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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
33/106

教師との模擬戦

「――今回は魔術についての知識を深めるため、説明を少しさせてもらおうか」


 ルグエニア学園の中に幾つか用意されている訓練場。

 円形の広場は生徒が一組分が丸々入ってもまだ余裕があるほどの広さを誇っている。


 今しがたその訓練場を使用しているのは第一学年の獅子組。

 中心に居座るのは担任の教師であり、魔術戦闘理論の授業を専攻しているズーグだ。


「魔術には格というものが存在し、それぞれ下から順に、初級魔術、中級魔術、高級魔術、上級魔術に分けられている。このくらいは皆も知っているな?」


 ズーグの問いに、生徒一同は首を縦に振った。


 魔術はその強さや有用性によって格付けされており、

 初級魔術、

 中級魔術、

 高級魔術、

 上級魔術に分けられている。


 その上には神級魔術というものも存在するのだが、その術式の規模からその魔術は戦略級魔術とも呼ばれており、個人間の戦闘ではほぼ確実に使用されないことから一般的には上級魔術までが魔術の(ランク)として認知されている。

 ちなみに初級魔術から上級魔術までを戦術級魔術とも呼ぶ。


「個人同士での戦闘では、精々使われるのは中級魔術。集団同士ならば高級魔術。上級魔術などはそれこそ大型の魔獣くらいにしか使われない。そういった意味では魔術というのは中級魔術でも人間単体に対しては脅威的な威力となり得る」


「だからこそ、現代魔術師は中級魔術を基本的に多く会得する者が多い」とズーグは言葉を続けた。


 魔術というのは使い手によっては非常に威力の高い兵器ともなり得る。

 宮廷魔術師でも取得しているのは高級魔術までの者がほとんど。なぜならそれで事足りるからなのだ。


 大規模な魔術を覚えたところで、使う機会がなければ意味がない。

 戦術級魔術の中でも最上位に位置する上級魔術というのは、それこそ危険度A級を超えるような魔獣が出現した際に使われるくらいだろうか。


「諸君はこのルグエニア学園に入学している以上、ほとんどが初級魔術の一つくらいは扱えるはずだ。入学試験で初級魔術の習得は必須であるからな」


「まあ、例外もいるかもしれないが……」とさらに言葉を続けることも忘れない。

 その例外がこの場に存在するからだ。


 言葉を言いつつ、ズーグはとある生徒に視線を向けた。

 それは入学試験という通過儀礼を受けずにこの場にいる異例な生徒、ユウリ・グラールである。


 その視線に気付いたのか、周りの生徒が嘲笑するように笑みを貼り付けた。

 しかしユウリは特別気にした様子もなく、欠伸すら見せる。


 ズーグは視線を外し、説明を再開させた。


「第一学年の一年間で求められることは、中級魔術までの取得だ。これは魔術の苦手な、俗に言う魔戦士の(タイプ)にも同じことが言える。まずは系統は問わず、自分の得意な系統を伸ばしていってほしい」


 おもむろにズーグは右手の平を差し出す。

 何が始まるのだろうと、生徒がその姿に注目を集めた。


 突如、ズーグの手のひらの上に風の塊が球体の形を模して出現した。


「これは見ての通り、《風球(ウィンドボール)》だ。これの基礎構成魔術式を誰か答えてみろ」

「はい」

「ではフレノール・メルドリッチ。答えたまえ」


 一人の生徒が挙手し、それを見たズーグがその生徒に答えるように促した。


「《風球(ウィンドボール)》の基礎構成魔術式は、【風】、【球体】、【収束】ですの」

「正解だ」


 答えた生徒に対し、満足そうにズーグは頷く。


 基礎構成魔術式というのは、魔術を発動する上で最低限必要な魔術式のことを指す。

 例えば今しがた発動された《風球(ウィンドボール)》は風を球体状に圧縮させた魔術である。

 これを構築する上で、まず風という属性を定めるために必要な形質魔術式である【風】の魔術式が必要となり、さらに球体という形を形成する形態魔術式の【球体】の魔術式を施さなければ球体にはならない。

 そして魔術を体外へと放出する上で必須の魔術式である【収束】。

 これら三つを基礎構成魔術式として取り入れることにより、《風球(ウィンドボール)》は構成される。


「この三つの魔術式の他に補助魔術式を施せば魔術として成り立つ。諸君が良く使うであろう【射出】を加えれば、今は静止しているこの魔術は前方へと向かって発射される」


 ズーグが前にも言ったように、魔術というのは算術に例えられることが多い。

 魔力を数字、魔術式を公式、魔術それ自体は算術の答えとされ、数字を使って公式を幾つも作成し、それらを組み合わせて答えを作る過程はとても酷似している。

 魔力を使って魔術式を幾つも作成し、それらを組み合わせて魔術を構築するからだ。


「少し話が逸れたな。《風球(ウィンドボール)》は初級魔術に分類されるが、これは魔術式を三つ使えば実用的かはともかく魔術を形成できるからだ。これが増えていくか、より複雑な魔術式を使うようになると(ランク)も必然と上がっていく」


 例えば、と。

 ズーグはその視線をユウリの隣に座っていたレオンに向けた。


「レオン・ワードが使う《閃光(ライトニング)》は、【雷】、【速度向上】、【射出】、【収束】の四つで構成される。構成魔術式の数こそ初級魔術と大差ないが、【速度向上】の魔術式がそれなりの構築難易度を誇ることから中級魔術に分類されていることは知っているな?」


 生徒に疑問を投げかける。

 当然、知っているだろうと暗に問いかけているのだ。

 同時に生徒のほとんどが確信を秘めた瞳で見つめてくる。この学園に入学している以上、知らなければならないことであった。


「魔術式がより複雑になり、必要魔力が多くなれば魔術の(ランク)というものは上がっていく。ここまでの説明を経て質問はあるか?」


 問いかけ、しばしの沈黙が返ってくる。


「ならばよし。今から諸君らにはそれらを踏まえた上で修練をしてもらう。魔術師の君らには、ゆくゆくは難易度中級の魔術式の習得をしてもらいたい。それと――」


 ズーグはそこでチラリと一点を見た。

 こくり、こくりと。

 頭を上下に動かしている、今にも寝入りそうなユウリ・グラールの姿が目に映った。


 ニヤリと笑う。


「ユウリ・グラールは私と特別演習だ。その弛んだ精根を叩き直してやろう」

「――うえっ」


 いきなり名前を呼ばれたユウリはすぐさま顔を上げた。

 獰猛な笑みと共にズーグの視線がユウリを貫く。

 背中に嫌な汗が滲んできた。


「俺がどうかしましたか?」

「私の授業で寝るなど、いい覚悟だ」

「寝てないです」

「言い訳は聞かん。おとなしく私と来るんだな」

「証拠はあるんですか」

「私の目で見た。それだけで十分だ」

「横暴だと思い――」

「いいから来い」


 首根っこを掴まれて、ズーグに良いように引きずられていく。その様子にレオンとステラは苦笑い。フレアは呆れてものが言えないといった表情を見せていた。


「他の者は各自で修練を開始して欲しい。班を作っても構わん」

「俺もあっちに行きたいんすけど」

「貴様は私と同じペアだ。良かったな」

「嫌だ、嫌だ」


 実に面倒臭そうに、ユウリは表情を引き攣らせるばかり。しかしそのようなことなど知ったことかと、ズーグはただただユウリを引きずっていくのみであった。



 ★


「さて。ここらでいいだろう」

「あてっ」


 首根っこを掴まれたその手が離され、地面へと落ちる。

 それを尻で着地してしまったユウリは「痛てて」と強打した尻部を摩った。


「何するんすか」

「ユウリ・グラール。お前にとっての授業だ」


 恨みがましい目で視線を向けると、逆に呆れられた目で見られた。


「まさかと思うが、魔術が飛び交うあの訓練場のど真ん中で他の者と一緒に授業を受けるつもりだったのか?」

「え、駄目?」

「駄目ということではないが、お前の魔力抵抗力を考えると誤爆しただけで致命傷だ。命に関わる」


 言われて、「確かに」と素の反応で頷いてしまった。

 授業の内容は魔術師が中級魔術の訓練をし、魔戦士はその対処を学ぶとのこと。

 つまり中級魔術が、しかもコントロールが効かない恐れのある凶器が飛び交うこととなる。


 他の者はまだ魔力抵抗力があるからこそ、その上で身体強化を重ねれば万が一誤爆があったとしても致命傷になるようなことはない。


 しかしユウリの場合は違う。

 身体強化を施してない状態で、当たりどころが悪ければ死の危険性もある。というより、高い。

 そのような生徒をあの場に存在させるほど、ズーグは楽観的ではなかった。


「何よりルーノ氏から話は聞いている。まさかあの"武帝"とも呼ばれたフォーゼ殿に直属の弟子がいるとは」

「爺さんを知ってるのか」

「傭兵時代に世話になった恩人だ。そうでなくともあの方ほどの有名人ならば知らないのはおかしいだろう」

「ごもっともで」


 言われてユウリも頷くしかない。

 "武帝"フォーゼ・グラールというのは、大陸中に名を轟かせている最強の傭兵だ。

 知らない人間など大陸にいない。そう称されるほどの人物。


「でも先生、傭兵をしてたんすね」

「意外か?」

「いんや。最初に会った時から只者じゃねーな、とは思ってたし」

「ああ、あの時か。最初ということもあり、威圧(プレッシャー)を飛ばしたな」


 入学式の時を思い出したのか、フッとズーグの口元が吊り上がった。

 ユウリもあの時のことを思い出すが、明確に目の前の相手には敵わないということを察知できた。B級傭兵として前線に出ていた、自分が。


「――ともかくだ。フォーゼ殿からの手紙に面倒を見てやって欲しいと書かれていた。その体質のこともあるだろうが、それ以上にお前はこの学園でも異種な存在だからな」

「異種?」

「魔力が使えず、しかし実力は非常に高い。それこそ"五本指"候補者(・・・)に届きそうなほどだ」


 ズーグの瞳がユウリを射抜く。

 まるで目の前の特異な存在を観察しようとするかのような視線だった。


「その"五本指"候補者っていうのは知らないっすけど、そんなこと言ったらフレアなんかはどうなるんですか? "加護持ち"でしょ?」

「彼女も確かに特異だな。だが"加護持ち"は非常に珍しく強力だが、前例がなかったわけではない。それこそ今年のこの学園には学年毎に"加護持ち"が一人ずついるような事態だからな」


「しかしお前は違う」と。

 ズーグはそう言葉を続けた。


「話には聞いているが、"魔波動"と言われる武術を使うそうだな。内容を聞いたが、とんでもない代物だ。純魔力を【収束】の魔術式なしで発現するような技術があることなど、私は知らなかった」

「俺も爺さん以外で使ってくるような奴、見たことない」

「どのような過程を経てそれを習得して使えるのか、非常に興味がある。しかし問題はそこではないんだ」

「問題、ね」

「そう、問題だ。お前は周りと違い過ぎる。体質から戦闘術まで、何もかもが。お前自身の危険もあるが、それ以上に他の者と修練を共にしても互いに得られるものが少なすぎる」


 ズーグの言葉は至極真っ当だった。

 魔術が碌に使えないユウリに魔術を学べと言ったとしても、できるわけがない。

 本来の魔戦士の技術とは程遠いユウリの戦い方を他の生徒が見ても学ぶことは少ない。


 ならば。


「ならば、私が面倒を見てやろうということだ。さぁ、私と模擬戦をしてもらうぞ」

「いい迷惑だ……」

「つべこべ言う前にかかってこい」


 距離をあけて、かかって来るように手招きする。その姿にユウリは溜息を吐いた。


「ちなみに。先生は傭兵の時、ライセンスのランクは何でした?」

「自慢ではないがそれなりに上にいた、とだけ言っておこうか」

「いや、絶対にそれなりってレベルじゃあないと思うんだけど」


 少しばかり疲れたように言葉を返した。

 非常に、非常に気乗りしない。

 授業とはいえどうして目の前にいる獰猛な格上(ズーグ)と戦わなければならないのか。


(恨むわ、爺さん)


「さあ、来い」


 ズーグの言葉。

 それに応えるように手足を伸ばして準備運動を取る。

 ここまで来たら、やるしかないだろう。


「開始は?」

「いつでも」

「なら――」


 それは完全な奇襲だった。


 合図もなく、ただ瞬間的に魔力を爆発させるように《身体強化》をかけてズーグの懐へと接近する。

 足に伝わる心地良い衝撃はズーグの背後へと回った、その証。


 完璧に背後を取ったユウリは油断なく身体を捻り、一撃で仕留めるとばかりにズーグの後頭部に弾丸のような拳撃を打ち出した。


 瞬間。


 ユウリ(・・・)は吹き飛んだ。


「――は……ッ!?


 何が起きたのかを、理解できない。

 完全なる奇襲。仕留めるはずの一撃。

 それが理解できない何かによって妨げられた。


 唖然目を見張りながら、ユウリの瞳はズーグを映す。


「――さあ。どんどん来るがいい」


 獣のような笑みと共に、ズーグが笑っていた。




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