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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
二章 魔導学論展編 上編
31/106

学園総会の一幕

 ルグエニア学園総会。


 実行部と本部に分けられているその組織であるが、本部には本部室と呼ばれる一室が学園側から用意されている。

 華美な装飾は少なく、どちらかというと棚にビッシリと詰められている書類の数が目立つ。


 その中で五人の生徒がそれぞれ机の前にて座っていた。


 総会長。

 セリーナ・ルグエニア。


 副総会長。

 レスト・ヤード。


 実行部長、情報担当。

 スイ・キアルカ。


 実行部長、武力担当。

 バン・ノート。


 実行部長、書類担当。

 レーナ・マドンヌ。


 五人が五人。

 その胸に赤い獅子の刺繍を身につけている。

 それは学園の中でも頂点に君臨する学園総会の本部員を意味する、つまりは証であった。


「――集まってもらって、さっそくだけれど。本題に入らせてもらうわね」


 口を付けていた紅茶の入ったティーカップを、机の上に静かに置く。

 総会長セリーナ・ルグエニアは、そのまま一室に集まる他の人物に対して順番に目を移した。


 まずは自分の右隣に座る、男子生徒。

 淡い銀色の髪に、眼鏡の奥で光る貴族に多い碧眼の所持者。

 レスト・ヤード。

 この総会内でも自分の次に上に立つ――副総会長の座を手にする男である。


 次に目を移したのはその隣に座る人物。

 凛とした佇まいのその少女の名は、スイ・キアルカ。

 薄く淡い、夜空のような黒髪の少女。こちらもまた碧眼の持ち主であり、それによって彼女が高貴な一族だということを周囲に知らしめている。


 その次に――。


「――なぁ。それで本題ってのはなんなんだ?」


 スイの対面に座る、赤髪の少年が口を開いた。


「バン。会長に対してその口の利き方はないでしょう?」

「ケッ、知らねえよ。俺ぁ、さっさと用を済ませて帰りたいんだっつの」


 スイの咎めるような視線に対しても、欠伸をしながら対面する。

 バンと呼ばれたその男子生徒の態度に激情を燃やしたのか、スイの表情も無表情に固まった。


「その態度。矯正してあげましょうか?」

「あぁ、やるか? 俺は全然構わないが」


 互いの魔力が高まった。

 それこそ放っておけば、この一室が戦場へと変わりかねない状況である。

 スイの隣に座るレストは顔を引き攣らせて、セリーナは溜息を吐きながら魔術式を構築し始める。


 その時であった。


「喧嘩は駄目ですよぅ!」


 あわあわと慌てながら高ぶった感情の二人を止めに入る人物がいた。

 貴族に多い銀と金の煌びやかな髪色。その金の方を携え、それを縦ロールに巻く小動物のような少女である。


 側から見るとその愛らしい姿に心が和むものなのだが、今しがたぶつかり合おうとしたスイとバンの二人にその感情を持ち合わせる余裕はなかった。


 両者の周りには、それぞれ人一人がスッポリと収まるドーム状の半透明の壁が形成されていたからだ。


「――チッ。邪魔しやがって」

「レーナに感謝することですね。でなければあなたは治療室送りになっていたでしょうから」

「ハッ! どっちがかねぇ!」


 半透明かつ半球状の壁の中で、二人はそれぞれ睨み合う。


「ケッ」と赤髪を携えた少年が茶の瞳を鋭く尖らせて、射抜くようにスイを見やる。

 バン・ノート。

 総会実行部の武力担当の地位に就く者だ。


「二人とも。仲良く、ですよ?」


 そんな敵意剥き出しの二人に宥めるように、声をかけるのはレーナ・マドンヌである。

 縦にロールされた金の髪と碧眼を携えた、模範的な貴族の出で立ちをしている少女だ。


 これら五人が総会本部員。

 学園の中でも最高位の有力者である。


「はぁ。とにかく、二人とも落ち着いてくれないか。これじゃ、ちっとも話が進まない」


 眼鏡をクイッと上げて。

 どこかくたびれたような溜息を吐きつつ、レストはそう言葉を綴った。


「そうね。彼の言う通り、二人とも落ち着いてくれるかしら」

「……わかりました」


 続けてセリーナの言葉に、スイは思うところがあるものの頷く。

 対するバンの方はスイの従順な態度が気に入らないのか、舌打ちを一つ。


「ハン。会長には大人しく尻尾を振るわけか。だからてめえは――」

「――バン君?」

「……チッ」


 セリーナの凍てつくような視線に、さしもの赤髪の少年も折れた。唸りを上げつつもしっかりと席に座ったまま大人しくなる。

 荒々しい少年少女の他沙すら握る、それが総会長の威厳であった。


「さて。だいぶ話しが逸れたけれど、本題に入りましょう」


 四人が自分に視線をやる。それを確認した後に、セリーナは一つの頷きと共に改めて口を開いた。


「"五本指"の序列が変わった。このことによって学園の総力図が大きく変わる可能性が出てきたわ」


 "五本指"。

 その序列が変わったという事件はここ最近の話である。


「序列三位のニール・ワードが倒され、序列四位に。同時に彼を下した"加護持ち"フレアが序列三位に上がった。これによって起こることは、多分各自で予想できるはず」


 真剣な眼差しで、各自四人を見渡す。

 序列が変わったことにより起こる状況。

 ここにいる本部員は、全員が理解しているはずだ。


「……どういう意味か、さっぱりわかんねぇが」


 否。

 戦闘特化のバン・ノート以外は全員が察していた。


「あなたには期待してません」

「あぁ!? んだと、スイ!」

「まあまあ」


 これまた暴発しそうになった場の雰囲気に、次はレストが場を収めようと声をかける。


「つまり総会反対派の彼――ハザールが動く可能性があるってことだろう」

「流石は副総会長。その通りよ」


 レストの言葉にセリーナが肯定した。


「次の総会長の座を狙う、"五本指"候補者のハザール。彼が"加護持ち"を引き込むことが十分に懸念されるわ」


 セリーナの言葉に、睨み合っていたスイとバンの両者の視線が鋭くなる。

 彼らもまた、ハザールの思惑通りに事が運ぶ事を良しと思っていない。


「だから今から実行部長の三人には働いてもらうことになるわね」

「――と、いうと。どういうことでしょうか?」

「レーナちゃんには"暴れ牛"の事件に関する詳細を調べてもらい、スイちゃんの方には"加護持ち"の生徒とコンタクトを取ってもらうわ」


 言葉に、スイとレーナのどちらもが力強く頷く。

 会長命令。その重荷を二人は理解しているからである。


「――んで、俺は?」


 残った実行部長、バンが鋭い眼光にてセリーナに視線を向ける。

 気だるげな態度こそ見せているが、その中に秘める闘争本能が着々と燃え上がっていることを、この場の誰もが察していた。


 そんなバンに対して、セリーナは言葉を発する。


「まだ詳細を知らないからあまり他人には言えないことなのだけれど、どうやら"暴れ牛"の面々を討伐したのは"加護持ち"の生徒だけではないらしいの」

「……それで?」


 告げられた言葉に、何が言いたいとばかりに視線を細める。それを目に収めたセリーナは再度口を開いた。


「噂を聞けば、構成員こそ"加護持ち"がたった一人で討伐したとのこと。ニール・ワードに関してもそう。けれど、"赤闘牛"の異名で知られるズティングだけは彼女が関与していない可能性が出てきたわ」

「――どういうことだい?」


 ここでレストが、思わずといった様子で尋ねる。


 先の事件。ニール・ワードの暴走に目が行きがちだったために詳しい事件の詳細を、一人一人が把握しきれていないのが現状だ。

 そんな中で、"加護持ち"の生徒フレアが全てを解決したと思い込んでいた一同は疑問を投げかける。


「"加護持ち"の彼女が関与していない、となると。誰が"赤闘牛"を捕縛したことになる?」


 その質問はこの場にいる全員の共通の疑問点であった。


 "赤闘牛"ズティング。

 危険度B−級に位置付けられる手配人。

 正規騎士ですら数を集めなければまともな戦いにもならない相手を、ただの一生徒が相手にできるはずもない。


 絶大な力を持つ"加護持ち"ならば、捕縛されるにも納得がいく。しかしそれが他の生徒となると話が違ってくる。


「確証はないけれど、一人だけ候補が上がっているわ」

「……へぇ。まさかとは思うが、ニールの野郎の弟か?」


 真っ先に候補となって挙がってくるのは、ニール・ワードの実の弟であるレオン・ワードだ。

 "南の剣王"の実子であるニールなら、例え危険度B級に位置する相手と言えども斬り伏せることはできるはず。ならばその弟とて同じだと言えない保証はなかった。


 しかし。


「いいえ、違うわ」


 セリーナは否定する。

 その可能性を。


「では誰なのでしょうか。私には思いつきません」


 スイの予想は、誠に遺憾ながらもバンと同じであった。それが否定されれば自分には思いつかないとばかりに首を傾ける。

 レストとレーナに関しても同様のようで、互いに視線を交わしてはどちらもふるふると首を振った。


「こちらも一年生。私とは少しだけ面識がある人物なのだけれど」

「ほう。それで、名前は?」

「ユウリ・グラール」


 一人の生徒の名が告げられた。


 瞬間のことである。

 学園総会本部室、そこに沈黙が降り立ったのは。


「……聞き間違いか? それとも俺の把握ミスかもしれねぇなぁ。ユウリ・グラールってのには聞き覚えがあるんだが」

「――魔力総量、過去断トツの最低値。魔力抵抗力は一切無いという、異例の生徒」


 ユウリ・グラールという生徒の名前を、ここにいる全員が頭の片隅に留めてあった。それだけの異例を彼が作ったとも言える。


 魔力総量、魔力抵抗力。

 共に類を見ない最低値を叩き出した生徒。

 学園内では、すでに彼を"欠陥魔術師"と嘲笑する者もいるほどである。


 その生徒の名前が、なぜ挙がってくるのか。


「なんだ。つまりその"欠陥魔術師"さんが、"赤闘牛"を捕縛したとでも?」

「その可能性が高いわね。だからバン君、あなたにはそれを調べて欲しいの」


 バンの正気を疑うような視線を向けられつつも、セリーナは全くの動揺を見せずに堂々とそう言い放った。

 一同の間に、なんとも言えない奇妙な沈黙が舞い降りる。


「――く、ははっ」


 その沈黙を最初に破ったのは、バン・ノートであった。


「おいおい総会長様。頭ァ働かせ過ぎて、少し疲れてるんじゃねぇか?」

「――」

「その言葉通りに受け取るなら、たかだか一年の、しかも"欠陥魔術師"なんて呼ばれる奴が俺達"候補者"と同じ程度の戦闘力を持ってることになるぜ」


 呆れを含ませた、どこか奇怪な笑い声が室内に響く。

 声色に含んでいる呆れの感情。その根幹に当たる部分には、セリーナの言葉に対して全く信ずるものがないという断定があった。


「バン。口を慎みなさい」

「ほう。じゃあスイ、お前は会長様のお言葉を信じるってか?」

「会長がそう仰るなら、その可能性もあると考えるのが妥当でしょう?」

「そう。会長様のお言葉には従うお前ですら、可能性がある(・・・・・・)と断定を避けた。それが答えだろうがよ」

「――」


 バンの言葉に、対抗していたスイが閉口する。

 やはり、信じられないものだということに対してはバンを否定することができなかったためだ。


「そう結論を急ぐこともないんじゃないかな?」


 ここで、レストが口を開いた。

 知的な印象を他者に抱かせる彼の眼鏡が、光の反射によって少しだけ光る。


「その真偽を確かめるためにバン、君に調査するよう頼んだのだろう。疑うならそれを調べればいい」


 そう。

 レストが語るように、あくまで真偽はまだわかっていないのだ。

 可能性の話という領域をでないものなのである。


 それを調べるためにセリーナはこの場で情報を口にした。

 となればやることは一つ。


「――確かにごもっともではあるな」


 バンは口元を吊り上げた。

 まるで退屈凌ぎの遊び場を見つけたような、悪餓鬼の笑み。

 そんな彼の様子に非常に不安になる一同。

 堪らずレーナは恐る恐るというように口を開いた。


「……バン君。暴力は駄目だからね?」

「ケッ。頭の片隅に消し炭程度にァ覚えとくぜ」

「それ多分覚える気ないですよね!?」


「絶対に厄介ごとを起こしちゃ駄目だから!」とレーナが口にはするが、他の三人の目からするとその言葉が果たして彼に届いているのかどうかは一目瞭然。


 仕方なしとセリーナは溜息を吐きつつ、レストとアイコンタクトを取った。

 すなわち、バンの様子を見ておけという意味で。


 レストもその意を汲んだのだろう。

 疲れたような表情で首を縦に振った。


「――じゃあ各自、それぞれの持ち場をよろしくね」


 そうして学園総会本部室に集う五人は解散した。


 それが一体、何の始まりを告げる合図なのか。

 この時ばかりは神のみぞ知るとしか答えようのないことではあったが。





「へっくし!」


 授業終了と同時に少年は盛大なくしゃみをした。


「どうしたの、ユウリ君。風邪でも引いた?」

「さーあ。誰か俺の噂でもしてるんじゃないかねぇ」


 言葉を言い終わると、「変なの」とばかりに蒼い髪の少女から、少しばかりの呆れを含ませた視線が向けられた。

 それを受けつつも少年は欠伸混じりに堂々と伸びをする。


「――なーんか。嫌な予感がすんなぁ」


 寝癖によって黒髪をはねらせながら。

 少年ユウリ・グラールは少しの予感を覚えつつ、ゆったりとした動作で席を立ち上がった。




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