幕間 黒い影
時は一週間以上も前に遡る。
それはレオン・ワードとユウリ・グラール。
両者の模擬戦が終了した間際のこと。
「力が、欲しい」
「――求めるの、力を」
「――ッ!?」
呟いた言葉に反応が返ってきた。
この場所には自分一人だけしかいないと思われたレオンは、その事実に驚愕を覚えながらも、声の主を確認しようと振り向こうとする。
しかし、動けない。
まるで縫い付けられたかのように体が動かなかった。
その感覚に嫌な汗が背中を伝う。
「これは、何が」
「――もう一度聞く。力を求めるの?」
声の主が誰かはわからなかった。
認識できているはずなのに、認識できていない。
まるで頭の中に靄がかかったような感覚である。
「力を……」
レオンの意識が徐々に遠くなっていく。
ともすれば、その甘い囁きに自らの身を呈してしまいそうになる。
「なら言う通りに動けばいい。そうすればあなたが望む力をあげる」
「――」
おぼろげな意識の状態で、レオンはその言葉に甘美な何かを覚えた。
手を取れば、それだけで求めていた力が手に入るような、そんな気がした。
レオンはだからこそ。
手を取ろうとして――寸前のところでやめた。
「――そんな力は、いらない。他人から与えられた力に頼るのは、僕の正義ではない」
「そう」
「ぁ――」
言い切った後に。
レオンはプツリと糸が切れた人形のように倒れる。
それを背後にいた影は見下ろした。
「――失敗、ね」
少々落胆したような。
それでいて驚きを含んだ声を漏らす。
痕跡がバレにくいように少ない魔力による呪術を施したとはいえ、抗われるとは思いもしなかったためである。
眼下で横たわるレオンは意識を失っている。
目を覚ましたとしても、今の会話や出来事を彼は覚えていないだろう。そういう術を彼にかけている。
意外だった、と言うべきか。
「ニール・ワードの方は成功したからこそ、弟の方も容易いと思っていたけれど。案外弟の方が心が強かったみたい」
人影はそれだけ言うと、その場から去っていった。
★
そして時は現在に戻る。
「――なかなか上手くいかないものね」
闇夜の中で、全身を真っ黒な装束で覆った人影が息を吐く。
その人物はニール・ワードを使って"暴れ牛"を手引きし、学園に混乱を持ち込ませようとした。
あわよくば"加護持ち"も手に入るかもしれないと、少しばかり期待していたのだが。
しかしそれも失敗に終わった。
「レオン・ワードの方も操れれば、また変わったかもしれないのに」
兄弟共々、洗脳できなかったのは少しだけ痛手であった。
もしも弟の方にも《傀儡化》を施せたなら、結果はまた違ったものになっただろう。
「それにしても」
懸念すべきことは多くある。
学園の警備が思ったよりも厳しく管轄されていること。
強者がそれなりに集っていること。
なにより。
「ユウリ・グラール、だっけね」
予想外なのは、あの欠陥品と蔑まれる少年の存在のこと。
今回の計画に支障を来した原因の一端には、彼の存在ももちろんある。
「もしかしたら、アレは――」
言いかけて、止まる。
「まだわからない」と首を振るだけに留めた。
「まあ、しばらくは様子見。じきに"再生者"も動き出すようだし」
黒い装束の影。
その口元が三日月のような形で、嗤った。
「時期を見て、また動くとしようかな」
独白。
それは誰の耳に届くでもなく、闇夜の中に溶けてなくなっていく。
次の瞬間には、その人影の存在すら掻き消えていた。




