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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
一章 学園入学編 前編
3/106

到着

「さってと。到着」


 街道を進んだその先に佇む一つの都市。


 学園都市ロレント。

 ルグエニア王国において、王都の次に規模の大きな都市と言えるその場所は、ユウリが想像していたものより三割増しの賑わいを見せていた。


 石造りの建物と舗装された大通り。

 幾つもの店や住居が並んでいる中、大通りの先には巨大な施設が建っている。

 その巨大な施設こそが王立ルグエニア学園。

 ユウリの目的地である。


「――身分証明証の提示をお願いしようか」


 学園都市に入るためには北、東、南、西にそれぞれある門を通らなければならない。

 もちろん無条件で通ることはできず、身分証明のできるものが必要である。


 ユウリは南門から学園都市に入ろうとしたところ、やはりと言うべきか、門を守る衛兵にそのようなことを尋ねられた。


「ほい」


 だが尋ねられたからといって焦るわけでもなく。

 ユウリは慣れた手つきで自らの懐から一枚のカードを取り出した。


 傭兵ギルドのライセンス。それは自らが傭兵として活動していたことを意味するものであり、また身分証明となるものでもある。


「ほう。君のような少年が傭兵として活動しているのか」

「まあ。生活のためなんで」

「そうか。ああ、通っていいぞ」

「ありがとさん」


 身分証明になる傭兵ギルドのライセンスを見せて、難なく学園都市へと足を踏み出すことができた。


 今は一年の初めである赤の月の初旬。

 入学の季節からか随分と門の前で並ばされたが、無事に都市内に入ることができればこちらのもの。

 そう言わんばかりにキョロキョロと学園都市内を見渡しては、大通りの中を歩いていった。


「爺さんに聞いてはいたけど、思った以上に栄えてるんだな」


 ユウリを学園都市に向かわせたのは他でもない、ユウリの育て親であり、恩人でもある一人の老人だ。

 広い世界を知って来いと背中を押されてここまで来たものだが、なるほど。

 確かにこのような大規模な都市をユウリは初めて目にした。


(――爺さんは何を思って、俺を学園に通わせたんだろうな)


 頭を掻きながら、理由を考える。

 しかし考えたところで理由はわからなかった。

 今のお前には必要なことだと、それだけを言われてこの場に遣わされたのだから。


(欠陥を抱えた俺が通ったところで、得られるものなんか少ないだろうに)


 内心で呟き、そしてユウリは顔を上げる。

 目の前にあるのはただただ巨大な建物だ。

 もはや城といっても過言でないほど荘厳な雰囲気を放つその建物こそ、王立ルグエニア学園である。


「デッカいなぁ」


 遠くから見ていてもわかる圧倒的存在感であったが、学園の大きさを近くで見るとそれも更に高まってしまった。

 目を丸くするばかりでボケっと目の前の城を眺めることしかできない。


 だがそれも数秒のこと。

 すぐに学園の中に入ろうと正面に控える正門を通ろうと歩き出す。


「――ん?」


 すると一人、正門に佇む人物の姿が見えた。

 遠くからでもわかる非常に煌びやかな金色の髪を靡かせる少女。黒を基調とした学園の制服を身に着けていることから、おそらくこの学園の生徒ではなかろうか。

 ユウリはそんなことを思いながら正門へと近づいていく。


 すると。


「――あら、あなたは?」


 どうやらその人物もユウリの存在に気が付いたらしい。

 歩み寄るユウリの方を見て、首を傾げながらも声をかけてきた。


「新入生かしら。入学式は明日のはずなのだけれど」

「あ、確かに新入生っすけど、別件で。ちょっと道を尋ねても?」


 ユウリはちょうどいいところに、とばかりにその少女へと声をかけた。


 少女の言葉通り、この学園の入学式は明日である。

 新入生であるユウリはもちろん明日にもまたこの場所へと訪れなければならないのだが、しかしユウリにはそれとは別の用事があった。


 だがこの都市に訪れたのは初めてであり、そして当然だが学園へと足を運ぶのも初めてのことである。

 土地勘があるわけでもなく、ゆえにこうして道を尋ねることを選んだ。


「――ええ、大丈夫よ」

「どうも。確か、ルーノって人のところに行きたいんだけど、どこにいるのかわからなくって」

「ルーノって、ルーノ博士のことかしら」

「博士? いや、多分その人だとは思うんだけど」


 自信のないユウリは少しばかり首を傾げながら頷いた。

 尋ねるべき人物の名前は知っているのだが、いかんせん詳しい素性については何も聞かされていない。

 博士と言われてもピンと来ないのは、何もユウリのせいではないだろう。


「ルーノ博士はおそらく研究室にいると思うわ。あの方はいつも暇があれば自身の研究室に引きこもるから」

「なるほど。あ、わざわざどうも」

「いえいえ。それより、もし今から研究室に行くのなら通行証がいるわよ?」

「へ?」


 場所を聞き出し、いざ行かんとするユウリは歩き出そうと足を踏み出したところで、しかし少女の言葉にその足取りを止められてしまった。


「通行証……って何?」

「通行証は通行証よ。あなたはまだ入学していないから、学園関係者以外の人が学園に入るための許可証が必要なの」


「ほら」と少女に指を指された方向を覗くと、何やら門の前に見張りのように生徒が立っている。門の左右に一人ずつ、計二名ほどの制服に身を包んだ男達だ。


「通行証がないとあそこで止められるわ」

「うわー……。通行証持ってねえや、どうしよ」

「なら今日は出直してくれると助かるわ。通したい気持ちはあるけれど、通行証かそれなりの理由がないと私の権限では通せないもの」


 少女の言葉に思わず頭を落としそうになる。

 確かに急ぎというほどの用事でもない。門の中に入れないというのならここは立ち去るべきなのだろう。

 どうしようか、とユウリが悩んでいたところ。そこで一つ渡されていたものの存在を思い出した。


「そういえば」


 ユウリは懐に手をやって、一枚の紙を取り出す。


「爺さんの紹介文。困った時はこれを見せろって言ってた言ってた」

「爺さん……?」


 突然のユウリの言葉と差し出された一枚の紙。

 少女はそれを訝しげに見つめながら、差し出されたその紙を手にとって書き記されている文字を目で追っていく。


「――これって」


 そして内容を理解した瞬間、少女の目つきが少しだけ変わった。

 先ほどまでは無知な新入生を導くようなものだったそれが、今は真剣味を帯びた鋭いものへと変化している。


「……なるほどね」

「門の中、それで入れそうっすか?」

「――ええ、入れるわ。この紹介文にはそれだけの権威がある」

「おっ。そりゃ良かった」


 儲けもんだと喜ぶユウリ。

 しかし対照的に少女の方はユウリを観察するかのように覗いていた。


「あなた、いったい何者なの?」

「――ん?」

「……いえ、なんでもないわ」


 だがそれも一瞬のこと。

 瞬時に先ほどの温和な笑みを張り付けた少女は、ユウリから差し出された紙を持ち主へと返す。

 また、流れるような動作で懐から一枚の紙をユウリへと手渡した。


「はい、これ」

「……これは?」

「あなたがさっきから欲しがってた通行証。これを見せれば門の中へ入れるわ」


 朗らかな笑みと共に手渡されたその紙をユウリはまじまじと眺めてしまう。

 通行証。そう大きく目立つように書かれた一枚のカード。


 そして視線を少女へと戻す。


「さっき『私の権限では通せない』って言ってたような気がするけど」

「ええ。あなたのその紹介文が無ければこれをあなたに渡す権限は私にはなかったわ」

「つまりあんたの裁量次第と。ふむ、学園の中でも相当偉い人だと見た」

「そんなに大層なものじゃないわよ」


 クスリと笑いながらあっさりとユウリの言葉を流す彼女であった。が、言われたことをそのまま間に受けることはしない。

 物腰。立ち振る舞い。雰囲気。

 一介の学生にしてはあまりにも場慣れし過ぎているように感じてしまうのは、ユウリが多少なりとも彼女に対する警戒レベルを上げてしまったからだろうか。


 ともあれ。


「なんにせよどうも。これで中に入れるのな」

「そうね。ちなみに研究室は学園の右側にある校舎の中よ」

「了解」


 手渡された通行証を懐へとしまう。

 最初は無駄足だったかと思われたが、少女のおかげで徒労に終わるようなことはなかった。とにかくこれで門の中に入れるというもの。


「じゃあそろそろ行くっすわ。また今度会った時は何か礼でもするよ」

「楽しみにしているわ。もっとも、すぐに会うことになるだろうけれどね」

「――?」


 別れの挨拶を交わす中、ユウリには少女の言葉に含まれていた後半の意味がわからなかった。

 しかしそれを別段気にする様子もなく門番の業務をこなしている二人の生徒の方へと歩き去っていく。

 ズカズカと迷いない足取りで進んでいくユウリの後ろ姿を、少女は細部を観察するかのような視線で眺め続けた。


「――ふぅん。今年の一年生、面白い子が入ってくるのね」


 微笑を浮かべながら。

 少女は自らの胸元に施されている赤い刺繍を指でなぞった。



 ★


「そういや名前、聞いてなかったな」


 石造りの廊下を歩きながら、先ほど自分に対して色々と優遇してくれた少女のことを考える。

 今度会った時に礼をするとは言ったものの、名前を聞いていないのであれば探すのにも一苦労だ。


 なにせこの学園、生徒数は五千を超える大規模な学び舎であるらしい。その中から金髪が綺麗なお姉さんという情報しかわからない状況で、どれだけ探せるものなのか。


(まっ、なんとかなるか)


 過ぎてしまったことはしょうがない。

 すぐに切り替えられるその点は、ユウリ・グラールにとっての美点とも言えるべきものだった。


「さて」


 それよりも、と。

 ユウリは廊下の先にある一つの扉の前に立つ。


 ルーノ教授、研究室。


 扉に張られてある鉄のプレートには、そのように刻まれていた。


「ここか」


 自らの懐に手を入れて、再度渡された紹介文を目にする。

 育て親の老人からこの紙を渡された時、学園に入学するまえにルーノという人物に挨拶するようにと言われていた。どうやらユウリが学園に入学できるように、色々と手続きをしてくれた者が彼らしい。


 同時に、変わった人物であるということも聞かされていた。


「どんな人なんだろうな」


 呟きながら扉に手をかける。

 どちらにせよ、何かあればこのルーノという人物を頼るようにと言い聞かせられているのだ。

 ならばここで一つ、しっかりと挨拶を済ませておくのが礼儀と言える。


 ユウリにとって礼儀など糞食らえと思う部分は多少なりともあるが、しかし世話になるべき人には一通りのことはしておくべきだと、扉をゆっくりと開いた。


「失礼しま――間違えました」


 そしてすぐさまバタンと閉じる。


「――」


 降り立つしばしの沈黙の時間。


 ふぅ、と息を吐いて。

 もう一度だけ、確認のためにと言い聞かせながら勇気を振り絞り、光が漏れるギリギリの間隔だけを開ける。

 チラリ、と。再び中を覗き込んでみた。


 結果は変わらない。

 中にあるのは部屋中にぶち撒けられたゴミと、その中心にて小型の魔導機械に頬を擦り寄せている男が佇むという光景のみ。


「あぁ……君はなんて可憐なのだろうか。この光沢、質感、重量、素晴らしい。惜しむらくは性能に多少の雑さがあるところだが、そんなところもまた愛しい」

「………………」


 天にも登りそうな至福の笑み。

 まるで十年ぶりに恋人と再会したかのような惚けた表情が、男の顔に浮かんでいる。


 これはお楽しみの時間を邪魔するべきではないな、とユウリは一筋の光が通るか通らないほどの小さな隙間を埋めるがごとく、扉を閉めようとした。


「――ああ、お客か。入ってくれたまえ」

「……」


 そこで声をかけられた。

 真っ直ぐとユウリが隠れている扉の方に視線を向けた、おそらくルーノと思われる人物。


 向けられた視線に、ユウリもまたマジマジと男に目をやった。


 灰色のボザボサの髪と、濁ったような灰色の瞳。年は二十代後半ほどだと聞いているが、不健康そうな肌色と表情から三十代半ばのようにさえ見える。

 ちなみに顎髭も統一されていることなく、まるで荒らされた芝のように生えていた。


 その身に包むのは白衣というところから、なるほど。

 確かに博士と言われても頷ける。


「それで、僕に何か用かね?」


 先ほどの至福の表情からは一転。

 今は興味なさげな顔でユウリを部屋へと向かい入れる。

 その変わりように「はは……」と乾いた笑みが浮かび上がってしまうユウリ。

 それも仕方なしと自分に言い聞かせた。


「やぁー、爺さんから挨拶するようにと言われて」

「爺さん?」

「そうっす。あ、これ」


 そう言って、手元にある紹介文を手渡す。

 説明するよりも見せた方が早かろうと断じたからだ。


 受け取ったルーノと思わしき人物は最初こそ疑うような視線を手紙に向けていたのだが、しかし途中からその顔付きも変わった。

 まずは意外そうに少しだけ目を見開き、そして次第に遊び甲斐のある玩具でも見つかったかのような笑みへと変化していく。その過程を眺めるユウリは、ゾクゾクと妙な寒気に体を震わせるばかり。


「なるほど」


 一通り文章を読み終わったところで、ルーノと思わしき男はユウリへと手紙を返した。


「それで、ルーノさんで間違いない?」

「いかにも! 世界中の魔導機械を愛する魔導の使徒、ルーノ・カイエルとは私のことだ!」

「できれば間違えであって欲しかった」


 顔に手をやって、眼鏡をくいっと上げる動作を取るルーノ。ちなみに言っておくと、彼は眼鏡をかけてはいない。

 ドヤ顔と決めポーズを惜しげもなく晒す研究者の姿に、ユウリは少しばかり遠い目をしてしまった。


 変わった人物とは聞いていたが、ここまでとは予想できなかったためである。


「しかしフォーゼさんの弟子と来たか。あの人はこれまで弟子を取ったことはなかったはずだがね」

「へぇ。確かに他の人に武術を教えているところは見たことないけど」

「ふむ、なるほど。それだけ君に才能があったということか」

「やぁー、そんなに褒めないで欲しいっすわ」

「まあそんな些細なことはどうでもいい」

「なぬ」


 上げて落とすとはまさにこのこと。

 褒められたかと思えばすぐさま興味を失ったようにバッサリと「どうでもいい」と宣ったルーノに、ユウリはガクッと頭を落とした。


「紹介文、確かに読ませてもらった。そして前々から聞かされているように、私の推薦枠で君を入学させることも概ね大丈夫だ。手続きはすでに済んでいる」

「……どうも」


 ルーノの言葉に、今度は素直に頭を下げる。


 そう。

 ユウリがこの学園に入学できるのは厳しい審査の中を掻い潜ってきたわけではなく、単純にコネを活用してのものである。


 このルーノ・カイエルという人物、見た目だけではわからないが学園の中でもかなり上位の立ち位置に存在する研究者だ。

 何よりルーノという名前だけではピンと来なかったが、カイエルまでの名を聞いて、ユウリは一人の人物を頭に浮かべることができる。


 ルーノ・カイエル博士。

 ルグエニア王国に留まらず、アルベルト大陸において名を馳せている魔導研究者。

 魔導技術に疎いユウリでも名前だけは聞いたことがある。出るところに出れば、そんじょそこらの貴族などより権威のある人物だ。


(爺さん、あんたはこんな人と知り合いなんすか)


 自らの育て親を思い浮かべながら、呆れた笑いが漏れ出そうになった。


「しかしだ。私も人間であり、何かを欲する生き物。タダで推薦枠を与えるわけじゃあない」

「ん?」


 そこでルーノの言葉にユウリは現実へと引き戻された。


 タダではない、と。

 確かに推薦枠というものは簡単に手に入るようなものではないらしく、むしろそれを得られること自体が稀であるとは言われていた。


 その推薦枠と引き換えとなるほどのもの、あるいはこと。


「まあまあ、そんなにかしこまらなくていいさ。聞けば君は傭兵として活動してきたらしいじゃないか」

「……まあ」

「なら簡単だ」


 そこでルーノは笑みを浮かべる。

 先ほどの玩具を見つけた時のような、そんな笑みを。


「――学園に在学している間、私の依頼を受けてくれればそれだけでいい」


 言葉と笑み。

 それを見ると、どうしてもそれだけで済むとは思えない。ユウリは内心で「面倒なことになりかねん」と、素直にそう思った。




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