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1・ただいま

こんにちは。お楽しみいただけると幸いです。

 駅から一歩外へ出て思ったのが、じりじり灼かれているようだ、ということだった。

 それは僕にとって、1年ぶりの懐かしい感覚だった。だけどまもなく、懐かしいものから不快なものに変わった。そして思う。

 そうだ、僕はまた、ここへ帰ってきたのだ。

 夏の白い迷宮の中へ。



***



 僕の現在の家は、田舎にある。どの位田舎なのかと言えば、ここから電車を乗り継いでたっぷり半日以上かけて行った先に、自宅から数時間かかる最寄りの無人駅がある、というくらいだ。

 そんな不便なところに引っ越したのは、僕が小学校を卒業した後、中学に入る前のことだった。その少し前に定年退職した父親は前々から「自然に囲まれて暮らしたい」と宣言しており、それに賛成していた専業主婦の母親と、計画を立てていたらしい。息子の卒業がちょうどいい区切りだということで、都会に大して興味も未練もなかった僕を連れて、一家3人で逃げるように移り住んだのだ。

 引っ越してから、2人は随分といきいきとしていたように思う。ぴりぴりしていた母さんはよく笑うようになったし、父の晩酌も穏やかなものになった。僕はと言えば、最初は苦労した。なんといっても、中学校までは自転車で40分。山あり谷ありコースの通学路は、生粋の都会っ子の体力ではかなりきつかった。そしてひいひい言いながらたどり着くクラスはもちろん1クラスで、全校生徒がお友達。その田舎特有の人懐っこさが当初は苦手だったけど、距離の取り方はすぐに覚えた。

 今通っている高校までの通学時間は、更に伸びて50分。だいぶ体力の付いた成長期の僕にはそんなに苦ではない。ちなみに1学年2クラスになったけれど、ギリギリ全校生徒の顔がわかるくらいには小さいところだ。

 そんな田舎者歴6年目の僕は毎年、友達に羨ましがられながら、生まれ故郷である都会へ『帰る』。両親は「この暑いのにあんなところへ行くのは苦行だ」とのたまう。暑さよりも行程の長さがネックなんじゃないか、とひっそり思っている。もしくは他に、帰りたくない理由があるのか。でも僕一人が行く分には文句もないらしく、「お祖父ちゃんお祖母ちゃんによろしく言っておいて」と旅費におこづかいを上乗せして渡してくれる。

 ともあれ、そうして僕は今年の夏も、この空の小さな場所へと帰ってきたのだった。



***



 祖父母の家に向かいながら、僕はうだるような暑さに辟易としていた。テレビで「今年の夏は猛暑」だと聞いたけれど、僕の記憶が確かなら、去年も夏だって猛暑だったはずだ。

それに田舎の暑さとは違い、ここのはまるで容赦がない。緑が多く、風を気持ちいいと感じることができるっていうのがいかに素晴らしいかは、駅から出て10分も経たずして身に染みてわかった。だってこっちでは日陰ですら攻撃的なのだから、嫌になる。少し帰ってきたことを後悔しかけて、でも今年の夏こそは帰らねばならなかったのだと自分に言い聞かせる。

 ふと、蝉の音が遠いことに気付く。あっちではあんなに勢いよく響いていて、友達との会話が大声にならざるを得ないのをいつも不便に思っているというのに、現実に小さくなれば、これはこれでなんだか寂しい気がする。頑張れよ、蝉。ちょっとの命なのに。

 そんなことを考えて門をくぐろうとした時だった。僕は腹部に衝撃を受けた。


「やーん、おかえり!久しぶり!会いたかったー!」


 僕の腹に埋もれたままの表情は見えない。僕は少しむせながら、こいつこんなに小さかったっけ、と考える。いや、普通の16歳少女なんて、こんなものなんだろうか。


「……けほっ、久し、ぶり」

「ちょっともう、なぁに?やっとの再会だっていうのに素っ気ないんだから。あ、もしかしてこれが巷で噂の反抗期?ついに反抗期きちゃった?!」

「別に。そういうんじゃ」

「あーんもう、クール!めーちゃんったら超クール!超青春!超思春期!」


 きゃー!と叫んで、彼女は自分の頬に手を当てた。相変わらずのようだ。

 人にタックルを仕掛け、人の話も聞かないで1人でぴょんぴょん跳ねて大騒ぎしているこいつは、メイという。

 日焼けを知らない、透けるように白い肌はさらりとして、汗ひとつ浮かんでいない。動きに合わせて裾がはためく白いワンピースは、太陽の光をはらんでいるようだ。そんな真っ白な中で目立ちそうな黒目黒髪は、なんだかやけに儚い印象を受ける。

 そんな、黙っていれば風に吹かれたら飛ばされそうなお嬢さんのくせに、むしろ僕を吹っ飛ばしかねないほど元気な彼女は、何を隠そう、幽霊なのだった。



***



 彼女との出会いは、中1の夏。こっちにいる祖父母に会いに、一人で帰ってきた時のことだった。

 家の前にある、今は使われていない駐車場。そのアスファルトの上にしゃがむ、白い影。

 最初は熱された地面からただよう、陽炎なのかと思った。

それをぼけっと少し離れたところから見ていると、立ち止まっている僕に気付いたのか、彼女がふと顔を上げる。少し年上に見える彼女の、きょとんとした表情と目が合う。そこから1秒、2秒、3秒……。


「おかえり、めーちゃん!」


 満面の笑みで、彼女は初対面の僕を迎えたのだった。

 それから何度も同じように夏は来て、僕は帰郷し、彼女は変わらない姿、変わらない笑顔で僕におかえりと言った。だけど今でも、あの初対面の日の衝撃は忘れられない。

 黒い地面と白い彼女というコントラストが焼き付いて、離れない。



***

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