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ただの欠陥魔術師ですが、なにか?  作者: 猫丸さん
三章 実地研修編 後編
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「――ただの欠陥魔術師ですが、なにか?」

「あれは……」


 ユウリの右拳から溢れ出るように顕現した純魔力の塊。

 山中都市レガナントまでの道のりの際に、幾度か見かけたことのある光景にフレアの目が僅かに大きくなる。


 始めこそ半透明の不明瞭な魔力であった。しかしユウリが次々に魔力を送り込むことによってその色を青白いものへと変化させていく。

 普通なら体外で放出した魔術に干渉することはできないはずなのだが、ユウリに関していえばその限りではない。


「――ねえねえそれそれ。どうやったらそんなことができるのぉ?」


 かの”汚染”もユウリの特異な体質が生み出す奇怪な魔術の使用方法に、興味深いものを見たとばかりの声を漏らす。

 岩人形の内部にいる彼女だが、外の光景は問題なく見えるようだ。


「さぁ。どうやったらできるでしょーか」


 まともに受け答えはしない。

 はぐらかし、この魔術の情報をできる限り悟られないように、静かに構築を続ける。


 訓練通り、魔波動と同じ要領で魔力を放出させつつその魔力に【収束】の魔術式を加えることで、魔力は大気の魔素と結合することなくユウリの手元で留まることに成功。

 次にその魔力にどんどん魔力を流していく。徐々に魔力の密度が濃くなっていき、ゆえに半透明から青白い色に変化する。


 傍から見れば、かなり高密度の魔力を右腕に宿しているような状態だ。

 ゆらゆらと揺れる魔力はまるで灯のようにも見える。


「面白いこと、するのね。魔術も何も使わないから、てっきり魔術師でないのかと思っていたけれど」


 ギギッと動く岩人形。


「でも。曲芸ができたからといって私に何かできると思っているのなら、それは大きな間違いじゃーないかしら」


 ゆっくりと動く巨体が、音を鳴らして地面を踏みしめる。


「確かにすごーっく高密度な魔力ね。でもただの純魔力。その魔力を使って魔術を使えることができればまだ可能性はあっただろうけど? それだけじゃ、あくまで初級魔術の域をでないんじゃないかしらぁ?」


「初級魔術じゃ、このゴーレムに傷一つつけられないわよ」と。

 ゆっくりとユウリに向かって歩み始める岩の巨体。

 ズシッと地面を踏み抜くその足音は、どこか透き通るようにユウリの耳へと届いていく。ここまでクリアに音が聞こえるというのは、ユウリの中でも緊張感が高まっている証ともいえた。


 敵は岩石でできた巨大な人形に身を隠している。

 魔波動を用いたとて、あの岩を粉砕できることはほぼあり得ないだろう。

 で、あるならば。


 勝算といえるものは、右拳に集めた魔力のみ。


「言ったろ。次で決めるって」

「――」

「覚悟、決めとけ」

「うふふっ、威勢の良い子。そういうの――嫌いだわ!!」


 衝撃が振動となって肌に伝わる。

 ゾフィネスを乗せたゴーレムが、一直線にユウリへと突進してきた。


 圧倒的な威圧感。

 まるで形が膨張したかのように見えるほど一瞬でユウリの眼前へと躍り出たゴーレムは、真上からその剛腕を瓦割りの要領で打ち下ろす。


「――ッ!」


 まさに紙一重といえるほど、ギリギリのタイミングで攻撃を回避した。

 直後に襲う爆発にも似た衝撃。同時に発せられる突風。それらがユウリの身体に容赦なく襲いかかる。

 上手く受け身を取ることができずにごろごろと地面を転がることとなったユウリは、上手く体勢を立て直してなんとか立ち上がった。


「なんつー速さと威力――」

「あらあらまだまだ。これからよぉ!!」


 呆気に取られる。

 いつの間に。いったい、ゾフィネスはいつの間に頭上へと跳んでいたのだろうか。

 ユウリの頭上から跳びかかってくるゴーレムの姿は、まるで岩竜ガルベグルスからの岩砲弾を彷彿とさせる。


 脳の奥から警告が鳴り響いた。

 あれを受ければ確実に潰されると。

 だからこそ、全身全霊を込めてその場から退避した。


 またも爆発音が響く。


「あの巨体であれだけ速いとか予想外過ぎる……ッ」


 もはや笑みすら浮かんでくるとばかりに、ユウリは「ははっ」と力なく笑った。


 油断していたわけでは断じてない。しかし目算が甘かった。

 ユウリの知る岩人形ゴーレムという存在は、その一撃の威力こそ脅威とされていても動き自体は決して褒められたものではなく、むしろ遅い部類だとされている。

 だからこそ接近戦に持ち込みさえすれば、勝機が作れると思っていたのだ。


 けれど。


「また来るか」


 屈みこむ。

 即座に振るわれる岩石人形ゴーレムの薙ぎ払い。それが頭上を通り過ぎる。


 回避こそできたが、ユウリは敵の動きの全てを見たわけではない。

 最早相手の一挙一動を見てから反応するのでは遅すぎるからだ。

 相手の一瞬の挙動から次の行動を予測し、回避に移行しなければかなりの攻撃範囲リーチと速度を誇るあのゴーレムの一撃を回避することができない。それを悟った。


 だが、だからといって脅威が消えたわけではない。


「アーッハハハ! 愉しいィッ!!」


 次々と振るわれる剛腕の猛攻。

 さながらそれは、嵐が通り過ぎていくような光景を生み出している。


 あまりの攻撃範囲リーチの差に、ユウリは攻めあぐねるだけに留まらない。躱すことに精いっぱいで他のことについての思考に意識を回す余裕がない。


 このままではいずれ――。


 ユウリが背後から忍び寄る絶望に陰に唇を噛み締めた。


 その時のことだった。


「ユウリ――――ッ!!」


 背後から燃え盛る蒼炎が、ユウリへと振るわれる剛腕の一つを燃やし尽くしたのは。


「あらあらまあまあ――え?」


 思わず呆気に取られたのだろう。

 ユウリへと振るった右腕。その肩から先が一瞬にして消え去った。

 あまりにも突発的なことだったためだろう。気の抜けたような声がゾフィネスの口からポロリと漏れる。


「これは……ッ」


 驚愕に目を見開いたのはユウリも同じだ。

 声を発しながら、炎の元を辿るため僅かに振り返る。


 視線の先。

 岩場の陰に隠れていた筈の銀の少女が、未だ痺れたままの身体を引きずりながらもこちらに片手を突き出している姿が目に映った。


「頼まれた援護……果たしたわよ……ッ」


 息も絶え絶えで、魔術を使うだけでも精いっぱいであったことが伺える状態。

 けれどその瞳の奥には、先ほどまでの絶望に染まりきった曇りが存在しない。もともと彼女に備わっていた、凛とした炎の灯が宿っていた。


「――やぁー、最高だフレア」


 右肩から先を蒼炎によって焼却されてバランスを崩したゴーレムが、ぐらりと体を傾ける。それすなわち、この戦闘が始まってから最も大きな隙が生じた瞬間でもあった。


 その隙を見逃すことは、絶対にしない。


 先ほどから収束した魔力を纏っていた右の手。

 より衝撃を通しやすいように、掌底の形を取って。


 ユウリはゴーレムゾフィネスの懐に潜る。


「覚悟はいいな」

「――」

「これは、ステラの。オルカやマリーの。そしてフレアの。お前が今まで絶望の淵に落としてきた人間全員の分だ」


 大きく身を弓なりに引く。

 青白い魔力が、ゆらりと揺れる。

 解き放たれるその時を待ちわびるかのように。


「あなたはいったい――」


 一秒がまるで何十倍もの長い時間へと変わったかのような静かな空間の中で、思わずゾフィネスは頭に引っかかっていた疑問を口にした。


 自分の呪術が通じなかった。

 自分をここまで追い込んだ。

 そして今から自分に裁きを下そうとする、目の前の少年。


 果たして。

 少年はその問いかけに――。


「――ただの欠陥魔術師ですが、なにか?」


 その手を――振るった。



 ★


 魔波動による戦闘スタイル。それに欠けているものは決め札だとエミリーに言われてから。


 ユウリは考えた。

 収束した純魔術に、愚直に【衝撃】の魔術式を込めたところで何度やっても魔術が暴発するだけだ。

 魔術として留められる時間は一秒程度。その間に新たに【射出】の魔術式を加えて、目標に投擲することなどユウリの魔術熟練度では到底無理な話である。


 ならばいっそ。

【射出】の魔術式を加えて、投擲するという動作を削ってしまえばどうかと。

 未だ魔術においてはどこまでも未熟なユウリは、【射出】の魔術式すら満足に扱うことができない。

 しかし自分には強みがある。魔波動を使用した独自の武術という強みが。


 瞬発力に関していえば、A級傭兵としても名高いエミリーにすら賞賛されたほどだ。

 一撃を与えるという一点に関しては、威力こそ度外視すれば彼女をも上回る。


 であれば、己の手元にある純魔力を直接相手へと打ち込めばいい。

 投擲などではない。自身の身体で敵の懐まで入り、全てをぶつける――その瞬間に、【衝撃】の魔術式を加える。


 そうすれば、どうなるのか。





「奥義――《魔衝波(インパルス)》」





 鼓膜が破けるほどの、爆音。


 周囲へと。

 都市へと。

 もしかしたら、麓町まで届いたのかもしれない。

 そう思わせるほどの衝撃が、空気中を走り去っていく。


「――」


 ”汚染”を乗せた岩石人形ゴーレムは、粉々に消え去った。


 ユウリ達の周りにある岩場の岩石も、衝撃の余波に吹き飛んだ。


 そして肝心のゾフィネスは。


「――」


 宙、高く。

 遥か頭上の上を、風に揺らされながら舞っていく。

 腕はひしゃげ、肺は潰れ、内臓はズタズタになりながら。

 もはや生きているかもわからない状態で、放物線を描きながら遠くへ、遠くへと飛んでいった。


「――」


 衝撃が生み出す音が、木霊していく。


 それはまるで産声のように。


 自分はまだやれる、まだ先に進めるんだと高らかに叫ぶ子供のように。


 不快感を一切感じさせない、透き通ったような衝撃の音が、終わりと始まりを告げる鐘のように響いていった。





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