3-3 人の噂も十五日目
フェティシア統一教団。
かつてフェティシア大陸全土を巻き込んだ大規模な種族間抗争『第三次フェティシア大戦』を、白兎人を連れた一人の英雄が終戦へと導いた。
教団はその英雄を教祖とし、尚且つ神として崇め、英雄神の最大の教えたる『全種族平等』の思想を大陸中の国々に広めることを活動目的としている。
そしてその英雄が生まれ育ったとされる街<チノータ>を聖地とし、教団本部を設置。当時のロリコニア皇帝の支持を得ることに成功し、長い時を経て腐敗と癒着を重ねて今に至る。
今や人間の統治する神聖ロリコニア帝国だけではなく、亜人の治めるバック・バース・エイジア連合王国──通称BBA連合、そして民主主義をとる中立国キセンナシアの大陸三大国家全てに教団の支部が存在し、承認されている。
§
暴発事故から三日後。不知火は聖地<チノータ>にいた。その周囲に二人の姿は無い。
(やっぱ人間って一人の時間が取れないとおかしくなってくんだよな。特に寝るときに誰かが近くにいるってのは疲れる)
一日程度であればそれも問題無いのかもしれない。しかし三日も続くとなるとそうもいかなかった。今の不知火はすっかりソロプレイ推奨派である。
不知火のいる聖地は、その東西に巨大な森林を擁している。アーヴァインの故郷、白兎人の里があるのは西の森だ。
森に到着した直後、不知火は二人に対してパーティ解散を言い渡す。少しくらいゆっくりして行ってはどうかという誘いをアーヴァインから受けるも、目的があって旅をしているだのなんだのと適当に告げてこれを拒否。
さらにノエルに対してここに残るように命じる。捨てられた子犬のような表情で不知火を見つめるノエル。しかしこれに関してはアーヴァインから援護射撃が放たれた。
「たしかに身の安全を考えると、この里に残るのが一番かもしれませんなあ。何せ外ではハーフに対する差別が根強く残っていることがままありますので。ましてや奴隷のノエルさんを連れ歩くとなると……。今回の短い旅の中でも絡まれたようですし、今後も同様のケースは発生するでしょう。どこか一か所に留まり、その地の有力貴族の後ろ盾でも得られるのであれば話は別なのですが」
アーヴァインからハーフ差別についての説明を受け、そうだそうだそれが言いたかったとばかりに頷く不知火。アーヴァイン曰く、差別意識が完全に無い場所など、それこそ白兎人の里くらいなのだとか。
そしてこれらの説明を受け、何を勘違いしたのか悲しみと喜びが入り混じったような表情を浮かべるノエル。やがて震える声で、不知火に対して感謝を告げた。そしてなぜか「教団の中にもハーフ差別は見受けられますからな。しかしさすがはマサヤ様。英雄神の教えをよく分かっていらっしゃる。教団の連中などよりもずっと」などとしきりに頷くアーヴァイン。
たしかに結果だけ見れば、不知火はハーフの奴隷という身分に対して一切の差別を行わず、それどころか傷ついたノエルの身体を癒すだけではなく、メンタルケアまでやってのけ、さらに安全に暮らせる場所を提供したことになる。勿論不知火にそんな意図は無い。
アーヴァインとノエルから謎の聖人君子認定を受け、好機とばかりに乗っかり、まんまと一人旅に復帰したのだった。
(さて、とりあえず武器屋とか道具屋あたりでも探すか。チンコガード買わないと)
聖地の街並みは、一言で表すと"白い"。建物や道の舗装等、全体的に白を基調としている。地球におけるサントリーニを想起させる光景だ。そして中央に聳え立つ三本の塔のような建物。教団の総本山であり、信徒育成のための学び舎も兼ねている。通称『白塔』。
その塔を目印に、案内板と睨めっこしながら何とかフルプレートの甲冑を看板代わりに飾っている店に辿り着く不知火。恐らくここならば目当ての物があるだろうと、意気揚々と足を踏み入れた。
「こりゃひでえな。完全に溶けてんじゃねえか。一体何に出くわしたらこうなるんだ?」
店の奥から聞こえてきたのは、怪訝な色を隠そうともしない野太い声。そっと顔を覗かせてみると、スキンヘッドの店主らしき人物と、クロスアーマーを纏った冒険者風の男が向かい合っていた。店のカウンターには、大穴の開いた盾が置かれている。
冒険者風の男は、自身が相対した敵を思い返すようにして盾の穴を見つめ、深くため息をついた。
「バジリスクさ。教団の霊薬が無きゃ、あやうく石化して全滅だった」
「バジリスク!? 特級のバケモンじゃねえか! あんなのがこの近くにいたのか!?」
「ああ。東の森だ。多分、結界がパーになったって話が関係してるんだと思う。賢者殿が東の森に居るってのも所詮は噂だし、今回の依頼は本当に割に合わないよ」
二人のやり取りに、どこか気まずさを覚える不知火。何やら現在、彼らは深刻な事態に見舞われているらしい。そんな時に自分はというと、呑気なことに股間用のプロテクターを購入しようとしていたのだ。しかしいつまでもノーガードというわけにもいかない。不知火は己の中に湧き出た罪悪感めいたものを押し殺し、店内を物色し始めた。
(チンコガードどこですか、なんて聞ける雰囲気じゃねえよな。ていうか普通に恥ずかしい。やっぱ自分で探すしか……いや待てよ)
ふと、自身の姿を確認する不知火。白いワイシャツに黒のスラックス。何の変哲もない格好だ。しかし不知火の今の状況を考えれば、なかなかに不思議な恰好とも取れる。
(今の俺は一応ギルドに登録した冒険者。さすがにこの服で冒険者名乗るってのも変な話だな。いっそここで一式揃えるか)
股間用プロテクター単体では訊ね辛い。ならばいっそプロテクターを含む一式全てを用意してもらえばいい。小心者が金を持つとどうなるのかという良い例だった。
冒険者風の男が居なくなるタイミングを見計らって、のそのそとカウンターへ歩み寄る不知火。その挙動はどこか不審者を思わせる。
「あ、あの、すいませ……」
「あ? わりい、聞こえなかった。はっきり喋ってくれ」
「すすいません!」
近くで見れば見るほど、店主らしき人物は恐ろしく強面だった。眉無しのスキンヘッド。猛禽が如き鋭い眼光。そして全身を覆う筋肉の鎧。貧弱で小太りな不知火とは別世界の生物だ。
──『ヴィリ・ブルッホ Lv.38』
しかしどんな見た目だろうと、必ずしもレベルと比例するわけではない。
このナリでヨンパチよりも弱いのかと、この世界で最初に出会った人間を思い出しながら、不知火は渇いた笑いを浮かべた。
§
(やべえ。俺今最高に冒険者してるわ)
初心者用の鎧が欲しい。そう告げた不知火に渡されたのは、革製の軽鎧。クロスアーマーの上に纏ったそれが、不知火の印象を不審者から冒険者へと一瞬でジョブチェンジさせる。
本来は身を守り、延いては命綱となる防具。それをまるでファッションか何かのように捉え、不知火は意気揚々と街を練り歩く。真っ白な外壁のせいか、街全体が輝いて見えた。
(さて、せっかく冒険者ルックになったことだし、久々にギルドでも覗くか。やっぱ冒険者で女の子と出会おうと思うとギルドだよな。大体の人間が女の子と出会うためにギルドに行くからな。異世界の出会い系と言っても過言じゃないし、冒険者になったりギルドに行ったりする主人公の10割は出会い厨といっても過言じゃない)
過言である。
そうこうしているうちに、ギルドの建物に辿り着く不知火。ふらっと中に入ると、何やら人がごった返している。装備も年代もはまちまちだが、皆一様に怒りを隠そうともしていない点だけは共通していた。
「おい、話が違うじゃねえか! 東の森に洞窟なんてねえぞ!」
「いや、我々は少しでも情報を提供しようと……」
「実際その噂以外に碌な情報なんて無いじゃない!」
「いえ、噂ではありません。信託が下ったので間違いはないはずです」
「しかも聞いた話じゃ、ここの結界が壊れたせいでモンスターが増えてるらしいじゃないか!」
「それは……」
「ああ、そういやフレッドのパーティがバジリスクに襲われたらしいぜ?」
「今回賢者が見つからなかったら失敗扱いになるのか?」
「さすがに強制クエスト出しといてそりゃあねえだろ」
「そうそう。強制案件はかなりレアだから知らないやつも多いけど、これは規則上ミスってもノーカンってことになってる」
ギルドの受付に食って掛かる者もいれば、穏やかではない噂話に身を振るわせる者達もいる。一体何のことかと、依頼用紙が張り出されているクエストボードを見る。するとそこには、一際大きな赤い紙が激しく自己主張していた。
のそのそと近づく不知火。文字を追っていくにつれ、不知火の眉間に皺が寄る。
依頼の内容は、一言で言うと"人探し"だった。
──『隠遁の大賢者』と呼ばれる者を探し出してほしい。ランク、経験は不問。この依頼を請け負うことなく、その他依頼を請け負うことは禁止する。受注手続が済んだ時点で、前金として1000ゴルドが支払われる。成功報酬は50万ゴルド。
不知火は依頼内容を頭の中で要約しながら、どうにもきな臭いものを感じていた。
(個人を探すのにわざわざこんな形で依頼を出すのか? しかもこの感じだと相当切羽詰まってるし、余程確たる情報が無いと無理だろこんなの)
世界のどこに居るかも分からない人物を、可及的速やかに探し出す。そんな依頼を強制クエストとして出している。何か勝算でもあるのだろうか。
ちなみに冒険者にとって、クエスト失敗は信用の失墜に繋がるだけではなく、ランクの格下げにも影響する。故に、仮に何かしらの逼迫した事情があったとしても、このような勝算の見えないものを強制クエストとして出したことで、冒険者たちは非常にささくれ立っていた。
そしてあまり知られていないが、規則上、強制クエストについては、仮に達成できなかったとしても失敗扱いにはならない。何故なら、強制クエストに失敗する時というのは、そもそもそのクエストを出した街が壊滅的な被害を受けた後であることが多い。故に失敗認定などしている場合ではない。差し迫った危機があるからこその強制クエストなのだ。
(まあ騒いでるやつらの話を聞くに、賢者とやらは東の森にいるらしいと。しかし東の森はなぜかモンスターが多いと。で、何やらここの結界が壊れたと。件の賢者サマに結界の修繕工事でも頼むつもりなのか?)
適当に結論付ける不知火。とはいえ情報の裏付けは欲しい。受けるにせよ何にせよ、とりあえず話だけでも聞こうと、手の空いていそうなスタッフを探す不知火。しかし今このギルドの受付はクレーム対処で手が離せない。唯一暇を持て余しているのは、併設されている酒場スペースで鼻毛を抜いているマスターくらいだ。
(まあ、とりあえずはあいつでいいか)
酒場のカウンター席に、くたびれた動作で腰掛ける不知火。マスターはそれに気付き、眠そうな目で不知火を見つめた。小さくまとまった髭が特徴的な、初老で痩せ形の男だ。この世界に来てから数多の強面たちを見てきた不知火にとって、もはやこの男など恐るるに足らない。不知火は今、まさしく波一つ立っていない水面のような心境だった。
「いらっしゃい。何にしやす?」
「……情報が欲しい」
「へえ、ジョーホーですかい。あったかなそんな酒……」
「あ、いや、酒じゃなくて」
後ろを振り向き、がさごそと棚を漁るマスター。不知火は人生で一度は言ってみたかったセリフを見事に空ぶってしまい、何とも居たたまれない気分になっていた。
「飲まないんですかい?」
「あ、いや、だから……とにかく話が聞きたい。今ギルドが出してる賢者捜索の依頼についてだ。情報料代わりに酒を飲めってんなら後で飲んでやるから」
「あー、あの話ですかい。別にそんくらい構いやせんって」
マスターが話したことは、殆ど不知火の予想通りだった。
今から半月ほど前。何者かによって結界の維持に使われていたアイテムが破壊された。そのアイテムは白塔の大聖堂に設置された十字架であり、壊そうと思えば誰にでも破壊できたものだ。発見された時には、盛大に割れたステンドグラスと、その破片が突き刺さり、血塗れになった盗賊らしき者の死体が床に転がっていた。
不審死を遂げた盗賊か、或いはその仲間が結界を破壊したと思われたが、そもそも教団に対して悪意を持った者や犯罪者はこの街に入れない。それが結界の効果だ。故に侵入してから結界を破壊したという推測は成り立たない。
犯人捜しは一旦置いておくにしても、結界についてどうこうする手立てがない。この結界はかつて教団の創始者が設置したもので、発動に莫大な魔力を消費する。少なくとも現在の教団幹部では束になっても不可能だった。
アイテム自体は修復したが、所詮はそこ止まり。そこで教団は、敬虔な信徒に発現すると言われるスキル『英雄神の神託』を発動。なるべく近くにいて、且つ結界を直せる程の存在。即ち大賢者の居場所を知る。そして東の森を捜索するも、慣れない自然の中で疲弊し、さらになぜか強力なモンスターが蔓延っている。普段街に引き籠っていた彼らにとって、東の森は完全に未知の領域だった。
結果として教団による捜索は打切り。ギルドを通して強制クエストを出し、今に至る。
「──とまあ、そういうわけでさあ」
なるほどと頷き、情報を一旦整理する。つまりそもそもの原因は半月前に結界が壊されたことであり、クエストの最終目的もそこにある。ならばそれさえ達成できれば問題ないということになる。
「なあ、もし俺がその結界直したら、クエスト達成ってことになるのか?」
実際不知火ならば可能だろう。莫大な魔力が必要とのことだが、比喩誇張抜きで不知火はこの世界のいかなる生物よりも魔力を有している。
そんな不知火の言葉に、マスターは眠そうな顔で、おかしな夢でも見ているかのように笑った。
「おもしろいこと言いやすね旦那。まあそいつぁ成功ってことになるんでしょうが、まずあっしには信じられやせんし、事実だとしても教団連中も頑なに信じやしないし認めないでしょう」
「え、な、なんで……あっ」
言ってから、今の自分の姿を思い出す。革鎧の小太り。さらにはギルドに入って半月のルーキーという事実。確かに疑われるのも仕方がない。
しかし酒場のマスターが言いたい事とは少し異なるらしい。不知火の内心を察したのだろう。マスターは苦笑を浮かべながら、白塔がある方向を見つめた。
「実際に聞いてみたらいいじゃありやせんか」
§
「お前が結界を直すぅ? ハンッ、そんな見てくれで何言ってんだか。せめて痩せてから出直して来い」
白塔の入り口に立っていた騎士らしき人物に訊ねたところ、鼻で笑われた挙句しっしと追い返された不知火。結局涙目になりながら酒場へと戻ってきた。
「いくらなんでもあの対応は無いんじゃねえの!? 仮にも平等がどうのこうのって言ってる宗教なんだろ!? 見た目差別いくない! おかわり!」
「旦那ぁ、さすがに昼間っから飲みすぎですぜ」
空のグラスを突きつける不知火。もちろん酔ったと思いこんでいるだけである。
「まあ、あっしの言った通りだったでしょう?」
「少しくらいさあ、少しくらい試させてくれたって良くね? 信じてないなら尚更さあ。藁にも縋る勢いで解決しようって思ってたら多少怪しくてもやらせてみようっていうチャレンジ精神が働くもんじゃねえの?」
「ええ。ですから連中は結界を直すことにやっきになってるわけでは無いんでさあ」
「……おん? どゆこと?」
別に赤くも無い顔で訊ねる。対するマスターは、なんてことは無いとでも言わんばかりに饒舌に語った。
「そりゃ大半の連中は結界が早く直るに越したこたぁねえと思っていやす。ただ一部の連中は、かの十傑の序列9位たる『隠遁の大賢者』っつうネームバリューと、そんなすげえお人が自分達に協力したっつう事実に価値を見出したって話でさあ」
何事も威信や権威というものは重要である。それらは凡そ周囲の持つイメージによって形作られる。
この度、聖地<チノータ>を襲った未曾有の危機。これを解決すれば、一躍英雄となるだろう。さてこの時、民衆にとっての英雄とは、どのような人物が相応しいのか。例えば世界で最も優秀なステータスを持つ十人のうちに数えられるような傑物と、冒険者歴半月という小太りの男。圧倒的に前者である。ネームバリューで見ても、構築される既成事実を見ても、そして見栄え的な面においても、やはり英雄には『大賢者』こそが相応しい。むしろ不知火のようなどこの馬の骨とも知らない者が下手に直してしまっては困る。
不知火ではいろんな意味で役者不足なのだ。
「ま、何事もイメージってのが大事なんでさあ。旦那に出来んのかどうかっつうので怪しんでるんじゃなくて、旦那じゃそもそも十傑の『大賢者』殿には敵わねえっつうことでさあ。まあなんでそんなに『大賢者』だの十傑だのに固執すんのかっつうと、多分序列7位のお人を抱えるジェイエースに対抗しようとしてんでしょうがね」
そう言いながら、不知火のグラスに酒を注ぐマスター。そして不知火はというと、俯き、肩を震わせていた。言い過ぎたのかと、マスターが不知火を慰めようとした直後、
「ぶっ、ははははっははっ! ひいいいっひひ! ひひいい腹いてえ! くっそ腹いてえ! なにジュッケツって! 10個のケツですか! ひひひっ!」
盛大な笑い声が響き渡った。周囲が一瞬何事かと視線を向けるも、笑い上戸な酔っ払いが昼間から騒いでいるだけとみなすと、ふいと視線は逸れていく。しかしそんなことなどお構いなく、不知火は笑い続けた。そしてそんな不知火に対し、何か恐ろしい物を見るような視線を向けるマスター。眠たそうな目は見開かれ、口元は引きつっている。
「だ、旦那。さすがにご冗談がすぎやすぜ。まさか十傑を知らねえってこたぁねえでしょう」
「知るわけねえじゃん。何よ十傑って。そんな恥ずかしい呼び名を自称してるやつらがいるわけ? やっべ超おもしろいじゃん。うけるー」
「……相当酔っていやすね、こりゃ」
ぽつりと呟くマスターを余所に、不知火の下品な笑い声は続いた。
§
さて、あれからたっぷり一時間飲み続け、笑い続けた不知火。やがていつまでも管を巻いているわけにもいかないと、のそのそとした動きでクエストの受注手続を済ませ、そのままギルドを後にした。
何もしなくても失敗にならない。そして万が一成功すれば、人を一人連れてきただけで50万。強制クエストの概要を聞いた不知火にとっては、受けて損の無い優良クエストだった。
クロスアーマーと革の軽鎧。まさしく新人冒険者といった出で立ちで、武器も持たずに森へ入っていく。周囲にいた冒険者たちに止められたが、自分よりも遥かにレベルの低いやつらが何を言っているんだと、逆にその者達を心配し始める始末。注意をした冒険者たちにしてみれば、自分達のことも、このクエストのことも舐めくさっていると感じたことだろう。まさしくその通りである。
「たしか洞窟があるんだったか……」
件の大賢者は、東の森にある洞窟に住んでいるそうだ。しかしどの冒険者も、未だ洞窟など見つけられずにいた。
(とりあえず崖の下まで行くか。洞窟ってことは岩壁に穴が空いてるってことだし、壁伝いに歩けばそのうち見つかるだろ)
土を踏みしめ、草を蹴散らし、木の根を跨ぐ。この世界に初めて来た時を思い出しながら、不知火はさくさくと進んでいく。
「うおっ……!」
思わず立ち止まり、木の陰に隠れる不知火。恐る恐る顔をのぞかせる。視線の先にいたのは、黒地に赤い斑点を持つ巨大なクモ。全長は優に3メートル以上だろう。それが4匹。思わず足がすくむ。
そしてそのクモに囲まれるように、一人の少女が、震えながら剣を握っていた。
(よっしゃ助けよう)
即決即断。
攻撃系スキルを表示してほしいと念じると、小さな半透明のボードが不知火の視界に現れる。さらに、虫の類ならば炎だろうと、炎属性のスキルに絞り込んでいく。火災の可能性は考慮していない。なんと安直な思考だろうか。
「お、これとか強そう」
何となく名前を見て、適当に選択する不知火。
「うほほ。名前もかっけえじゃん。いくぜ!」
あのクモたちに標的を絞るようにイメージしながら、不知火はそれを口にした。
──『怒りの日』
瞬間、蜘蛛4匹の足元に、丁度彼らを丁度1匹ずつすっぽり覆う魔法陣がそれぞれ現れる。幾重にも折り重なる陣。その色は美しさすら感じるほどの真紅。そして一際眩い輝きを放ったかと思うと、轟音とうねりを上げて紅蓮の極光が天へと走る。
「お、おおう……すっげ。え、てかこれあの子とか森とか大丈夫か?」
周囲の木々を一瞬で灰に変えながら、天をも焦がす勢いで劫火を上げる紅蓮の柱。どうやら燃え広がる暇すらなく燃え尽きてしまうらしい。範囲を絞ったことも幸いしたのだろう。大火災は避けられたようだ。やがてもう十分だろうと不知火が念じると、スキルの効果が消え、後にはぽっかりと禿げた森の一部と、だらしない顔で失禁する一人の少女が残されていた。
「助けていただいてありがとうございました! も、もしやあなたがかの『大賢者』様ですか!? あたし、大賢者様ってもっと痩せててカッコいい人だと思ってました!」
──『ルチア・コンカート Lv.22』
あの後、不知火はどこか名残り惜しさを感じながらも、とりあえず一度声をかけた。不知火の存在に気付くと同時に、股間に感じる冷たさにも気付いたようだ。顔を赤くしたり青くしたりと忙しくなるルチア。そんな少女に不知火は静かに興奮しつつ、スキルを使って汚れを落としてみせる。やがて落ち着きを取り戻したルチアは、先程敵を蹴散らしたスキルを思い出したのか、非常に元気の良い声で訊ねたのだった。
「え、あ、いや、違います……」
「えっ! あんなにすごいスキルが使えるのに!? まあ、何はともあれありがとうございます! 見かけに寄らずすごいんですね!」
さらりと毒を吐く少女。目を逸らし、軽く精神的ダメージを負う不知火。見た目のことは禁句だ。不知火は密かに、本気でダイエットを検討し始めていた。
さて、不知火は何故この少女を巨大蜘蛛から助けたのか。それは偏に下心である。この森は危険です。だから一緒に行動しませんか。脳内に用意しておいた言葉を口にしようとした、その時だった。
「あっ、あたしの剣、ヒビが入ってる……」
どうやら先程の戦闘で、ルチアは武器を損傷してしまったらしい。それくらいならば錬金術で直せるかもしれない。などと考える不知火だが、不知火が口を開く前に、ルチアがさらに言葉を続ける。
「さすがに武器無しで行動するのは危険ですね。あたしは一旦チノータまで戻ります……」
「あ、ちょっ!」
気落ちした様子で立ち去るルチア。名乗る暇すら与えられなかった不知火。こんなことなら助けても意味など無かったのではないか。ルチア以上に、不知火はがっくりと肩を落とした。
助けた女冒険者がこれでもかという程感謝し、そして一緒にパーティを組んでほしいなどと頼み込む。そんなものは物語の中のお話であり、或いは見目麗しい所謂イケメンにこそ許された展開なのだと、不知火は改めて思い知った。




