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主人公を目指して  作者: 白井政蜴
第二章 主と耳と主人公願望
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2-1 絶望

帝都(てーと)にいきてーと思った。なんつって。んふぃひひひひ」


明らかに頭の沸いたことをほざきながら歩く一人の男。よれよれの白いワイシャツに、ところどころ汚れた黒のスラックス。むちむちごつごつとした浅黒い肌に、脂っぽい黒髪。この浮浪者のような出で立ちの男。名をマサヤ・シラヌイという。


明らかに明後日を向いた目で、ふらふらと頼りなく歩く。不知火は今、彼の20年間の人生において最大の危機を迎えていた。


「ひひひひひひ……腹減った」


空腹である。それもただの空腹では無い。

10日。雨にうたれて幼女を襲いかけたあの日から10日間、不知火は水しか口にしていない。


とはいえステータス的には何ら問題は無い。この世界における空腹とは一種の状態異常。バッドステータス扱いである。重度になると、HPが徐々に減少し、スキルの発動その他諸々の行動にマイナス補正がかかる。しかしここで不知火の持つ現存する全スキルの一つ、『飢餓耐性』が自動的に発動する。これにより、不知火の身体は何の問題も無く動く。ただ、死ななくなるというだけで、脳の感じる空腹感が完全に消滅するわけではない。


さらに不知火はこのスキルの存在を知らない。膨大なスキル群を、不知火は未だに把握しきれていないのだ。故に「そういえばまだ飯食ってねえわ。餓死するんじゃね」などということに気付いてしまう。そしてその辺のモンスターを狩って食べてしまおうという結論に至る。


だがこの世界において、モンスターは死亡と同時に消滅する。そしてそのモンスターの核である特定部位が残るのだ。そう、つまり不知火は狩りに成功し、その肉を目前に据えられ、しかし食べられないという一連の流れを何度も繰り返している。


倒したのに、肉があるのに食事ができない。胃の中に何も入らない。その事実が、不知火に多大なストレスを与え、不知火の脳は極限の空腹状態へと自発的に陥っていた。


「おにぎり、ラーメン、やきそば、チャーハン、ピラフ、ピザ、パスタ、かつ丼……」


欲望が言葉となって溢れ出す。ものの見事に炭水化物オンリーだ。不知火の食生活が透けて見える。

余談だが、不知火の持つスキルの一つ『天地創造』を使用すれば、イメージ通りの物を創造することができる。しかし不知火は己のスキルを把握していない。不知火はファンタジー小説において、ステータス一覧表を読み飛ばすタイプの人間だった。


とめどなく溢れる不知火の食欲。そろそろファミレスを幻視し始めた、その時だった。


「たすけてくれええええええ!」

「ギイイイッ!」


街道の西側には平野が広がっており、その反対側には森が存在する。その森の中から、人間らしきものが一人と、牙をむき、目を血走らせた鹿のような獣が一匹。その一人と一匹が鬼気迫る勢いで飛び出してきた。しかも丁度不知火の目線の先である。


(肉! 鹿肉!)


考えることは一つだった。もはや逃げている人間らしき存在へは目もくれない。2本の歪な角を生やした鹿モドキに、不知火の視線は固定されていた。


「ん肉ううあああああああああがああああアアア!」


目を血走らせ、唾を撒き散らしながら吠える。獣などとは比べ物にならない迫力に、一人と一匹は思わずぎょっと不知火を見つめた。


恐怖は無かった。道中、不知火は安全に狩ることのできるホーンラビットと、『ミニウルフ』という小型犬より多少大きい程度の狼型モンスターをメインに戦っていた。否、その二匹に絞って戦っていた。体躯の大きいモンスターを見た時、思わず尻込みしてしまったのだ。


しかし今は違う。極限に研ぎ澄まされた食欲が、不知火の中の闘争本能を呼び起こした。


──喰え! 肉片一つ見逃すな! 喰って勝って生き延びろ!


本能が叫ぶ。瞬間、不知火の足元が爆ぜる。爆発的なスピードを伴って、不知火は鹿モドキに向けて体当たりをかました。否、正確には、凄まじい勢いで鹿モドキに抱き着いたのだ。不知火の勢いに抗えず、鹿モドキは地面から足を浮かし、数メートル滑空したところで盛大に倒れ込んだ。ただ抱き着いただけだというのに、既に瀕死である。


そして不知火はそのまま鹿モドキの脚を一本つかむと──


「ンヌオオアアアアアッ!」

「ギイイイイイイッ!」


──強引に引きちぎった。繊維が裂け、血飛沫のような物が上がる。断末魔の叫びを耳に、不知火はそのまま引きちぎった脚にかぶりついた。


もはや味は分からない。しかし久しぶりに噛み締めた食感。液体では無い固形物を、唾を絡めながら歯で引き裂いて磨り潰す。ごくりと喉仏が動く。この過程が、不知火にとっては何よりの幸福だった。


不知火は危機的状況に追い込まれて覚醒した本能により、ついに活路を見出した。即ち、死んでいない状態なら肉も消えないという事実に気が付いたのだ。


顎をもぐもぐと上下に動かす。脳が確かに食物を認識し、満腹中枢がストレスと空腹を宥めすかした。


極限状態に晒された、飽くなき欲求の勝利だった。

余談だが、モンスターが死ねば飲み込んだ肉も消滅する。




§




「えー、とにかく危ない所を助けていただきまして、誠に感謝いたします」

「あ、いや、別に大したこと……」

「いえいえ謙遜なさらずに、あっ、そう言えば申し遅れました。私はアーヴァイン・ホワイト・マクドウェル。見た目の通り『ラビ』の『ホワイト族』出身です。普段は学術都市<エルーオ>にて教師をしております」

「あ、はあ……」

「ところでお名前を伺ってもよろしいでしょうか? 命の恩人の御名前も知らないとあっては、私はとんだ厚顔無恥な無礼者となってしまいますので」

「あ、しらぬ……マサヤ・シラヌイです」

「ではマサヤ様とお呼びしてもよろしいでしょうか。いやー、この度は誠にありがとうございます。改めて感謝してもしきれません!」


高いテンションで揚々と語る人物──アーヴァイン。そのアーヴァインから、不知火は思わず視線を逸らした。見ていられなかったのだ。




悪魔のようにモンスターの血肉を貪る不知火に、おっかなびっくりと声をかけてきたのは、先程モンスターと一緒に飛び出してきた人間らしき生物。不知火の奇行にドン引きしながらも、対話が可能だと分かるや否や、これでもかという程おべっかを並べ始めた。


不知火からしてみれば助けたつもりなど微塵も無い。それどころか自身の醜態を見られていたという事実に逃げ出したくなるばかりである。いくら感謝された所で、正直ただの迷惑でしかなかった。


しかしそれだけではない。不知火が目の前の男から目を背けたのは、それだけが理由では無かった。


ちらりと再度視線を向ける不知火。アーヴァインのステータスが表示されるが、今重要なのはそこではない。不知火の視線は、アーヴァインの頭部に向けられていた。


──真っ白な、ウサギ耳。


どうやらアーヴァインの言った『ラビ』だの『ホワイト』だのというのは、ファンタジーの常連である、所謂『獣人』の一種だろうと、不知火は考えた。しかしそんなことはどうでも良かった。別に獣人だろうがエルフだろうが何ならモンスターだろうが不知火にとっては何だって良い。


それが見目麗しい女の子であれば。


不知火は内心で歯噛みした。


(なんで、なんでなんだよ……)


アーヴァインの姿を改めて視界に収める。ふつふつと、煮えくり返るような怒りが湧き起こった。

どうしようもない絶望感。今この瞬間、目の前にこの世界の不条理が一極集中しているのではないかと思うほどの絶望。不知火は絶望のあまり、心の中でその怒りを喚くことしかできない。


(なんで美少女じゃねえんだよ! いや、もうこの際だ! 容姿は別にいい! けどせめてメスを用意しろよ! なんで冴えない中年のオッサンにウサ耳生やしてんだよ死ね! この世界作ったやつ死ね!)


身勝手極まりない憤慨だった。内心で地団太を踏む不知火。


アーヴァインは人の好さそうな笑みを浮かべ、再度口を開いた。マシンガントークが再開される。


「いやー、それにしても私は本っ当に運がいい! マサヤ様のような実力のある冒険者様に助けていただけるとは! ところでマサヤ様はこれからどちらへ向かわれるのですか?」

「え、あ、一応、帝都に……」

「帝都ですか! いやあ、奇遇ですねえ! 私もこれから帝都<ペード>へ向かうところなのですよ。こうしてお会いしたのも何かの縁、よろしければご同行させていただけないでしょうか」

「あ、いや……」

「いやー! 本当にありがとうございます! ささ、まだ日が高いうちに移動を始めましょう! ああ、ご安心ください。私は帝都までの最短ルートを把握しておりますので、明日には到着できるでしょう」


高い声と高いテンションでセールスマンの如くまくし立てる中年のウサ耳男。さり気なく不知火をボディーガードとして同行させるつもりである。


しかしこうなると困ったのは不知火だった。


(こ、こいつマジで何なんだよ! さっきから好き勝手言いやがって!)


不知火は、最初に仲間にするのは美少女だと決めている。

不知火の知識では、最初に旅を共にする相手とは、その後も縁が続くどころか大本命であることが多い。こんな薄れ始めた頭からウサ耳を生やし、鼻の横に大きなほくろを湛え、ほうれい線の目立つオッサン顔でこちらを見つめる冴えない中年野郎など、断じて認めるわけにはいかなかった。くたびれた茶色いスーツを着たウサ耳のおっさんではなく、くびれの目立つエッチな衣装を着た巨乳の美少女バニーちゃんが良いのだ。


(ふざけんなよ! こんなオッサンと二人旅!? 馬鹿言ってんじゃねえ! なんでこうなるんだよ! やっぱり俺じゃあ主人公にはなれねえってか!? ああ!? どこの世界にウサ耳のオッサンと旅するやつが居るってんだよ! ていうか誰かと一緒だといつシコればいいんだよ!)


さらに不知火は、10日前のあの日、幼女の首輪に触れたときのことを思い出していた。今の自分では、何時どんなうっかりミスをしでかすか分かったものではない。下手をすると何かの拍子に目の前のウサ耳を消し飛ばしてしまうかもしれない。


「ところでマサヤ様はどちらからいらしたのです?」

「え、あ、その、こっから10日くらい行ったところの……」

「ああ! となると冒険者の街<ジェイエース>ですね! いやあ、さすがですマサヤ様! あの街の冒険者はペードの兵士にも引けを取らぬ精鋭揃い! あの街のご出身ともなればそれだけの実力も納得というものでございます! マサヤ様程の実力者であればかの十傑とも──」


しかし不知火にそんなことを言わせないだけの勢いが、この男にはあった。凄まじいマシンガントークでおべっかを並べ、褒められ慣れていない不知火のコミュ障を最大限に引き出す。もはや不知火に太刀打ちすることなど出来なかった。




§




不知火はただ呆然と、目の前の景色を見つめていた。


(マジで来ちゃったよ……オッサンと)


神聖ロリコニア帝国は、いくつかの大都市を中心として成り立っている。

冒険者の街<ジェイエース>

学術都市<エルーオ>

聖地<チノータ>

商人と職人の街<ユウ・ジユーゴ>

芸術の都<ツッペルタ>

これらはロリコニア5大都市と呼ばれ、人口も多く、街並みも整えられている。所謂"都会"である。


そしてこれら5大都市を擁する神聖ロリコニア帝国の中枢。帝国内最大にして世界有数の大都市。



「さあ到着いたしました! ここが──」



──帝都<ペード>


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