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主人公を目指して  作者: 白井政蜴
第二章 主と耳と主人公願望
8/15

2-4 1ヒロイン:1ヒーロー

不知火勝利パターン

「くっ、がはっ……お前、それほどの力を持ちながら、なぜ……」

「……」


満身創痍のロイク。ロイクの視線の先にいる男は、一向に何も語らない。

アーヴァインの娘がいると思われる部屋……の隣。どうやらそこは空き部屋らしく、倉庫代わりにでも使用されているのだろう。統一性の無い備品が雑多に放り込まれていた。そこに居るのは赤髪の青年ロイクと、黒装束に身を包んだ者達。どちらも床に倒れ伏しているが、意識があるのはロイクだけだ。そして傷一つない状態で、彼らを見下ろす一人の男。


不知火は埃っぽい部屋の中で、静かにため息をついた。




天井裏での戦闘は一瞬で蹴りが着いた。否、もはや戦闘と呼べるものは行われていなかった。

ロイクの手に生成された火球──スキル『アグニ・ストライク』が放たれた瞬間、不知火のパッシブスキル『火炎耐性』から派生する上位スキル『火炎反射』が発動。それに気付かず、火の玉に驚いた不知火は珍妙な叫びを上げながら、咄嗟に手で払いのけるような動作をする。


結果。放たれた火球をビンタで寸分違わず弾き返した形となり、見事ロイクに命中。何が何だか分からないまま吹き飛ばされ、驚いてひっくり返っているロイクへ四つん這いのままのそのそと近づいて、そのまま下方向へ殴り飛ばす。頭の悪いステータスで殴られ、床を突き破ってその真下の部屋へと激突。その後騒ぎを聞きつけてやってきた周囲の者達を不知火が片っ端から素人パンチと素人ビンタで迎撃。そして多少手加減されたからか、ロイクは何とか意識を保ち、こうして今に至る。




(なんか呆気なかったな。というかよくあの場面で反撃に移れたな俺。まあ俺もそれなりにモンスターと戦ってるし、気付かないうちに場馴れしてたってことか?)


調子に乗ったことを考え始める不知火。とはいえ、モンスターと言っても、ホーンラビットとミニウルフという、ペットに多少角や牙が生えた程度ではないか、と侮るなかれ。実際一般人がそれらを相手取った時に生き延びられる確率は2割も無い。そもそも一般人一人の攻撃力ではモンスターへの対抗手段とは成り得ない。さらに言えば、ミニウルフにはホーンラビットには無いスピードと凶暴性、そして『群れる』という習性がある。ミニウルフが4、5匹現れれば、村人十数人で迎えてようやくどうにかなるというレベルだ。

そしてつい10日ほど前までただの村人以下だった不知火にとって、この10日間での戦闘経験は間違いなく"戦闘"という物そのものへの慣れ、そして己の力を制御するという点において明確な糧となっていた。


倒れ伏すロイクを、ゴミを見るかの様に見下ろす不知火。主にジェイエースで遭遇した黒髪の少年のせいで"イケメン"という生物そのものに対して持っていた苦手意識が、徐々に薄れていくのを不知火は感じていた。


ちなみに不知火は、そもそも戦闘に至るような切欠を自分が作りだしたということを都合よく忘れている。この男の中では完全に『勘違いで絡まれたから仕方なく迎撃した。自分は悪くない』というストーリーが組み上がっていた。


「まさか……っ、なにか、事情があるのか? げほっ、げほっ……弱みを、握られて……」


一方で、何やら調子の良い解釈をし始めるロイク。どうやら本気で負けそうだと悟り始め、不知火を「実は影のある事情を抱え、仕方なく悪事に手を染める」という設定を持つ強キャラポジションにしようとしているようだ。


いい加減咳き込みながら話されても鬱陶しい。不知火は自身のスキル欄から回復系統のスキルを選択し、発動した。

直後、ロイクの身体が淡い光に包まれ、次々と傷が閉じていく。目を丸くして不知火を見つめるロイク。やがて光が収まり、上半身を起こして体に異常が無いかを確認し始めた。


「なんで俺を……やっぱり何か事情があってここにいるんだな?」

「逆に聞くけど、お前は何でここにいるんだよ」


かつてない滑舌の良さ。不知火はとっくにロイクなど歯牙にもかけていないことが如実に表れている。

当のロイクはそんなことなど露知らず、不知火の質問にきょとんとしている。この質問は不知火にとっての最重要事項だ。といっても、不知火は既に内心諦めの境地に達していた。


不知火に睨まれ、ぽつりぽつりと語りだす。

案の定、ロイクの口から語られた事情は不知火の予想通り──それも最悪のシナリオだった。


アーヴァインの娘ことティファは、どうやら捕まった後、一度脱走に成功したらしい。この時偶然近くを通りかかったロイクと出会い、その後合流したロイク一行と行動を共にする。しかしこの誘拐組織に再度襲われ、不意を突かれてティファを奪われてしまう。無力感に苛まれる中、ティファの笑顔を思い出すロイク一行。短い時間ではあったが、ティファはもう自分達の仲間だ。何としてもティファを取り戻す。そう固く誓ったロイクとその仲間たちであった──。


不知火の身体から力が抜けていく。これでは完全に道化だ。もはや自分に役目など無い。このまま帰ってしまってもいいだろう。


(だけどその前に一言、言ってやらねえと気が済まねえ)


何かを決意したかのような面持ち。そこから一転、不知火は盛大に顔を歪めて唾を吐きだした。


「ちなみにお前の仲間の人数は?」

「えっと、俺含めて5人だけど……」

「じゃあお前以外全員女か」

「な、なんで分かるんだ!?」

「うるっすぇええあ! 逆にこんなんでぁかんねえやつぁんていねえぉ!」

「ご、ごめん、何言ってるか分からん」


激昂する不知火。不知火がここまで怒りを顕わにするのには当然理由がある。無論それは不知火の目の前にいるロイクがモテモテのハーレム野郎だったから、だけではない。


「もう一回聞くけど、お前は何でここにいるんだよ」

「だ、だから俺は……いや、俺達はティファを助けに」

「聞き方変えるわ。お前何でそいつ助けようと思ったわけ?」


不知火の質問の意図が分からず、首を傾げるロイク。ティファは仲間だという話は先程したはずだ。それでは納得しなかったのだろうか。そんなロイクの様子に、不知火は苛立ちを隠さず、天井に空いた穴からこちらを覗くアーヴァインを二重顎でしゃくった。


「じゃあ仮に、偶然出会ったのがそのティファちゃんとやらじゃなくて、そこにいるアーヴァインっつうオッサンだったらどうしてた?」

「……え?」

「ややっ、私ですか?」


不知火の提示した仮定に、見つめあうアーヴァインとロイク。やがてどちらともなく沈黙し、視線だけが絡み合っていた。


「ほら」

「えっと、何が?」


得意気に言う不知火に対し、ロイクはまたしても首を傾げる。まるで訳が分からないとでも言わんばかりに。



不知火の中で何かが切れた。


「んぬがあああっ! いいかげんにしろこのヤリチン糞変態があああああああああっ!」

「おぶっ!?」


不知火の素人ビンタが炸裂し、凄まじい勢いで吹き飛ぶロイク。積み上げられた備品の山が轟音と共に崩れ去る。瓦礫の中で、ロイクはびくびくと痙攣した。


一見すると不知火は訳の分からない癇癪を起し、理由も無くロイクをビンタしたように見える。

しかし不知火が怒りを感じていたのには理由がある。


不知火は一度深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。


──不知火初の、"説教"の始まりである。


そもそも男が女性の奴隷を買おうとする理由など、はっきり言って一つしかない。ずばり性欲である。

例えば

貴族の家庭で、自分専属の使用人を自分で選べと親に言われたから、とか

性欲丸出しの男に買われようとしている奴隷が憐れで仕方なかったから、とか

戦力増強のために、決して裏切らない戦力が欲しくて奴隷契約が必要だったから、とか

尤もらしい理由を並べたてたところで、結局は全て性欲に直結する。何だかんだ最終的に女性の奴隷を選ぶ時点で答えは出ているのだ。


「自分は彼女をちゃんと奴隷としてではなく云々」などと言いつつも、結局最終的にやることは性奴隷に対することと同じである。違いがあるとすれば、奴隷自身の気の持ち様と、遅いか早いかという程度でしかない。奴隷自身の気の持ち様にしても、結局ブサイクよりはイケメンに抱かれたいという欲求でしかない。


昼間に会ったジークにしても、このロイクにしてもそれは変わらない。結局のところ、自分のハーレム要員兼肉穴を増設したかっただけなのだ。


仮に捕まったのがアーヴァインで、偶然逃げ出してきたアーヴァインとロイクが出会っていたら、どうなっていたのだろうか。そんな思考実験にもはや意味など無い。「助けていた」と即答できなかった時点で答えなど分かり切っている。


そもそもアーヴァインの娘、ティファがこの施設から逃げ出したのだとしたら、近くを通りかかったロイクはどこにいたのかという話になる。この近辺にあるのは奴隷市場。つまりロイクは奴隷市場で奴隷を見ていたことになる。そして女の子は助けるけど男は知らない分からないなどという最低な下半身思考を持つロイクのことだ。仮に奴隷市場で虐げられている女奴隷を見ればきっと助けただろうし、中年男性の奴隷が同じ状況だったとしたらきっと何もせずにスルーしただろう。そんなロイクが奴隷市場で何をしていたのか。つまるところ新規肉便器の開拓である。


そこまでしておきながら、自身の性欲丸出しな思考に気付かない。それどころか、自身の性欲に"仲間"という見栄えの良い服を着せ、正当化している。本当に純粋に"仲間だから"という理由でティファを助けたのだろうか。他のハーレム要員に対する外聞じゃないのか。


ここでティファを見捨てれば、きっとロイクのハーレムは崩壊しただろう。ロイクは無意識のうちに、自身のハーレムを守り、増やすための選択肢を選んでいる。


或いは新たに女を落とすより、既に落ちかけている女を置く方が手っ取り早いと考えたのだろうか。或いは性的征服欲から既にティファを自分の女として認定しており、それを取られて我慢ならなかったのか。


いずれにせよ、要するに女を侍らせたいのだ。しかしそれを整った容姿と振る舞いと正論で覆い隠す。


不知火は再度唾を吐きだした。


「──本当に偶然だの仲間だの助けなきゃだのって考えてるなら、なんで女ばっかり助けるんだ? ああ? 結局脳みそが下半身に付いてるからだろ? 別にそれを否定するわけじゃない。俺だってそうだ。誰だってそうだ。だけどな、俺はそれを隠して綺麗な顔で綺麗なことを言いだすやつが一番嫌いだ」


延々と長い語りを終え、不知火は深く息を吐いた。ロイクは気絶したまま聞いておらず、唯一聞いていたアーヴァインはドン引きである。


(正しいことを言ったはずなのに……何なんだこの虚しさは……)


説教は何も生まない。こうしてイケメンの汚い部分を暴きだしたところでただの八つ当たりでしかない。それは不知火にも分かっていた。


結局のところ、不知火は嫉妬していたのだ。顔がいいという理由だけで、あの"拒絶"を向けられないということに。

本当は分かっていた。あの時、この建物の前でロイクを見た時、自分の出番がとっくに失われていたことなど。

しかしそれでも捨てきれない憧れと願望があった。今度こそ主人公になれるかもしれない。そう思った。故に僅かな可能性に縋ってしまった。そして残ったのは、にべもなく裏切られたという結果のみ。


自分と同じ行動原理で動いている男。この男は自分と何が違うのか。何故この男は受け入れられ、自分は受け入れられないのか。何が違うのか。不知火の残念な頭では、顔や立ち振る舞いなどの見た目くらいしか思い浮かばなかった。


無論不知火が語ったことは片面的なことであり、ロイクが言った"仲間だから"という話も理屈として間違っているわけではない。

ただ、『同じ状況で困っていたのが美少女ではなく中年のオッサンだったら?』という問いに即答できなかったことだけは、紛れもない事実である。




「んぁ、移動した」


随分放置してしまったが、不知火の捜索スキルに反応があったようだ。隣の部屋から少しずつティファの気配が遠ざかっていく。


不知火はのそのそとロイクに歩み寄り、再度回復スキルを使用した。光が迸り、呻き声を上げながらロイクが目を覚ます。


「うっ……お、俺は……」


頭を抑えて唸っているロイクに、不知火はティファが向かった方向を指さした。


「今お前の仲間、あっちに連れてかれたぞ? 早く行って来いよ」

「え? な、何だって!? 分かった! ありがとう!」


驚き、礼を言いながら急いで立ち上がるロイク。

ちなみに、せっかく助け出せるチャンスがあったにもかかわらず、それを見逃す原因を作ったのは間違いなく不知火である。


「なあ、アンタはいかないのか?」


部屋を出ようとしたところで振り返り、訊ねる。不知火はロイクに情報を与えておきながら、呑気に座り込んでしまった。そしてどこか拗ねたように頬杖をつく。


「もういい」

「もういいって……まあ、何か話せない事情があるんだな。今度縁があったら聞かせてくれ。それじゃ」


爽やかに別れを告げ、走りだすロイク。そんなロイクを、不知火は黙って見送った。やがてロイクの足音が聞こえなくなったところで、不知火はボソッと呟いた。


「……あ、すいません。俺、ちょっとここで休んだら帰ります」

「え、あ、ちょっと! お待ちくださいマサヤ様! 娘は、娘はどうなるんです!」


不知火はアーヴァインの言葉に、ロイクが向かった方向を見つめた。


「あ、いや、大丈夫だと思います。多分。ていうか、俺が行ったってどうせ……」


ふと思い出すのは、やはり奴隷市場でのあの視線。既にヒーローが居る以上、自分が行ったところでどんな目で見られるかは分かり切っている。

ロイクとティファの方向を見つめる不知火の表情は、悲しさと羨ましさが混ざり合った、複雑な表情だった。




§




「ううううっ、ティファが、ティファがあんな男にいいいいいっ」


ダンッと音を立て、グラスを木製テーブルに叩き付けるアーヴァイン。ビールらしき飲み物がゆらりと波打つ。



あの後、ロイクとハーレム要員によって、闇取引を行っていた闇組織は壊滅した。どうやら例の奴隷市場を締めている商会もこの組織を追っていたそうだが、まさかこんなに近くにいたとは思わなかったそうだ。灯台下暗しとはこのことかと驚いていた。

そして当然ながら、アーヴァインの娘であるティファも救出された。アーヴァインは娘を里へ連れ帰ろうとしていたのだが、ティファは当然の如くこれを拒否。ロイク一行と共に旅に出ることを宣言する。不知火にとっては分かり切っていたことである。


しかしやはり、どうしても捨てきれない主人公(ヒーロー)願望が、不知火にストレスとなって圧し掛かる。ロイクがいるあの場所。ウサ耳美少女ティファの隣は、本来ならば自分の物だったはずだと、どうしても不知火は考えてしまう。


そこで不知火はその後、帝都にある闘技場(コロシアム)にて、ひたすら素手でモンスターを殺しまくってストレスを発散させた。この闘技場では常に回復役が控えており、挑戦者が死なないようになっている。そして捕えられたモンスターが放たれ、10勝した時点で終了となる。安全の確約されている戦いなど、不知火にとってはゲームセンターのようなものだった。

その際に<武器・防具不使用部門>における最速勝利記録を更新するのだが、それはまた別のお話。


ともあれその後、娘に振られたアーヴァインと合流。ヤケ酒を飲み交わすべく、こうして酒場で管を巻いていた。



「マサヤ様の言う通りでした! あの男は最低です! 最低の屑です! あんなに女性を侍らせておきながら『ミンナダイジナナカマダカラー』などとのたまうその発想! 男なら男らしく全員嫁に取るくらいでなければ、ティファが、ティファがあまりにもっ、うううううっ」


どうやらアーヴァインは一夫多妻推奨派らしい。意外な事実に一瞬驚く不知火だったが、こちらはこちらで忙しかった。


「そうだそうだ! あんな性欲に服着せて正当化するやつなんか駄目だああ! くっそおおああああ! なんであんなのにハーレムができて俺には出来ねえんだよおおお! 顔か? 声か? それとも体型か? まさか俺という存在そのものが世界に受け入れられないのか? ああああ嫌だあああ! くそくそくそくそくそおおお! もう誰かの踏み台になるのも当て馬になるのもゴメンこうむる! 俺は俺だけの物語と俺だけのヒロインを手に入れて見せる!」

「そのいきです! マサヤ様! さあ、今夜は飲み明かしましょう!」

「おいそこのテーブルうるせえぞコラァ!」

「ああ!? うるさい!? ごめんなさいでしたあ! お酌しまあす!」

「デブの酌なんぞいるか! ぐわあっ!? やめろ! 汗臭い!」


汗臭いと罵られながらも主人公を目指す男、不知火正也。彼の欲望を満たすための冒険は、まだ始まったばかりである。



余談だが、何やかんやアーヴァインの里に不知火を招待する話は続いており、それを口実に里までの護衛をさせられることになる。その結果、不知火が自家発電のタイミングを逸し、多大な被害を被ったのは言うまでもない。

第二章 完

最低の屑たる不知火もこの後きっと更生して報われます。

ちなみに仮に奴隷を買っても不知火は土壇場になるとヘタれるタイプの童貞なので結局手を出せない。

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