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始まりの光

 どこまでも淀んだ曇天の空の下で。


「――オラァッ! 欠陥品はお呼びじゃねえよ!」


 鈍い音と共に、一人の少年が背中から地面に叩きつけられた。


「ぐ……ッ」


 背面を強打した少年は痛みに呻き、声を漏らす。

 瞳には僅かに涙が滲んでおり、立ち上がろうと力を振り絞って――そのまま石造りの路上に倒れこんだ。


 当然、と言えるだろう。

 少年は未だ齢十にも満たない小さな体であるのに、ここ数日は碌に食事にもありつけない毎日を送っていた。

 そんな時に、自分の二倍はあるのではと思われる大柄な男に勢いよく放り投げられることになれば、この少年でなくともなす術などない。


「――ったく。これが噂の残飯漁りか。本当にこれ以上ないくらい真っ黒な奴だな」


 真っ黒、と男が口にしたその意味は少年の容姿を見ればすぐにでもわかる。


 闇夜のように漆黒の色をした髪。

 同色の瞳。

 そして身に着けているボロボロの外套もまた、それに合わせたように黒の着色を施されていた。


「ああ、また」

「あの子供、ウチにも来たぞ」

「可哀想にな。こんなご時世でなかったら、パンの一つでも恵んでやれたが」

「止めとけ、あいつは欠陥品だ。噂によれば生活魔術を使う魔力すらないらしい」

「なるほど。そりゃどこも雇い入れてくれないわけだ」


 ヒソヒソと。

 周囲の人間が倒れた少年の姿を眺め見る。

 けれど、誰一人として手を差し伸べる人間などいなかった。


 さらに、追い打ちのように先ほどの男から叱咤が飛ぶ。


「とにかく、ウチは生活するだけでも苦労してるんだ! もう二度と来るんじゃねえぞ!」


 一頻り声を張り上げた後、男はその場から去っていった。その後ろ姿を、曇り空のように淀んだ瞳で少年はぼうっと眺める。


 どうしてこうなったのだろうか。


 ごろん、と少年は仰向けの形を取った。

 先にはどこまでも曇りきった空が広がっている。まるで少年の心を写しているかのような空だ。


 なぜ少年がこのような仕打ちを受けているのか。

 理由は単純なものだ。


 魔術が扱えないから。

 唯の一つも。

 それに尽きる。


 時代は魔導社会と謳われているように、今では魔力を使用することが当たり前のようになり始めている。

 けれど、少年は扱えない。生まれ持った体質のせいで満足に魔術を発動することができないのだ。


 だからこそ、どこも働かせてはくれない。

 だからこそ、誰も助けてはくれない。

 自分は欠陥品だから――。






「――む。そこの少年、生きておるか」


 声が、した。

 ふとその方向に視線を向ける。


「ふむ。弱っておるが、息はあるようだな」


 映ったのは白髪の老人だった。

 白色の装束を身に纏った、不思議な雰囲気を醸し出す初老の男。その彼が、自分に向けて手を差し伸べている。


 なんで。どうして。


 そんな考えが少年の頭に浮かび上がる。


「あんた、そのガキの関係者か?」


 初老の男の背後から声がかかった。

 見知らぬ男が一人、立っている。


「違う」

「そうか。もしも享楽に身を任せて助けようとしてるんなら、止めとけ。こいつは欠陥品だ。使い物にならんよ」

「忠告はありがたくもらおう。が、何をするにしてもワシの勝手だ」

「そうかい」


「忠告はしたからな」と。

 男はそのまま人集りの中へと消えていった。

 自分が生活することだけでも難しいこのリベール王国で、彼のように何かを忠告する行為は少ない。そんなお節介な男ですら、少年はその対象から外れている。


 そのことが酷く悔しい。

 怒りすら込み上げてくる。


 そんな少年の意を汲み取ったのだろう。

 老人は懐から一つ、とあるものを取り出す。


「すまんな。今は持ち合わせがこれしかない」


 差し出されたのは、パンだった。

 決して小綺麗なものとは言えなかったが、残飯などとは比べ物にならないご馳走。


 どこにそんな力が残っていたのかと思うほど、素早く少年の手が差し出されたそれを掻っ攫った。


「――っと。手癖はあまり良くないようだの」

「――」


 久しぶりのまともな食事。

 味は薄く、舌触りは悪い。それなのにどうしてこうも美味いのか。


 自分はまだ生きていると。

 生を実感して、涙が出てきた。


「美味いか」

「――」

「名前は」

「――ユウリ」

「ようやっと声が聞けたわい」


 ボサボサの黒髪に、手が置かれる。


「ではユウリ。お前さんはどこから来た?」

「――覚えて、ない」

「覚えてない、とは……。全くか?」

「うん。気付けば、この街で倒れていた」

「記憶喪失か? これまた面倒な」


 パンを差し出すために膝をついていた老人が立ち上がった。

 少年と老人の視線は、まだ交えたまま。


「行くアテは?」

「――」

「なるほど。ならば――」





「――ワシのもとに来んか?」


 もう一度差し出された手は、まるで光輝いているようにさえ見えた。

 眩いばかりの老人の姿。大きく目を見開きながら、ゆっくりと少年は手を伸ばす。


 この日、この時から。

 ユウリ・グラールという少年は、新たな道を歩むこととなった。



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