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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 後編
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決意の空

 握り飯をペロリと胃に収めたユウリは、満足気に腹を撫でる。

 ここ最近の中でも、特別深い味わいを残した食事であった。


「――んで、三人は何をしてるの」

「なんだ、気付いていたのか」


 背後からの気配を感じたことで、声を向ける。しかし振り返ることはしない。振り返らずとも、自分に忍び寄ってくる三人の人物が誰かを察することができるからだ。

 学園に入学してからというもの、ほぼ毎日のように会っている間柄の三人。


 ステラ・アーミア。

 レオン・ワード。

 そしてフレア。

 この三人だ。


「ユウリ君はここで休憩中?」

「そそ。ステラの方はだいぶ回復してきたみたいだな」

「まあ、ね。まだ完全にとは言えないけど」


 困ったようにステラが笑う。


 "汚染"の悪夢に誘われたステラは、やはり他の者と同様に最初こそ食事すらまともに取ることができない精神状態だった。

 終始レオンに抱きついており、行かないで、見捨てないで、と言葉を重ねている過去の光景が脳裏に過る。


 それを思えば、こうして笑っていられるだけ精神状態も安定してきた方だと言えた。


「でも、こんなところに居て大丈夫か? もうすぐ休憩時間も終わるはずだけど」

「それが、休憩時間が伸びたのよ」


 ゆっくりとした足取りでユウリの隣に腰を下ろしたのはフレアである。


「休憩時間が?」

「ええ。思ったより作業が進行してたから、もう少し休んでいい、だって」

「へぇ。太っ腹なもんだ」

「傭兵でもない私達は、ある意味お手伝いとして手伝わされてるのよ? 少しくらい休ませて欲しいわよ。全く」


 ぷりぷりと文句を言いながら、彼女は懐から取り出した握り飯を口にした。

 どうやらまだ食事を取っていない様子である。空腹に苛まれながら体を動かし続けていたなら、フレアとて少しは不機嫌になるというもの。


「ふぅん」


 チラリと一瞥するようにフレアの姿に目を向ける。ふと、ユウリは彼女との距離感に違和感を感じたからだ。


 何やら、彼女との距離感が近い。


 今まではそれこそ彼女から自分と他人との境界線の線引きを明確にしていたように感じられたが、今の彼女はその境界線を考えていないようにも見える。


「――な、何よ。何か私の顔についてる……?」


 じぃっと。

 疑問を覚えたユウリが彼女に視線を向け続けていると、フレアは顔を紅潮させて視線をぷいっと逸らした。


 今までの彼女からはあまり考えられないような反応だ。

 年相応の少女のような、愛らしい姿だとユウリは感じた。


「――これは……ッ。フレアさん、まさか!?」


 頬を染め視線を彷徨わせながら、フレアが握り飯をちょびちょびと食していく。その姿に何かしらを感じ取ったのは、何もユウリだけではない。


 ステラもまた、衝撃が走ったような表情を声と共に周囲に晒していた。


 そして、一転。


 パァッと、まるで満開の花が咲いたような笑顔を浮かべ始める。


「もしかして、でもフレアさんだし、だけどユウリ君普通に見たらかっこいいし。話を聞けばフレアさんを助けた時のユウリ君はまるで王子様みたいだったらしいし。そういえば今日までフレアさんの口からユウリ君の名前しか聞かなかったような……。これは、恋の予感……ッ! うっはやべえみなぎってきた!」


 何やらブツブツと独り言まで漏らし始めた、蒼髪の少女。

 代々、優秀な治癒魔術師を輩出しているアーミア家のご令嬢であるはずの彼女が、何やら今は頭のおかしい変質者のように見えてしまうのは、なにもユウリの気のせいだけではないはず。


「えーっと。ステラさん?」

「待って! 今話しかけないで! 春の予感を感じているところだから!!」

「あ、はい。わかりました」


 危険な雰囲気を感じたユウリは彼女に声をかけたが、あえなく撃沈した。

 しかもそれだけなら良かったが、「フレアさんに直接聞き出さないと……ッ!」と謎の使命感に駆り立てられており、そのままフレアの腕を掴んでどこかへ行ってしまった。


「え、ちょ、どこ行くのよ、ステラ!」

「ちょっと、ちょっとだけだからお姉さん!」

「何か口調がいつもと違うような気がするんだけど……!」


 当のフレアは、当然とも言えるが状況の変化について行けていない様子である。しかし今のステラはフレアであっても止めることは叶わなかったらしく、そのままあっという間に木陰に隠れてしまった。


「……なんだったんだ、今の」

「できることなら気にしないでくれ。ステラはたまに、ああなる」


 げんなりとした顔で彼女らの行く末を見守ったユウリとレオン。


 ともあれ。


「その右腕、大丈夫か?」


 レオンの視線がユウリの右腕へと向いた。

 魔衝波(インパルス)による反動を受けて、包帯を巻く羽目になった腕の方へと。


「ああ。時たま痛みが走るくらいで、それ以外は平常ってとこ」

「そうか。あのスイ先輩が所々サボっている君の姿を目にしても何も言わないのだから、それなりの傷だと思っていたが」

「やぁー、そんなことは――スイ先輩に、サボってるのバレてたのか……?」

「気付かなかったのか。バレバレだ」

「げぇ……ッ」


 気付かれていないとばかり思っていたが、どうやら休憩時間を余分に取っていたことをスイには知られていたようだ。

 後になって裁きが下されるだろうことを考えると、ユウリは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「安心していい。君は今回の事件解決の最大の功績者だ。そのくらいのことじゃ、説教で済まされる程度だろう」

「それでも説教は受けるのか……。やぁー、わかってたけども」


 重い息が出る。

 彼女の説教は長いのだ。

 しかも右から左へと垂れ流しにしていると余計に不興を買ってしまう。


 辛いものであった。


「君は相変わらずだな」

「ははっ、まあね」

「――ユウリ」


 名を呼ばれる。

 畏まった様子のレオンが、真っ直ぐとユウリに向けられた。


 彼が何を伝えたいのか。その意図をユウリはなんとなしに汲み取る。


「君に、今回のことで言わなければならないことがあるんだが――」

「感謝の礼ってのだったら、いらないかんな?」

「――」

「感謝したいのはこっちも一緒だから」


 先にレオンの言葉を止めておいた。


 確かに今回の"汚染"騒動は、ユウリがいなければ収集がつかずに大きな被害を被っていただろう。"汚染"を受けた者の中にはステラもいた。そのことについて彼が何を思っているのかは、数ヶ月一緒にいたユウリにはわかる。


 しかしレオンが感謝の意をユウリに伝えたいことと同じように、ユウリもまたレオンに感謝の意を伝えたい気持ちがあった。


「お前がいなかったら、俺は先に進めなかったよ」

「――」

「ありがとさん」

「――ふっ。君に感謝を言われると、何やら照れ臭いな。それと似合わない」

「言ったな、こいつ」


 軽口を叩き合う。

 そして二人してぷっと吹き出し、笑った。

 澄み渡る空の下で、少年二人の屈託ない笑い声が響き渡る。


「やぁー、笑った。そういや、レオナールさんはどうしたんだ?」


 一頻りに笑い終えた後。

 ふと気になったことを彼に尋ねた。


 自分達を救助するために単身で駆けつけてくれた、当代最強の騎士。

 このレガナント奪還の際に先陣を切って魔獣を屠っていった彼であるが、ここ最近はその姿を見かけないことに首を傾げていた。


「父上は王都に戻ったよ。黄の月に行われる聖誕祭の準備に向かわれた」

「そっか。あの人も忙しいんだな」

「"剣皇"ともなると、やはりやらなければならないことが多いらしい。先日も少し愚痴を漏らしていたよ」

「王宮騎士団の隊長ともなると、そりゃ出てくるよなぁ」


 他人事のように、否、他人事であるからこそ呑気な口調でユウリは答える。

 もちろんレオンも気にした様子はないらしく、自らの父親の苦労を思って苦笑を溢した。


「――ユウリ!」


 そんな時のこと。

 どこか切羽詰まったような声でユウリを呼ぶ声が響いた。

 ステラに追いかけ回されているフレアだ。


「今のステラ、すごく面倒臭いんだけど! どうにかして!」

「いや、どうにかしてと申されましても……」


 逃げるようにユウリの背中へと隠れたフレア。対して、獲物を探す狩猟者のような目で彼女を追い立てるステラがフレアを追い詰めようとゆっくり近寄ってきた。


「ほら、フレアさん。いつもは私をからかってるじゃん。今度は私が……ハァ、ハァ、からかう番だよ?」

「私はそんなにからかってないわよ。それに私とユウリはそんな関係じゃ……」


 木陰で何かの話に花を咲かせていたようで、その時のことを思い出したのかフレアはモニョモニョと口を動かすだけでその先を口にすることはしなかった。というより、できなかったと形容する方が正しいようである。


 とにかく、彼女の反応が何かしらのステラのスイッチを押してしまったことは確かであった。


「それよりフレア。そろそろじゃないか?」


 このままでは拉致があかないと感じたユウリは、ふと済まさなければならない用事を思い出したので、そう口にする。


「そろそろ――ああ、そうね。そろそろ行かないと」


 ユウリの言葉に、フレアもまた納得したように頷いた。


「どうしたんだ、ユウリ」

「この後、ちょいと約束があってさ」

「約束?」


 ふっと素に戻ったステラが首を傾げる。そんな彼女の疑問に、ユウリとフレアはそれぞれ違いの顔を見合わせて、彼女に頷いた。


「ああ――大事な約束なんだ」



 ★


「――あ、お姉ちゃんに、ユウリさん」

「よっ」


 山中都市レガナントの南側に位置する、高台への入り口。そこでユウリ達二人と待ち合わせているのは、マリーであった。


「どうだ。最近の調子は――」

「ユウリ」

「……ごめん」


 幼い少女との再会を果たして、ユウリは彼女の容体についてを訪ねようとする。が、隣のフレアに諌められた。


 彼女の調子など、聞くまでもない。

 少女の茶色の髪はボサボサで、その目の下には大きな隈が目立っている。

 今日も夜通し泣いたのだろう。目が赤く充血しており、小麦色の肌は所々荒れている様子が見受けられた。


 初めて会った時の快活な印象は、今では微塵も感じられない。


 当然とも言うべきか。

 最も信頼する家族――兄を失ったのだから。


「――んじゃ、行こうか」

「……はい」


 ユウリ達がこの高台に赴いた目的は、一言で言い表すなら墓参りである。


 マリーの希望でオルカの遺体はこの高台の上に埋められることになり、そこに墓石を立てて簡易の墓標を設置した。

 最近では都市の復興にユウリ達は生を出しており、またマリーの方では体力が回復しきっていなかったことから、三人でオルカのもとに行く機会がなかったのだが。

 しかし今日、三人の時間に共通の空白地帯が生まれた。ゆえにこうして足を運んだというわけである。


「――」

「――」

「――」


 違いの足取りは、決して軽くはない。

 特にマリーなどは、ふらふらと覚束ない足取りで前を歩いている。


「マリー。最近、食事はちゃんと取ってるの?」


 心配になったのか。

 フレアが少女に言葉を向けた。


「……」

「はぁ。その様子じゃ、食べてないみたいね。ほら」

「……これ、は?」

「握り飯よ。私の分を一つあげるから、しっかり食べなさい」


 フレアに強く渡され、しかしマリーは視線を彷徨わせる。彼女の中にも少しの葛藤があったようで、返そうかどうかを迷っているようにも見えた。


「――ありがとう」


 けれど、最終的には受け取った。

 おずおずと葉包を外して細々と胃に収めていくマリーの姿に、満足気に頷いたフレアは彼女の頭に手を置いた。


「ここか」


 そして辿り着く。

 オルカが眠る、墓標へと。


「――」


 重い足取りを動かす三人は、墓標の前で立ち止まる。その際、誰も彼もが閉口した。


 快晴の下で、高台からはレガナントの至る所が一望できる。改めてこの街が受けた傷跡がよく見渡せる光景だ。


 瓦礫の山が積まれて、家々の半分以上は倒壊している。山中都市の観光名所ともされていた中央の監視塔は、今や見る影もない。


 だがそれらを街の人間は一生懸命、再生させている。


 オルカの墓標は、まるでそれを見守っているように感じられた。


「お兄ちゃん」


 風が吹き、三人の頬を撫でる。


「あたしね。この街を出て行くことになったの」


 優しく。

 小さなその手で、ゆっくりとマリーは兄の墓標をなぞる。


 彼女の言葉通り、マリーはこのレガナントから去ることになった。理由はたった一人の家族を失い、身寄りがなくなったから。


 このままでは生活していけない彼女に対して、一緒に学園都市ロレントまで来るようにユウリが進めたのである。そこで伝を使い、とある人物に彼女を預けることにした。

 マリーもそれを了承したからこそ、この場で別れの挨拶している。


「お兄ちゃんは、あたしのために傭兵になってくれたよね。でもすごく不安だった。だって傭兵って、危険なお仕事をしてるってみんなが言うから」


 独白が続く。


「でもいつもお兄ちゃんは笑ってたから。お兄ちゃんなら大丈夫だって信じてた。ううん、ただの甘えだったんだなって、最近考えるようになったよ」


 声が震える。


「お兄ちゃんは傭兵に向いてなかった。加護持ちの、あたしの方が向いてたかもしれない。でもあたしのためにお兄ちゃんは――」


 涙が伝う。


「――お兄ちゃん。あたし、傭兵になる。傭兵になって、あたしみたいな人を作らないようにするんだ」


 考えた。

 寝る時も、朝も昼も夜も。

 どうすれば兄が死ななくて済んだのかを。


 考えた結果、自分がいたからなのだと知った。


「もう誰かに守られる立場になりたくない。支えられるんじゃなくて、支えられるように。あたし――強ぐ……っ、な゛るから……ッ!!」


 クシャクシャに顔を歪めながら。

 天に昇った兄に届くように、声を出す。


 それは誓い。

 弱く、平凡な兄が、それでも守ってくれたから。

 強く、非凡な(じぶん)が、今度は誰かを守るのだと。


「さよなら、お兄ちゃん」


 泣いて、泣いて、泣いて。

 背後からフレアに抱き締められ、マリーもまた彼女の背中に手を回す。

 加護持ちの少女(マリー)加護持ちの少女(フレア)の胸で、涙を流し続けた。嗚咽を漏らしながら、別れを悲しむ。


「――オルカ」


 次いで。

 ユウリが前に出た。


「お前は俺を尊敬してるって、言ってたな」


 脳裏に過るのは、彼との模擬戦の風景。

 欠陥魔術師であるはずの自分に対して、眩いまでの輝きを持ってその視線を向けてくれた少年がオルカだった。


「あの時の俺は、それに値しない奴だった。今でもそうだ」


 拳を握る。

 ユウリもまたマリーと同じように、誓いの言葉を言うためにここに来たのだから。


「俺が、背中を追いかけたい人がいるように。誰かに背中を追われるように強くなる。お前が俺を見ていた時のように、さ」


 懐に締まってあった、最後の握り飯。

 それをユウリは供物としてオルカの墓へと差し出す。


「また来る。次は、もっと強くなって」


 風が再度、吹く。

 まるでオルカが返事を返すように。ほんのささやかな風が、三人のもとを過ぎった。


 対してユウリは、穏やかな顔でその風を迎え入れる。


 誓った。

 約束した。

 強くなると。


 欠陥魔術師の少年の果てない歩みは。


 今、ここから――真の意味で始まりを告げる。










 三章 実地研修編 後編   ―完―







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