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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
35/106

炎の剛腕

「――で、ここまで連れてきてどうすんの?」


 バン・ノートと名乗る赤髪の少年。話を鵜呑みにするなら、彼は全生徒が憧れる総会本部員の一人だそうだ。


 その生徒に連行された場所は、ルグエニア学園の一つの校舎の屋上である。

 学園の敷地を見渡すことはもちろん、目を見張れば遠くの学園都市外の景色でさえ見えた。


「ここまで連れてきてどうする、か」


 クルリと。

 ここまで案内してきたバンは振り返ってユウリと身体を対面させる。

 距離にして歩みで埋めるなら十数歩ほど。

 互いに警戒を解くことのない、絶妙なものである。


「その前に質問すんぜ。テメェは数日前の事件で、"暴れ牛"のズティングを仕留めた。この情報に間違いはねぇな?」

「それを答えないといけない理由は?」

「質問してんのはこっちだ。とっとと答えろ」


 威圧するように睨みを付ける。

 ともすればすぐにでも飛びかかってきそうな、そう感じさせるほどに彼の纏っている雰囲気は荒々しい。

 ユウリは一度、溜息を吐く。


「……まあ、間違ってはないよ」

「そうかよ。そう強そうには見えないがなぁ」

「人は見かけで判断できないってことの証明っすね」


 無駄に胸を張ってみた。

 その仕草にバンは呆れを含ませた視線を向けるでもなく、珍獣にでもあったかのような興味深げな表情を見せてくる。


「なるほどなるほど。人は見かけにゃよらねぇと」

「そうだね。そう思うよ」

「ハァン。面白ェ」


 ニヤリと笑い、言葉を吐き出す。


「"赤闘牛"を仕留めたとなると、最低でもB級傭兵相当の実力はあるってこったなァ」

「そうなるんじゃないかねーっと」

「はッ。B級傭兵と戦り合ったこたァあるが、それなりに腕の立つ奴だったと覚えてるぜ。それと同じだっつうなら、さぞかしお強いんだろうよ」


 言葉が耳に届き、ユウリの脳内へと響く。

 その意味を理解する前に頭の警告が奥から鳴った。


 即座に飛び退く。先ほどまで立っていたその場から。


「勘がいいじゃねえか!」


 突然の奇襲を回避できたのは、運が良かったと言わざるを得ない。

 ユウリが立っていた場所。何の変哲もないその空間が、突如として――爆発した。


「んな……ッ」


 衝撃に晒されて屋上の床を転がる。

 転がりつつチラリと視線を向けてみれば、獰猛な笑みと共にこちらを注意深く凝視している(バン)の姿が伺えた。


(いきなり爆発した……)


 何が起きたのか。

 十中八九魔術によるものなのは間違いがない。しかしその魔術の正体がわからなかった。

 何もない空間で、突然のように爆発。

 先ほど躱せたのは長年の経験による勘がそうさせたのだが、もしもあの場に立ったままであれば、最悪の場合即死していたかもしれない。


 ゾッと。

 背筋が寒くなる。


「俺の爆発魔術を初見で躱した奴はいつ以来だか」


 バンが呟き、今度は右手を前へと差し出す。

 瞬間、ユウリは悟った。


 来る、と。


「――ッハァ!」


 今度は先ほどのような不完全な回避ではなかった。

 全力の《身体強化》で右へと跳び、小規模の爆発を躱してみせる。


「ハッ! 躱すかよ、あれを」


 想像以上の反応の速さに、バンは驚いた表情を見せていた。しかしユウリとて注意深く警戒していれば、魔力の揺らぎを感じて爆発から逃れることはできる。

 それができなければ、B級傭兵などとは呼ばれていない。


 素早く踏み込み、バンへと肉薄する。その際に爆発点を逸らすためにも右へ左へとステップを刻んだ。


 二度の爆発を視界に収めた結果、ユウリはあの魔術を空間の一部分を起点として小爆発を起こす魔術だと予想した。

 ならばその爆発点を定められないよう、素早い動きで翻弄すればいい。


「――速ェ」

「あんたは遅いね」


 懐に入る。

 すんなりと。まるで意識の中の隙をつくように。

 バンとの距離は歩幅一歩分。つまりは射程圏内ということである。


 唸りを上げた右の弾丸がバンの鼻先へと迫った。


「――ッァア!!」

「――ッ!?」


 目を疑うとはこのことか。

 鼻先へと迫ったユウリの右拳を、寸前に首の動きだけで回避された。

 バン・ノートを小爆発を起こす移動砲台だと見ていたユウリは、予想外の反応速度に対して小さな舌打ちを漏らす。


「――っと!」


 同時、その場からすぐさま飛び退いた。


「いい動きすんじゃあねぇかよ、おい!」


 爆発。

 バンの正面、すなわちユウリとの間の空間。そこで魔術が発動された。


 咄嗟の判断で離れたのは英断だったと、ユウリは今しがたの自分の動きを褒めたくなる。でなければあそこで詰み。爆発に晒されて地面へと伏すことになっただろう。


「いい動きはお互い様っての。躱されるとは思わなかった」

「ケッ。悪ィが《身体強化》の類は得意な方だぜ。何より――」


 次の一手だとばかりに、バンは己の右手を空へと掲げる。

 何をしているのか、最初こそ理解できなかったがそれもすぐにわかった。


 バンの掲げた右手が炎に包まれる。

 どんどんと、着実に大きくなっていくそれを何と形容すればいいか。

 一言で言うなら、人間一人を軽く潰せるほどの巨大な右拳が炎によって形成された。


「――この俺様の《炎腕撃(フレイムクラック)》を使うには《身体強化》が必須なんだよ!」


 バンが跳ぶ。

 足に身体強化を施した彼の跳躍は、ユウリの頭上へと登るには十分であった。


 ユウリの瞳に映るのは、異様に巨大な炎の右拳を振り被るバンの姿。

 あれを食らっては終わると。漠然とした思考の中で、それだけは理解できた。


「魔波動の盾、《シールド》」


 ユウリはすぐさま右手を突き出し、受けの体勢を整える。

 強大な炎の拳が迫る中で受け止めるだけの覚悟を決めたユウリは、学園全体を見渡しても極めて少ない部類の人間だろう。

 それが悪手かどうかは別として。


「重……ッ」


 ユウリの防御技の要とも言える、魔力の波。

 次々と右手から放出される純魔力の波はしっかりと炎の巨大な拳を捉えて、衝撃が走る。


 巨大な豪腕が叩きつけられて、しかしそれを受け止めることには成功した。


「――あぁ? んだこれは……」


 これにはさしものバンも目をこれでもかと見開く。

 純魔力の波を飛ばすこの技は、一見すると素手で受け止めているようにも見える。

 ゆえに初見の相手は必ずと言っていいほど目を剥くのだ。

 本来であればその隙に打撃を叩き込むのが定石。


 しかしユウリの予想よりも遥かに重い一撃に、踏ん張りを効かせることしかできない。

 ギリギリと押し込まれていく嫌な感覚。

 このままではひしゃげ、潰れる未来が見えた。


「――ッァア!」


 だからこそ、ユウリは受け廻しの手段を取る。

 正面から受け止めた手のひらの角度を変えて、衝撃が横に逸れるよう調節。

 ビキビキと腕が軋む中、豪腕はユウリの真横を通り過ぎてそのまま地面を粉砕した。


 痛みに少しだけ呻きつつ、しかしこの好機を見逃すわけにはいかない。


 一瞬の交錯。

 ユウリはバンが炎の豪腕を構え直す前に、その懐へと侵入を果たした。


「もらっ――」


 完全なゼロ距離。

 敵の懐はまさしく隙だらけで、どこからどう見ても的にしか見えない。

 ユウリはこの時、一撃が入ることを確信した。


 寸前にて、嫌な予感が体を突き抜けるまでは。


「甘ぇ」


 声が聞こえる。

 同時に、ユウリはその場から勢いよく離れることを即決した。


 踏み込みの方向を正面から真横に変更。ユウリ自身の足が捻り、そのせいで痛みを発しつつもそれに耐え、全力の身体強化で跳躍を果たす。


 同時にユウリが先ほどまで立っていた位置が――爆発。


 額から冷や汗を流しつつそれを見届け、思わず目を見開いてしまった。


「――あの隙だらけの体勢から……?」

「てめぇが近接戦闘特化だって分かれば、近づいてくる瞬間を狙って爆発を起こせばいい」


「爆発を起こすのに体勢なんて関係ねぇかんなぁ」と、ニヤリと笑みを浮かべてそう言った。


 魔力抵抗力が高いのだろう。

 小爆発に多少巻き込まれたくらいでは、傷らしい傷を見せないバン。

 しかしそれは彼の魔力抵抗力だからであって、ユウリが受ければそれだけでノックアウトだ。


 現状を省みて、ユウリは冷や汗を一つ流す。

 どうやらそれなりのハンデを背負った戦いであることを察した。


「さァて。続き、やろうぜ」

「――ッ」


 水平に薙ぐ、巨大な炎の手刀。

 二メートルほどのリーチを誇るその一撃はユウリの胴体を分断しようと迫り来る。


 すぐさま身を屈めてそれを避けることには成功したが、頭上にて燃え盛る炎には脅威を感じずにはいられない。


 万が一当たりでもすれば――。


「まだまだァ!」


 猛攻は止まない。

 右に。左に。縦に。

 それぞれ振り下ろされる炎舞にユウリはギリギリの対応を迫られる。


 リーチもそうだが、何よりも振られる豪腕の速度が速い。

 ユウリの俊敏な動きですら、避けることで精一杯である。


(隙を作るしかない、か)


「しゃらくせぇ!」


 炎舞を避けられることに多少の苛立ちが募ったのか、バンが大振りの一撃を放つために身構えた。

 ピクリと、ユウリの眉が動く。


 隙あり。


「魔波動の弾、《ショット》」

「ングッ!?」


 ユウリのリーチでは届かない距離からの猛攻。それに徹していたバンはユウリからの一撃が来ることを予想できなかった。

 純魔力を高速で放つことによる不可視の一撃は、バンに傷こそ負わせられないものの、衝撃によって体勢を崩すには至った。


 真っ直ぐ。全力で。

 バン・ノートへの最短距離を二歩で埋めたユウリは、拳を強く、握る。

 今度こそ寸前で躱されないように。今日一番の速度で。


 右拳による拳撃が一直線に伸び、バンの腹部を射抜いた。


「――ッガァ……ッ!」


 当たった。

 全力で撃ち抜いた右拳には、確かに手応えという感触が広がっていく。

 だから少しだけ、ユウリは力を緩めてしまった。


 その瞬間。


 顔を上げたユウリは見た。


 呻き、喘ぎ、声を漏らしつつ。

 痛みに顔を歪めながら、バン・ノートの目が笑っていたことを。


「――あんた」


 悟った。悟ってしまった。

 今の一撃はわざと受けたのだということを。

 振り抜いた体勢の、隙だらけの自分に魔術による一撃を打ち込むという暴挙に、目の前の敵が挑んだことを。


「終わりだ」


 バン・ノートは左手に圧縮した炎の塊を出現させた。

 欠陥魔術師であるユウリがそれをまともに受ければどうなるかは、想像に難くない。


 マズイ、と。


 舌打ちをしつつ、ユウリは己の内にある魔力を解放する準備を整えた。

 タイミングを合わせて魔波動の壁を発動し、敵の魔術の勢いを少しでも削ぐためである。


 そうこうしている間に接近する、圧縮された炎。

 どれほどの威力なのか見当が付かないが、並々ならぬ魔力を感じる。


 全力で防ぐためにもユウリは身構え、敵の動きを見定めた。


「――ストップだ。バン」


 互いが互いに意識の全てを割いている。

 だからこそ、突然の声に両者はピクリと反応を示した。

 二人の体が一瞬だけ硬直する。


「――ッグ!?」


 同時にバン・ノートが吹き飛んだ。


「――は?」


 あまりにも唐突な出来事。

 唖然としつつもユウリはその光景に目を丸くしてしまった。


 何かの衝撃に襲われたようなバンの動きに、理解が追いつかない。

 何が起きたのか。それを知るためにも声の主の方へと視線を向ける。


 そこには一人、男がいた。


 銀髪の髪を風に揺らしながら、眼鏡をクイッと上げる仕草。その奥に控える碧眼は知性を感じさせる。

 そのまま視線を下にすると、胸のところには赤い獅子の刺繍が施されていた。


「……総会の人、か?」

「正解だ。よくわかったね」


 ふっと微笑んだその笑みにはどのような感情が込められているのだろうか。

 彼の視線の先にはユウリと、そして今しがた吹き飛ばされたバンが映っている。


 笑みこそ浮かべているが、しかしその目は笑っていなかった。


「――なんでテメェがここにいやがる?」

「総会長から頼まれてね。君が暴動に出ないか監視していたんだが、見事に当たってしまったよ」

「――チッ。余計な真似すんじゃねェよ」


 舌打ち混じりに鋭い眼光を周囲に晒す。

 しかしバンはこれ以上の戦闘続行を諦めたかのように大人しくなった。

 その様子にユウリもまた身構えていた体勢を緩める。もちろん完全に警戒を解くということはできないが。


「まずは後輩の非礼を詫びよう。怪我はなかったかい?」

「――なんとか。危うく殺されかけたっすけど」

「一応バンも魔術の威力は抑えていたと思うんだけどね。魔力抵抗力が、まあ、低い君には大きな脅威となっただろう」


「面目ない」と低頭する眼鏡の男。

 総会員を名乗るその生徒の行動に、ユウリは少しだけ眉を顰めた。


「別にそこまで気にしちゃいないんで。それよりも、どうして俺は襲われたか説明してもらってもいいすか?」


 気にならなかったと言えば嘘になる。どうして自分が襲われたのかということを。

 バン・ノートと名乗る赤髪の生徒は、最初にユウリを探していたかのような言動を取っていた。

 まるでユウリの情報を探しているかのように。


 その疑問を込めて、目の前の生徒に尋ねる。


「襲われたのは完全なバンの独断だね。僕らとしても穏便に事を済ませたかったんだが、どうにも彼が暴走することを止められなくて」

「ケッ」


 男の言葉に、しかし反省の色をバンは見せない。

 そのことに対して不満気な表情を眼鏡の生徒は向けるも、すぐにそれがどうにもならないことだと察したのか、諦めたように溜息を吐いた。


「ハァ。これでは幸先が思いやられる」

「――」

「ああ、すまなかった。先ほどの続きになるが、僕らは君のことを調べるように言い渡されていてね」

「調べる、ね。何を?」

「"暴れ牛"」


 ユウリの言葉に、一言だけが返された。


「――」


 唐突な一言に言葉が詰まる。

 その様子を見ていた男は、再度口を開いた。


「ただの一介の生徒に、"赤闘牛"のズティングが討伐された。総会としても誰がそのようなことを行ったのか、気になるじゃないか」

「ふぅん。それで?」

「話が早くて助かる」


 フッと男は微笑んだ。

 光の反射によって、その眼鏡の奥に備わる瞳が何を映しているのかは見えない。

 だがユウリは少しばかりの嫌な予感を覚えるばかりだ。


「僕の名はレスト・ヤード。副総会長に就任させてもらっている。良ければ総会本部室までご同行を願おうじゃないか」


 レストと名乗ったその生徒はそう言ってユウリへと手を差し伸べた。




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