プロローグ
額の汗を拭う時間さえ惜しんでいたためか、俺の口腔内の顔面神経から塩っぱい汗とかすかな鉄の味という刺激が伝わった。
満身創痍の身に鞭打って熱帯雨林を爆走してきたんだから仕方ない。左腕の腕時計型デバイスの画面の右上を一瞥する。「標的まであと200m」という表示に目を細める。
隣の大樹の影に隠れながら双眼鏡を取り出す。2時方向に1体、11時方向にもう1体のウオーカー(歩体)が見えた。よし、こちらに気づいた様子もない。
12時奥に一番威厳のあるボスらしきランナー(走体)が奥にもう1体。こいつは雑魚を片付けてからでも間に合うだろう。
俺の接近に気づかない2時方向のウオーカーの後頭部を狙ってナイフで刺す。
標的は「ぶは」とかいう声にならない悲鳴を上げながら無様に倒れる。
「まずい、今の悲鳴でっ」
首を絞めるという選択肢をまるで忘れていた。
俺の予想に反し、隣のウオーカーが俺に気づく様子もなくただふわふわっと歩いている。
「え、ウオーカーは音に反応すると思ったのにな」
どちらにせよ、命拾いだった。
倒れているウオーカーを見ると、血液と思しき青色の粘稠な液体が俺の足元を青く染めていた。
「ゾンビって血液青いんだっけ。変異体かな」
そんなことに構っていられず、俺は11時方向のやつの首を絞めてやった。抵抗され2、3発肘を食らったが、まもなく大人しくしてくれた。
「それじゃ、さっさとボスを殺って終わらせようか」
俺に気づいた様子もないランナーはしずかに佇んでいて、睡眠をとっているっぽい。ランナーは背丈が2mほどあり、筋肉が膨張していて鈍間なようにも見える。
「ランナーのくせに以外と遅そうだな」
ランナーの5mほど後ろに回ったところ、急に妙な視線を感じた。他でもない、ランナーの尻目を感じ取ったのだ。
ランナーはこちらにゆっくりと顔を向けてきた。顔は少し笑っているようにも見え、気持ち悪い。こいつはなかなかの強敵になりそうで、できれば正面からぶつかりあいたくはない。だが、戦わないという選択肢はもう残っていないらしい。
ランナーの典型的な対処法としては距離をとって遠距離から攻撃するのが望ましいというどこかの本で読んだことがある。この地形からみて木に上って手榴弾でも投げてやるか。
7時方向の大木に半分ぐらいまで上り、下をみたらランナーが俺を追って上ってきている。
恐怖心に冷や汗をかきはじめている俺だが、ここで諦める訳にもいかない。
俺の右足がなにかにひっかかっているのがわかる。ランナーの手は怪力で、人間の生身では到底敵わないのだ。
「もう奥の手を使うしかないか」
目を閉じたあと、熱帯雨林は白い閃光に包まれ、馬鹿でかい爆発音を伴った。
誤り、矛盾などがあったらご指摘いただければ幸いです。