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主人公を目指して  作者: 白井政蜴
第一章 踏み外された第一歩
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1-1 起床

「────ぶえっくしょおおおいっ!」


不細工なくしゃみが森の中にこだまする。まだ日が昇って間もない時間帯、しっとりと冷たい空気に包まれる中、不知火(シラヌイ)は目を覚ました。


「んんぅぇ……あ? どこだよここ」


意味をなさぬ呻き声を上げ、のそりとその体躯を起こす不知火。眼鏡の向こう側には、青々とした草木が生い茂っていた。おかしい。自分は確か自宅で寝ていたはずだ。金曜の夜、風呂に入るのも面倒になり、酒を飲んで帰った後、そのまま玄関で寝てしまったのだ。しかし目の前の景色はそんな不知火の昨晩までの記憶に全力で異を唱えている。眼鏡の故障かと、ワイシャツの裾でレンズを拭く。


「いや故障って何」


自分の行動が滑稽だったのか、気色悪いニヤケ顔の隙間から空気が抜けるような声を出す不知火。呆けた頭を再起動させるように、ぶんぶんと左右に振る。白いふけが草の上に落ちた。


「結局どこなんだよここは……」


周囲にはまったく人の気配が無い。孤独感からか、随分と大きな独り言だった。


と、その時。


「お……?」


不知火の耳に、がさがさと茂みが揺れる音が届く。音のする方を見てみると、揺れる茂みから、何やら青い物体がずるりと転がり出てきた。否、それは物体というにはあまりにも生々しく、それでいて形が定まらない、まるで液体が意思を持って蠢いているようだった。


「な、なんだ?」


情けない声を上げ、2歩3歩と後ずさる不知火。革靴が草を踏みしめ、朝露が静かに大地にしみこむ。大の男がそんな醜態を晒しているのを余所に、不定形の生物はその体を引きずるようにしてずるずると不知火に──正確には、不知火の寝ていた場所の傍へとやって来た。


するとその途端、謎の生物を見つめていた不知火に異変が起こる。


「うっ……な、なんだよ、これ」


頭をガツンと殴られたような頭痛。しかしそれも一瞬のこと。次の瞬間には、目の前の光景の情報が次から次へと不知火の脳内へ流れ込んできた。自分の知識や記憶から探り出すのではなく、外部からずるりと入り込んでくる未知の情報に、不知火は得体の知れない気味の悪さを覚えていた。


「これは……ステータス……?」


不知火の視界には、子供向けのゲームによくあるような、所謂『ステータス表』が表示されていた。半透明のボードには様々な数値、そして恐らく謎の勢物の名称であろう『スライム Lv.1』という文字と、『備考:食事中<シラヌイのふけ>』という情報がそれぞれ記載されていた。見れば、スライムは不知火が頭を振った辺りの草に覆い被さってもぞもぞと動いている。


「スライムって、あのスライムか? RPGの雑魚敵の」


不知火の言葉に答える者はいない。スライムは依然として食事を続けている。しかし実際その言葉は間違っていないと、不知火は考えていた。少なくとも視界に表示されている数値は、どれも一桁台。これを雑魚と呼ばずして何と呼ぶのか。


「なんかゲームの世界に入り込んだみたいだな。いわゆる異世界転生ってやつ?」


何がおかしいのか、不知火はまたしても空気が抜けるような声でニヤけた。何となくステータス表に手を翳してみる。触れる事こそ出来なかったが、手を翳した項目に、カーソルのような物が移動していた。これはいよいよゲームめいてきたと、不知火はニチャっとしたニヤケ顔をさらに深めた。


「もしかして俺にもステータスがあったり……」


どうしたら表示できるのかと困っていると、パッとボードが切り替わった。『マサヤ・シラヌイ Lv.65535』という文字を頂点に、数値やその他情報が羅列される。


「おひょ!? レベルめっちゃ高っ! いわゆるチートってやつですかこれは! しかも称号とか! うぇひゃははは! なんちゃらし者ってやつ多過ぎ!」


スライムなどとは比較にならない程の高い数値に、多種多様なスキル、称号の数々。

不知火は、ブヒブヒと気色悪い声で急上昇したテンションを表現した。見れば、殆どの項目が同様の数値を指している。年齢までもが『65535』となっていたのを見た途端、驚き慌てた不知火が散々自身の身体をべたべた触りまくった挙句、髪の毛を一本引っこ抜き、黒髪であることに安堵したのは言うまでもない。


「とりあえずどれくらいの強さなのか、ちょっと確かめてみるか」


汚い笑みを浮かべる不知火。爪先を押し込めるようにして、靴の先で地面をとんとんと突く。その手はきつく握られており、ぎらついた瞳は今なお呑気に食事を続ける謎生物ことスライムへと向けられていた。


人は、大きな力を得た途端、その力を振るいたいという欲に駆られ、そしてつけ上がるものである。そしてそんな不知火の、一見尤もらしい論調ではあるもののその実ただの顕示欲に裏打ちされた醜い衝動の犠牲となったのは、不運にもこの場に居合わせてしまった、何の罪もないスライムだった。


「ここが本当にファンタジーみたいな世界だったら、モンスターとはいずれ戦わなくちゃ生きていけないからな」


またしても尤もらしいことを呟き、一歩一歩スライムへと近づく。そして十分間合いに入ったところで──。


「おりぇぁあああっ!」


つばを撒き散らしながら滑舌の悪い雄叫びを上げ、右足でスライムを蹴り上げた。革靴の先端が、青く柔らかいその身体に無慈悲にも突き刺さる。空中に放り出され、後方にある木の幹に激突。そして声を上げることも無く、水風船が割れるかのように爆散した。


すると不知火のステータス表の上部に、通知バーがぴこんと現れた。そこには、『スライムの核を入手した』と表記されている。


「だんだん分かってきたぞ。いわゆるドロップアイテムってやつか。これを集めながら街に向かえば、そこでギルドか何かで換金してもらえるパターンだな」


スライムと最初に遭遇した時とは打って変わって、言葉の端々から自信が満ち溢れている。もはやこの先、戦いを繰り返すことに対する怯えなど無い。実際にモンスターを倒したという事実が、不知火の心を奮い立たせていた。

正確には、鍛えているわけでも特殊な技術を持つわけでもない自分がモンスターを倒したことで、その力が反則級であることを実感し、この力をもっと使いたい、もっと知らしめたいという、不知火の顕示欲を加速させていた。


「それにこの力はいわゆる『転生特典』ってやつだな。んぬふふっ、となると恐らく……」


不知火はニチャっとした汚い笑みを浮かべた。ここが異世界なのだとしたら、きっと自分は主人公に違いない。そして主人公ならば『アレ』があると考えたのだ。……そんな都合良く『アレ』などあるわけないと理性が囁くも、そんな理性を、欲に濁り切った何かが吹き飛ばしていた。




余談だが、不知火は別にこの世界で新たに生を受けたわけではないので厳密には転生ではないのだが、本人はよく分かっていない。

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