受けていた最中の時。

 先ほど依頼書を持ってカウンターの奥へと消えていった赤毛の受付女性が戻ってきた。


「指名依頼の確認も取りました。ユウリ・グラールさんで間違いないですか?」

「あ、間違いないです。はい」

「では依頼の受注を確認しました。どうぞ」


 言葉と共に依頼書が手元に返される。

 それを懐に入れてさっそく依頼へと赴こうとしたところ、灰色の女傑エミリーに止められた。


「ユウリ・グラール、って言ったな。"グラール"というのは聞き間違いじゃあないよな?」

「まあ」

「ふぅん。なるほど」


 目を細めて探るような視線が向けられる。

 その様子にユウリもまた目を細めた。どうして自分が動物よろしく観察されなければならないのか。そんな思いを胸に秘めて。


「お前、ここの学園の生徒か何かだろう?」

「あ、新入生っす」

「なるほど。なら一応忠告までに教えといてやる。最近ここらじゃ"暴れ牛(オックス)"を名乗る盗賊団が出没してるらしいんで、気をつけるこったな」

「"暴れ牛(オックス)"?」


 盗賊団という物騒な単語に怪訝な表情を思わず浮かべた。

 なるほど、確かに注意すべきなのだろう。こういった情報というのは非常に重要なことで、本来なら自己責任のもとで自身で調べ上げなければならないことなのだが。


「忠告どうも」


 おそらく彼女は垢抜けない少年のために人肌脱いでくれたようだ。それは彼女にとってユウリという存在が興味の対象となったからである。


「じゃ、そろそろ行きますんで」

「おうよ。お前とはまたここで会うことになるかもな」


「その時はぜひ一緒に依頼を受けたいもんだ」と笑みを浮かべる灰色の女傭兵。

 ユウリもまた、それに応えるように「ははっ」と笑う。


「じゃ、もしも機会があったらその時はお願いしますわ」


 片目を閉じて茶目っ気を見せつけながら、そのように答えた。


 傭兵ギルドでは縁というものは大切であるとされる。

 もしかしたら本当にまたこの女傑とは会うことになるかもしれないと思い、彼女のことを脳に刻み込んだ。

 もっとも、いつまで刻まれた名前が色褪せずに残るかはユウリにもわからなかったが。


 天下のA級傭兵よりも、今からの依頼をさっさと片付けることの方がユウリにとっては大事なことであった。



 ★


「初っ端の依頼ってこともあるのか、思ったよりも簡単なもんで助かったな」


 現在、ユウリが訪れている場所は学園都市ロレントのすぐ近くにある小さな森だ。

 ルーノから指示された依頼は一輪の花を採取してくること。アテナの花と呼ばれるそれは、大気中に存在する魔素を濃く溜め込むという特性がある聞かされている。


 魔素。

 それは魔術の発動、そして生活の基盤となる魔導機器の起動に必要なエネルギーである――魔力を生み出すために必要なものだ。


 魔導機器というものは今や人間にとっては欠かせない代物となりつつある。

 魔導技術が発達し始めてからおよそ数十年。

 歴史は深いと言えるほどではない。しかし魔導機械の発達した今と発達する前の昔とを比べると、決して浅いと否定することもできないのは事実である。


 例えば街中にある魔導ランプなど。

 貧しい村には置かれていないものの、大規模な都市で普及している魔導ランプは魔力を燃料として夜間でも都市に光を灯すことができる代物だ。

 また、旅人のほぼ全てが携帯用の魔導機器を所持している。少ない魔力量で火を灯すことができたり、水を発現することができるものだ。

 最近では魔導汽車も製造され、線路を引かれて都市間の移動をより確実に、そして迅速なものとした。


 時代は魔導社会。

 そう囁かれているほどに、魔導技術は進歩の過程を歩んでいる。


 その魔導技術の研究者であるルーノが魔素を多く取り込む習性のあるアテナの花を採取して欲しいという依頼の内容は、確かに頷けるものなのかもしれない。


「とはいえ流石に森の中に入って、こいつらと出くわすことなく採取を終わらせるのは難しかったか」


 森を駆け足で進んでいたユウリは、ふと足を止めて立ち止まる。

 前方に二つの影を発見したからだ。


 木の陰から姿を現したのは、二匹の獣。

 灰色の毛並みと、光の反射により黄色く光る眼光。

 体長はおよそ一メートル数十センチといったところか。


 鋭い殺気をこちらに飛ばしながら、牙を剥き出して唸りを上げる狼だ。


 ワイルドウルフと呼ばれるその狼は、魔獣と呼ばれる生物である。その身に魔素を宿した、魔力を求める獣だ。


 街道のど真ん中に出てくることはほぼないが、このような森の中に入れば大抵は魔獣に遭遇してしまう。

 今回も例外ではなく、こうして遭遇してしまったわけだ。


 けれど必然とも言えるべき状況でもある。

 アテナの花は多くの魔素を取り込む習性があり、そして魔獣も魔素を求めてその身に取り込もうとする習性がある。

 人間だけでなく生物全般には魔素を魔力に変える力があり、任意的に魔素を取り込むことが可能。それゆえに魔獣は人を襲う。


 同様にアテナの花の魔素を求めた魔獣が花の近くに生息するのも頷ける理由だ。


「――ふむ」


 しかし草花よりも肉を求めるのもまた獣の習性。

 アテナの花よりも魔力を含んだ肉付きのいい人間の方が、魔獣にとってはさぞ豪勢な食材に見えるようだ。


 もっともユウリとて黙って彼らの腹の中に収まる気はさらさらなかった。


「逃げるならよし。来るなら仕留める。さあ選べ」

「――ガァァァァア!」


 選択を迫り、返答は襲撃。

 ならば仕方なしと、ユウリは重心を落とす。

 そのまま獣を迎え撃つためにも、敵が迫るのを待った。


 衝撃が数度ほど。

 森の中を揺らすように響いていく。



 ★


「――悪いな。俺はこんなところじゃ死ねないんだ」


 パンパン、と手で手を払った。

 まるで一仕事を終えたかのような動作。

 その背後には頭蓋を砕かれ、首の骨を曲げられた哀れな狼が二頭ほど。冥界へと誘われている。


 この世界は弱肉強食だ。

 強いものが生き残り、弱いものは淘汰されるだけ。


 それを証明するかのように、ユウリは興味を失ったようにワイルドウルフから目を離す。そして何事もなかったかのように森の先へと進んでいった。




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